婚約破棄の無能令嬢 魔力至上主義の王国を追い出されて……

うさこ

文字の大きさ
7 / 41

忘れ物はない

しおりを挟む

 ギルバードは私の手を引きながら、王国の大通りを堂々を歩く。
 意思の強さを伺える瞳は爛々と輝き、精悍な顔立ちは少しだけ不機嫌そうだ。

 いつもなら私に石を投げる王国民が騒ぎ出した。

「ちょっとどこの貴族よ!? あんな素敵な人見たことないわ!」
「む、無能令嬢と一緒にいるぞ!?」
「……とりあえず石投げる?」
「バカ! 貴族様に当たったら打首だぞ!!」

 眉間に皺をよせて顔を歪ませるギルバード。
 ……優しいのね。

 ギルバードが口を開く前に私は言葉を発した。

「……いいのギルバード。あいつらは『無能令嬢』という娯楽を楽しみたいだけ。相手にしても時間の無駄よ?」

「ふん、勘違いするな。ちょっと周りがうるさいから注意しようとしただけだ。……ところで、ここはどこだ?」

 私の足が止まってしまった。

「え……場所がわからないの? あなたの仮住まいに向かうの? それともこのままあなたの国に行くの? 荷物は? 馬車は?」

 ギルバードは偉そうに胸を張った。

「……ふ、ふん。とりあえず歩くぞ!」

 私の額から汗が流れる。
 まさか考えなしに私を連れて行く気だったの? 

 王国の貴族はひょろい姿とは裏腹に高い戦闘力を持っている。
 あの教室にいた男子貴族一人でこの町の平民を皆殺しにできるほどの戦闘力だ。
 いくら私が剣を習ったからって、どうにか一人刺し違えるのが関の山だ。

 周辺国家随一の強国。最強の魔法国家。負け知らずの王国。
 それを支えているのが、魔法を使える貴族達であった。

 ギルバードが強いのは分かっているわ。
 でもあの場にいた男子貴族達全員がギルバードの襲いかかる事を想像したら……

 頭の中で考え事をしていたら後ろから声をかけられた。

 息を切らしてボロボロのカインさんが現れた。


「ク、クリスちゃん……ぜぇ、ぜぇ……やっと、追いついた……。……今回の件は……ふぅ……ギルが君の現状を知ってしまったからなんだ……。ギルを許してあげて……」

「だ、大丈夫ですか? ――私の現状?」

「……カイン、黙れ」

「そう、いつもは冷静で理論的で頭が良いギルが切れちゃってね。だから突然クリスちゃんを婚約者にするとか、学園に乗り込むとか、短絡的な行動にでちゃったんだよ」

 私はギルバードを見た。

「……ふん、関係ない。……この女は戦いの才能がある。それが惜しかっただけだ。婚約者はただの方便だ」

 テッドはギルバードに笑顔で話しかけた。

「へへ、ギルバードさんはとっても優しいでしゅ! この前僕にこっそり飴くれたでしゅ!」

「こ、こら!?」

 ギルバードに嬉しそうに抱きつくテッド。
 嫌がる素振りを見せながらも、抵抗しないギルバード。

 ――いつの間にか懐いちゃったのね? ふふ、楽しそう。


 息を整えたカインさんが私達に告げた。

「はい! じゃあ今後の予定を言うよ? まずはクリスちゃんのお家へ行って家財荷物を取ってくるよ。――荷物はどのくらいある?」

 私は少しだけ考えた。

「……部屋にある小物程度ですね。ほとんど無いです。親には挨拶もしたくないですし……。テッドがいてくれればそれで充分よ」

 結果的にギルバードが私を買ってくれたから良かったものの、あの両親は私を赤の他人に売りつけた。
 ――私はその事実を忘れない。

 プリムは私を汚そうとした。
 ――私はその事実を忘れない。

 私は王国から追い出された。
 ――私はその事実を忘れない。

 私の中で怒りという感情が徐々に湧いてきた。

「ふ、ふふ……ふふ……」

 カインさんが私の顔を見て若干引いていた。



「……は、ははは……やば、クリスちゃん怖……。……ギルとお似合いかも。――あ、こっちの話ね! うん、挨拶したい人がいなかったら僕らと魔法省へ行くよ!」

 私とテッドの顔に疑問が浮かぶ。
 魔法省?
 何故かギルバードは偉そうにドヤ顔していた。

「ふん、行くぞ! 疑問は後だ! 俺に付いて来い!!」

 そんなギルバードが少しだけ可愛らしく見えた。






 まず屋敷につくと、私とテッド以外の人は外で待機することになった。
 ――国際問題起こしても困るしね。……あ、もう起こしちゃったよね。

 私は挨拶もしない執事達を無視して、自分の部屋に向かった。両親は幸い外出をしていた。

 この屋敷に私に必要な物はほとんどない。

 ただ、机の上に乗っていたペーパーナイフだけを取った。
 刃を潰してあって、鉄でできた重たいだけの切れない無骨なナイフ。

 昔はお父様もお母様も優しかった。
 魔力ゼロと分かった時の顔……

 あれは娘を見る目ではなかった。

 そんな両親の屋敷に住んでいたと思うとゾッとしてきた。
 私は小走りで、みんなの元へと急いだ。



 屋敷の前では心配で泣きそうなテッド。足を揺すっているギルバード。そんなギルバードを見て嬉しそうにしているカインさん。

 私はみんなを見てホッと息を付いた。

「お待たせ! これで大丈夫よ。さあ行きましょう!」




「待ってくれーー!! クリス!! 僕の愛しき人よーー!!」

 歩きだそうとした私達の元に、王国第一王子のレオン様がお供を付けずに駆け寄ってきた!?

 私の前でターンをして華麗に立ち止まる。
 ギルバード達は無言で成り行きを見守る。

 私の目が半眼になっていく。
 感情が消えて無くなる。


 王国随一のイケメンと言われたレオン……が涙を流しながら私に訴えかけた。

「クリス、クリス、クリス!! ああ、僕のクリス! 行かないでおくれ! 僕は君がいなければ死んでしまう! この王国の差別主義は僕が変えてみせる!」

 今更?



「無理」



「はう!?」

 うん、この際だから最後に今まで思った事を言っておこう!!

 私は無表情のまま、感情の赴くまま喋り始めた。









しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...