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忘れ物はない
ギルバードは私の手を引きながら、王国の大通りを堂々を歩く。
意思の強さを伺える瞳は爛々と輝き、精悍な顔立ちは少しだけ不機嫌そうだ。
いつもなら私に石を投げる王国民が騒ぎ出した。
「ちょっとどこの貴族よ!? あんな素敵な人見たことないわ!」
「む、無能令嬢と一緒にいるぞ!?」
「……とりあえず石投げる?」
「バカ! 貴族様に当たったら打首だぞ!!」
眉間に皺をよせて顔を歪ませるギルバード。
……優しいのね。
ギルバードが口を開く前に私は言葉を発した。
「……いいのギルバード。あいつらは『無能令嬢』という娯楽を楽しみたいだけ。相手にしても時間の無駄よ?」
「ふん、勘違いするな。ちょっと周りがうるさいから注意しようとしただけだ。……ところで、ここはどこだ?」
私の足が止まってしまった。
「え……場所がわからないの? あなたの仮住まいに向かうの? それともこのままあなたの国に行くの? 荷物は? 馬車は?」
ギルバードは偉そうに胸を張った。
「……ふ、ふん。とりあえず歩くぞ!」
私の額から汗が流れる。
まさか考えなしに私を連れて行く気だったの?
王国の貴族はひょろい姿とは裏腹に高い戦闘力を持っている。
あの教室にいた男子貴族一人でこの町の平民を皆殺しにできるほどの戦闘力だ。
いくら私が剣を習ったからって、どうにか一人刺し違えるのが関の山だ。
周辺国家随一の強国。最強の魔法国家。負け知らずの王国。
それを支えているのが、魔法を使える貴族達であった。
ギルバードが強いのは分かっているわ。
でもあの場にいた男子貴族達全員がギルバードの襲いかかる事を想像したら……
頭の中で考え事をしていたら後ろから声をかけられた。
息を切らしてボロボロのカインさんが現れた。
「ク、クリスちゃん……ぜぇ、ぜぇ……やっと、追いついた……。……今回の件は……ふぅ……ギルが君の現状を知ってしまったからなんだ……。ギルを許してあげて……」
「だ、大丈夫ですか? ――私の現状?」
「……カイン、黙れ」
「そう、いつもは冷静で理論的で頭が良いギルが切れちゃってね。だから突然クリスちゃんを婚約者にするとか、学園に乗り込むとか、短絡的な行動にでちゃったんだよ」
私はギルバードを見た。
「……ふん、関係ない。……この女は戦いの才能がある。それが惜しかっただけだ。婚約者はただの方便だ」
テッドはギルバードに笑顔で話しかけた。
「へへ、ギルバードさんはとっても優しいでしゅ! この前僕にこっそり飴くれたでしゅ!」
「こ、こら!?」
ギルバードに嬉しそうに抱きつくテッド。
嫌がる素振りを見せながらも、抵抗しないギルバード。
――いつの間にか懐いちゃったのね? ふふ、楽しそう。
息を整えたカインさんが私達に告げた。
「はい! じゃあ今後の予定を言うよ? まずはクリスちゃんのお家へ行って家財荷物を取ってくるよ。――荷物はどのくらいある?」
私は少しだけ考えた。
「……部屋にある小物程度ですね。ほとんど無いです。親には挨拶もしたくないですし……。テッドがいてくれればそれで充分よ」
結果的にギルバードが私を買ってくれたから良かったものの、あの両親は私を赤の他人に売りつけた。
――私はその事実を忘れない。
プリムは私を汚そうとした。
――私はその事実を忘れない。
私は王国から追い出された。
――私はその事実を忘れない。
私の中で怒りという感情が徐々に湧いてきた。
「ふ、ふふ……ふふ……」
カインさんが私の顔を見て若干引いていた。
「……は、ははは……やば、クリスちゃん怖……。……ギルとお似合いかも。――あ、こっちの話ね! うん、挨拶したい人がいなかったら僕らと魔法省へ行くよ!」
私とテッドの顔に疑問が浮かぶ。
魔法省?
何故かギルバードは偉そうにドヤ顔していた。
「ふん、行くぞ! 疑問は後だ! 俺に付いて来い!!」
そんなギルバードが少しだけ可愛らしく見えた。
まず屋敷につくと、私とテッド以外の人は外で待機することになった。
――国際問題起こしても困るしね。……あ、もう起こしちゃったよね。
私は挨拶もしない執事達を無視して、自分の部屋に向かった。両親は幸い外出をしていた。
この屋敷に私に必要な物はほとんどない。
ただ、机の上に乗っていたペーパーナイフだけを取った。
刃を潰してあって、鉄でできた重たいだけの切れない無骨なナイフ。
昔はお父様もお母様も優しかった。
魔力ゼロと分かった時の顔……
あれは娘を見る目ではなかった。
そんな両親の屋敷に住んでいたと思うとゾッとしてきた。
私は小走りで、みんなの元へと急いだ。
屋敷の前では心配で泣きそうなテッド。足を揺すっているギルバード。そんなギルバードを見て嬉しそうにしているカインさん。
私はみんなを見てホッと息を付いた。
「お待たせ! これで大丈夫よ。さあ行きましょう!」
「待ってくれーー!! クリス!! 僕の愛しき人よーー!!」
歩きだそうとした私達の元に、王国第一王子のレオン様がお供を付けずに駆け寄ってきた!?
私の前でターンをして華麗に立ち止まる。
ギルバード達は無言で成り行きを見守る。
私の目が半眼になっていく。
感情が消えて無くなる。
王国随一のイケメンと言われたレオン……が涙を流しながら私に訴えかけた。
「クリス、クリス、クリス!! ああ、僕のクリス! 行かないでおくれ! 僕は君がいなければ死んでしまう! この王国の差別主義は僕が変えてみせる!」
今更?
「無理」
「はう!?」
うん、この際だから最後に今まで思った事を言っておこう!!
私は無表情のまま、感情の赴くまま喋り始めた。
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