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1章 月の平原
4-1 フランセスの過去
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4-1 フランセスの過去
ばあちゃんちにつく頃には、陰っていた日はほとんど山間に姿を隠してしまっていた。薄暗がりの中、ぽつんと一軒だけたたずむ家の明かりに寄せられるように、俺は扉をノックした。
「ばあちゃん、俺だ!森に行って、お孫さんのこと調べてきた!」
少しの間をおいて、カツカツという杖の音が駆け寄ってきて、すぐに扉ががちゃりと開かれた。
「あんた……」
ばあちゃんが驚いた顔でこちらを見ている。まるで死人でも帰ってきたのかというような、目の前のことが信じられない風な顔だ。
「……まさか、本当に帰ってくるとはね。いいよ、話を聞かせておくれ。入りな」
ばあちゃんが脇によけてくれたので、俺も中に入る。室内は暖炉の火が頼りなさげに灯っているだけで、薄暗く、さみしい雰囲気だった。ばあちゃんが安楽椅子に腰かけると、俺も手近な椅子を引いて座る。
「さて……早速だけど、本題に入ろうかね。お前さん、あの森には行ったのかい?」
「ああ。村の人からも話を聞いてさ。しっかり行ってきたぜ」
「……村の連中に、何か言われなかったかい?」
「うん?そうだな、やっぱり危ないところだってのは聞いたな。中に入らないほうがいいって言われたんだけど、へへ、こっそり入ってきちゃった」
「そうかい……よくもまあ、無事に帰ってきたもんだよ。さすがは勇者様といったところかね」
ばあちゃんはその割には、あまりうれしくなさそうに、ふうーっと深いため息をついた。
「それで、あの子……フランセスについては、なにかわかったのかい?」
「あー、うん。なんて言ったらいいのか……」
「遠慮せんでいいよ。ありのままを教えとくれ」
ばあちゃんはきっぱりといった。なら仕方ない、俺も腹をくくろう。
「そのな……お孫さんは、もう死んでた。ゾンビになって、森をさまよってたんだ」
「……」
「それで、俺の能力ってので、何とか話はできるようにはなったんだけど、今度は村に入りたがらなくって、それで」
「もういいよ。ふぅー……」
ばあちゃんは額に手をやると、か細く息を吐いた。俺にはそれがまるで魂の抜け出る音のようで、無性に心配になった。
「そうかい……ま、覚悟はしていたけどね。やっぱり死んでたか」
「けど、ゾンビとはいえ、まだあの森にいたのは事実なんだ。だから、ばあちゃんに花を届けていたのも、もしかしたら」
「よしとくれ、んなわけないじゃないか。どうせ村の誰かのいたずらに決まってるよ」
「え……」
「あたしが本気にしてるとでも思ったのかい?あんなもの、あんたを信じさせるための口実だよ」
ばあちゃんはそんなこともわからないのか、と言わんばかりに、皮肉めいた笑みを向けた。
「……どういうことだよ?」
「あんたは最後まで馬鹿正直に信じてたみたいだけどね。あたしは最初から、フランのことなんざどうでもよかったんだよ。どうせあの子が戻って来やしないのはわかってたからね。大事なのは、あんたをあの森に送り込むことさ」
「森に行かせたかった?なんだよ、ほかに目的があったのか?」
「目的というか……お前さん、さっき村の連中に森に行くと言ったとき、なんて言われたって?」
「え?危なくて、危険な森だから近寄るなって……」
「その通り。そんなことあたしも百も承知だったんだよ」
どういうことだ?危険だと分かっていながら、あえて俺をその森へ行くよう仕向けた。だけど、自分の孫のことはどうでもいいという……つまり。
「俺に、森で危険な目にあってほしかった?」
「ま、そういうことさ。あわよくばくたばっちまえとも思ってたがね」
さらりと言われた一言に、俺はガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。どうしてそこまで?
「……理由はなんだ?俺とばあちゃんは、今日あったばかりだよな。俺、そんなに恨まれるようなことした記憶はないんだけど」
「そうさね。別にあたしも、あんたに何かされたとは思ってないよ」
「じゃあ、なんで」
「それはね。あんたが勇者だからだよ」
勇者。アニいわく、この国の人々は勇者をひどく嫌っているという。なら、ばあちゃんもそのうちの一人だったのか?
「けど、ばあちゃん言ってたじゃないか。勇者は嫌いじゃないって」
「嘘さ。ふふん、憎い相手を貶めるためなら、嘘の一つくらいいくらでもつくさ」
開き直った態度に、俺は呆れて二の句が継げなかった。代わりに、ずっと黙っていたアニがばあちゃんに食い掛かる。
『主は、理由をたずねたんです。それに答えなさい。あなたは、なぜぞこまで勇者を憎むのですか』
「はん!エゴバイブルが、白々しい。お前たちが一番よくわかってるだろう。かつて勇者が何をしたのか。なぜここまで嫌われとるのか!」
『質問をはぐらかすな!言っておきますが、これがあなたの最後の釈明のチャンスなんですからね。勇者にたいして奸計を巡らせただけでも万死に値しますが、この問答次第では幾ばくかその罪を軽くできるやもしれません』
「はっは!それで脅しのつもりかい?こんな老いぼれ一匹、殺したところで誰も悲しみはせんよ!殺すなら殺すがいいさ!」
『こんの……!』
「やめろよ、アニ!今はそんなことを聞きたいんじゃない」
俺がぴしゃりと怒鳴りつけると、アニとばあちゃんはお互いに口をつぐんだ。俺は興奮して肩で息をするばあちゃんに、そっと問いかける。
「ばあちゃん。ばあちゃんが勇者を嫌ってるのはよくわかった。けど、俺はその理由がさっぱりわからないんだ。へへ、俺はこっちに来てからずっと嫌われっぱなしだ。なんたって、しょっぱなから処刑されそうになったんだからな」
ばあちゃんの顔に初めて、同情の色が浮かんだ。俺は続ける。
「俺だって死ぬのは嫌だから、そう簡単には殺されてやれないけど。けど、それだけ嫌われる理由くらい教えてくれないか。もしかしたら、内容次第で解決できるかもしれないだろ?」
俺はなるべく明るく言ったつもりだったが、ばあちゃんはあきらめたように首を振った。
「……今更どうにかなることじゃないんだよ。けど、そうだね……あんたも、理由くらいは知っとくべきかもしれないね」
ばあちゃんは姿勢を正すと、俺の目をまっすぐに見つめた。
「かつて、この国には勇者がいた。それはそれは強力な力を持った、比類なき勇者だったんさ。勇者はこの国で一番強かった。言い換えれば、誰もヤツに歯向かえなかった。なにせ、一番強いんだからね。そして勇者自身もそれに気づいたとき、ヤツは好き放題し始めたんだよ」
「え……ゆ、勇者なのにか?」
「そうさ。ヤツは最強にして、最悪の勇者だった。それからは、悪逆、暴虐の限り……この国の連中が勇者を恨むのは、そういう理由さ」
そんな……それじゃ勇者じゃなくて、まるで魔王だ。
「ま、悪は滅びるものって相場は決まってるんだね。じきにその勇者は討たれたけど、その爪痕は今もあちこちに残り続けとるんだよ」
「……それは、ばあちゃんにも、ってことなんだよな」
「……そうだね」
「じゃあ、教えてくれ。どうしてばあちゃんは、俺を殺したいほど……勇者を、恨んでるんだ?」
「……」
ばあちゃんは目を伏せると、心の底に何重にも鍵をかけてしまいこんだ、つらい記憶を呼び覚ますかのように、ぎりっと唇をかみしめた。
「……あの子の」
「うん?」
「フランの……あたしの孫の父親は、その勇者なんだよ」
え?どういうことだ?ばあちゃんの娘さんと勇者は、結婚していたのか。それでフランセスが産まれて……?
「わかってないようだから言うけどね。あたしの娘とあのロクデナシ勇者は、決して恋仲でも何でもなかったんだ」
「は?」
え、けど、だったら。俺だって、子どもの作り方くらいわかる。そのうえで、恋人同士じゃなかったってことは、つまり……
「当時、あの子には恋人がいた。その恋人の目の前で、あの子は犯されたんだよ。正確には、村の真ん中で、村人全員の前でね」
絶句した。それは悪魔とか魔王とかじゃ生ぬるい、鬼畜の所業だ。ばあちゃんの手は椅子のひじ掛けを強く握りすぎて真っ白になっている。唇をかみ切ってしまったのか、端から血がこぼれていた。
「あの子以外にも、村の若い娘が代わる代わる、見世物みたいに犯された。あたしたちは、目を背けることすらできず、黙って見ていることしかできなかった。結局、あの子以外はみんな死んじまった。自分で命を絶ったんだよ」
ばあちゃんの目は死んだ魚のように濁り、焦点のあっていないまなざしを床に向けている。あまりに強い憎しみに、心と体が追い付いていないようだった。けれど口だけは機械のように動き続ける。
「けどあの子だけは、死ななかった。いや、死ねなかったといったほうが正しいね。あの子だけが、身籠ってしまったんだ。するとなぜか、どれだけ自殺を繰り返しても、奇跡的に一命をとりとめちまってね。憐れなものだったよ」
死んでしまうことより、死ねないことのほうが憐れだってことか……ばあちゃんは淡々とした口調で続ける。
「そうして生まれたのがフランだよ。けど村人全員が、フランは強姦されて産まされた子だと知ってるからね。ほとんど村八分みたいなもんさ……それに、あたしも……あの子の命を奪って産まれてきたフランを、心の底から愛せた自信はない」
「……じゃあ、娘さんは」
「ああ。娘はフランを産み落としてすぐだ。そしてとうとう三年前の火事の日、フランすら居なくなっちまった」
「……今の話、フランセスは知ってるのか?」
「知るわけないだろう。だれが、そんなむごいことを教えられるものか……」
ばあちゃんはそこまで話すと、疲れたように背もたれに深く腰掛けた。疲労のせいか、老婆はさらにどっと老け込んで、まるで枯れ木のように見えた。俺はかける言葉が見つからなかった。これほどまでの事情があるとは、正直考えていなかった。
「ま、これがあたしの腹ん中に抱えてた全部だよ。言っちまえば、あんたは逆恨みの相手にされただけって話さ。あんたにゃ悪いけど、だからと言って許しを請う気はないし、謝りもしないよ。あたしはたとえ世界がひっくり返ろうとも、勇者を許すつもりはない」
ばあちゃんはきっぱりと言い切った。これ以上、話すことはないと言うように。
「……他に、俺に何か手伝えることはあるか?」
「ないよ。この老いぼれの身体じゃ、アンタを絞め殺すこともできない。死んどくれと言ったって、聞きはしないだろう?」
ばあちゃんは冗談めかしたようにくくく、と笑った。
「後はあんたの好きにしな。ここでしわ首を跳ね飛ばすもよし、王国兵に突き出すもよし。どうせろくに抵抗もできやしないからね」
「……そんなことは、しないよ。俺はばあちゃんに頼まれて、森までお使いに行った。それだけだ」
「……そうかい」
俺はすっと腰を上げた。きっとこれ以上話しても、お互いに不幸になるだけだと思ったからだ。ばあちゃんと俺の間には、恐ろしく深くて広い溝が横たわっている。今の俺に、それを跳び越すすべは見つかりそうもなかった。俺が玄関の扉に手をかけたとき、か細い声で、ばあちゃんが言った。
「……けど、フランについて教えてくれたことだけは、礼を言っておくよ。あの子のことだけが、ずっと気がかりだった……」
「……」
俺は何も言わずに、ばたんと扉を閉めた。
つづく
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読了ありがとうございました。
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少しの間をおいて、カツカツという杖の音が駆け寄ってきて、すぐに扉ががちゃりと開かれた。
「あんた……」
ばあちゃんが驚いた顔でこちらを見ている。まるで死人でも帰ってきたのかというような、目の前のことが信じられない風な顔だ。
「……まさか、本当に帰ってくるとはね。いいよ、話を聞かせておくれ。入りな」
ばあちゃんが脇によけてくれたので、俺も中に入る。室内は暖炉の火が頼りなさげに灯っているだけで、薄暗く、さみしい雰囲気だった。ばあちゃんが安楽椅子に腰かけると、俺も手近な椅子を引いて座る。
「さて……早速だけど、本題に入ろうかね。お前さん、あの森には行ったのかい?」
「ああ。村の人からも話を聞いてさ。しっかり行ってきたぜ」
「……村の連中に、何か言われなかったかい?」
「うん?そうだな、やっぱり危ないところだってのは聞いたな。中に入らないほうがいいって言われたんだけど、へへ、こっそり入ってきちゃった」
「そうかい……よくもまあ、無事に帰ってきたもんだよ。さすがは勇者様といったところかね」
ばあちゃんはその割には、あまりうれしくなさそうに、ふうーっと深いため息をついた。
「それで、あの子……フランセスについては、なにかわかったのかい?」
「あー、うん。なんて言ったらいいのか……」
「遠慮せんでいいよ。ありのままを教えとくれ」
ばあちゃんはきっぱりといった。なら仕方ない、俺も腹をくくろう。
「そのな……お孫さんは、もう死んでた。ゾンビになって、森をさまよってたんだ」
「……」
「それで、俺の能力ってので、何とか話はできるようにはなったんだけど、今度は村に入りたがらなくって、それで」
「もういいよ。ふぅー……」
ばあちゃんは額に手をやると、か細く息を吐いた。俺にはそれがまるで魂の抜け出る音のようで、無性に心配になった。
「そうかい……ま、覚悟はしていたけどね。やっぱり死んでたか」
「けど、ゾンビとはいえ、まだあの森にいたのは事実なんだ。だから、ばあちゃんに花を届けていたのも、もしかしたら」
「よしとくれ、んなわけないじゃないか。どうせ村の誰かのいたずらに決まってるよ」
「え……」
「あたしが本気にしてるとでも思ったのかい?あんなもの、あんたを信じさせるための口実だよ」
ばあちゃんはそんなこともわからないのか、と言わんばかりに、皮肉めいた笑みを向けた。
「……どういうことだよ?」
「あんたは最後まで馬鹿正直に信じてたみたいだけどね。あたしは最初から、フランのことなんざどうでもよかったんだよ。どうせあの子が戻って来やしないのはわかってたからね。大事なのは、あんたをあの森に送り込むことさ」
「森に行かせたかった?なんだよ、ほかに目的があったのか?」
「目的というか……お前さん、さっき村の連中に森に行くと言ったとき、なんて言われたって?」
「え?危なくて、危険な森だから近寄るなって……」
「その通り。そんなことあたしも百も承知だったんだよ」
どういうことだ?危険だと分かっていながら、あえて俺をその森へ行くよう仕向けた。だけど、自分の孫のことはどうでもいいという……つまり。
「俺に、森で危険な目にあってほしかった?」
「ま、そういうことさ。あわよくばくたばっちまえとも思ってたがね」
さらりと言われた一言に、俺はガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。どうしてそこまで?
「……理由はなんだ?俺とばあちゃんは、今日あったばかりだよな。俺、そんなに恨まれるようなことした記憶はないんだけど」
「そうさね。別にあたしも、あんたに何かされたとは思ってないよ」
「じゃあ、なんで」
「それはね。あんたが勇者だからだよ」
勇者。アニいわく、この国の人々は勇者をひどく嫌っているという。なら、ばあちゃんもそのうちの一人だったのか?
「けど、ばあちゃん言ってたじゃないか。勇者は嫌いじゃないって」
「嘘さ。ふふん、憎い相手を貶めるためなら、嘘の一つくらいいくらでもつくさ」
開き直った態度に、俺は呆れて二の句が継げなかった。代わりに、ずっと黙っていたアニがばあちゃんに食い掛かる。
『主は、理由をたずねたんです。それに答えなさい。あなたは、なぜぞこまで勇者を憎むのですか』
「はん!エゴバイブルが、白々しい。お前たちが一番よくわかってるだろう。かつて勇者が何をしたのか。なぜここまで嫌われとるのか!」
『質問をはぐらかすな!言っておきますが、これがあなたの最後の釈明のチャンスなんですからね。勇者にたいして奸計を巡らせただけでも万死に値しますが、この問答次第では幾ばくかその罪を軽くできるやもしれません』
「はっは!それで脅しのつもりかい?こんな老いぼれ一匹、殺したところで誰も悲しみはせんよ!殺すなら殺すがいいさ!」
『こんの……!』
「やめろよ、アニ!今はそんなことを聞きたいんじゃない」
俺がぴしゃりと怒鳴りつけると、アニとばあちゃんはお互いに口をつぐんだ。俺は興奮して肩で息をするばあちゃんに、そっと問いかける。
「ばあちゃん。ばあちゃんが勇者を嫌ってるのはよくわかった。けど、俺はその理由がさっぱりわからないんだ。へへ、俺はこっちに来てからずっと嫌われっぱなしだ。なんたって、しょっぱなから処刑されそうになったんだからな」
ばあちゃんの顔に初めて、同情の色が浮かんだ。俺は続ける。
「俺だって死ぬのは嫌だから、そう簡単には殺されてやれないけど。けど、それだけ嫌われる理由くらい教えてくれないか。もしかしたら、内容次第で解決できるかもしれないだろ?」
俺はなるべく明るく言ったつもりだったが、ばあちゃんはあきらめたように首を振った。
「……今更どうにかなることじゃないんだよ。けど、そうだね……あんたも、理由くらいは知っとくべきかもしれないね」
ばあちゃんは姿勢を正すと、俺の目をまっすぐに見つめた。
「かつて、この国には勇者がいた。それはそれは強力な力を持った、比類なき勇者だったんさ。勇者はこの国で一番強かった。言い換えれば、誰もヤツに歯向かえなかった。なにせ、一番強いんだからね。そして勇者自身もそれに気づいたとき、ヤツは好き放題し始めたんだよ」
「え……ゆ、勇者なのにか?」
「そうさ。ヤツは最強にして、最悪の勇者だった。それからは、悪逆、暴虐の限り……この国の連中が勇者を恨むのは、そういう理由さ」
そんな……それじゃ勇者じゃなくて、まるで魔王だ。
「ま、悪は滅びるものって相場は決まってるんだね。じきにその勇者は討たれたけど、その爪痕は今もあちこちに残り続けとるんだよ」
「……それは、ばあちゃんにも、ってことなんだよな」
「……そうだね」
「じゃあ、教えてくれ。どうしてばあちゃんは、俺を殺したいほど……勇者を、恨んでるんだ?」
「……」
ばあちゃんは目を伏せると、心の底に何重にも鍵をかけてしまいこんだ、つらい記憶を呼び覚ますかのように、ぎりっと唇をかみしめた。
「……あの子の」
「うん?」
「フランの……あたしの孫の父親は、その勇者なんだよ」
え?どういうことだ?ばあちゃんの娘さんと勇者は、結婚していたのか。それでフランセスが産まれて……?
「わかってないようだから言うけどね。あたしの娘とあのロクデナシ勇者は、決して恋仲でも何でもなかったんだ」
「は?」
え、けど、だったら。俺だって、子どもの作り方くらいわかる。そのうえで、恋人同士じゃなかったってことは、つまり……
「当時、あの子には恋人がいた。その恋人の目の前で、あの子は犯されたんだよ。正確には、村の真ん中で、村人全員の前でね」
絶句した。それは悪魔とか魔王とかじゃ生ぬるい、鬼畜の所業だ。ばあちゃんの手は椅子のひじ掛けを強く握りすぎて真っ白になっている。唇をかみ切ってしまったのか、端から血がこぼれていた。
「あの子以外にも、村の若い娘が代わる代わる、見世物みたいに犯された。あたしたちは、目を背けることすらできず、黙って見ていることしかできなかった。結局、あの子以外はみんな死んじまった。自分で命を絶ったんだよ」
ばあちゃんの目は死んだ魚のように濁り、焦点のあっていないまなざしを床に向けている。あまりに強い憎しみに、心と体が追い付いていないようだった。けれど口だけは機械のように動き続ける。
「けどあの子だけは、死ななかった。いや、死ねなかったといったほうが正しいね。あの子だけが、身籠ってしまったんだ。するとなぜか、どれだけ自殺を繰り返しても、奇跡的に一命をとりとめちまってね。憐れなものだったよ」
死んでしまうことより、死ねないことのほうが憐れだってことか……ばあちゃんは淡々とした口調で続ける。
「そうして生まれたのがフランだよ。けど村人全員が、フランは強姦されて産まされた子だと知ってるからね。ほとんど村八分みたいなもんさ……それに、あたしも……あの子の命を奪って産まれてきたフランを、心の底から愛せた自信はない」
「……じゃあ、娘さんは」
「ああ。娘はフランを産み落としてすぐだ。そしてとうとう三年前の火事の日、フランすら居なくなっちまった」
「……今の話、フランセスは知ってるのか?」
「知るわけないだろう。だれが、そんなむごいことを教えられるものか……」
ばあちゃんはそこまで話すと、疲れたように背もたれに深く腰掛けた。疲労のせいか、老婆はさらにどっと老け込んで、まるで枯れ木のように見えた。俺はかける言葉が見つからなかった。これほどまでの事情があるとは、正直考えていなかった。
「ま、これがあたしの腹ん中に抱えてた全部だよ。言っちまえば、あんたは逆恨みの相手にされただけって話さ。あんたにゃ悪いけど、だからと言って許しを請う気はないし、謝りもしないよ。あたしはたとえ世界がひっくり返ろうとも、勇者を許すつもりはない」
ばあちゃんはきっぱりと言い切った。これ以上、話すことはないと言うように。
「……他に、俺に何か手伝えることはあるか?」
「ないよ。この老いぼれの身体じゃ、アンタを絞め殺すこともできない。死んどくれと言ったって、聞きはしないだろう?」
ばあちゃんは冗談めかしたようにくくく、と笑った。
「後はあんたの好きにしな。ここでしわ首を跳ね飛ばすもよし、王国兵に突き出すもよし。どうせろくに抵抗もできやしないからね」
「……そんなことは、しないよ。俺はばあちゃんに頼まれて、森までお使いに行った。それだけだ」
「……そうかい」
俺はすっと腰を上げた。きっとこれ以上話しても、お互いに不幸になるだけだと思ったからだ。ばあちゃんと俺の間には、恐ろしく深くて広い溝が横たわっている。今の俺に、それを跳び越すすべは見つかりそうもなかった。俺が玄関の扉に手をかけたとき、か細い声で、ばあちゃんが言った。
「……けど、フランについて教えてくれたことだけは、礼を言っておくよ。あの子のことだけが、ずっと気がかりだった……」
「……」
俺は何も言わずに、ばたんと扉を閉めた。
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