じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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1章 月の平原

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「……落ち着いたか?」

「すん……ええ。悪かったわ」

「いいや。気にすんな」

というか、こっちのほうが絶対悪い。ジェスが落ち着くまで、彼女にケガがないか見ていたのだけれど、なかなか悲惨だ。いや、幸いにして体は無事だったけど、フランセスの爪があちこちひっかいたせいで、服のいたるところが焦げてボロボロだ。

「ほんとに、悪かったのはこっちだな……ゴメンな。フランセスにはきつく言っとくから」

「いいえ……むしろ、あれが当然だわ。あの子からしたら、私なんて……」

ジェスはうつむくと、またすんすんと鼻をすすりだした。一体、ジェスとフランセスの間に何があったんだろう?

「なあ、ジェス。よければ教えてくれないか?お前たちは、いったいどういう関係だったんだよ」

「……そうよね。きっとここが潮時ってことなんだわ。私たちの犯した罪に対して、罰が与えられる時が来たのね……」

「……?」

「いいわ。今から私の知っていることは、すべてお話しします。けど、その前に教えてちょうだい。あなたは、いったい何者なの?どうしてあの子を連れ戻すことができたの?」

ジェスはそう言いながらも、なんとなく俺の正体に見当がついているようだった。そうだよな、あの森は曲がりなりにも危険な場所なんだし、俺はそこへ行って無事帰ってきたんだから。俺はジェスの真剣な瞳に、腹を割って話すことを決意した。

「俺は……勇者なんだよ。その能力を使って、森を探索して、フランセスを連れ戻したんだ。ほら、証拠」

俺は首から下げていたアニを取り出す。ジェスはぼうっと青く光るガラスの鈴を、世にも珍しそうに眺めていた。

「へえ、これが……けど、やっぱりそうだったのね。半信半疑だったけど、そうなんじゃないかとも思ってたわ。信じられないくらい世間知らずだったし」

「はは……悪いな、だます形になっちゃって」

「いいわ。私も……だまして、いたんだし」

ジェスはいったん言葉を区切ると、自分を奮い立たせるように大きく息を吸った。

「ふぅ……私はね、あの子……フランセスが生きて、この村にいた時の……知り合いだったの。当時のことだけ考えるなら、友達……と言っても、いいのかしらね。そんな関係だったわ」

友達……この二人は、それだけ親密だったんだ。けどそれなら、なんであんな再開の形になっちまうんだ?その答えは、ジェスの次の言葉で明らかになった。

「けど、あの火事の時から……きっとあの子にとっては、私は殺したいほど憎い相手だったはずよ。なんたって……私たちが、あの子を殺したんですもの」

俺は思わず、「嘘だろ……」とこぼしていた。ジェスが、殺した?フランセスのことを?

「嘘じゃないわ。私たちが殺したも同然よ。あの礼拝堂の、火事の時……あの子は中にいたの。それを私たちは、見殺しにしたのよ」



「もぉーいいーかい」

まーだだよ。この声はずいぶん近くから聞こえた。フランったら、まだすぐそこでぐずぐずしてたのね。

「フラン、早く隠れなさいよ!あと三十秒だからね!」

「わわ、待って待って!ジェスちゃん、ちゃんと数えてよ!?」

慌てて、ばたばたと走っていく足音。ほんっと、どんくさいんだから。

「さんじゅー、にじゅうきゅー……さん、に、いち、ぜろ!」

私は目を覆っていた手をどけると、すっくと立ちあがった。ぐるりとあたりを見渡す。目の前に並ぶ長椅子……はないわね。安直すぎるわ。とすると、神父様が経典を置かれる机の下あたりが怪しいかしら。

「いくわよ、フラン!すぐに見つけてやるんだから!」

私は鼻息をあらくすると、ずんずんと歩き出した。正直、こんな遊びで、もういちいち興奮したりはしない。さんざんやってたから、飽きちゃったわ。けど、今私が鬼をやっているということは、すなわちこの前には私がフランに見つけられているということ。あの子に負けたまま終わりなんて、冗談じゃないわ。どんな遊びであれ、最後には私が勝って終わる。これが私たちの間の常であり、私の譲れないプライドだった。

「ここは!?」

勢いよく覗き込んだ、机の下は空っぽだった。ふん、さすがにこんなわかりやすいところにはいないか。となると……私は改めて、今日の遊び場である礼拝堂を注意深く観察した。古い建物であるこの礼拝堂は、今では用途のわからない倉庫や物置がいくつもある。そのうちの一つに隠れたんだとしたら、なかなか厄介だわ。

「いや、けどあの子のことなら……」

私はお父様がよくやるように、顎に手を当てて思案する。フランはグズでのろまなくせに、時々妙に鋭い、大人みたいなことをいうことがある。さっきあの子に見つかった時だって、あの子は一直線に私の隠れ場所までやってきた。私がズルしたんじゃないかと詰め寄ると、あの子はぶんぶんと首を振った後に、

「ちょっと考えて、ここかなって思ったら、ほんとにジェスちゃんがいたの」

と言っていた。要は、すいりとやらをして、私の居場所を当てて見せた、と。
けどあの子にできて、私にできないなんてことはないわ!
この礼拝堂は前にも遊び場にしたことがある。その時も古い倉庫に忍び込んで、腐った床板を踏み抜いてひどく叱られたんだった。私は暗いところが苦手なのもあって、それ以来倉庫には近づかないようにしてるんだけど……あの子なら、それを見越して、あえてそこに隠れるくらいのことをしてもおかしくない。となると、無数の倉庫のうちのどれに隠れたのか。けどこれには、ピーンとひらめくものがあった。

「ふふ……読めたわ」

数ある倉庫の内、一つだけ村の子どもたちが決して近づかない部屋がある。半地下になっているせいで妙に肌寒く、大量に並べられた本棚のせいで見通しは最悪、そして極めつけに、立派な聖者様の像が置かれているのだ。この、かつてはキレイだったという像は、今は痛みがひどいという理由で、暗い倉庫に押し込まれてしまっている。その顔の恐さと言ったら……塗装が剥がれ、まるで泣き顔のように見えるその像は、昔土の中に生き埋めにされた人の恨みだとか、悲しみだとかが像に乗り移ったのだともっぱらの噂だった。この村の子どもなら誰もが知っているその噂を、逆手に取ったのだとしたら。

「ふふふ……そんなものを怖がる私だと思っているのかしら。甘いわね」

私は勝ち誇ったようにほくそ笑むと、近くの燭台を手に取り、ろうそくに火を灯した。言っておくが、私は決して暗い場所が怖いわけではない。ただ、暗くて危ない場所には近づくなと、お父様に厳しく言われているだけなのだ。つまり、明るくさえしてしまえば、私が恐れるものは何一つとしてないということなのだ。

「い、いいい……行くわよ」

件の倉庫の方へ向かうと、案の定、扉が半開きになっていた。ふふ、慌てて隠れたせいで閉め忘れたのね。なんて幼稚なミス。それとも私がこれっこないと、高を括っているのかしら。どちらにしても、舐められたものね。

「かっ覚悟なさい、フラン!いいい、今!見つけてあげる!」

私は勢いよく扉を開くと、思ったより大きかったバタンという音に心臓がひっくり返りそうになった。なんなのよ、もう!
静かに階段を下りていくと、古書が発する独特なほこり臭さが鼻をついた。ひやりと涼しい空気が肌を舐める。私は本棚の間を、一つ一つ覗き込みながら進んでいった。ろうそくの明かりは頼りないが、それでも暖かな光は、私に確かな勇気を与えてくれた。

「ふふん。いるんでしょ、フラン?早く出てきなさいよ」

しかし、フランの姿は一向に見つからない。意地張ってないで、早く出てきなさいよ。ほら、早く。じゃないと、じゃないと……部屋の奥に向かうにつれて、私の歩みは遅くなっていく。心なしか、ろうそくの光も弱くなったような気がした。

「……~~~っ!」

部屋の一番奥に、それは置かれていた。かつては白く美しい姿だったであろう聖者様の像は、今はろうそくの煤に薄汚れ、溶けだした塗料のせいで見るも無残な姿だった。色のない二つの視線が、恨みがましいと言わんばかりに私を見下ろしている。そんな目向けられたって、知らない。私にどうしろっていうのよ。どうしよう、呼吸が苦しくなってきた。ここから早く逃げ出したいのに、足が金縛りにあったように動かない。はやく、うごけ。うごけったら、うごきなさいよ!

「……ジェスちゃん?」

「きゃあああああああ!」

「わあっ!」

危うくひっくり返りそうになった。像のすぐわきの物影から、フランがのっそり姿を現したのだ。

「あ、あんた!いるならいるってさっさと言いなさいよ!ビックリするじゃない!」

「ご、ごめんね。ジェスちゃんの様子がおかしかったから、つい……」

「おっ、おかしくなんてなってない!アンタが急に出てくるから、ちょっと驚いただけよ」

「そ、そう?」

そうよ、まったくもう。私があの程度で恐がるわけないじゃない。ただちょっと、ちょっとドキッとしただけだわ。

「それより、フラン!しっかり見つけてやったわよ。あんたもまだまだね。こんな場所、すぐにお見通しなんだから」

「えへへ、ホントだね。やっぱりジェスちゃんはすごいや」

「当然でしょ!」

フランは素直に負けを認める。この子のこういう聞き分けのいいところは、都合がよくて好きだ。というか、他の子どもたちが幼すぎるんだけど。この村の子ども、特に私たちくらいの年齢の子はとても少ないから(昔何かあったらしいけど、大人たちはそれを話したがらない)、フランみたいな扱いやすい子は希少だ。そんなわけだから、私は時たまこうして、こっそりフランと遊んでやるのだ。お父様はあまりいい顔をしないけど、将来村長を継いで村のリーダーになるためには、こういうことも大切だと言ってくれた。

「さ、勝負がついたんだから、さっさと出ましょ。こんなとこに長くいたら、お父様に怒られちゃうわ」

「うん」

恐くはないけど、こんなとこに長居するものでもない。私はくるりときびすを返すと、さっさと歩きだした。さっきまですくんでいたから、少し足が動かしづらい。

「あ、待ってジェスちゃん」

「なによ、もう。早くしなさいよ」

「そうじゃなくて、足元に……」

「なに?まだ何かあるわけ!?」

私は一刻も早くこの部屋を出たかったから、もたもたするフランにイライラしながら顔だけ振り返った。するとその時、足に何かがとん、とぶつかった。

「ひっ」

「ジェスちゃん!」

まずい、倒れる。フランがこちらに駆け寄ろうとする。その瞬間、床がミシリと軋んだかと思うと、ばきっとすごい音がした。フランががくんと姿勢を崩すのと、私があおむけにひっくり返るのはほとんど同時だった。どすん!

「きゃあ!あいたた、お尻が……」

打ちつけたお尻をなでながら足元を見ると、本の山が崩れて散らばっていた。どうやらこれにつまずいてしまったらしい。

「もう!フランったら、本があるなら先に言いなさい、よ……ね……」

私の言葉はだんだんと尻すぼみになっていった。フランが、倒れている。どうやら腐った床板を踏み抜いてしまったらしい。それだけなら、前に私もやったことだ。けど、違う。だって、血が。血が、いっぱい出ている。



つづく
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