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2章 夜の友
7-1 オオカミを巡る物語
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7-1 オオカミを巡る物語
ではここからは、マーシャさんに聞いた、名無しの女性についてお話します。
彼女は、もう長いことオオカミたちの群れで暮らしていたとかで、新入りとしてやってきたマーシャさんにあれこれ世話を焼いてくれました。マーシャさんも彼女が気にいり、短い間ではあったものの、二人は本物の家族のように仲が良かったそうです。だからこそ、彼女について真実を話さなければならない。マーシャさんはそう言っていました。
女性は、ここからうんと離れた土地の出身で、人攫いにあってこの大陸に連れてこられたそうなんです。おそらく、“三の国”の奴隷商人あたりに買われたのでしょう。あの国では、まだ奴隷制が生きていますから……こっちの言葉も、そこで仕込まれたんでしょうね。
彼女は奴隷商の管理下に置かれましたが、それでも彼女は、自由をあきらめなかった。商人に連れられ、山中の峠道を越える途中、隙を見て商人を谷底に突き落としてしまったそうです。自由になった彼女は故郷へ帰ろうとしたけども、慣れない土地ですっかり道を見失い、遭難してしまった。三日三晩山中を歩き続け、今にも倒れそうになっていたその時、偶然にも彼ら、ルーガルーたちに出会ったんです。
彼女はその時、自分の死を覚悟したそうです。弱り果てた自分を、オオカミたちが見逃すはずがないと。けれど彼らは彼女を襲おうとはせず、逆に自分たちの家族として受け入れた。孤独な彼女にとっては、人間なんかよりもよっぽど優しい生き物にみえたでしょうね。彼女もまた、オオカミたちを愛し、本当の家族のように接した……いや、本当の家族だったのでしょう。群れには彼女が産んだ子どももいたそうですから。
いびつな形になったにせよ、彼女は幸せを感じていたそうです。彼女はこう言っていました。自分は人間を捨て、オオカミとして生まれ変わった。これからはオオカミたちが家族であり、この新しい家族に寄り添って生きていくのだと。だからでしょうか、マーシャさんが名前をたずねても、人としての名は捨てたから好きに呼べ、と返されてしまったそうです。
彼女はオオカミたちを愛し、オオカミもまた、彼女を愛した。種族は違えど、彼女たちは本物の家族として、今まで暮らしてきた。そしてこれからも、生きていくはずだった。あの日、オオカミ狩りが行われるその時までは……
「そんな……じゃあ、俺たちがやってこなければ、あの人は幸せになれてたかも知れないって事か……?」
俺はてっきり、あの女の人はルーガルーにさらわれ、気がふれてああなってしまったのだと思っていた。つまり、自分をオオカミだと思い込むようになったのだと。けど、実際は違った。彼女たちには、確かな絆があったんだ。うなだれる俺に、ウィルはやるせない顔で首を振った。
「どうなんでしょうね。人間とモンスターでは、相容れない点も多いとは思います。だけどそれを決められるのは、彼女だけです。私たちが勝手に判断できることではありません」
「けど少なくとも、オオカミ狩りがなければ、あの人は死なずにすんだはずだった。俺たちはあの人の家族を、未来を奪ってしまったんだ……」
「それは……仕方のないことです。これ以上羊を食べられたら、村は冬を越せなくなります。それにマーシャさんが助かったのも、そのおかげです。彼女はオオカミたちの家族愛に憧れていたようでしたが、やはり一方で、人としての生を捨て去る覚悟はできていないように見えました。マーシャさんもそれがわかっていたからこそ、この話を皆さんにしなかったのでしょう」
そうだ。仕方のないことだとも。そしてそういうことは大抵の場合、すんなり受け入れられるものでもないんだ。
「俺たちはいいことをしたのか、自信が無くなってきたよ……ウッドたちには褒めてもらっけど、マーシャからしたら、俺たちは彼女の友人を殺した悪人も同然じゃないか」
「悪人、ですか……」
ウィルは俺の言葉を小さな声で繰り返すと、そのまま黙りこくってしまった。気まずい沈黙が、静かな山の中にずっしりと降りしきる。俺はそこから抜け出したくて、黙々と足を動かし続けた。けれど行けども行けども、聞こえるのは俺たちの足音だけ。草をかき分け、落ち葉を踏み、石をける。ざっざ、ざっざ……
「だれが、悪かったんでしょうね」
ウィルが唐突につぶやいた。
「どういう意味だ?」
「誰が、悪人なのでしょう。オオカミたちを殺した私たち?それとも、あの女性が故郷を離れる原因をつくった、奴隷商?いえ、人間の羊に手を出したオオカミたちかもしれません」
「それは……どうなんだろう」
「みんなが悪かったのでしょうか。けれど、どこか一つ、誰か一人でも思いやりをもって、違う行動をしていれば、こんな結末は避けられた気がしてしまうんです」
ウィルはこちらを見ないまましゃべった。話しかけているというよりも、自分自身に問いかけているみたいだ。
「わたしからすれば」
そのとき、ずっと黙って後ろをついてきていたフランが、おもむろに口を開いた。
つづく
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投稿遅れちゃいました。ごめんなさい。
読了ありがとうございました。
明日はちゃんと【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
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https://twitter.com/ragoradonma
ではここからは、マーシャさんに聞いた、名無しの女性についてお話します。
彼女は、もう長いことオオカミたちの群れで暮らしていたとかで、新入りとしてやってきたマーシャさんにあれこれ世話を焼いてくれました。マーシャさんも彼女が気にいり、短い間ではあったものの、二人は本物の家族のように仲が良かったそうです。だからこそ、彼女について真実を話さなければならない。マーシャさんはそう言っていました。
女性は、ここからうんと離れた土地の出身で、人攫いにあってこの大陸に連れてこられたそうなんです。おそらく、“三の国”の奴隷商人あたりに買われたのでしょう。あの国では、まだ奴隷制が生きていますから……こっちの言葉も、そこで仕込まれたんでしょうね。
彼女は奴隷商の管理下に置かれましたが、それでも彼女は、自由をあきらめなかった。商人に連れられ、山中の峠道を越える途中、隙を見て商人を谷底に突き落としてしまったそうです。自由になった彼女は故郷へ帰ろうとしたけども、慣れない土地ですっかり道を見失い、遭難してしまった。三日三晩山中を歩き続け、今にも倒れそうになっていたその時、偶然にも彼ら、ルーガルーたちに出会ったんです。
彼女はその時、自分の死を覚悟したそうです。弱り果てた自分を、オオカミたちが見逃すはずがないと。けれど彼らは彼女を襲おうとはせず、逆に自分たちの家族として受け入れた。孤独な彼女にとっては、人間なんかよりもよっぽど優しい生き物にみえたでしょうね。彼女もまた、オオカミたちを愛し、本当の家族のように接した……いや、本当の家族だったのでしょう。群れには彼女が産んだ子どももいたそうですから。
いびつな形になったにせよ、彼女は幸せを感じていたそうです。彼女はこう言っていました。自分は人間を捨て、オオカミとして生まれ変わった。これからはオオカミたちが家族であり、この新しい家族に寄り添って生きていくのだと。だからでしょうか、マーシャさんが名前をたずねても、人としての名は捨てたから好きに呼べ、と返されてしまったそうです。
彼女はオオカミたちを愛し、オオカミもまた、彼女を愛した。種族は違えど、彼女たちは本物の家族として、今まで暮らしてきた。そしてこれからも、生きていくはずだった。あの日、オオカミ狩りが行われるその時までは……
「そんな……じゃあ、俺たちがやってこなければ、あの人は幸せになれてたかも知れないって事か……?」
俺はてっきり、あの女の人はルーガルーにさらわれ、気がふれてああなってしまったのだと思っていた。つまり、自分をオオカミだと思い込むようになったのだと。けど、実際は違った。彼女たちには、確かな絆があったんだ。うなだれる俺に、ウィルはやるせない顔で首を振った。
「どうなんでしょうね。人間とモンスターでは、相容れない点も多いとは思います。だけどそれを決められるのは、彼女だけです。私たちが勝手に判断できることではありません」
「けど少なくとも、オオカミ狩りがなければ、あの人は死なずにすんだはずだった。俺たちはあの人の家族を、未来を奪ってしまったんだ……」
「それは……仕方のないことです。これ以上羊を食べられたら、村は冬を越せなくなります。それにマーシャさんが助かったのも、そのおかげです。彼女はオオカミたちの家族愛に憧れていたようでしたが、やはり一方で、人としての生を捨て去る覚悟はできていないように見えました。マーシャさんもそれがわかっていたからこそ、この話を皆さんにしなかったのでしょう」
そうだ。仕方のないことだとも。そしてそういうことは大抵の場合、すんなり受け入れられるものでもないんだ。
「俺たちはいいことをしたのか、自信が無くなってきたよ……ウッドたちには褒めてもらっけど、マーシャからしたら、俺たちは彼女の友人を殺した悪人も同然じゃないか」
「悪人、ですか……」
ウィルは俺の言葉を小さな声で繰り返すと、そのまま黙りこくってしまった。気まずい沈黙が、静かな山の中にずっしりと降りしきる。俺はそこから抜け出したくて、黙々と足を動かし続けた。けれど行けども行けども、聞こえるのは俺たちの足音だけ。草をかき分け、落ち葉を踏み、石をける。ざっざ、ざっざ……
「だれが、悪かったんでしょうね」
ウィルが唐突につぶやいた。
「どういう意味だ?」
「誰が、悪人なのでしょう。オオカミたちを殺した私たち?それとも、あの女性が故郷を離れる原因をつくった、奴隷商?いえ、人間の羊に手を出したオオカミたちかもしれません」
「それは……どうなんだろう」
「みんなが悪かったのでしょうか。けれど、どこか一つ、誰か一人でも思いやりをもって、違う行動をしていれば、こんな結末は避けられた気がしてしまうんです」
ウィルはこちらを見ないまましゃべった。話しかけているというよりも、自分自身に問いかけているみたいだ。
「わたしからすれば」
そのとき、ずっと黙って後ろをついてきていたフランが、おもむろに口を開いた。
つづく
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