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3章 銀の川
9-1 晴れた呪い
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9-1 晴れた呪い
「ふ、うあぁ~……もうすっかり夜になっちゃいましたね」
ウィルは大きく伸びをすると、その場でくるりと回った。俺は城の窓から見える夜空をちらりと眺めた。きれいな星空だ。
「けど、本当によかったんでしょうか?みなさんをあのままにしてきてしまって……」
ウィルは後ろ髪を引かれるように、城の地下へと続く階段を振り返った。
「もうしょうがないだろ。あれだけ風化してボロボロじゃ、遺骨を運び出すこともできない。数も多いしな」
「そうですけど……それに、ほんとにみなさん、これで自由になれるんでしょうか」
「さて、それは見てみないとわからないな。なぁ、エラゼム?」
俺はすぐ横を歩く鎧の騎士に話を振った。
「みながああ言ったのです。彼らを信じましょう」
「ま、それしかないか」
俺たちは悲劇に閉ざされた地下を出て、ついに城の入口へと戻ってきた。あとはエラゼムがこの城を出れば、その瞬間呪いは解け、囚われていた魂たちは自由になる……はずだけど。
「じゃあ、私から出ますね……あの、もしこれで、私たちも外に出れませんでした、なんてことになったら」
「縁起でもないこと言うなよ!」
「ひゃ!すみませーん!」
ウィルは転がるように狭い城門をくぐっていった。まったく、へんにフラグを立てないでいただきたい。
「あ、出れましたよ。よかったー」
「じゃなきゃ困るよ。じゃ、フランも」
「ん」
続いてフランも外に出た。よし、二人は大丈夫だな。
「じゃあ続いて俺も……」
俺は城門のすぐ手前に立つと、おそるおそる足を踏み出した。二人と違って、俺は生きた人間だ。けどだからといって、何かあるわけないからな……
「よっし!ふははは、どうだ。何にもなかったぞ」
「桜下さんもビビってるじゃないですか」
これで俺たち三人は無事に城を出ることができた。残るは、一番の重要人物のみだ。
「……」
エラゼムは、城門を前にして、戸惑っているようだった。
「エラゼム、大丈夫か?」
「……少し、混乱しております。なにぶん、ここ百年間は一歩たりともここを出たことはなかったものですから」
だろうな。なんなら、空の下に出てきたことも超久々なはずだ。ずっと引きこもってたのがいきなり外に出かけるみたいなもんだろうか?
「けど、あんたが出ないと。じゃなきゃ、終わらない」
「……ええ。そうですな」
エラゼムは鎧の隙間に深く空気を吸い込むと、意を決して、一歩足を踏み出した。
ガシャリ。
「……」
「……なんとも、ないですね」
「……みたいだな」
エラゼムは、普通に城の外に出た。べつに何が起こるわけじゃないんだろうけど、もっとこう、封印解除、みたいなイベントを予想してたから……
「これで、本当にみなさん自由になれたんですかね?」
「うーん?でも確かめようがないしなぁ」
さて、またあの地下に戻るのか?さっきサヨナラしてきたのに、すぐまた戻るのもなんだが。それに、城の人間じゃない部外者がなんども立ち入るのも悪い気もする。
「っ!まって!」
え?フランが突然、ばっと身をひるがえした。フランは、今しがた出てきた城の中を凝視している。
「フラン、どうした?」
「くる……」
くる?なにが?
と、次の瞬間、城の中からふわ、と風が吹いてきた。ん?城の中から?
ヒュウゥゥゥ……ゴオオォォォォ!
「うわあぁ!」
「きゃあー!」
どわ、そよ風がいきなり突風に変わった!猛烈な風が、城門の内から吹き付けてくる!あまりの風圧に、目も開けていられない。俺はただ踏ん張って、吹き飛ばされないようにするのがやっとだった。
「くうぅぅぅ……」
ドドドォォォォ……
そして嵐は、始まったのと同じように唐突に止んだ。
「な、なんだったんだぁ?今の……」
俺は目をぱちくりさせると、仲間たちの様子をうかがった。といってもフランもエラゼムもびくともしていなかったけど。ウィルは風に巻き上げられたのか、随分高いところに浮かんでいた。
「ウィルー!大丈夫かー?」
「ええ、なんとかー!」
ウィルが俺の頭の真上で手を振る……げっ。ウィルのやつ、スカートの中身が丸見えじゃないか。まったく、あいつは変なところではしたないんだよな……俺が気まずく視線を戻すと、フランがものすごい目で俺を睨んでいた。
「……」
「な、なんだよ!俺のせいじゃないだろっ」
「……」
フランが怒るので、俺はしかたなく首を直角にまげて地面に向けた。その時はじめて気づいたんだけど、俺の足元に真っ白な砂がこんもり積もっている。わっ、なんだこれ?砂はサラサラで、ちょっと動くだけでふわっと舞い上がるくらいだ。それが、城の入り口から俺たちを通り越すぐらいまで、山盛り敷き詰められている。まるでここだけ砂浜になったみたいだ。
「あれ?桜下さん、その砂なんですか?」
地面に降りてきたウィルが、砂を見て不思議そうに首を傾げた。
「わかんない、いつの間にかあったんだ。さっきの風で、城のほこりが吹き飛ばされたのかな」
「え、じゃあそれ、全部ほこりですか?ばっちぃ……」
くそ、自分ひとり浮いてるからって、他人事みたいに……
「ねえ、これ……」
砂の山の一角を、フランが指さした。そこに何かあるのか?俺もそこへ目を凝らしてみると、砂の中にぼろきれが埋まっていた。フランが片腕で砂を払うと、それはどうやら傷んだ服の一部のようだった。
「服……これ、城の人が着ていた服か?」
風で一緒に飛んできたのだろうか?ってことはこの白い砂たちは、風と一緒に地下から吹いてきたことになる……
「……なあ、この白い砂って、もしかして」
「うん……」
その時ウィルが、あっと大きな声を出した。ウィルは城の上の方をしきりに指さしている。
「見てください!あれ!」
俺たちもつられて視線を上げた。あれは……かすみ?城の窓や敷石のすき間から、白いもやみたいなものが煙のように立ち上っている。
「みんな……」
エラゼムが、かすれた声で呟いた。みんなってことは、あれは……
「魂が、解き放たれていく……」
白いかすみとなった霊魂たちは、ゆっくりと天に昇っていく。星明りと少し欠けた月の光を受けて、まるで白く輝く川が空に掛かったみたいだ。
「そっか。自由に、なれたんだな」
白い川は、夜空の果てまで浮かんでいき、やがて薄れて見えなくなった。そして天へと上った彼らの後を追うように、足元の白い砂も風に乗って飛んでいく。風が吹くたびに城の中を空気が駆け抜けて、笛を吹くような奇妙な音を奏でる。白い砂はその度に風に誘われて、いずこともなくサラサラと流れていった。俺は、あの骸骨剣士が朝日に照らされて消えていったところを思い出していた。
「エラゼム―――」
おぼろげな声が聞こえて、はっと視線を城へともどした。城の中、暗がりの中に一人だけ、うすく揺らめく人影が立っている。あれは……バークレイだ。バークレイは、こちらを見つめて何か言ったようだったが、やがてふっと消えてしまった。
「なんて言ってたんだ……?」
俺にはバークレイの別れの言葉は聞き取れなかったが……しかし、エラゼムには、その声がきちんと届いたみたいだった。
「はい。必ず……」
エラゼムは、小さな声でそう呟いた。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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ウィルは大きく伸びをすると、その場でくるりと回った。俺は城の窓から見える夜空をちらりと眺めた。きれいな星空だ。
「けど、本当によかったんでしょうか?みなさんをあのままにしてきてしまって……」
ウィルは後ろ髪を引かれるように、城の地下へと続く階段を振り返った。
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「そうですけど……それに、ほんとにみなさん、これで自由になれるんでしょうか」
「さて、それは見てみないとわからないな。なぁ、エラゼム?」
俺はすぐ横を歩く鎧の騎士に話を振った。
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「ま、それしかないか」
俺たちは悲劇に閉ざされた地下を出て、ついに城の入口へと戻ってきた。あとはエラゼムがこの城を出れば、その瞬間呪いは解け、囚われていた魂たちは自由になる……はずだけど。
「じゃあ、私から出ますね……あの、もしこれで、私たちも外に出れませんでした、なんてことになったら」
「縁起でもないこと言うなよ!」
「ひゃ!すみませーん!」
ウィルは転がるように狭い城門をくぐっていった。まったく、へんにフラグを立てないでいただきたい。
「あ、出れましたよ。よかったー」
「じゃなきゃ困るよ。じゃ、フランも」
「ん」
続いてフランも外に出た。よし、二人は大丈夫だな。
「じゃあ続いて俺も……」
俺は城門のすぐ手前に立つと、おそるおそる足を踏み出した。二人と違って、俺は生きた人間だ。けどだからといって、何かあるわけないからな……
「よっし!ふははは、どうだ。何にもなかったぞ」
「桜下さんもビビってるじゃないですか」
これで俺たち三人は無事に城を出ることができた。残るは、一番の重要人物のみだ。
「……」
エラゼムは、城門を前にして、戸惑っているようだった。
「エラゼム、大丈夫か?」
「……少し、混乱しております。なにぶん、ここ百年間は一歩たりともここを出たことはなかったものですから」
だろうな。なんなら、空の下に出てきたことも超久々なはずだ。ずっと引きこもってたのがいきなり外に出かけるみたいなもんだろうか?
「けど、あんたが出ないと。じゃなきゃ、終わらない」
「……ええ。そうですな」
エラゼムは鎧の隙間に深く空気を吸い込むと、意を決して、一歩足を踏み出した。
ガシャリ。
「……」
「……なんとも、ないですね」
「……みたいだな」
エラゼムは、普通に城の外に出た。べつに何が起こるわけじゃないんだろうけど、もっとこう、封印解除、みたいなイベントを予想してたから……
「これで、本当にみなさん自由になれたんですかね?」
「うーん?でも確かめようがないしなぁ」
さて、またあの地下に戻るのか?さっきサヨナラしてきたのに、すぐまた戻るのもなんだが。それに、城の人間じゃない部外者がなんども立ち入るのも悪い気もする。
「っ!まって!」
え?フランが突然、ばっと身をひるがえした。フランは、今しがた出てきた城の中を凝視している。
「フラン、どうした?」
「くる……」
くる?なにが?
と、次の瞬間、城の中からふわ、と風が吹いてきた。ん?城の中から?
ヒュウゥゥゥ……ゴオオォォォォ!
「うわあぁ!」
「きゃあー!」
どわ、そよ風がいきなり突風に変わった!猛烈な風が、城門の内から吹き付けてくる!あまりの風圧に、目も開けていられない。俺はただ踏ん張って、吹き飛ばされないようにするのがやっとだった。
「くうぅぅぅ……」
ドドドォォォォ……
そして嵐は、始まったのと同じように唐突に止んだ。
「な、なんだったんだぁ?今の……」
俺は目をぱちくりさせると、仲間たちの様子をうかがった。といってもフランもエラゼムもびくともしていなかったけど。ウィルは風に巻き上げられたのか、随分高いところに浮かんでいた。
「ウィルー!大丈夫かー?」
「ええ、なんとかー!」
ウィルが俺の頭の真上で手を振る……げっ。ウィルのやつ、スカートの中身が丸見えじゃないか。まったく、あいつは変なところではしたないんだよな……俺が気まずく視線を戻すと、フランがものすごい目で俺を睨んでいた。
「……」
「な、なんだよ!俺のせいじゃないだろっ」
「……」
フランが怒るので、俺はしかたなく首を直角にまげて地面に向けた。その時はじめて気づいたんだけど、俺の足元に真っ白な砂がこんもり積もっている。わっ、なんだこれ?砂はサラサラで、ちょっと動くだけでふわっと舞い上がるくらいだ。それが、城の入り口から俺たちを通り越すぐらいまで、山盛り敷き詰められている。まるでここだけ砂浜になったみたいだ。
「あれ?桜下さん、その砂なんですか?」
地面に降りてきたウィルが、砂を見て不思議そうに首を傾げた。
「わかんない、いつの間にかあったんだ。さっきの風で、城のほこりが吹き飛ばされたのかな」
「え、じゃあそれ、全部ほこりですか?ばっちぃ……」
くそ、自分ひとり浮いてるからって、他人事みたいに……
「ねえ、これ……」
砂の山の一角を、フランが指さした。そこに何かあるのか?俺もそこへ目を凝らしてみると、砂の中にぼろきれが埋まっていた。フランが片腕で砂を払うと、それはどうやら傷んだ服の一部のようだった。
「服……これ、城の人が着ていた服か?」
風で一緒に飛んできたのだろうか?ってことはこの白い砂たちは、風と一緒に地下から吹いてきたことになる……
「……なあ、この白い砂って、もしかして」
「うん……」
その時ウィルが、あっと大きな声を出した。ウィルは城の上の方をしきりに指さしている。
「見てください!あれ!」
俺たちもつられて視線を上げた。あれは……かすみ?城の窓や敷石のすき間から、白いもやみたいなものが煙のように立ち上っている。
「みんな……」
エラゼムが、かすれた声で呟いた。みんなってことは、あれは……
「魂が、解き放たれていく……」
白いかすみとなった霊魂たちは、ゆっくりと天に昇っていく。星明りと少し欠けた月の光を受けて、まるで白く輝く川が空に掛かったみたいだ。
「そっか。自由に、なれたんだな」
白い川は、夜空の果てまで浮かんでいき、やがて薄れて見えなくなった。そして天へと上った彼らの後を追うように、足元の白い砂も風に乗って飛んでいく。風が吹くたびに城の中を空気が駆け抜けて、笛を吹くような奇妙な音を奏でる。白い砂はその度に風に誘われて、いずこともなくサラサラと流れていった。俺は、あの骸骨剣士が朝日に照らされて消えていったところを思い出していた。
「エラゼム―――」
おぼろげな声が聞こえて、はっと視線を城へともどした。城の中、暗がりの中に一人だけ、うすく揺らめく人影が立っている。あれは……バークレイだ。バークレイは、こちらを見つめて何か言ったようだったが、やがてふっと消えてしまった。
「なんて言ってたんだ……?」
俺にはバークレイの別れの言葉は聞き取れなかったが……しかし、エラゼムには、その声がきちんと届いたみたいだった。
「はい。必ず……」
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