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3章 銀の川
9-3
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9-3
「真意?」
「はい」
エラゼムは深くうなずき、ないはずの目で俺をしっかり見据えた。
「桜下殿は人類にとって指針ともなりうる勇者の地位を捨て、新たな勢力を興そうとしてらっしゃる。しがらみに捕らわれぬためとお聞きしましたが、それはどのような意味でございましょう」
「指針って、そんな偉そうなものじゃないよ、勇者って。少なくとも俺はそんな柄じゃない。だって俺、勇者にふさわしくないって殺されそうになったんだもん」
「は?なぜそのようなことが」
「さあ、俺にもさっぱりだ。いきなり連れてこられたと思ったら、やれ魔王と戦え、けどお前は邪悪な勇者だから殺してやる、だったから。まだこの世界のこともきちんと理解できていないんだ」
「それは……異界より召喚されるとお聞きしましたが、桜下殿の合意なく召喚は行われるということですか?桜下殿が我々の要請に応じた結果、この世界にやってきたというわけではないと?」
「うん。少なくとも、俺はその意思はなかったな」
「なんと……それゆえ桜下殿は勇者を捨て、新たな勢力となったのですか」
「まあ、そうだな。それにこの国だと、勇者って嫌われてるんだよ。理由は……わからないけど」
俺は過去の勇者の悪行はごまかした。それを話したら、フランに出生の事件を知られてしまうかもしれないから。
「そうでございましたか……勇者を勝手に呼びつけておきながら、殺す、嫌うとは、この時代もなかなか一筋ではいかぬようですな。しかし、であれば桜下殿。桜下殿は人間魔王どの勢力にも与するつもりはないとのことでしたが、それはいずれ両陣営と争うこともありうるということですか」
「え?」
「つまり、桜下殿は自分を虐げた国と民に復讐をし、滅ぼす。その後新たな国を興し、ゆくゆくは魔王の土地をも……」
「ちょちょちょ、ちょっとまて!俺はそんなつもりないよ!確かに第三勢力とは言ったけど、それは第三の敵って意味じゃない。フランたちから聞かなかったか?俺は自由になりたいだけなんだ」
「はい。ですが、征服の上での自由というものもありましょう。皆を配下においてしまえば、桜下殿はまさに神のごとき振る舞いを許される存在です」
「神様って……それに、その方法だと、俺はバークレイや、あんたの主とも戦わなきゃいけないじゃないか。この国のどこかに子孫がいるんなら、その人とも。それだけじゃない、フランのばあちゃん、ウィルが育った神殿だって俺の敵になる。俺はそんなことをしたくて、仲間を集めてるわけじゃないよ……意外と意地悪だな、エラゼム」
「……申し訳ございません。どうしても、桜下殿のお心を聞いておきたかったのです。無礼をお許しください」
「いいよ。心配するのももっともだ。あ、これも言い忘れてたけど。俺たちは、殺しはしない方針なんだ」
「はい?不殺を貫くということですか?」
「まあ、なるべく無駄な殺生は避けようぜってことだな。自由な第三勢力としてやってく以上、むだないざこざは避けたいし、俺もウィルもそういうのダメなんだ」
「は、はあ。しかし、桜下殿は死霊術士では……?」
「うん、まあそうなんだけど。けど、幽霊のくせに苦手なシスターもいるし」
「べ、別にいいでしょう!それに、言い出したのは桜下さんじゃないですか!」
ウィルは眉を吊り上げると、ぷいっとそっぽをむいた。俺たちが話し込んでいる間にも、メシの支度は進めてくれていたらしい。鍋からいい匂いが漂い始めていた。
「ふ、ふふ……わっはっはっは!」
わ、エラゼムが急に大声で笑った。からの鎧の中で声が反響して、まるで大勢が笑っているみたいだ。
「いや、安心しました。桜下殿はお仕えするのにこれ以上ないお方のようだ」
「なんだ、俺を試してたのか?」
「否定は致しません。バークレイ様の命といえど、吾輩が桜下殿と交わした言葉は実にわずか。メアリー様の行方を探すのは吾輩も願うところですが、そのために多大な犠牲を払うことは、吾輩の望むところではございません」
エラゼムは、自分の胸を軽くカシャリとたたいた。
「吾輩の凶行を存じておられる皆様からすれば、なにを虫のいいことをと思われるかもしれませんが。吾輩はできれば、これ以上人を殺めたくはないのです。この鎧の中には、いまだ無数の魂が囚われております。かつて城に侵入した者たちですが、その中には年端もいかぬ子どもや、純粋な好奇心のみで城に立ち入った、未来ある少年少女もおりました……吾輩の手は血にまみれ、拭い落とすことはできませんが、せめてこれ以上、吾輩の手で未来を閉ざす人間を出したくはございません」
「……その鎧の中身を、自由にしてやることはできないのか?」
エラゼムは、軽くうつむいた。もし首があったなら、それを横に振っていたことだろう。
「できません。ここに閉じ込められているのは、侵入者と、あの日裏切った者たちと山賊どもです。もはや互いに溶け合っていて、選んで取り出すことはできません」
「……許すことは、できないか?」
「できません。桜下殿や、たとえバークレイ様の命であっても、それだけはできません。吾輩は、あの者たちを許すことはできない」
エラゼムは、低く硬い声で言った。その声には、隠し切れない激情が、薄く引き伸ばされて混ぜられているようだった。これは、何を言っても無駄だな……
「わかった。エラゼムの意思を尊重しよう。少なくとも殺さないって点では、意見が一致したしな」
「ありがとうございます、桜下殿」
エラゼムは姿勢を正すと、地面にこぶしをついて言った。
「改めまして、よろしくお願いいたします、桜下殿。微力ながら、桜下殿のお役に立つよう、剣を振るわせていただきます」
「うん。俺も行方探しを手伝えるようにするから、よろしくな」
「はい!」
エラゼム、鎧の亡霊騎士。彼の剣術は、この目で見た通り。頼もしい仲間が加わったな。
そのあと俺たちは、たき火を囲んで今まであった出来事をエラゼムに話して聞かせた。話すのは主に俺で、ウィルが作ってくれた小麦粉のシチューをもごもご食べながらだったけれど。フランとのなれそめはウィルにも詳しく話していなかったので、二人そろってふんふんとうなずいていた。ウィルとの出会いは、ウィルの横やりが入りまくって語り終えるのに苦労した。
「それでオオカミ退治の打ち上げで、酒場についていったんだけどさ。そこでウィルがへべれけになって……」
「へべれけって、そこまでひどくなかったでしょう。誤解を招くようなこと言わないでください。私はまじめなシスターですっ」
「そうか?そのあと言ったこと、まだ覚えてるけどな。服を脱いでどうとか……」
「うわー!へべれけでした!何を言ったか覚えてないなー!桜下さん、その話はもうやめにしましょう!」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「真意?」
「はい」
エラゼムは深くうなずき、ないはずの目で俺をしっかり見据えた。
「桜下殿は人類にとって指針ともなりうる勇者の地位を捨て、新たな勢力を興そうとしてらっしゃる。しがらみに捕らわれぬためとお聞きしましたが、それはどのような意味でございましょう」
「指針って、そんな偉そうなものじゃないよ、勇者って。少なくとも俺はそんな柄じゃない。だって俺、勇者にふさわしくないって殺されそうになったんだもん」
「は?なぜそのようなことが」
「さあ、俺にもさっぱりだ。いきなり連れてこられたと思ったら、やれ魔王と戦え、けどお前は邪悪な勇者だから殺してやる、だったから。まだこの世界のこともきちんと理解できていないんだ」
「それは……異界より召喚されるとお聞きしましたが、桜下殿の合意なく召喚は行われるということですか?桜下殿が我々の要請に応じた結果、この世界にやってきたというわけではないと?」
「うん。少なくとも、俺はその意思はなかったな」
「なんと……それゆえ桜下殿は勇者を捨て、新たな勢力となったのですか」
「まあ、そうだな。それにこの国だと、勇者って嫌われてるんだよ。理由は……わからないけど」
俺は過去の勇者の悪行はごまかした。それを話したら、フランに出生の事件を知られてしまうかもしれないから。
「そうでございましたか……勇者を勝手に呼びつけておきながら、殺す、嫌うとは、この時代もなかなか一筋ではいかぬようですな。しかし、であれば桜下殿。桜下殿は人間魔王どの勢力にも与するつもりはないとのことでしたが、それはいずれ両陣営と争うこともありうるということですか」
「え?」
「つまり、桜下殿は自分を虐げた国と民に復讐をし、滅ぼす。その後新たな国を興し、ゆくゆくは魔王の土地をも……」
「ちょちょちょ、ちょっとまて!俺はそんなつもりないよ!確かに第三勢力とは言ったけど、それは第三の敵って意味じゃない。フランたちから聞かなかったか?俺は自由になりたいだけなんだ」
「はい。ですが、征服の上での自由というものもありましょう。皆を配下においてしまえば、桜下殿はまさに神のごとき振る舞いを許される存在です」
「神様って……それに、その方法だと、俺はバークレイや、あんたの主とも戦わなきゃいけないじゃないか。この国のどこかに子孫がいるんなら、その人とも。それだけじゃない、フランのばあちゃん、ウィルが育った神殿だって俺の敵になる。俺はそんなことをしたくて、仲間を集めてるわけじゃないよ……意外と意地悪だな、エラゼム」
「……申し訳ございません。どうしても、桜下殿のお心を聞いておきたかったのです。無礼をお許しください」
「いいよ。心配するのももっともだ。あ、これも言い忘れてたけど。俺たちは、殺しはしない方針なんだ」
「はい?不殺を貫くということですか?」
「まあ、なるべく無駄な殺生は避けようぜってことだな。自由な第三勢力としてやってく以上、むだないざこざは避けたいし、俺もウィルもそういうのダメなんだ」
「は、はあ。しかし、桜下殿は死霊術士では……?」
「うん、まあそうなんだけど。けど、幽霊のくせに苦手なシスターもいるし」
「べ、別にいいでしょう!それに、言い出したのは桜下さんじゃないですか!」
ウィルは眉を吊り上げると、ぷいっとそっぽをむいた。俺たちが話し込んでいる間にも、メシの支度は進めてくれていたらしい。鍋からいい匂いが漂い始めていた。
「ふ、ふふ……わっはっはっは!」
わ、エラゼムが急に大声で笑った。からの鎧の中で声が反響して、まるで大勢が笑っているみたいだ。
「いや、安心しました。桜下殿はお仕えするのにこれ以上ないお方のようだ」
「なんだ、俺を試してたのか?」
「否定は致しません。バークレイ様の命といえど、吾輩が桜下殿と交わした言葉は実にわずか。メアリー様の行方を探すのは吾輩も願うところですが、そのために多大な犠牲を払うことは、吾輩の望むところではございません」
エラゼムは、自分の胸を軽くカシャリとたたいた。
「吾輩の凶行を存じておられる皆様からすれば、なにを虫のいいことをと思われるかもしれませんが。吾輩はできれば、これ以上人を殺めたくはないのです。この鎧の中には、いまだ無数の魂が囚われております。かつて城に侵入した者たちですが、その中には年端もいかぬ子どもや、純粋な好奇心のみで城に立ち入った、未来ある少年少女もおりました……吾輩の手は血にまみれ、拭い落とすことはできませんが、せめてこれ以上、吾輩の手で未来を閉ざす人間を出したくはございません」
「……その鎧の中身を、自由にしてやることはできないのか?」
エラゼムは、軽くうつむいた。もし首があったなら、それを横に振っていたことだろう。
「できません。ここに閉じ込められているのは、侵入者と、あの日裏切った者たちと山賊どもです。もはや互いに溶け合っていて、選んで取り出すことはできません」
「……許すことは、できないか?」
「できません。桜下殿や、たとえバークレイ様の命であっても、それだけはできません。吾輩は、あの者たちを許すことはできない」
エラゼムは、低く硬い声で言った。その声には、隠し切れない激情が、薄く引き伸ばされて混ぜられているようだった。これは、何を言っても無駄だな……
「わかった。エラゼムの意思を尊重しよう。少なくとも殺さないって点では、意見が一致したしな」
「ありがとうございます、桜下殿」
エラゼムは姿勢を正すと、地面にこぶしをついて言った。
「改めまして、よろしくお願いいたします、桜下殿。微力ながら、桜下殿のお役に立つよう、剣を振るわせていただきます」
「うん。俺も行方探しを手伝えるようにするから、よろしくな」
「はい!」
エラゼム、鎧の亡霊騎士。彼の剣術は、この目で見た通り。頼もしい仲間が加わったな。
そのあと俺たちは、たき火を囲んで今まであった出来事をエラゼムに話して聞かせた。話すのは主に俺で、ウィルが作ってくれた小麦粉のシチューをもごもご食べながらだったけれど。フランとのなれそめはウィルにも詳しく話していなかったので、二人そろってふんふんとうなずいていた。ウィルとの出会いは、ウィルの横やりが入りまくって語り終えるのに苦労した。
「それでオオカミ退治の打ち上げで、酒場についていったんだけどさ。そこでウィルがへべれけになって……」
「へべれけって、そこまでひどくなかったでしょう。誤解を招くようなこと言わないでください。私はまじめなシスターですっ」
「そうか?そのあと言ったこと、まだ覚えてるけどな。服を脱いでどうとか……」
「うわー!へべれけでした!何を言ったか覚えてないなー!桜下さん、その話はもうやめにしましょう!」
つづく
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