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4章 それぞれの明日
10-2
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10-2
桜下たちよりはるか後方。フランが押し固めた芦のわだちを、そろそろと追跡する一人の兵士の姿があった。
「はぁ、はぁ……連中め、どうやらまだ私に気付いてはないようだな」
重厚な鎧を着こんだ兵士、エドガーは荒い息をしながらも、にやりとほくそ笑んだ。彼はラクーンからここまで、一人で桜下たちの後を追っていたのだ。
事は四半日前、桜下たちが町を脱出した時までさかのぼる。
「申し訳ありません、エドガー隊長。勇者を取り逃した責任は、全てオレにあります……」
ヘイズは切れ長の目をぎゅっと引き絞り、頭を深々下げた。
「オレが奴らの術に嵌って、操られなければ……」
「いや。お前に指揮をとらせたのは、私だ。責任なら私にある」
「けど……!」
「よせ。そうしたところで、勇者が戻ってくるわけでもあるまい。まさか、ネクロマンサーごときがそこまで高度な魔法を操るとは……予想もつかなんだ」
エドガーは頭を抱えた。さすが勇者といったところか、普通のネクロマンサーの規格をとうに超えてきている。只者ではないことは、王女様からも注意されていたはずなのに……くやしさに歯を食いしばるエドガーに、ヘイズがすっきりしない顔で言う。
「そこなんですけど、正確には魔法かどうかもわからないんです。奴の妙な術を食らったところまでは記憶があるんですが……」
「なに?魔法の類ではないのか?ああそういえば、お前、AMAは?」
「まさにそれなんです。オレの鎧もAMA仕様なのに、オレは奴の術を防げなかった。魔法ではないのか、それもと超高純度の魔力を用いたのか……いずれにしても正体はわからないんすけど、一つ確かなことは、奴の右手からそれが放たれたってことです」
「右手?」
エドガーが聞き返すと、ヘイズははい、とうなずいた。
「奴の右手から、なにかのエネルギーの塊がふき出したのを感じました。オレの記憶があるのはそこが最後です」
「むう……右手を用いる能力か。それだけでは何もわからんな」
「ええ……」
ヘイズがうなだれる。この男がこれだけ弱った姿は初めて見るな、とエドガーは思った。しかし、慰めの言葉をかけている余裕はない。今は一刻を争うのだ。エドガーは腰に装備したポーチから、一枚の巻物を取り出した。
「エドガー隊長……?それは」
「ああ。“探偵”のスクロールだ」
エドガーは巻物の封を切ると、声高に叫んだ。
「ディティクティブドッグ!対象、自我字引!」
シュパァー!巻物から、まばゆい光の粒子がふき出した。粒子は空気中に舞うと、少しずつ形を描いていく。やがてそれは、輝く犬の姿になった。エドガーは地図を取り出すと、犬の前の床に広げた。
「どうだ?やつらの痕跡はまだあるか」
光の犬は地図の上をふんふんと嗅ぎまわっていたが、やがてある一点を前足で指して、一声ワンと吠えた。
「む……ここか」
地図の一角、大河のほとりに、犬の手は置かれていた。エドガーはそれの位置を確認すると、うんとうなずき、巻物を閉じた。光の犬は、瞬く間に消えてしまった。
「エドガー隊長、勇者のエゴバイブルをサーチしたんですか」
「ああ。市場でスクロールをありったけ買い漁ったかいがあった……奴らめ、街道から外れてステュクス川沿いを移動しているようだ。だが、追いつけん距離ではない」
「奴を追うんですね。オレもいきます!」
ヘイズが柄になく意気込んだが、エドガーは首を横に振った。
「だめだ」
「な!なんでですか!今度こそやつを捕らえて見せます!」
「ばか者。お前がここを離れては、誰が残った部隊を指揮するのだ。これから本隊も合流するのだぞ」
「う……い、いいんすか。オレは、一度失敗してるんですよ」
「一度の失敗でいちいち首を変えていたら、いくつ頭があっても足りんよ。次こそはしっかり指揮を執れよ。奴の追跡は私が行く。支度が出来次第、すぐに出るぞ」
いうが早いか、エドガーはさっさと荷物を簡単にまとめ始めた。ヘイズが慌てる。
「え、エドガー隊長?おひとりで奴を追っかけるんですか?」
「当たり前だ。数が多くては目立つし、何より怪我人ばかりですぐには動けんだろう。もしかしたら戦闘になるかもしれんからな。お荷物を連れてはいけん」
「だ、だったらやっぱりオレが行って、隊長がここに残れば……」
「ヘイズ。くどいぞ、お前ではあの亡霊騎士に敵わんだろう。私以外に適任はいなないのだ」
完全に論破されて、ヘイズはぐぅの音も出なかった。苦虫を噛みつぶしたような顔をするヘイズを見て、エドガーがにやりと笑う。
「いつもは私が言いくるめられているが、今回は逆だな。わははは」
「……ったく。わかりましたよ、後方部隊は任せてください。きっちり汚名を返上してみせます」
「うむ。なるべく目印を残すようにする。最悪スクロールで私を探せ。ではな」
エドガーは最低限の荷物をまとめると、すぐに馬を探して飛び出していった。ヘイズはエドガーの背中を、無言の敬礼で見送った。
そして今、エドガーはたった一人で追跡を続けている。川沿いの芦原に突っ込んだところで、馬は放してしまった。足場が悪い場所では、かえって邪魔になる。それに、勇者一行もどうやら徒歩で移動しているようだった。
エドガーはつかず離れず、だが念のためかなりの距離を置いて後を追っていた。見つかることを恐れ、松明は持っていない。おかげで彼の立派な鎧には、あちこちに転んだ拍子についた泥や、芦の葉っぱがくっついていた。しかし、彼もなりふり構っていられない。王女から受けた命を達成するまでは、意地でも帰れなかった。
「待ってろよ、勇者。必ずやお前を、絞首台まで引きずり出してやる……!」
エドガーの孤独な追跡劇はつづく……
一方そのころ。ここは、二の国ギネンベルナの王都、ペリスティル。とある宿屋の一室に、さわやかな金髪、晴れた日の空のような碧眼と、絵に描いたような美少年とその一行が泊まっていた。少年の名前は、クラーク。一の国では“金雷の勇者”と呼ばれる、完全正統派の勇者であった。
「……」
クラークは夜に沈むペリスティルの町並みを眺めながら、ひとり夜風に吹かれていた。
「……クラーク?まだ眠らないの?」
クラークはそう声を掛けられ、室内に目を向けた。二つ並んだベッドの片方、クラークのベッドの隣で、真っ赤な髪の少女がむくりと起き上がっていた。少女はくしくしと目をこすると、顔に掛かるもみじ色の髪を撫でつけている。まるで小さな女の子のような仕草に、クラークは思わずくすりと笑みをこぼした。
「クラーク……?笑ってるの?」
「ああいや、ごめん。なんでもないよ、コルル。それより、起こしてしまったかな」
クラークは慌ててごまかした。もしコルルがはっきり目を覚ましてしまったら、きっと自分を笑われたことに、髪と同じくらい顔を赤くするはずだから。
「ふぁ……なんでもないなら、どうしてまだ起きてるのよ。なにか悩み事?」
「悩みか……そんなに大層なことではないんだけど。すこし、考え事をね」
「考え事?夜くらい休みなさいよ。あなたは明るい間は、ずっと難しい顔してるくらいなんだから」
「僕、そんな顔してるかなぁ?」
クラークは自分の顔に手を当てた。気難しい性格だと言うのは自覚しているけど、表情にも出ていたなんて。
「で?何について考えてたの?」
コルルは毛布を退けると、ベッドのはしに腰掛けた。詳しく話すまでは絶対眠りませんという態度だ。クラークはごまかすのを諦めて、素直に話すことにした。
「本当に大したことじゃないんだよ。次の行き先を考えていたんだ」
「行き先?二の国の王女様には挨拶がすんだんだから、一の国に帰るんじゃないの?」
「そのつもりだった。けど、王女様から聞いた話がどうしても気になって」
「話……クラークが聞かせてくれたやつね。ならず者の勇者がいる、とかなんとか」
「うん……」
クラークは再び窓の外に視線を向けた。そこには、今は穏やかな夜が広がっているが、日中はそれはもう大変な騒ぎだった。市民たちが長蛇の列をなし、王城まで押しかけたのだ。実際には王城の手前の橋で門前払いを喰らっていたが、騒ぎは町の方まで十分伝わっていた。騒ぎの理由は、抗議と質疑。その内容を簡単に訳せば、“王家は極悪な勇者を野放しにしているのか?”だ。
「悪の勇者……そんなものがいるなんて、考えてもみなかった。勇者といえば、正義の味方であり、悪を打ち砕く力であるはずなのに」
「あなたみたいにね、“正義のいかずち”、“ジャッジメント・ライトニング”さん?」
「わっ、わ。よしてくれよ、それは」
クラークは顔を真っ赤にし、コルルはくすくすと笑った。クラークはごほんと咳ばらいをすると、真面目な顔で続けた。
「ともかく。もしその話が本当なんだとしたら、大変だ。勇者の力はあまりに大きい。それが悪に染まったなら、この世界に巨大な悪がはびこることになる。そんなの、僕がぜったい許さない」
クラークは決意に満ちた顔で、きっぱりと言い切った。コルルはクラークの青い瞳の中に、金色の閃光が走ったような気がした。
「……それじゃあ、その悪の勇者とやらを追うのね?」
「そうしようと思ってる。ライカニール帝からは、ひとまず国に戻ってこいって言われてるけど……」
クラークがうかがうような視線をコルルに向ける。コルルは肩をすくめると、にこりと笑った。
「あなたが言い出したら止まらないのは、もうみんな慣れっこだわ。明日、ミカエルとアドリアにも話しましょ。みんな納得してくれるわよ」
「本当かい?ありがとう、コルル!」
クラークが明るく笑うと、コルルは頬を赤く染めて、ぷいっとそっぽを向いた。
「ほ、ほら!そうと決まったら、さっさと寝ましょ。明日からまた旅暮らしなんだから」
「うん、そうするよ。おやすみ、コルル」
クラークがほほ笑むと、コルルは毛布をかぶってベッドに横になった。クラークもベッドに横になる。クラークは天井を見上げながら、ひとりごちた。
「悪の勇者……」
勇者ということは、彼もまた、この世界に召喚された者だということだろう。であるなら十中八九、彼も“自分と同じような境遇”の人間のはずだ。だからこそ、クラークはその勇者を許せなかった。
(かならず、僕が打ち倒してやる)
クラークは固く決意した。二人の勇者があいまみえるのは、そう遠くないのかもしれない……
王都の夜は、水面下に様々な思惑を隠したまま、静かに過ぎていくのだった。
五章へつづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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桜下たちよりはるか後方。フランが押し固めた芦のわだちを、そろそろと追跡する一人の兵士の姿があった。
「はぁ、はぁ……連中め、どうやらまだ私に気付いてはないようだな」
重厚な鎧を着こんだ兵士、エドガーは荒い息をしながらも、にやりとほくそ笑んだ。彼はラクーンからここまで、一人で桜下たちの後を追っていたのだ。
事は四半日前、桜下たちが町を脱出した時までさかのぼる。
「申し訳ありません、エドガー隊長。勇者を取り逃した責任は、全てオレにあります……」
ヘイズは切れ長の目をぎゅっと引き絞り、頭を深々下げた。
「オレが奴らの術に嵌って、操られなければ……」
「いや。お前に指揮をとらせたのは、私だ。責任なら私にある」
「けど……!」
「よせ。そうしたところで、勇者が戻ってくるわけでもあるまい。まさか、ネクロマンサーごときがそこまで高度な魔法を操るとは……予想もつかなんだ」
エドガーは頭を抱えた。さすが勇者といったところか、普通のネクロマンサーの規格をとうに超えてきている。只者ではないことは、王女様からも注意されていたはずなのに……くやしさに歯を食いしばるエドガーに、ヘイズがすっきりしない顔で言う。
「そこなんですけど、正確には魔法かどうかもわからないんです。奴の妙な術を食らったところまでは記憶があるんですが……」
「なに?魔法の類ではないのか?ああそういえば、お前、AMAは?」
「まさにそれなんです。オレの鎧もAMA仕様なのに、オレは奴の術を防げなかった。魔法ではないのか、それもと超高純度の魔力を用いたのか……いずれにしても正体はわからないんすけど、一つ確かなことは、奴の右手からそれが放たれたってことです」
「右手?」
エドガーが聞き返すと、ヘイズははい、とうなずいた。
「奴の右手から、なにかのエネルギーの塊がふき出したのを感じました。オレの記憶があるのはそこが最後です」
「むう……右手を用いる能力か。それだけでは何もわからんな」
「ええ……」
ヘイズがうなだれる。この男がこれだけ弱った姿は初めて見るな、とエドガーは思った。しかし、慰めの言葉をかけている余裕はない。今は一刻を争うのだ。エドガーは腰に装備したポーチから、一枚の巻物を取り出した。
「エドガー隊長……?それは」
「ああ。“探偵”のスクロールだ」
エドガーは巻物の封を切ると、声高に叫んだ。
「ディティクティブドッグ!対象、自我字引!」
シュパァー!巻物から、まばゆい光の粒子がふき出した。粒子は空気中に舞うと、少しずつ形を描いていく。やがてそれは、輝く犬の姿になった。エドガーは地図を取り出すと、犬の前の床に広げた。
「どうだ?やつらの痕跡はまだあるか」
光の犬は地図の上をふんふんと嗅ぎまわっていたが、やがてある一点を前足で指して、一声ワンと吠えた。
「む……ここか」
地図の一角、大河のほとりに、犬の手は置かれていた。エドガーはそれの位置を確認すると、うんとうなずき、巻物を閉じた。光の犬は、瞬く間に消えてしまった。
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「ああ。市場でスクロールをありったけ買い漁ったかいがあった……奴らめ、街道から外れてステュクス川沿いを移動しているようだ。だが、追いつけん距離ではない」
「奴を追うんですね。オレもいきます!」
ヘイズが柄になく意気込んだが、エドガーは首を横に振った。
「だめだ」
「な!なんでですか!今度こそやつを捕らえて見せます!」
「ばか者。お前がここを離れては、誰が残った部隊を指揮するのだ。これから本隊も合流するのだぞ」
「う……い、いいんすか。オレは、一度失敗してるんですよ」
「一度の失敗でいちいち首を変えていたら、いくつ頭があっても足りんよ。次こそはしっかり指揮を執れよ。奴の追跡は私が行く。支度が出来次第、すぐに出るぞ」
いうが早いか、エドガーはさっさと荷物を簡単にまとめ始めた。ヘイズが慌てる。
「え、エドガー隊長?おひとりで奴を追っかけるんですか?」
「当たり前だ。数が多くては目立つし、何より怪我人ばかりですぐには動けんだろう。もしかしたら戦闘になるかもしれんからな。お荷物を連れてはいけん」
「だ、だったらやっぱりオレが行って、隊長がここに残れば……」
「ヘイズ。くどいぞ、お前ではあの亡霊騎士に敵わんだろう。私以外に適任はいなないのだ」
完全に論破されて、ヘイズはぐぅの音も出なかった。苦虫を噛みつぶしたような顔をするヘイズを見て、エドガーがにやりと笑う。
「いつもは私が言いくるめられているが、今回は逆だな。わははは」
「……ったく。わかりましたよ、後方部隊は任せてください。きっちり汚名を返上してみせます」
「うむ。なるべく目印を残すようにする。最悪スクロールで私を探せ。ではな」
エドガーは最低限の荷物をまとめると、すぐに馬を探して飛び出していった。ヘイズはエドガーの背中を、無言の敬礼で見送った。
そして今、エドガーはたった一人で追跡を続けている。川沿いの芦原に突っ込んだところで、馬は放してしまった。足場が悪い場所では、かえって邪魔になる。それに、勇者一行もどうやら徒歩で移動しているようだった。
エドガーはつかず離れず、だが念のためかなりの距離を置いて後を追っていた。見つかることを恐れ、松明は持っていない。おかげで彼の立派な鎧には、あちこちに転んだ拍子についた泥や、芦の葉っぱがくっついていた。しかし、彼もなりふり構っていられない。王女から受けた命を達成するまでは、意地でも帰れなかった。
「待ってろよ、勇者。必ずやお前を、絞首台まで引きずり出してやる……!」
エドガーの孤独な追跡劇はつづく……
一方そのころ。ここは、二の国ギネンベルナの王都、ペリスティル。とある宿屋の一室に、さわやかな金髪、晴れた日の空のような碧眼と、絵に描いたような美少年とその一行が泊まっていた。少年の名前は、クラーク。一の国では“金雷の勇者”と呼ばれる、完全正統派の勇者であった。
「……」
クラークは夜に沈むペリスティルの町並みを眺めながら、ひとり夜風に吹かれていた。
「……クラーク?まだ眠らないの?」
クラークはそう声を掛けられ、室内に目を向けた。二つ並んだベッドの片方、クラークのベッドの隣で、真っ赤な髪の少女がむくりと起き上がっていた。少女はくしくしと目をこすると、顔に掛かるもみじ色の髪を撫でつけている。まるで小さな女の子のような仕草に、クラークは思わずくすりと笑みをこぼした。
「クラーク……?笑ってるの?」
「ああいや、ごめん。なんでもないよ、コルル。それより、起こしてしまったかな」
クラークは慌ててごまかした。もしコルルがはっきり目を覚ましてしまったら、きっと自分を笑われたことに、髪と同じくらい顔を赤くするはずだから。
「ふぁ……なんでもないなら、どうしてまだ起きてるのよ。なにか悩み事?」
「悩みか……そんなに大層なことではないんだけど。すこし、考え事をね」
「考え事?夜くらい休みなさいよ。あなたは明るい間は、ずっと難しい顔してるくらいなんだから」
「僕、そんな顔してるかなぁ?」
クラークは自分の顔に手を当てた。気難しい性格だと言うのは自覚しているけど、表情にも出ていたなんて。
「で?何について考えてたの?」
コルルは毛布を退けると、ベッドのはしに腰掛けた。詳しく話すまでは絶対眠りませんという態度だ。クラークはごまかすのを諦めて、素直に話すことにした。
「本当に大したことじゃないんだよ。次の行き先を考えていたんだ」
「行き先?二の国の王女様には挨拶がすんだんだから、一の国に帰るんじゃないの?」
「そのつもりだった。けど、王女様から聞いた話がどうしても気になって」
「話……クラークが聞かせてくれたやつね。ならず者の勇者がいる、とかなんとか」
「うん……」
クラークは再び窓の外に視線を向けた。そこには、今は穏やかな夜が広がっているが、日中はそれはもう大変な騒ぎだった。市民たちが長蛇の列をなし、王城まで押しかけたのだ。実際には王城の手前の橋で門前払いを喰らっていたが、騒ぎは町の方まで十分伝わっていた。騒ぎの理由は、抗議と質疑。その内容を簡単に訳せば、“王家は極悪な勇者を野放しにしているのか?”だ。
「悪の勇者……そんなものがいるなんて、考えてもみなかった。勇者といえば、正義の味方であり、悪を打ち砕く力であるはずなのに」
「あなたみたいにね、“正義のいかずち”、“ジャッジメント・ライトニング”さん?」
「わっ、わ。よしてくれよ、それは」
クラークは顔を真っ赤にし、コルルはくすくすと笑った。クラークはごほんと咳ばらいをすると、真面目な顔で続けた。
「ともかく。もしその話が本当なんだとしたら、大変だ。勇者の力はあまりに大きい。それが悪に染まったなら、この世界に巨大な悪がはびこることになる。そんなの、僕がぜったい許さない」
クラークは決意に満ちた顔で、きっぱりと言い切った。コルルはクラークの青い瞳の中に、金色の閃光が走ったような気がした。
「……それじゃあ、その悪の勇者とやらを追うのね?」
「そうしようと思ってる。ライカニール帝からは、ひとまず国に戻ってこいって言われてるけど……」
クラークがうかがうような視線をコルルに向ける。コルルは肩をすくめると、にこりと笑った。
「あなたが言い出したら止まらないのは、もうみんな慣れっこだわ。明日、ミカエルとアドリアにも話しましょ。みんな納得してくれるわよ」
「本当かい?ありがとう、コルル!」
クラークが明るく笑うと、コルルは頬を赤く染めて、ぷいっとそっぽを向いた。
「ほ、ほら!そうと決まったら、さっさと寝ましょ。明日からまた旅暮らしなんだから」
「うん、そうするよ。おやすみ、コルル」
クラークがほほ笑むと、コルルは毛布をかぶってベッドに横になった。クラークもベッドに横になる。クラークは天井を見上げながら、ひとりごちた。
「悪の勇者……」
勇者ということは、彼もまた、この世界に召喚された者だということだろう。であるなら十中八九、彼も“自分と同じような境遇”の人間のはずだ。だからこそ、クラークはその勇者を許せなかった。
(かならず、僕が打ち倒してやる)
クラークは固く決意した。二人の勇者があいまみえるのは、そう遠くないのかもしれない……
王都の夜は、水面下に様々な思惑を隠したまま、静かに過ぎていくのだった。
五章へつづく
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