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5章 幸せの形
1-1 渓流の森
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1-1 渓流の森
二の国の王女ロアは、はっと目を覚ました。
目を開けてみても、見えるのは墨のような夜の闇ばかり。どうやら、おかしな時間に目覚めてしまったようだ。ロアはため息をついて、また眠ろうと思ったが、どうやら睡魔は完全に去ってしまったらしい。どれだけ目をつぶろうが、寝返りを打とうが、かえって目がさえてきてしまった。ロアは眠れないことがだんだん頭にきて、とうとうベッドから起き上がってしまった。
「今、何時だ?なんだっていうんだ、まったく……」
ベッドの天蓋をくぐり、スリッパに足を通す。乱れた髪を簡単に撫でつけると、ロアは暗い室内を手探りで窓の方まで歩いていった。やがて手にカーテンらしき布の感触。ロアは厚手のしっとりとしたカーテンをシャッと引いた。案の定、外もまだ暗い。しかし、朝は近いようだ。山並みのふちの空が、あじさいの花のような淡い水色に染まりつつある。
カーテンを開けたことで、室内の様子がある程度見渡せるようになった。小さなホールほどもあるその部屋だが、ここにはロアの物は一つもない。もちろん、王女の部屋に物が無いわけではない。きらびやかなアクセサリー、美しい装飾の施された家具たち。クローゼットの中にはシルクのドレスが山ほど入っている。しかし、それらはどれも“王女”の物だ。これはティアラを被った者のためにあるのであって、ロアのための物ではない。ロアにとって思い入れのある品といえば、テーブルの上に飾られた母の写真、つまり先代王女の写真立てくらいのものであった。ロアはこの写真立てがなにより大切だったし、ほかのどんなに豪華な品々にもまったく未練はなかった。
(ひょっとすると近いうちに、私の物ではなくなるかもしれないし……)
そのことを考えるだけで、ロアの胃はキリキリと締まるようだった。不眠の原因はこれに違いないと、ロアはしかめ面をした。ロアは部屋を横切り、母の写真立てのもとまでとぼとぼと歩いていった。
「母様……」
ロアは写真立てを手に取りつぶやいた。それは厳格な女王の声などではなく、母に縋る子どものそれに等しかった。
「母様……私は、私はただ、もう二度と母様のような人を出したくないと……」
ロアの声は小さく、最後はかすれて言葉にならなかった。
ロアはしばらく母の写真立てを胸に抱えてうつむいていた。だが、ふいに我に返ると、今度は己の未熟な行動を恥じた。
(なんて幼いマネを。甘い心は、あの日から捨て去ったはずなのに。まだ私は、弱いままなんだ……)
ロアは写真立てを乱暴に机に戻すと、つかつか歩いて行って、荒々しく寝室の扉を開け放った。どこかで一人になりたかった。だったら部屋に残ってもよかったのだが、そうするとまた甘い心が出てきてしまいそうで、気付くとロアの足は外に向かっていた。といっても、下に下りていけばきっと使用人に出くわす。こんな時間から働き始める下男たちの存在を、ロアは前にこうるさい教育係から聞いたことがあった。これ見よがしに自分たち家来の働きを見せつけたがる、嫌な人だ。
ともかく、誰かに見つかればたちまち取り巻きができてしまうだろう。なら、向かうのは上だ。ロアはそびえ立つ城壁のてっぺんを目指して、階段の方へと歩き出した。
長い階段をずいぶんと上った。ロアはふぅふぅと胸を弾ませたが、もやもやした気持ちを振り払うために、あえてがむしゃらに階段を上り続けた。やがて段は途切れ、ついに城壁の上へと出た。その頃には空はずいぶん明るくなってきていて、透き通るようなブルーの空に、一筋の雲が流れていた。朝の爽やかな風が、火照ったロアの身体を冷やす。この風と一緒に、ロアの中のわだかまりも溶けて消えていくような気がした。
それからしばらく、ロアは城壁のへりに腕を乗せながら、朝の風に吹かれていた。風は一瞬ロアの心を軽くしてくれたが、しばらくするとまたモヤモヤと薄暗い雲のように、不安と悩みがロアの心を覆っていった。晴れやかな頭上の空とは対照的だ。ロアはこれ以上胃を痛めつけないようにと、遠くの山すそを一心不乱に睨み続けた。そうすることで、もやもやから目を背けようとした。
やがて、山の陰に隠れていた朝日が、いく筋もの光の線となって少しずつ姿を現しはじめた。まぶしさに思わず目を細める。空は一気に明るくなり、東のほうはほとんど真っ白に染まった。ロアはこれ以上直視していられず、体を反転させて太陽から目を背けた。
「……ん?」
ロアの視界、つまり反対の西の空に、ぼつんと黒い点が浮かんでいる。鳥だろうか?鳥にしては、ずいぶん早い時間に飛ぶな。それに、あんなに高く飛んでいる。城壁の上のロアとだいたい視線が同じ高さだから、相当だ。ロアは黒い鳥をじっと見つめた。黒い鳥の方も、だんだんこちらへ近づいてきているようだ。点が少しずつ大きくなっていく。やがて大きな翼の形が見えるくらいになった。そして次に、その鳥の足の形が分かった。三本足だ。
「ッ!ヤタガラス!エドガーからの伝書鳥だっ!」
すぐにヤタガラスの力強いはばたきの音が聞こえてきた。大鷲ほどもある三本足のカラスは、まっすぐロアのもとへと向かってくる。そのカラスの真ん中の足には、筒のようなものが括り付けられていた。ヤタガラスはロアの頭上までやってきてから旋回すると、残り二本の足で器用に筒の中から折りたたまれた紙切れを取り出し、それをロアに向かって放った。紙切れは途中で風にあおられたが、その上で正確にロアの手元にストッと収まった。
「手紙……ラクーンでの戦果報告!ありがとう、キミ!名前はわからないけど……」
ヤタガラスは任務完了だとばかりに、一声カァーと鳴くと、元来た方角へと飛び去って行った。ロアは手紙を震える手で開くと、早鐘のように鳴り響く心臓を抑えながら、一心に文字を目で追った。
手紙には簡潔に、勇者を捕らえることに失敗した旨、なおも勇者追跡を継続する旨が書かれていた。
「え……?」
ロアは、もう一度手紙を読み返した。小さな紙切れに短く書かれた内容が、よく理解できなかった。というよりは、こんなにもあっさりと、たった数行で最後の望みが絶たれたことが受け入れられなかったのだ。
「失敗、した……」
ロアは口から魂が抜けたようだった。体中に力が入らない。手足からすーっと血の気が失せ、口をぽかんと開けたまま、ロアはずるずるとへりの下にへたりこんだ。
「失敗した……」
ロアの頭の中には、失敗の二文字がうわんうわんと反響していた。もしもラクーンで勇者を捕らえられなかったら、その事実を民衆に包み隠さず打ち明けるしかない。かつて、自分がエドガーに語った事だ。まさに今がその状況だった。覚悟はしていたはずなのに、いざ現実になってみると、まったく受け入れられる気がしなかった。
(民衆の目は、あきらかに疑いに向いてる。今ここで取り逃したことを公表すれば……)
先日のことを思い出す。数日前の王城には、勇者がいつまでたっても現れないことを不審に思った城下町の町民たちが、説明を求めて長蛇の列をなしていた。その時はなんとか言いくるめて追い返したが、それはエドガーたちの結果が分からないがゆえの対応であった。エドガーたちが無事に勇者を捕らえれば、町民たちに弱みを見せなくても済む……心のどこかで、ロアはきっとそうなると信じ込んでいたのかも知れなかった。
(これで、私への信用は地に落ちるだろうな……)
もともと若さのせいで、民衆の自分への期待は薄かった。それがついに、打ち砕ける日が来たのだ。
(……どうして。どうして、私ばっかり!)
胸の中に、やるせない怒りが渦巻く。ロアは、国王に就任してからのことを思い出した。民衆も家臣も、誰一人として私を心から信用してはいなかった。王家の血筋という絶対的な資格がありながらも、誰もロアを王として認めはしなかった。無論、自分が若くして王となったのにはそれなりの理由があったし、そのことについて母は、死ぬまで苦しみ続けたが……
(エドガー、どうしてしくじったんだ!)
ロアの怒りの矛先は、今度はあの立派な鎧を身につけた兵士長へと向いた。エドガーは剣を持たせれば指折りの名手だが、戦術家とはとても言えない。それをカバーするために、軍の中でも切れ者のヘイズとかいう男を付けたというのに。ロアは運命までもが自分を嫌っていると感じ、皆に寄ってたかって嘲笑われている気分になった。
(どいつもこいつも!みんな、私が嫌いなんだ!)
ロアは絶望のどん底にいた。朝から感じていた孤独感が、ここに来てはっきりと形を持ち、牙を剥いていた。
(そうだ……私はずっと一人だった……母様がいなくなってから、ずっと。唯一味方だったのは……)
ロアは、ふっと思い出した。唯一親身になってくれたのは、エドガーだけだった。あの純朴で、どこか抜けている男だけは、最初からずっとロアを信じて、付いてきてくれていた。何百人といる家来の中で、忠臣と言えるのはあの男くらいのものだ。ロアはそのことを一時と言えど忘れていたことに驚き、またエドガーに向けて怒りをぶつけていたことを恥じた。
(そうだ。まだ私には、王女としてやるべきことがある)
エドガーは手紙で、勇者の追跡を続けると書いていた。やつはまだ、諦めていない。ならば、私が先に勝負を捨ててはならない。
ロアは、数十分前に暗闇の中でまぶたを開いてから今まで、ようやく目が覚めた気分だった。
(もともと私に期待なんて、誰もしてやいなかったんだ)
だったら今更、何を恐れることがあると言うのか。王女としての生活にも、部屋の高価な品々にも、未練なんて欠片もない。今更失って困るものなんかない。ただ一つ、勇者への恨みをのぞいては。
「……私はどうなったってかまわない。だけど、勇者だけは必ず捕まえなくちゃ。もう二度と、この国を勇者の好き勝手になんかさせない」
あの最悪の勇者が起こした、最低の惨劇。ロアは誰よりも、勇者への憎しみをその“血”へ宿していた。
ロアは立ち上がった。その眼にはもう、気弱な乙女の面影は残っていない。
「腹をくくらなきゃ。私は、私にできることをしよう。最後の時まで」
ロアは悲痛な決意を胸に、西の空を見上げた。空には遠ざかるヤタガラスが、青に浮かぶ染みのように、小さな黒点となって浮かんでいるだけだった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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二の国の王女ロアは、はっと目を覚ました。
目を開けてみても、見えるのは墨のような夜の闇ばかり。どうやら、おかしな時間に目覚めてしまったようだ。ロアはため息をついて、また眠ろうと思ったが、どうやら睡魔は完全に去ってしまったらしい。どれだけ目をつぶろうが、寝返りを打とうが、かえって目がさえてきてしまった。ロアは眠れないことがだんだん頭にきて、とうとうベッドから起き上がってしまった。
「今、何時だ?なんだっていうんだ、まったく……」
ベッドの天蓋をくぐり、スリッパに足を通す。乱れた髪を簡単に撫でつけると、ロアは暗い室内を手探りで窓の方まで歩いていった。やがて手にカーテンらしき布の感触。ロアは厚手のしっとりとしたカーテンをシャッと引いた。案の定、外もまだ暗い。しかし、朝は近いようだ。山並みのふちの空が、あじさいの花のような淡い水色に染まりつつある。
カーテンを開けたことで、室内の様子がある程度見渡せるようになった。小さなホールほどもあるその部屋だが、ここにはロアの物は一つもない。もちろん、王女の部屋に物が無いわけではない。きらびやかなアクセサリー、美しい装飾の施された家具たち。クローゼットの中にはシルクのドレスが山ほど入っている。しかし、それらはどれも“王女”の物だ。これはティアラを被った者のためにあるのであって、ロアのための物ではない。ロアにとって思い入れのある品といえば、テーブルの上に飾られた母の写真、つまり先代王女の写真立てくらいのものであった。ロアはこの写真立てがなにより大切だったし、ほかのどんなに豪華な品々にもまったく未練はなかった。
(ひょっとすると近いうちに、私の物ではなくなるかもしれないし……)
そのことを考えるだけで、ロアの胃はキリキリと締まるようだった。不眠の原因はこれに違いないと、ロアはしかめ面をした。ロアは部屋を横切り、母の写真立てのもとまでとぼとぼと歩いていった。
「母様……」
ロアは写真立てを手に取りつぶやいた。それは厳格な女王の声などではなく、母に縋る子どものそれに等しかった。
「母様……私は、私はただ、もう二度と母様のような人を出したくないと……」
ロアの声は小さく、最後はかすれて言葉にならなかった。
ロアはしばらく母の写真立てを胸に抱えてうつむいていた。だが、ふいに我に返ると、今度は己の未熟な行動を恥じた。
(なんて幼いマネを。甘い心は、あの日から捨て去ったはずなのに。まだ私は、弱いままなんだ……)
ロアは写真立てを乱暴に机に戻すと、つかつか歩いて行って、荒々しく寝室の扉を開け放った。どこかで一人になりたかった。だったら部屋に残ってもよかったのだが、そうするとまた甘い心が出てきてしまいそうで、気付くとロアの足は外に向かっていた。といっても、下に下りていけばきっと使用人に出くわす。こんな時間から働き始める下男たちの存在を、ロアは前にこうるさい教育係から聞いたことがあった。これ見よがしに自分たち家来の働きを見せつけたがる、嫌な人だ。
ともかく、誰かに見つかればたちまち取り巻きができてしまうだろう。なら、向かうのは上だ。ロアはそびえ立つ城壁のてっぺんを目指して、階段の方へと歩き出した。
長い階段をずいぶんと上った。ロアはふぅふぅと胸を弾ませたが、もやもやした気持ちを振り払うために、あえてがむしゃらに階段を上り続けた。やがて段は途切れ、ついに城壁の上へと出た。その頃には空はずいぶん明るくなってきていて、透き通るようなブルーの空に、一筋の雲が流れていた。朝の爽やかな風が、火照ったロアの身体を冷やす。この風と一緒に、ロアの中のわだかまりも溶けて消えていくような気がした。
それからしばらく、ロアは城壁のへりに腕を乗せながら、朝の風に吹かれていた。風は一瞬ロアの心を軽くしてくれたが、しばらくするとまたモヤモヤと薄暗い雲のように、不安と悩みがロアの心を覆っていった。晴れやかな頭上の空とは対照的だ。ロアはこれ以上胃を痛めつけないようにと、遠くの山すそを一心不乱に睨み続けた。そうすることで、もやもやから目を背けようとした。
やがて、山の陰に隠れていた朝日が、いく筋もの光の線となって少しずつ姿を現しはじめた。まぶしさに思わず目を細める。空は一気に明るくなり、東のほうはほとんど真っ白に染まった。ロアはこれ以上直視していられず、体を反転させて太陽から目を背けた。
「……ん?」
ロアの視界、つまり反対の西の空に、ぼつんと黒い点が浮かんでいる。鳥だろうか?鳥にしては、ずいぶん早い時間に飛ぶな。それに、あんなに高く飛んでいる。城壁の上のロアとだいたい視線が同じ高さだから、相当だ。ロアは黒い鳥をじっと見つめた。黒い鳥の方も、だんだんこちらへ近づいてきているようだ。点が少しずつ大きくなっていく。やがて大きな翼の形が見えるくらいになった。そして次に、その鳥の足の形が分かった。三本足だ。
「ッ!ヤタガラス!エドガーからの伝書鳥だっ!」
すぐにヤタガラスの力強いはばたきの音が聞こえてきた。大鷲ほどもある三本足のカラスは、まっすぐロアのもとへと向かってくる。そのカラスの真ん中の足には、筒のようなものが括り付けられていた。ヤタガラスはロアの頭上までやってきてから旋回すると、残り二本の足で器用に筒の中から折りたたまれた紙切れを取り出し、それをロアに向かって放った。紙切れは途中で風にあおられたが、その上で正確にロアの手元にストッと収まった。
「手紙……ラクーンでの戦果報告!ありがとう、キミ!名前はわからないけど……」
ヤタガラスは任務完了だとばかりに、一声カァーと鳴くと、元来た方角へと飛び去って行った。ロアは手紙を震える手で開くと、早鐘のように鳴り響く心臓を抑えながら、一心に文字を目で追った。
手紙には簡潔に、勇者を捕らえることに失敗した旨、なおも勇者追跡を継続する旨が書かれていた。
「え……?」
ロアは、もう一度手紙を読み返した。小さな紙切れに短く書かれた内容が、よく理解できなかった。というよりは、こんなにもあっさりと、たった数行で最後の望みが絶たれたことが受け入れられなかったのだ。
「失敗、した……」
ロアは口から魂が抜けたようだった。体中に力が入らない。手足からすーっと血の気が失せ、口をぽかんと開けたまま、ロアはずるずるとへりの下にへたりこんだ。
「失敗した……」
ロアの頭の中には、失敗の二文字がうわんうわんと反響していた。もしもラクーンで勇者を捕らえられなかったら、その事実を民衆に包み隠さず打ち明けるしかない。かつて、自分がエドガーに語った事だ。まさに今がその状況だった。覚悟はしていたはずなのに、いざ現実になってみると、まったく受け入れられる気がしなかった。
(民衆の目は、あきらかに疑いに向いてる。今ここで取り逃したことを公表すれば……)
先日のことを思い出す。数日前の王城には、勇者がいつまでたっても現れないことを不審に思った城下町の町民たちが、説明を求めて長蛇の列をなしていた。その時はなんとか言いくるめて追い返したが、それはエドガーたちの結果が分からないがゆえの対応であった。エドガーたちが無事に勇者を捕らえれば、町民たちに弱みを見せなくても済む……心のどこかで、ロアはきっとそうなると信じ込んでいたのかも知れなかった。
(これで、私への信用は地に落ちるだろうな……)
もともと若さのせいで、民衆の自分への期待は薄かった。それがついに、打ち砕ける日が来たのだ。
(……どうして。どうして、私ばっかり!)
胸の中に、やるせない怒りが渦巻く。ロアは、国王に就任してからのことを思い出した。民衆も家臣も、誰一人として私を心から信用してはいなかった。王家の血筋という絶対的な資格がありながらも、誰もロアを王として認めはしなかった。無論、自分が若くして王となったのにはそれなりの理由があったし、そのことについて母は、死ぬまで苦しみ続けたが……
(エドガー、どうしてしくじったんだ!)
ロアの怒りの矛先は、今度はあの立派な鎧を身につけた兵士長へと向いた。エドガーは剣を持たせれば指折りの名手だが、戦術家とはとても言えない。それをカバーするために、軍の中でも切れ者のヘイズとかいう男を付けたというのに。ロアは運命までもが自分を嫌っていると感じ、皆に寄ってたかって嘲笑われている気分になった。
(どいつもこいつも!みんな、私が嫌いなんだ!)
ロアは絶望のどん底にいた。朝から感じていた孤独感が、ここに来てはっきりと形を持ち、牙を剥いていた。
(そうだ……私はずっと一人だった……母様がいなくなってから、ずっと。唯一味方だったのは……)
ロアは、ふっと思い出した。唯一親身になってくれたのは、エドガーだけだった。あの純朴で、どこか抜けている男だけは、最初からずっとロアを信じて、付いてきてくれていた。何百人といる家来の中で、忠臣と言えるのはあの男くらいのものだ。ロアはそのことを一時と言えど忘れていたことに驚き、またエドガーに向けて怒りをぶつけていたことを恥じた。
(そうだ。まだ私には、王女としてやるべきことがある)
エドガーは手紙で、勇者の追跡を続けると書いていた。やつはまだ、諦めていない。ならば、私が先に勝負を捨ててはならない。
ロアは、数十分前に暗闇の中でまぶたを開いてから今まで、ようやく目が覚めた気分だった。
(もともと私に期待なんて、誰もしてやいなかったんだ)
だったら今更、何を恐れることがあると言うのか。王女としての生活にも、部屋の高価な品々にも、未練なんて欠片もない。今更失って困るものなんかない。ただ一つ、勇者への恨みをのぞいては。
「……私はどうなったってかまわない。だけど、勇者だけは必ず捕まえなくちゃ。もう二度と、この国を勇者の好き勝手になんかさせない」
あの最悪の勇者が起こした、最低の惨劇。ロアは誰よりも、勇者への憎しみをその“血”へ宿していた。
ロアは立ち上がった。その眼にはもう、気弱な乙女の面影は残っていない。
「腹をくくらなきゃ。私は、私にできることをしよう。最後の時まで」
ロアは悲痛な決意を胸に、西の空を見上げた。空には遠ざかるヤタガラスが、青に浮かぶ染みのように、小さな黒点となって浮かんでいるだけだった。
つづく
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