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6章 風の守護する都
13-3
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「っ!」
「えっ!ろ、ロア様!?」
ロアは履いていたヒールを蹴とばすように脱いだ。かと思うといきなりジャンプして、テラスの細い欄干の上に飛び乗った。町民と兵士たちの目が点になる。
「みんな!聞いてくれ!」
ロアの気がふれたともとれる行為に、今まで騒いでいた町民たちはしーんとなった。
「確かに私は、勇者を逃がしてしまった!それをごまかそうとしたのも事実だ!それが原因で今回の戦いが起こり、お前たちに被害が及んでしまったことは……私のせいだと言われても、しようがないのかもしれない」
ロアはそこで一度言葉を区切ると、自分を見上げる人々をぐるりと見渡した。
「だが!今回の戦いにおいて、どうして私たちが勝てたのか!それは、逃げたはずの勇者が舞い戻り、私たちを助けてくれたからだ!」
町民たちにどよめきが走る。逃げ出したのは、凶悪な勇者なのではなかったか?そんな人間がなぜ、よりにもよって王家を助けることなど……?
「勇者とその仲間たちは、敵の兵たちを全て蹴散らし、敵が使役していた怪物を跡形もなく空のかなたへ消し飛ばして見せた。諸君らも見ただろう、あの光景を」
ああ、なるほど……町民たちは納得した。あの夜空に登る龍のような、緑に輝く竜巻の正体。あれは恐らく、その勇者たちが巻き起こしたものなのだ。
「彼らは凄まじい力を持っていた。しかし、彼らの戦いに限っては、死者はただの一人も出ることはなかった。彼らは、無益な殺生を心から憎んでいたのだ。暴力ではなく、あくまで法の裁きによる断罪を彼らは望んでいた」
ロアの話に、町民たちは顔を見合わせた。なんだって?それでは凶悪と言うよりは、むしろ……
「その時私は、自らが犯した最も大きなあやまちは何であったかに気付いた。私は、かの勇者を誤解していたのだ。勇者の危険性を恐れるあまり、勇者を“信じる”ということを、私は忘れてしまっていた」
ロアは深く息を吸い込むと、群衆に訴えるように腕を広げた。
「確かにわが国には、過去に勇者によって、癒えることのない傷を負わされた。私だって、そのことを忘れることはできない……しかし勇者を信用しなくなった結果、今回の一連の騒動が起こった。もしも勇者が助けに来てくれなかったら、この国は反逆者の手に落ちていた事だろう。ハルペリン家は軍事の家系だ。この国は軍備に傾倒することになり、戦争が増えて、平和は失われていただろう」
名前の出たハルペリン卿はうなだれるばかりで、何も口にすることはなかった。
「だが、もし最初から、勇者を信じていたなら!勇者が逃げ出すこともなく、今回の反乱も起こっておらず、犠牲者は出ていなかったかもしれない……そう考えれば、私は諸君らに、然るべき謝罪を行わなければいけないのかもしれないな」
ロアはゆっくりと、自身の頭に戴いたティアラに手を伸ばし、そっと外した。手の平の上のティアラに視線を落とす。
「……だが」
ロアが眼を上げる。
「だが!私には、願いがある!責任がある!役目がある!もうこの国で、二度と勇者による犠牲者を出したくないと!私の中のその想いだけは、決して誰にも、譲ることはできないのだ!」
ロアは目を見開き、口をこれでもかと大きく開けて叫ぶ。
「今玉座を継ぐ資格のあるものの中で、私よりもこの思いが強い人間は一人もいない!感情だけの問題ではない、対策を講じる知識においても、私に秀でるものはない!私でなければ、お前たちを勇者から守れない!」
町民たちはロアの気迫にうろたえた。しかし、それでも鼻っ柱の強い何名かは、ロアへの反撃を試みる。
「け、けれど!現に王家は、勇者を取り逃がしてしまっている!それなのに我々を守れるというのか!矛盾しているじゃないかー!」
「ああ。かの勇者は、束縛よりも自由を望んだ。当然だ、我々が彼にした仕打ちを考えれば。少し時間を置き、お互い冷静になる時間が必要だということもわかる……しかし、忘れてはいまい。あの勇者は、自ら戦地に赴き、私たちを救ってくれたのだということを」
「でも!その勇者が考えを変えない保証がどこにある!いつ犯罪に手を染めだすか分からないじゃないかー!」
「ああ、その通りだ。だが勇者は、私との取引に応じてくれた。私がいくつかの願いを叶えるのと引き換えに、彼は私に約束をしてくれた。我が国の人間に、町に、文化に。一切の危害を加えることはしないと……所詮は口約束だと思うか?」
先手を打たれて、声を荒げていた町民は言葉に詰まって押し黙った。
「確かに、その気になれば約束は反故にすることもできよう。だが、私たちがしたのは取引だ。私は勇者の願いを聞き入れた。言い換えれば、勇者が私に願いを叶えてほしいと思うならば、勇者は私との約束を守らなければならないのだ」
単なる嘆願には、そこまで拘束力は発生しない。しかし、そこに益が絡んでくるとなると、人間はそれなりに律儀なものである。たいていの人間は不利益を嫌う生き物だからだ。
「その願いは、例えば金品の要求のような、その場で解決するようなものではない。彼の自由の保障もその一つだ。だから、この場に勇者はいない。しかし、決して勇者を野放しにしているわけではない。私が約束を守り続ける限り、勇者はみなを、国民を傷つけることはしない!」
「だっ、だが……もしも!もしも勇者が裏切ったらどうするつもりなんだ!その時は……」
「その時はっ!!!!」
ロアがあまりにも勢いよく腕をびゅんと振ったので、エドガー含む兵士たちは、ロアが今にも欄干から落っこちるのではと肝を冷やした。
ロアは自分の胸の中をさらけ出すかのように、大きく胸を張りだした。
「その時は、私を煮るなり焼くなり、好きにするがいい!私は諸君らを守ることに、命を、魂を賭ける!例え女王の地位を失おうとも、例えこの命を失おうとも、勇者が裏切れば、私は必ずやつを捕らえる!だがその前に、私は彼を信じたい!犯すかもしれない罪に目をくらまされるな!この国を救ってくれた、今の姿を見ろ!あの勇者を、それを信じる私を信じてくれ!」
ロアが叫んだ、その時だった。
ザザザアアアァァァァァァ!突如、強い風が広場に吹き付け、町民たちを激しくもんだ。舞い散る砂埃に思わず目をつむった町民たちが次に見たものは、強風の中でもなぜか欄干からぐらつきもせず、むしろそよ風に吹かれているかのように柔らかく髪を揺らすロアの姿であった。
「今一度、私を信じてくれ!私はもう二度と、勇者に国を荒らさせはしない!私が愚か者かどうか、諸君らに謝罪しなければならないのか、諸君らの目で見ていてくれ!その信頼を決して裏切らないと、私は……ロア・オウンシス・ギネンベルナは、ここに誓う!」
耳のそばでがなり立てる風は、どうしてかロアの声を遮ることはしなかった。隣の人の声さえ聞こえないのに、ロアの誓いだけは、広場にいる全員の耳に届いたのだ。
ロアが語り終えると、それとほぼ同じタイミングで、強風も吹き止んだ。まるで風が意思を持って、ロアの話に耳を傾けない人間を戒めていたようだった。そして、昨夜の大竜巻……呆然とする町民たちの中で、誰かがぽつりとつぶやいた。“王女には、風の精がついている。王城は、風の竜が護っているのだ”、と……
「……女王陛下、バンザーイ!」
唐突に、誰かが叫んだ。それは水面に広がった波紋のごとく、次から次へ、隣から隣へと、示し合わせたわけでもないのに広がっていった。
「女王陛下、万歳!」
「ロア王女、ばんざい!あなたを信じます!」
「王女殿下に幸あれ!風に守られた王国、ギネンベルナばんざーい!」
広場はいっせいに、ロアの名前を叫ぶ声に包まれた。さっきまでロアを非難していた連中も、この勢いと先ほどの風にすっかり呑まれてしまっていた。
「みんな……ありがとう!」
ロアは声援に片手を高々と上げて答えた。そして手に握っていたティアラを、改めて自分の頭へと戻したのだった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「っ!」
「えっ!ろ、ロア様!?」
ロアは履いていたヒールを蹴とばすように脱いだ。かと思うといきなりジャンプして、テラスの細い欄干の上に飛び乗った。町民と兵士たちの目が点になる。
「みんな!聞いてくれ!」
ロアの気がふれたともとれる行為に、今まで騒いでいた町民たちはしーんとなった。
「確かに私は、勇者を逃がしてしまった!それをごまかそうとしたのも事実だ!それが原因で今回の戦いが起こり、お前たちに被害が及んでしまったことは……私のせいだと言われても、しようがないのかもしれない」
ロアはそこで一度言葉を区切ると、自分を見上げる人々をぐるりと見渡した。
「だが!今回の戦いにおいて、どうして私たちが勝てたのか!それは、逃げたはずの勇者が舞い戻り、私たちを助けてくれたからだ!」
町民たちにどよめきが走る。逃げ出したのは、凶悪な勇者なのではなかったか?そんな人間がなぜ、よりにもよって王家を助けることなど……?
「勇者とその仲間たちは、敵の兵たちを全て蹴散らし、敵が使役していた怪物を跡形もなく空のかなたへ消し飛ばして見せた。諸君らも見ただろう、あの光景を」
ああ、なるほど……町民たちは納得した。あの夜空に登る龍のような、緑に輝く竜巻の正体。あれは恐らく、その勇者たちが巻き起こしたものなのだ。
「彼らは凄まじい力を持っていた。しかし、彼らの戦いに限っては、死者はただの一人も出ることはなかった。彼らは、無益な殺生を心から憎んでいたのだ。暴力ではなく、あくまで法の裁きによる断罪を彼らは望んでいた」
ロアの話に、町民たちは顔を見合わせた。なんだって?それでは凶悪と言うよりは、むしろ……
「その時私は、自らが犯した最も大きなあやまちは何であったかに気付いた。私は、かの勇者を誤解していたのだ。勇者の危険性を恐れるあまり、勇者を“信じる”ということを、私は忘れてしまっていた」
ロアは深く息を吸い込むと、群衆に訴えるように腕を広げた。
「確かにわが国には、過去に勇者によって、癒えることのない傷を負わされた。私だって、そのことを忘れることはできない……しかし勇者を信用しなくなった結果、今回の一連の騒動が起こった。もしも勇者が助けに来てくれなかったら、この国は反逆者の手に落ちていた事だろう。ハルペリン家は軍事の家系だ。この国は軍備に傾倒することになり、戦争が増えて、平和は失われていただろう」
名前の出たハルペリン卿はうなだれるばかりで、何も口にすることはなかった。
「だが、もし最初から、勇者を信じていたなら!勇者が逃げ出すこともなく、今回の反乱も起こっておらず、犠牲者は出ていなかったかもしれない……そう考えれば、私は諸君らに、然るべき謝罪を行わなければいけないのかもしれないな」
ロアはゆっくりと、自身の頭に戴いたティアラに手を伸ばし、そっと外した。手の平の上のティアラに視線を落とす。
「……だが」
ロアが眼を上げる。
「だが!私には、願いがある!責任がある!役目がある!もうこの国で、二度と勇者による犠牲者を出したくないと!私の中のその想いだけは、決して誰にも、譲ることはできないのだ!」
ロアは目を見開き、口をこれでもかと大きく開けて叫ぶ。
「今玉座を継ぐ資格のあるものの中で、私よりもこの思いが強い人間は一人もいない!感情だけの問題ではない、対策を講じる知識においても、私に秀でるものはない!私でなければ、お前たちを勇者から守れない!」
町民たちはロアの気迫にうろたえた。しかし、それでも鼻っ柱の強い何名かは、ロアへの反撃を試みる。
「け、けれど!現に王家は、勇者を取り逃がしてしまっている!それなのに我々を守れるというのか!矛盾しているじゃないかー!」
「ああ。かの勇者は、束縛よりも自由を望んだ。当然だ、我々が彼にした仕打ちを考えれば。少し時間を置き、お互い冷静になる時間が必要だということもわかる……しかし、忘れてはいまい。あの勇者は、自ら戦地に赴き、私たちを救ってくれたのだということを」
「でも!その勇者が考えを変えない保証がどこにある!いつ犯罪に手を染めだすか分からないじゃないかー!」
「ああ、その通りだ。だが勇者は、私との取引に応じてくれた。私がいくつかの願いを叶えるのと引き換えに、彼は私に約束をしてくれた。我が国の人間に、町に、文化に。一切の危害を加えることはしないと……所詮は口約束だと思うか?」
先手を打たれて、声を荒げていた町民は言葉に詰まって押し黙った。
「確かに、その気になれば約束は反故にすることもできよう。だが、私たちがしたのは取引だ。私は勇者の願いを聞き入れた。言い換えれば、勇者が私に願いを叶えてほしいと思うならば、勇者は私との約束を守らなければならないのだ」
単なる嘆願には、そこまで拘束力は発生しない。しかし、そこに益が絡んでくるとなると、人間はそれなりに律儀なものである。たいていの人間は不利益を嫌う生き物だからだ。
「その願いは、例えば金品の要求のような、その場で解決するようなものではない。彼の自由の保障もその一つだ。だから、この場に勇者はいない。しかし、決して勇者を野放しにしているわけではない。私が約束を守り続ける限り、勇者はみなを、国民を傷つけることはしない!」
「だっ、だが……もしも!もしも勇者が裏切ったらどうするつもりなんだ!その時は……」
「その時はっ!!!!」
ロアがあまりにも勢いよく腕をびゅんと振ったので、エドガー含む兵士たちは、ロアが今にも欄干から落っこちるのではと肝を冷やした。
ロアは自分の胸の中をさらけ出すかのように、大きく胸を張りだした。
「その時は、私を煮るなり焼くなり、好きにするがいい!私は諸君らを守ることに、命を、魂を賭ける!例え女王の地位を失おうとも、例えこの命を失おうとも、勇者が裏切れば、私は必ずやつを捕らえる!だがその前に、私は彼を信じたい!犯すかもしれない罪に目をくらまされるな!この国を救ってくれた、今の姿を見ろ!あの勇者を、それを信じる私を信じてくれ!」
ロアが叫んだ、その時だった。
ザザザアアアァァァァァァ!突如、強い風が広場に吹き付け、町民たちを激しくもんだ。舞い散る砂埃に思わず目をつむった町民たちが次に見たものは、強風の中でもなぜか欄干からぐらつきもせず、むしろそよ風に吹かれているかのように柔らかく髪を揺らすロアの姿であった。
「今一度、私を信じてくれ!私はもう二度と、勇者に国を荒らさせはしない!私が愚か者かどうか、諸君らに謝罪しなければならないのか、諸君らの目で見ていてくれ!その信頼を決して裏切らないと、私は……ロア・オウンシス・ギネンベルナは、ここに誓う!」
耳のそばでがなり立てる風は、どうしてかロアの声を遮ることはしなかった。隣の人の声さえ聞こえないのに、ロアの誓いだけは、広場にいる全員の耳に届いたのだ。
ロアが語り終えると、それとほぼ同じタイミングで、強風も吹き止んだ。まるで風が意思を持って、ロアの話に耳を傾けない人間を戒めていたようだった。そして、昨夜の大竜巻……呆然とする町民たちの中で、誰かがぽつりとつぶやいた。“王女には、風の精がついている。王城は、風の竜が護っているのだ”、と……
「……女王陛下、バンザーイ!」
唐突に、誰かが叫んだ。それは水面に広がった波紋のごとく、次から次へ、隣から隣へと、示し合わせたわけでもないのに広がっていった。
「女王陛下、万歳!」
「ロア王女、ばんざい!あなたを信じます!」
「王女殿下に幸あれ!風に守られた王国、ギネンベルナばんざーい!」
広場はいっせいに、ロアの名前を叫ぶ声に包まれた。さっきまでロアを非難していた連中も、この勢いと先ほどの風にすっかり呑まれてしまっていた。
「みんな……ありがとう!」
ロアは声援に片手を高々と上げて答えた。そして手に握っていたティアラを、改めて自分の頭へと戻したのだった。
つづく
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続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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