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8章 重なる魂

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近づいてみると、生々しい戦闘の跡が見えてくる。美しかった町は無残に破壊され、マンティコアの血しぶきで汚れている。首を切り落とされたマンティコアは、もはやピクリとも動いていなかった。どころか、早くも所々、体が崩れかけている。強烈な腐臭に、思わず鼻を覆った。

「もう、腐ってきてるのか……」

「魔法で、無理やり命を持たせてただけだからね……あるべき姿に、戻ろうとしてるんだよ」

魔法の醜悪な側面に、ライラも顔を歪めている。

「っと、それよりも……フラン、エラゼム!大丈夫だったか」

俺が呼びかけると、エラゼムは手を上げてこたえた。フランも、マンティコアの死骸の陰から姿を現す。エラゼムは白兵戦の影響で、鎧があちこち凹んでいるが、それ以外の損傷はなさそうだ。それはフランも同じようだが、とどめを刺した時に、返り血を頭からたっぷりと被ってしまっていた。銀色の髪も、今は赤黒い血でべったりと固まっている。

「二人とも……お疲れ様。悪かった、損な役回りをさせて……」

俺がうなだれると、エラゼムはやんわりと首を振った。

「此度の戦いは、我々が一丸となって臨んだものです。誰かが損だとか、誰かに責任があるだとかは、ありますまい」

……たぶんエラゼムは、とどめを刺すことになった、フランを気遣っているんだろう。俺は黙って、その言葉にうなずいた。すると……

「なんだ……なんだよこれ……」

ふいに聞こえてくる、ざわざわとした声。気が付くと、壊れた町のがれきの陰から、町人がちらほらと顔を出してきていた。戦いが終わったのに気づいて、様子を見に来たんだろう。

「化け物のしわざなのか……いったい誰が……」

「怪物はどこにいった……死んだのか……」

「誰だ……誰が、町をこんなにしたんだ……」

ざわざわ、ひそひそ……町人たちのささやきあう声が、俺たちを静かに取り囲んでいく。

(……まずいな)

雲行きが怪しくなってきた。ここに長居をするのは、よくないかもしれない。俺は素早くフランの下へと駆け寄った。

「フラン。とりあえず、ここを離れよう」

フランは髪から血を滴らせながら、こくりとうなずく。だがその時、俺の耳に、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。

「なんだ、あの血まみれの女は……」

「なんて姿だ……恐ろしい……」

「あいつも、怪物の仲間なんじゃないか」

……っ!

「おい……っ!」

「いいの」

言い返そうとした俺の腕を、フランがぐっと掴んだ。

「いいの。言わせておけばいい」

「フラン……けど!」

「大丈夫だから。それより、あなたもそばにいないほうがいいよ。仲間だと思われる」

フランは、あくまでも冷静だ。俺はそんなフランに、無性に腹が立った。

「……ふざけんな!」

俺はコートを脱ぐと、フランの肩にかけた。そして肩に手を回すと、ぐいと引き寄せる。

「わ。ちょっと……」

「いいから、行くぞ」

俺はフランの肩に手を回したまま歩き出す。フランは少しだけ抵抗したが、すぐにおとなしくついてきた。

「お前は、この町の人たちを助けたんだ。俺はお前が仲間であることを誇りに思うし、そう見られても一向にかまわない」

フランはまばたきを一つすると、顔を背けてぼそりとつぶやいた。

「ばかみたい」

「あ、あのなぁ……」

するとその時、瓦礫の陰から、小さな人影が飛び出してきた。たたたっと近づいてくるその姿には、見覚えがある。伸び放題の真っ黒な髪、ぶかぶかの服。

「あ……お前、あの時の」

宿を教えてもらった、花売りの子どもだ。相変わらずぼさぼさの黒髪をなびかせて、その子は俺たちの前へとやってきた。うっ、こんな形で再会することになるとは……

「あのな、これは町を救おうとしてやったことなんだ。けっして……」

誤解を与えぬよう、矢継ぎ早に説明する俺の鼻先に、花売りの子どもは無言で拳を突き出した。一瞬殴られるのかと思ったが、違う。その手には、一輪のしおれた花が握り締められていた。

「へ。花……?」

子どもはこくりとうなずくと、その花を、血みどろのフランへと差し出した。



「え、わたし?」

「……」

「……くれるの?」

子どもは再度、こくりとうなずいた。フランがおずおずと手を伸ばし、その花を受け取ると、子どもはくるりときびすを返して、どこかに走り去ってしまった。

「あ、おい……何だったんだ、あの子。ひょっとしてお礼のつもりか?」

子どもの消えて行った方角を見ながら、俺は呟く。するとフランは、しおれた花を見下ろしながら、小さな声でつぶやいた。

「わたしのしたことは、無駄じゃなかったんだね。少なくとも、あの子は守れたんだ」

「……そうだな。皆が皆じゃないかもしれないけど、きっとこの町の人たちだって、それをわかってくれるはずさ」

「うん」

俺たちが仲間の元に戻ると、ライラがストームスティードを呼び出して待っていた。疲れた顔をしたウィルが、小声で話す。

「さっき遠くに、衛兵さんたちがこっちに向かってくるのが見えたんです」

「そりゃそうか、これだけ大騒ぎすればな」

「ええ。なので、厄介なことになる前に、町を出たほうがいいと……」

「なるほどな。同意見だ」

説明すれば分かってくれるかもしれないが、いちいちそれも面倒だ。
俺たちはストームスティードに乗り込むと、すみやかにボーテングの町を後にした。



ひとしきり馬を走らせ、俺たちは大きな湖のほとりにやってきた。

「ここ……宿から見えてた湖かな」

白い砂浜に、清らかな水がさわさわと打ち寄せている。ここまできたら、一息ついてもいいだろう。

「ここらで、少し休もう。それなりに町からは離れたし」

俺は特に、ウィルとライラの様子を見ながら言った。魔法の連続使用は、魔術師に相当の負荷を強いる。天賦の才をもつライラは、まだストームスティードを使役するだけの余力があるが、ウィルは完全にグロッキーだった。いつもは肩に捕まるだけの移動中も、ほとんど俺の背中にのしかかっていたくらいだ。
エラゼムが手綱を引くと、風の馬は静かにスピードを落とし、静止した。

「さて……フラン、とりあえずおいで。それ、落としちまおう」

馬から降りるなり、俺はフランを手招いた。いつまでも血みどろじゃ、さすがに可哀想だから。

「ってわけで、俺たちは水を浴びてくるな」

「はひ……」

「いってら~……」

魔術師二人は、ガス欠でふにゃふにゃと崩れ落ちた。俺たちが行っている間に、休憩できればいいんだけど。
湖は広いが、周りに木は一本も生えていない。とりあえず仲間からは十分離れたが、目隠しになるようなものは何もない……

「しょうがないな。フラン、服ごと浸かるんでもいいか?きちんときれいにはできないだろうけど……」

「別に。はなっから、わたしは気にしてないし」

ああ、そういやそうだった……フランは腰ぐらいまでの深さまで行くと、一度ざぶんと水に潜ってから、頭を上げてぶるぶると振った。

「犬……」

「なに?」

「いや、何でも……」

「そう……ねぇ、髪はやって」

フランは仰向けになって、ぷかりと水に浮かんだ。水面に髪が広がる。俺はフランの頭側に回って、血に汚れた髪を手に取った。

「う~ん……ちょっと固まってきてるな。時間かかりそうだぞ」

フランの髪にこびり付いた血は、かさぶたのように固まりつつある。簡単には落ちないだろう。

「わたしは、別にいいよ。そのぶん長くやってもらえるし」

「ははは、それもそうだ」

髪を傷つけないように、指の腹で慎重に汚れを取る。たぶんゾンビのフランなら、多少乱暴にしても痛みはないんだろうけど……それじゃ、俺が嫌だ。

「ねえ」

「ん?なんだ?」

「さっきの、戦闘のこと。どうしてマンティコアは、あの時怯んだの?」

「ああ、あれか。ウィルの魔法がヒントになったんだ。火の粉を散らす魔法でな」

ほとんど威力の無い魔法で、マンティコアが怯んだ理由。

「光だ。きっとアイツは、強い光が苦手だったんだよ」

「光……?」

「そう。だから、雲が晴れた瞬間にあんなに弱ったんだ。ほら、マスカレードが現れる直前、不自然な雲が急に出てきただろ?あれはきっと、奴が出したんだ」

「そっか。怪物の弱点を消すために」

「そういうことだろうな」

「ふーん……よくわかったね。あんな土壇場に」

「まあ、運がよかった。そこまで難しい謎解きでもなかったし……」

「……誇らないんだ?」

「よせよ……自慢できるもんか」

俺のひらめきのおかげで、フランはあいつに、とどめを刺すことになったんだ。それを誇れるわけ、ないじゃないか。

「俺は結局、あいつを殺さずに済む方法を見つけられなかった。やつを倒す方法しか、見つけられなかったんだ……ごめんな」

「どうして謝るの?あなたのおかげで、わたしはこうしていられるし、あの町は壊されずにすんだ。言ったじゃん、わたしたちが町を救ったんだって」

「まあ、そうなんだけど……」

「あなたは……少し、優しすぎる。心配になるよ」

うつむく俺の目を、フランの深紅の瞳が見上げる。

「すべてを救うことは、難しい。いつかのオオカミ狩りの時とおんなじ。殺さなくちゃいけないときは、どうしてもある」

「……強いんだな、フランは」

「強くなんかない。本当に強かったら、きっと、あなたにそんな顔をさせなくても済んだんだ……」

フランが水面みなもに浮かぶ腕を上げて、俺の右頬に触れた。ざらりと、ガントレットの感触。



「前にも言ったと思うけど。わたし、本当に危なくなったら、何よりもあなたを優先するよ。そのために何人殺すことになっても、きっとわたしはためらわない」

ごくり……思わず、唾をのんだ。フランの目は、本気だ。彼女がその気になれば、きっと町一つを血の海に沈めることも……不可能じゃ、ない。

「……あなたも、わたしを化け物だと思う?」

俺の顔に触れていたフランの手が、力なく離れていく。俺は、その手を……

「させない。化け物になんか、させるもんか」

がしっ。

「俺が、お前をそんなものになんて、絶対にさせない。さっき言ったな、自分は強くなんかないって……その通りだ。だから俺たちは、強くならなくちゃいけない」

いつかに俺は、自分が強くなるんだと誓った。けど、それは間違いだった。俺たちは、一つの勢力なんだ。みんなで、強くならなくては。

「俺は、もっと強くなる。みんなに守ってもらわなくてもいいくらい……すぐには無理だろうけど。けどそうすれば、フランは誰も殺さずに済む。化け物になんか、ならなくてもいい」

フランは、小さくうなずいた。

「うん。わたしも……もっと強くなる。わたしが誰にも負けなくなれば、あなたは誰にも傷つけられない」

「へへへ。結局、最初の目標通りでいいんだよな。俺たちは、無敵の第三勢力を目指すんだ」

俺が笑うと、フランもつられたように微笑んだ。

「頼りにしてるよ」

「おう。もちろんだ」

俺の目標は、誰にも縛られない第三勢力を作ること。まだまだ遠い話ではあるけれど、ほんの少しずつではあるが、道筋が見えてきた気がした。



「……それで?」

薄暗い地下室に、無感情な男の声が反響する。

「試作品まで持ち出したが、結果は振るわなかったというわけだな?」

「そーなんですよ。いやぁ、残念残念」

対してそれに答えたのは、男とは違って、軽薄な声。銀色の仮面をつけた、奇妙ないでたちの人物だ。

「日光に弱いっていう弱点を突かれちゃったみたいだね。まったく、勘がいいんだか悪いんだか」

「ふむ……まあいい。まだ改良の余地はある。それで、本題は?」

「“そっち”はバッチリだよ。場所も突き止めた」

「ならいい。引き続き任務を継続しろ」

カツンと足音を響かせて、男は地下室を去ろうとした。

「あ、それともう一つ。あの、勇者君のことなんだけど」

「……それがどうした」

「彼、なかなか面白いよ。まだ未成熟だけど、場合によっては使い物になるかもしれない」

「……この前の報告では、その価値もないと言っていなかったか?」

「まぁね。今のままじゃダメだ。けど、もうひと手間加えてやれば、真価に目覚めるかもしれない」

仮面の人物の楽し気な声に、男はわずかに苛立ちを表した。

「余計なことはするな。お前にそんな暇はないはずだ」

「わーかってるってば。やるのは僕じゃないよ。もう一人のほうさ」

「……なに?」

「きひひひ!もう一人の勇者君。正義の使者、雷の断罪者……彼と引き合わせたら、面白いことになると思わない?」

「……勝手にしろ。だが、任務に支障をきたすことは許さん」

「りょーかい!きひゃひゃははは!」

銀色の仮面は、狂ったようにケタケタと笑った。男はその笑い声に嫌気がさしたかのように、無言で地下室を去っていった。

「きゃははは……待ってなよ、勇者君たち。そうさ、君たちは勇者。魂によって、曳かれ合う運命にあるんだから……」

仮面の奥で、真っ黒な瞳が怪しげに光った。

「魂の重なる場所。そこが、決戦の舞台ステージさ」



九章につづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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