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12章 負けられない闘い

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バキッ。フランの足下の床板が凹んだ音だ。俺にはそれが、拳銃の撃鉄の音に聞こえた。

「フフフフフフラン!おお、落ち着け!エラゼムッ!」

「は、はい。フラン嬢、落ち着かれよ。今その爪を振り回しても、なんの解決にもなりませぬぞ」

エラゼムの制止を受けて、フランはかろうじてその場にとどまった。ウィルとライラは、お互いを抱き合って隅で震えている。アルルカは何が楽しいのか唇の端を吊り上げ、ヘイズはいつの間にかいなくなっていた。あいつ、逃げやがった!

「ふぅー、はぁー……お、おいロウラン!頼むから、軽々しい発言は控えてくれ!命に係わるんだぞ!」

「えぇ~?別に軽い気持ちで言ってるんじゃないよ?馬車の上で、ずーっと考えてたの。やっぱり、あなたしかいないって。ほんとのこと言うとね、あなたが最初にここに来た時から、いいなって思ってたんだ。一目ぼれってやつ?なの」

「そ、それはあれだろ。今までだって、何人も地下に引きずり込んでたって聞いたぜ?」

「でもみーんな、期待外れだった。アイショウが悪かったの。その点、あなたはバッチリ!」

「いや……だいたい、俺を諦めてもらうって話だったじゃないか?だから外の世界に探しに行こうって……」

「一緒についてくとは言ったよ。でも、あなたを諦めるとは一言も言ってないの。あなたが残ってくれないから、アタシが付いてくことにしたんだよ?それを認めてくれたのは、他ならぬあなたなの」

な、何言って……あれ?うわ!マジじゃないか。確かに俺は、ロウランの運命の相手を探す手伝いをすると言った。拡大解釈すれば、そこには俺も含まれる……だ、だいぶ屁理屈だが、ロウランの弁は完全に破綻しているわけではない。

「ね?だからアタシは、あなたを旦那様にするって決めたの。アタシみたいなのに普通に接してくれる人なんて、そうそういないもの。逃がす手はないの」

「……それで、俺が素直にハイって言うと思うのか?」

「だいじょーぶ。時間を掛けて、ゆっくり攻略してあげるの♪あなたが自分からハイって言う日まで♪」

こ、攻略……俺は呆れてしまった。けど少なくとも、無理やりどうこうって気はないみたいだな。そこだけはほっとした。また暴れられたら、たまったもんじゃない。
ロウランはにこにこ笑うと、ますますぎゅっと体を密着させてくる。うぅ、顔が触れ合いそうだ。

「えーい、もう何でもいいから、とりあえず離れてくれ!」

「えぇ~。もうちょっとこうしてたいな~」

「うわっ、ばかっ。なんでもっと近づくんだよ……!」

「んん~?」

うわわ。ロウランの瞳に、焦った俺の顔が映っている……

「……がああぁぁぁぁ!!!」

「あぁ!いけません、フラン嬢!」

「え?わあぁぁ!?」

ドターン!俺は、飛び掛かってきたフランと一緒に馬車の中を転がった。ちなみにロウランはふわりと浮かび上がったので無傷だ。くくくっと、アルルカが耳に付く笑い声を出す。

「いいわね、楽しくなってきたじゃない」

どこがだ、ちくしょう……



次の日の夕方ごろ。ようやく果てしなく続いた洞窟にも、終わりが見えてきた。

「ん……なんだ、あれ」

俺は馬車の屋根から、前方を見つめる。なにか、赤いものが見えたような……
体力を回復し、元気になった俺は、フランとロウランと一緒になって、周辺の警備に務めていた。あんなことがあったばかりなので、ヘイズは無理するなと言ってくれたのだが、休んでばかりもいられないだろ……というのは、建前だ。
ホントのところ、俺が一人でいると、ロウランがやたらと擦り寄って来るんだ……そのせいでフランは片時も俺のそばを離れず、俺は俺で精神をすり減らす羽目になったので、仕方なく三人一緒に屋根の上にいるわけだ。
エドガーの馬車の警備は、俺たちの代わりに大勢の兵士が務めている。あのラミアの襲撃以降、これと言ったモンスターは現れていない。一度だけ大きな虫型モンスターが行く手にちらりと見えたが、大勢の足音と松明に恐れをなして逃げてしまった。うん、アニの言っていた通りだ。これだけ人数が居れば、よほど好戦的な奴ら以外は勝手に避けてくれるな。
……とまあ、そんな矢先のことだ。

「フラン。ちょっといいか」

俺は小声で、フランを招き寄せる。馬車のへりに腰かけるロウランの背中を睨みつけていたフランは、怖い顔のままこちらに振り向いた。

「……なに」

「あ、ああ……なんだ、まだそんな顔してるのか?」

「……あたりまえでしょ。好きな人がられかかってるんだよ」

「すっ……ご、ごほん。それはさんざん言ったろ。俺にそんな気はないってば」

「そうだけど……心配、なんだよ」

フランは瞳を伏せると、いじけた子どものように、俺の袖をつまんだ。うっ。しおらしいフランだなんて……心臓に悪い。どきどきするじゃないか。

「あー……あー、その。安心させられるかどうかは分からないけど、なんだ。たぶん俺は、フランを裏切ることはしないって言うか……具体的には言えないんだけど、勝手にそういう事を決めはしないって言うか……」

うまく言えないな、くそ。しどろもどろになりながら言うと、フランはじっと俺の目を見つめて……照れ臭くって直視できない……その後で、ようやく袖を放した。

「わかったよ……それで、なに?」

「え?」

「えっ、て。あなたが呼んだんでしょ」

「あ、ああ。そうだった」

すっかり本題を忘れていた。俺は改めて、前方を指さす。

「ほら、あっちのほう。なんか、赤い光が見えないか?」

「ん……ほんとだ。見える」

「なんだと思う?誰かの焚火じゃあるまいし、となるとモンスターの目とか……」

「……たぶん、だけど。違うと思う」

「ん、そうか?じゃあ……」

「ていうか、そんなややこしいものじゃなくて、もっと単純なのじゃない?」

「単純?」

「そう。たぶん今、外は夕方くらいでしょ。それで、赤い光なんだから」

「あ……もしかして?」

答え合わせはすぐにできた。点のようだった赤い光は次第に大きくなり、やがて洞窟の壁や床を赤く照らし始めた

「うわー。やっと遺嶺洞を抜けるのかぁ」

あの光は、実に久々に拝む、お天道様の明かりってことだな。心なしか、薫る空気も新鮮に感じる。数日ぶりの外だ!

「あはは、やっとランプだよりの生活ともおさらばだな。寝ても覚めても真っ暗で、モグラになるところだったぜ」

俺が明るい顔で笑うと、ずっと馬車のふちで足を揺らしていたロウランが、対照的に元気のない声でつぶやく。

「そっか……もう、外に出るんだ」

おっと。ロウランからしたら、ここが故郷だもんな。はしゃいだりして、無神経だったか……?

「って、あれ?ロウラン、お前……なんか薄くなってないか?」

ロウランの背中を貫通して、洞窟の壁が見えている。もともと霊体の彼女だが、前はもっとはっきり見えていたよな?

「ああ、うん。前にも言わなかった?アタシは、ここを出たら見えなくなっちゃうの」

「え……それは、俺たちにもってことか?」

「だぶん……ここを離れたら、アタシの力はほとんどなくなっちゃうの。たぶんできても、たまーに姿を見せるのが限界だと思う」

「そうなのか……」

ロウランは強い力を持つアンデッドだが、それは遺跡によるところが大きかったってことか。ふぅむ、あの包帯の力が使えなくなるのは、ちょっと残念だな。ロウランも寂しそうに肩を落としている。だが一方で、フランがこっそりガッツポーズをしているのも俺は見たぞ。まったく……

「それじゃあ、しばらくはお別れだな」

「うん……あのね。だから、一つお願いしたいことがあるの」

「うん?いいけど……まさか、いっしょに箱の中で添い寝しろとかじゃないだろうな。そういうのならお断りするぞ」

「あぁん、そうじゃないの。あのね、今のアタシは永い眠りのせいで、とっても力が弱っちゃってるの。だから、旦那様のあっつーいアレを注いでほしくって……」

へぇ?ど、どういう意味だ?フランのまなじりがぴくりと動いたのが見える。

「そ、それはつまり……?」

「たまにでいいから、アタシの入ってるハコに魔力を注いでほしいの」

ああ、魔力ね……えへん、えへん。ったく、変な言い回ししやがって。

「魔力を注げば、力を戻せるのか?」

「たぶん。でも、相当時間が掛かると思うの。完全に戻るにはすっごいたくさん魔力が必要だろうし、それを一度に搾り取っちゃったら、旦那様が死んじゃうの」

なるほど。ようはアレだ。干物に水をかけて戻す、みたいな……

「わかった、じゃあちょくちょく様子を見るよ」

「うん!ありがとうなの」

ロウランはにっこり笑うと、すっと俺の耳元に口を寄せた。

「それに、ね。魔力を貰えば、アタシの体もちょっとずつ元に戻るから……その時には、ソッチの熱いのもよろしくなの♪」

「ばっ……!」

俺はあたふたとロウランから体を離した。ロウランはくすくすと笑っている。こいつ、まだ諦めてないのか……?フランが怪しむような目つきでこちらを見ている。どうしよう、ロウランを戻すの、不安になってきたな……

そうこうしているうちに、遺嶺洞の出口はずいぶん近づいてきていた。目の前から、強烈なオレンジ色の光が差し込んでくる。うわぁ、ずっと暗がりになれていたから、すごくまぶしく感じるぞ。馬車の中からはウィルとライラも顔を出して、西日を顔いっぱいに受けている。ウィルの金髪は夕日で黄金色に輝いているし、ライラの赤毛はより赤く、燃え上がるようだ。

「ふ、は……はっくしょん!」

うぅ。夕陽を見るとくしゃみが出るのって、どうしてなんだ?俺は鼻を垂らしたまま、ついに遺嶺洞を抜けたのだった。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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