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12章 負けられない闘い
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「そこからのことは、前にちょこっと話したかしら?あたしはあいつみたいな、刺激的な日々が送りたいと思った。けど、当時のあたしは弱っちかったのよ。国を滅ぼすなんて、とてもできそうにないくらいね。だから地道に魔術を磨くしかなかったってわけ。時にはひっそり潜伏して、時にはヴァンパイアハンターから逃げながら、あたしは少しずつ強くなった」
「ああ……そういや、そんなのも聞いたな。いつだったか、王都でのことか?で、強くなってからは……」
「そうよ。町一つを掌握して、あたしはやっと刺激に満ちた日々を過ごせると思った。最初の方は、まあまあ充実してたわ。けどだんだん、それにも飽きてきてね……」
セイラムロットでアルルカがしていたことに関しては……今でも顔が曇る。ち、嫌なことを思い出してしまった。黙り込んだ俺に気付いているのか、アルルカは微笑をたたえる。
「あんたがどんな顔をしてるか、見なくても分かるようね。そうよね、あんたもあいつほどじゃないにしろ、正義だなんだにうるさいもの」
「……俺は、自分が正義だなんて思ったことはない。ただ、善悪の区別くらいはつくつもりだ」
「善悪、ねぇ。それならあたしだって、自分が悪だなんて思ったことはないわ。あたしはただ、あたしのやりたいようにやってるだけ……って、それはあんたも同じか」
「……そうだな。俺は、俺のしたいようにしてるだけだ。正義っていうのは、あのクラークみたいなやつのことを言うんだろ」
「ああ、あいつね……あいつもつまんない男だったわね。ねえ、ところで。あたし、ずっと不思議に思ってたことがあるんだけど。あんたはどうして、あたしを罰しようとしないの?」
はぁ?いきなり何を言い出すんだ?アルルカはこちらを振り向くと、興味津々と言った顔でこちらを見つめる。
「あの金髪勇者は、あんたを目の敵にしてたじゃない。正義ぶるやつは、悪人を裁こうとするでしょ?なのにあんたときたら、あたしを連れ回すばかりで、ちっともひどい目に遭わせないから。そりゃ、たまに命令されたり、自由に血が飲めなかったりはするけど。あんたに捕まったとき、あたし本気で覚悟したのよ。一晩中火あぶりにされたり、汚らしい男どもに無理やり……」
「あ、あのなあ!俺を何だと思ってるんだ!」
「からかってるんじゃないわ。この目で見てきたのよ、そういう目にあったヴァンパイアを。まあ大半はただの人間で、いわれのない濡れ衣だったけど」
うぇ……数百年生きてきた(アンデッドには不適切か?)やつが言うと、信じざるを得ないな。胸糞わるい話だ。
「……俺は、そういうことをするつもりはない。興味もないよ」
「それは、どうして?」
「どうしてって……」
でも、考えてみれば確かにそうか。俺たちは一度、本気でアルルカをボコボコにした。それでとっ捕まったと思ったら、何もされないんだもんな。不思議にも思うか。
「んーと……まず俺は、裁判官じゃない。執行官でも、処刑人でもねぇ。俺が罰を下すようなことはしたくないんだ。そんなことは好きじゃないし、俺は素人だから、頭のいい人のマネができるとも思えないし」
「はぁ。じゃああんたは、あたしには一切何もするつもりがないってわけ?」
「そういう事でもないぞ。この際はっきり言っておくけど、俺はお前のしでかした事について、許すつもりはないからな。ただ、かと言って俺が下せる刑罰と言ったら……お前には、町のみんなに謝らせただろ。あれが関の山だな」
「あれだけ?でもあんたは、あたしを自由にはしてくれなかったじゃない」
「ああ。お前を野放しにしとくと被害が増えるってのもあるけど……これは、前にフランが言ったことなんだけどな。フランは、自分を罰してくれって言ってきた相手に、生きろって言ったんだ。そいつはフランの昔の友達で、だけどフランが死んだ原因を作った相手だったんだけど……」
懐かしいな。あの時も、今と同じような月夜だった。アルルカが理解不能といった顔をする。
「はぁ?どういう意味?あのチビ娘は、そいつを許したってこと?」
「違うな。フランは、死んで楽になるより、生きて罪に苦しみ続けろって言ったんだ。いわばそれが、フランなりの裁きだったんだよ」
フランは賢い。彼女は、最も重い罰を、彼女の友人に与えたんだ。
「だから、俺もそれのまねごとをしようと思ったんだ。お前はしでかしたことが大きすぎる。それを自覚し、心底悔いて反省することが、お前に与えられる一番の罰だ。俺はそれの監察官として、お前を連れてるんだよ。そん時が来るまでな」
アルルカは、さっぱり意味が分からないという顔をしている。
「なによそれ?あんたは、あたしがいつか反省して、心から懺悔をすると思ってるわけ?」
「まあ、そういうことかな」
「あきれた……それじゃ、一生かかっても無理よ?あたしはヴァンパイアだし、それが変わることはないもの」
「そうか?」
「そうよ。あり得ないわね」
アルルカはきっぱりと言い切る。けど俺は最近、更正の兆しが見えてきた気がしているんだけどな。まあ、もう少し先にはなりそうだけど。
「……ま、あんたの真意は分かったわ。あたしとしても、あんまり痛い事はされたくないしね」
「特別お前に、危害を加えるつもりはない。んなことしても誰も得しないし。こういう言い方はアレだけど、お前が親の仇ならともかく、セイラムロットの人たちとは何の繋がりもないしな……そういやお前、痛覚ってあるのか?フランたちにはないみたいだけど」
「普通にあるわよ?消そうと思えば消せるけどね。けどあんた、自分のカラダに剣を突き立てられて、それをずーっと無視するなんてできる?」
「……まず無理だな」
納得した。ヴァンパイアとゾンビは、ちょこっと違うみたいだ。
「まあけど、最近はちょっとなら、痛いのもいいかなって思うけど……」
「……」
聞かなかったことにしよう。こいつの性癖に付き合わされちゃたまんないぜ。
気付けば、目の前に浮かんでいた月は、だいぶ傾いてきていた。かなりの時間を過ごしてしまったみたいだ。
「ほら、そろそろ戻ろうぜ。ちゃっちゃと済ませてくれ」
「ん、そうね」
アルルカは俺の隣に座ったまま、首を伸ばして俺の首元に噛みついた。ちゅ、と一瞬唇が触れると、アルルカは顔を離して、うっとりと頬を押さえる。
「はふ……おいしぃ。こうしてゆっくり味わうのも、やっぱりアリね……」
「前に比べりゃ、確かにこっちの方がいいな。それにお前とゆっくり話したのも、何気に初めてじゃないか?」
「そう言われればそうね。最近はあのゾンビがべったりだもの、ね?」
当てつけっぽく、アルルカは最後のねを強調した。
「な……なんだよ。何が言いたい?」
「あんたねぇ、気付いてないわけないでしょ?いい加減、はっきり決めなさいよ。四六時中ピリピリされて、こっちも落ち着かないわ」
う、お?アルルカは、具体的な主語はぼかしている。だが、この口ぶりからして、俺とフランの間にあったことを……?
「さてと、それじゃそろそろ戻りましょうか。いろいろ疑われても面倒だし」
「あ、ああ……」
もやもやしたまま、俺はアルルカに抱きかかえられた。雲海の上を飛びながら、アルルカが言う。
「ねえ。ところであんた、あっちの方には気付いているの?」
「は?なんだ、突然」
「だぁら、あっちよ。シスターのほうよ」
「シスター?ウィルか?ウィルがどうしたって?」
「やっぱり気付いてないのね……あんた、このままいくと、結構面倒なことになるかもしれないわよ」
んん……?こいつ、何が言いたいんだ?ウィルが、何か問題を起こすと言いたいんだろうか?
「どういうことだよ?」
「うーん……これは、あんたにどうこうさせるよりも、こっちで動いたほうがいいかもしれないわね……」
アルルカはぶつぶつつぶやくばかりで、俺の質問には答えない。なんなんだ?まあ、どうせろくでもないことを考えているんだろう。放っておいた方が良さそうだ。
馬車に戻ってくると、案の定フランはものすごい拗ねていた。馬車の隅っこにうずくまり、額を壁にこすりつけている。その背中からはすさまじい負のオーラが……俺は助けを求めてウィルを見たが、ウィルは無言で首を振るだけだった。
(どうしようもありませんよ)
(だよな……)
頭をごしごしかく。どうにかしようにも、俺はフランの気持ちを知っているからな……なんて声を掛けりゃいいんだよ?いままで一度も好意を寄せられた経験がないから、対処法がさっぱりわからない。アルルカのやつ、どうにかするならウィルじゃなくて、フランの方が先じゃないか?
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「ああ……そういや、そんなのも聞いたな。いつだったか、王都でのことか?で、強くなってからは……」
「そうよ。町一つを掌握して、あたしはやっと刺激に満ちた日々を過ごせると思った。最初の方は、まあまあ充実してたわ。けどだんだん、それにも飽きてきてね……」
セイラムロットでアルルカがしていたことに関しては……今でも顔が曇る。ち、嫌なことを思い出してしまった。黙り込んだ俺に気付いているのか、アルルカは微笑をたたえる。
「あんたがどんな顔をしてるか、見なくても分かるようね。そうよね、あんたもあいつほどじゃないにしろ、正義だなんだにうるさいもの」
「……俺は、自分が正義だなんて思ったことはない。ただ、善悪の区別くらいはつくつもりだ」
「善悪、ねぇ。それならあたしだって、自分が悪だなんて思ったことはないわ。あたしはただ、あたしのやりたいようにやってるだけ……って、それはあんたも同じか」
「……そうだな。俺は、俺のしたいようにしてるだけだ。正義っていうのは、あのクラークみたいなやつのことを言うんだろ」
「ああ、あいつね……あいつもつまんない男だったわね。ねえ、ところで。あたし、ずっと不思議に思ってたことがあるんだけど。あんたはどうして、あたしを罰しようとしないの?」
はぁ?いきなり何を言い出すんだ?アルルカはこちらを振り向くと、興味津々と言った顔でこちらを見つめる。
「あの金髪勇者は、あんたを目の敵にしてたじゃない。正義ぶるやつは、悪人を裁こうとするでしょ?なのにあんたときたら、あたしを連れ回すばかりで、ちっともひどい目に遭わせないから。そりゃ、たまに命令されたり、自由に血が飲めなかったりはするけど。あんたに捕まったとき、あたし本気で覚悟したのよ。一晩中火あぶりにされたり、汚らしい男どもに無理やり……」
「あ、あのなあ!俺を何だと思ってるんだ!」
「からかってるんじゃないわ。この目で見てきたのよ、そういう目にあったヴァンパイアを。まあ大半はただの人間で、いわれのない濡れ衣だったけど」
うぇ……数百年生きてきた(アンデッドには不適切か?)やつが言うと、信じざるを得ないな。胸糞わるい話だ。
「……俺は、そういうことをするつもりはない。興味もないよ」
「それは、どうして?」
「どうしてって……」
でも、考えてみれば確かにそうか。俺たちは一度、本気でアルルカをボコボコにした。それでとっ捕まったと思ったら、何もされないんだもんな。不思議にも思うか。
「んーと……まず俺は、裁判官じゃない。執行官でも、処刑人でもねぇ。俺が罰を下すようなことはしたくないんだ。そんなことは好きじゃないし、俺は素人だから、頭のいい人のマネができるとも思えないし」
「はぁ。じゃああんたは、あたしには一切何もするつもりがないってわけ?」
「そういう事でもないぞ。この際はっきり言っておくけど、俺はお前のしでかした事について、許すつもりはないからな。ただ、かと言って俺が下せる刑罰と言ったら……お前には、町のみんなに謝らせただろ。あれが関の山だな」
「あれだけ?でもあんたは、あたしを自由にはしてくれなかったじゃない」
「ああ。お前を野放しにしとくと被害が増えるってのもあるけど……これは、前にフランが言ったことなんだけどな。フランは、自分を罰してくれって言ってきた相手に、生きろって言ったんだ。そいつはフランの昔の友達で、だけどフランが死んだ原因を作った相手だったんだけど……」
懐かしいな。あの時も、今と同じような月夜だった。アルルカが理解不能といった顔をする。
「はぁ?どういう意味?あのチビ娘は、そいつを許したってこと?」
「違うな。フランは、死んで楽になるより、生きて罪に苦しみ続けろって言ったんだ。いわばそれが、フランなりの裁きだったんだよ」
フランは賢い。彼女は、最も重い罰を、彼女の友人に与えたんだ。
「だから、俺もそれのまねごとをしようと思ったんだ。お前はしでかしたことが大きすぎる。それを自覚し、心底悔いて反省することが、お前に与えられる一番の罰だ。俺はそれの監察官として、お前を連れてるんだよ。そん時が来るまでな」
アルルカは、さっぱり意味が分からないという顔をしている。
「なによそれ?あんたは、あたしがいつか反省して、心から懺悔をすると思ってるわけ?」
「まあ、そういうことかな」
「あきれた……それじゃ、一生かかっても無理よ?あたしはヴァンパイアだし、それが変わることはないもの」
「そうか?」
「そうよ。あり得ないわね」
アルルカはきっぱりと言い切る。けど俺は最近、更正の兆しが見えてきた気がしているんだけどな。まあ、もう少し先にはなりそうだけど。
「……ま、あんたの真意は分かったわ。あたしとしても、あんまり痛い事はされたくないしね」
「特別お前に、危害を加えるつもりはない。んなことしても誰も得しないし。こういう言い方はアレだけど、お前が親の仇ならともかく、セイラムロットの人たちとは何の繋がりもないしな……そういやお前、痛覚ってあるのか?フランたちにはないみたいだけど」
「普通にあるわよ?消そうと思えば消せるけどね。けどあんた、自分のカラダに剣を突き立てられて、それをずーっと無視するなんてできる?」
「……まず無理だな」
納得した。ヴァンパイアとゾンビは、ちょこっと違うみたいだ。
「まあけど、最近はちょっとなら、痛いのもいいかなって思うけど……」
「……」
聞かなかったことにしよう。こいつの性癖に付き合わされちゃたまんないぜ。
気付けば、目の前に浮かんでいた月は、だいぶ傾いてきていた。かなりの時間を過ごしてしまったみたいだ。
「ほら、そろそろ戻ろうぜ。ちゃっちゃと済ませてくれ」
「ん、そうね」
アルルカは俺の隣に座ったまま、首を伸ばして俺の首元に噛みついた。ちゅ、と一瞬唇が触れると、アルルカは顔を離して、うっとりと頬を押さえる。
「はふ……おいしぃ。こうしてゆっくり味わうのも、やっぱりアリね……」
「前に比べりゃ、確かにこっちの方がいいな。それにお前とゆっくり話したのも、何気に初めてじゃないか?」
「そう言われればそうね。最近はあのゾンビがべったりだもの、ね?」
当てつけっぽく、アルルカは最後のねを強調した。
「な……なんだよ。何が言いたい?」
「あんたねぇ、気付いてないわけないでしょ?いい加減、はっきり決めなさいよ。四六時中ピリピリされて、こっちも落ち着かないわ」
う、お?アルルカは、具体的な主語はぼかしている。だが、この口ぶりからして、俺とフランの間にあったことを……?
「さてと、それじゃそろそろ戻りましょうか。いろいろ疑われても面倒だし」
「あ、ああ……」
もやもやしたまま、俺はアルルカに抱きかかえられた。雲海の上を飛びながら、アルルカが言う。
「ねえ。ところであんた、あっちの方には気付いているの?」
「は?なんだ、突然」
「だぁら、あっちよ。シスターのほうよ」
「シスター?ウィルか?ウィルがどうしたって?」
「やっぱり気付いてないのね……あんた、このままいくと、結構面倒なことになるかもしれないわよ」
んん……?こいつ、何が言いたいんだ?ウィルが、何か問題を起こすと言いたいんだろうか?
「どういうことだよ?」
「うーん……これは、あんたにどうこうさせるよりも、こっちで動いたほうがいいかもしれないわね……」
アルルカはぶつぶつつぶやくばかりで、俺の質問には答えない。なんなんだ?まあ、どうせろくでもないことを考えているんだろう。放っておいた方が良さそうだ。
馬車に戻ってくると、案の定フランはものすごい拗ねていた。馬車の隅っこにうずくまり、額を壁にこすりつけている。その背中からはすさまじい負のオーラが……俺は助けを求めてウィルを見たが、ウィルは無言で首を振るだけだった。
(どうしようもありませんよ)
(だよな……)
頭をごしごしかく。どうにかしようにも、俺はフランの気持ちを知っているからな……なんて声を掛けりゃいいんだよ?いままで一度も好意を寄せられた経験がないから、対処法がさっぱりわからない。アルルカのやつ、どうにかするならウィルじゃなくて、フランの方が先じゃないか?
つづく
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