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12章 負けられない闘い

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一の国との国境には、石造りの関所が設けられていた。関所は深い谷の狭間に建てられた物々しい建物で、まるで砦のようだ。後でヘイズに聞いたところ、ずっと昔、まだ人間同士で小競り合いをしていたころには、実際に戦いの拠点としても使われていたらしい。
ともかく、その関所へと進んでいく。大きな木の門の手前で、関所の衛兵たちとヘイズが簡単なやりとりをしている。

「ずいぶんと大勢でいらしたんですね。商隊……というよりは、小隊の方でしょうか?」

「そうだ。我々は二の国の王城兵だ。王直々の命にて、御国の帝都を目指している」

「そうでしたか。ご苦労様です。念のため、規則に従って、馬車の中を確認させていただきますが、よろしいですね?」

「ああ。頼む」

すると衛兵たちは、各馬車の中を覗いて回り始めた。おっと、こっちにも来るかな?

「となると……おいアルルカ!お前、ちゃんとした格好しとけよ!」

大股を開いて寝転がっていたアルルカを大慌てで叩き起こすと、じきに馬車の扉がノックされた。

「こちらの皆様は……」

扉を開いた衛兵が、俺たちを見て固まっている。少年、少女、幼女、鎧の騎士、顔にマスクをつけた女が、全員ぴしっと姿勢を正して佇んでいるのだから、当然か……

「……ずいぶん、変わった御一行なのですね」

衛兵はそれだけ言って、そそくさと扉を閉めた。はぁ、やれやれだ。
しばらくすると門が開き、馬車は砦の中へと入っていった。ふぅむ、さすがはかつて戦闘で使われていた砦だ。内部は装飾などほとんどない武骨な作りで、絵画やタペストリーの代わりに、盾と槍、そしておそらく一の国のものと思われる紋章が入った旗が掲げられている。

「ふむ。なるほど、立派な砦ですな」

エラゼムは窓から砦の様子を見て唸っている。

「エラゼムから見て、この砦はどうだ?」

「そうですね、左右が崖なので、天然の城壁として利用できるところが良いと思います。石もきっちりと積まれていますし……後は補給線が整備されているか否かですが、ここは国境の要。となれば、おのずと……」

さすがは城の騎士団長。専門的な意見だ。そして彼の予想通り、砦を抜けると町が広がっていた。崖を少しずつ切り崩して平坦にし、そこに家や畑が作られた、高低差の激しい町だ。家もみな石造りで、遠くには町を囲む石積みの塀も見えた。ラクーンほどじゃないにしろ、なかなか頑丈そうだ。
町は街道に面しているだけあって、宿や食料品を売る店が多かった。

「宿か……今夜はこの町で停まったりしないかな」

そうしたら、柔らかいベッドで寝ることができるかもしれない。ここ最近は、毛布を巻いて床に雑魚寝がずっとだったからな……だが、俺たちは先を急ぐ身だ。残念ながら、ヘイズは少しだけ食料を補給したのち、さっさと出発してしまった。町をゆっくり見られなくて、ウィルは少し残念そうにしている。

「ウィル、町を回りたかったか?」

「え?ええ、まあ少しは。ただ、今回は観光に来たわけじゃないですから」

うむ、その通り。いつもの気楽な旅とは違って、今は任務の真っ最中だからな。これが終わったら、ゆっくり一の国を回ってみるのもいいかもしれない。
馬車はどんどん進んでいく。この前までは、遺嶺洞、高山と続いていたので、馬はじれったいほどゆっくりとしか進めなかった。それがここに来てようやく、平坦な道に戻ってきた。久しぶりに思い切り走れることに気を良くしたのか、馬はいつにも増して張り切っているようだ。
ここの街道はずいぶん整備が進んでいるようで、道幅も広く、両脇には石の塀までこしらえられている。そうとう整えられた道だ。ただし、塀の一歩外にはうっそうとした密林が広がっている。濃い緑の葉を多く付けた木々は、熱帯の植物みたいだ。それに心なしか、空気がじめっとして暑くなった気がするな。
俺は上着を脱いで、シャツのボタンを緩めた。するとアルルカが食いつかんばかりに俺の首元を凝視するので、俺は慌ててボタンをきっちり留めた。



二日ほどが過ぎた。街道は密林地帯を抜け、見晴らしのいい平野に差し掛かっていた。むしっとする湿気は和らいだが、気温はますます上がってきた気がする。いつかのボーテングの町ほどじゃないが、結構あちいな。

「ライラの言った通りになったなぁ」

「んぇ~?」

床にべったりと横になったライラが、顔だけをこちらに向ける。暑そうだが、汗は一滴もかいていない。半アンデッドという特殊な体質のせいで、ライラは体温調節がうまくできないからだ。俺は彼女の顔にかかった髪の毛を払ってやった。

「ほら、言ってただろ。次行くとしたら、あったかい所に行きたいって」

「あぁー……そうだったかも」

期せずして、その願いは叶えられたわけだ。

「一の国って、結構暑いところなのかな?」

言ってみたはいいが、俺たちの中に一の国に行った経験のあるやつはいない。こうなると、後は物知りな字引が頼りだ。

『地域にもよりますが、主様が向かっている帝都は、年間を通して温暖な気候であると言えますね』

アニがちりんと揺れて、説明してくれる。

「帝都、か。この街道って、そこに繋がってるんだったよな?確か、何て言ったっけ……」

『湖畔街道、です』

「そう、それだ。確か、でっかい湖のそばを通るからとかなんとか……けどさ、湖なんてちっとも見えてこないぞ」

『そうですね。しかし、道のりも半分を越えたはず。もうじき見えてくるかと思いますが……』

するとその時、ウィルがあっと声を上げた。見ると、窓の外に顔を向けて、大口を開けている。

「あ、あれ。あれが、湖なんですかね……?」

お!噂をすれば、くだんの湖が見えたのか。でも、なんで疑問形なんだ?
俺はウィルの隣に並んで、窓の外を覗いてみた。外には、キラキラと陽の光を浴びて輝く、青い湖畔が見えて…………え?

「……おぉ?あれは……湖、か?」

「……桜下さんも、そう思います?」

俺もウィルと同じく固まってしまった。それを見て不思議に思ったのか、他のみんなも集まってきた。一つの窓枠にぎゅうぎゅうとへばりつきながら、みんなも外を見て唖然とする。

「……湖にしては、大きすぎるんじゃない」

「だよな。俺もそう思ってた」

だってさ、水平線が見えるんだぞ。遠くに小さく見えるのは、帆船はんせんか?これじゃ湖じゃなくて、海だ。

『あれが、クリスタルレイク。大陸最大の湖です』

アニがちりんと揺れる。本当に湖なんだ……

「私てっきり、湖というのは、ボーテングの町で見たようなものかと思っていました……」

ウィルが心ここにあらずな声でつぶやく。あそこの湖も大きかったけど、こりゃ規格外だな。
雄大な湖に沿うように、馬車は軽快に進んでいく。湖畔街道とは、なるほどその名の通りだ。水面を撫でて吹く風はひんやりしていて、さっきまでの暑さが嘘のように和らいだ。ぐったりしていたライラは、今は目を輝かせて、窓に張り付いている。

「ライラ、気に入ったか?」

「うん!どこを見ても水ばっかり!ウミのことは、本でしか読んだことなったから」

おお、そうか。そう考えると、海を見たことがないやつは意外と多いんじゃないか?みんな故郷からほとんど出たことがないんだから。俺が初めて海を見たのはいつだったかな。ずっと昔で、ほとんど思い出せないや。

その日の夕方には、湖のまた違った、しかし美しい一面を見ることができた。
日中順調に進んだ馬車隊は、その日の終わりに大きな石橋に辿り着いた。広大な湖の一部がきゅっとくびれていて、そこに掛けられた橋だ。といっても、湖自体の大きさが半端じゃないから、その橋もすこぶる長い。ゆうに百メートルは越えてそうだぞ。
橋は西に向かって伸びているようで、燃えるような夕日が俺たちの前方に浮かんでいる。

「ふわぁ……」

ウィルがため息のような感嘆を漏らした。
夕陽によって、湖はオレンジ色に染まっている。波はキラキラと光を反射して、水面に光の道を描き出していた。その上を水鳥の群れが飛んでいく。きっと、ねぐらに帰るところなんだろう。
やがて夕日が山影に姿を隠すと、空は茜色から藍色へと姿を変えていく。湖も深い青に染まった。濃紺となった空に星がまたたき始めると、湖には星のかけらがちらちらと浮かんだ。
俺たちが橋を渡る間の、あっという間の出来事だった。夕暮れ自体は毎日の出来事だが、湖というスクリーンの力を借りると、かくも神秘的に映るものなのか……俺たちはしばし無言のまま、その余韻を味わっていた。
橋を渡り終えると、隊はそこで停まった。今日はここで夜を過ごすようだ。
兵士たちが明るい顔で話していたことによれば、一の国の帝都はもうすぐそこだという。あと一日か二日もすれば、都が見えて来るらしい。ふぅ、長かった馬車での生活も、ようやく終わりが見えてきたな。

(けど、帝都に着くってことは、そこからが本番だってことだもんな)

そもそも俺がこの一向に連れてこられたのは、一の国の皇帝様がそれをご所望なさったからだ。いったい勇者おれに会ってどうするつもりなんだろう?顔を見るだけで済むならいいが、一発芸の一つでもやらされるんじゃないだろうか……そう考えると、目的地は近いって言うのに、胃のあたりが締め付けられるような思いだった。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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