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14章 痛みの意味
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大地がオレンジ色に染まっている。荒涼とした荒野は、この時ばかりはその不毛さを忘れ、温かいじゅうたんのような居心地の良さを感じさせた。だが、それはまやかしだ。じきに冷たい夜の闇が、音もなく忍び寄ってくる……
追いはぎたちをあしらってから、俺たちはひたすらに南西へと走り続けた。だが、連中と揉めている間に、ずいぶんと時間を使ってしまったらしい。次の町に着く前に日没になってしまった。しょうがない、今夜は荒野の真ん中で野宿だ。
「なんだか、ライラたち以外は誰もいなくなっちゃったみたい」
焚火を囲んで座っていると、ふいにライラがそんなことを言った。
「ん、確かにな。こうも周りに何もないとなると……」
俺は闇で覆われた荒野を見渡す。無が跋扈する荒野は、どこまで言っても荒野だけだ。ずっと遠くには山の輪郭が見えるが、それだけ。草木のこすれる音や、虫やフクロウの声もしない。すすり泣くような夜風が、時折吹き付けるのみだ。言いようのない寂寥感が口の中に広がる。
「……三つ編みちゃんは、どうしてライラのことを呼んだんだろ」
ライラは焚火を見つめながらつぶやく。誰かに訊ねたというよりは、独り言みたいだった。そりゃそうだ、俺たちの中にその答えを持つ者はいない。本人に聞いてみない事には、分からないのだから。
「そうだなあ。何かがあったってことは、確かだろうけど」
「何かって?」
「うーん……ライラじゃないとできない事、とか」
でも、自分で言っておいてあれだが、そんな事あるか?もちろん、ライラは稀代の魔術師だ。だけど三つ編みちゃんがそれを理解していたかどうかは、微妙なところだろ。彼女はライラが魔法を使う所は見ていただろうが、果たして幼い彼女がそのすごさを分かったのか。仮に分かったとしても、三つ編みちゃんがライラへ協力を要請するのは、なんだか変じゃないか?魔術師の協力が必要な場面であれば、彼女と同行した大人たちだってそれが分かったはず。けど手紙には、そんなことは一切書かれていなかったという。では、なぜ?
「う~~~ん……」
あれこれ考えても、納得のいく答えは出てこない。むしろ、疑問ばかり増えていくようだ。ぴと。
「お?」
「くす。桜下、むつかしー顔してる」
いつの間にかライラがそばにやってきて、俺の眉間を指で押さえていた。そのままぐにぐにとこね回される。
「なんだか桜下の方が悩んじゃってるんだもん。もういいよ」
「あっ。ご、ごめん……」
しまった。考え込むあまり、根を詰め過ぎたか。悩んでいるのはライラの方だったのに……そう思って謝ったのだが、ライラは指を離すと、小首をかしげた。
「なんで謝るの?ライラ、嬉しかったよ。桜下はいっつも、ライラのこといっぱい考えてくれるから」
「そ、そう、か?」
「うん。それに、悩んでもしょーがないよね。もうここまで来ちゃってるんだし。三つ編みちゃんが来てって言うんだから、それでじゅーぶんだよ」
ライラはすっきりした顔をしていた。俺が役に立ったのかは分からないけど、とりあえずはよし、という事だろうか。
「でもそれなら、三つ編みちゃんにまた会う前に、ちょっとでもパワーアップしてたほうがいいよね……うん、よし。決めた!」
お?ライラはぱっと立ち上がると、ずんずんとアルルカの方へと歩いていく。アルルカは退屈そうに地面に寝そべっていたが、ライラが目の前にやって来ると、目線を上げた。
「お前!ライラに、早撃ちの仕方を教えて」
「はぁ?」
「お前みたいにまほーの早撃ちができるようになれば、ライラはもっと強くなれるでしょ。だから教えて」
「あんたねぇ……それがモノを頼む態度?い・や・よ!お断り!」
「むぅ……じゃあ、どうすれば教えてくれるの?」
「どうしたって嫌なものは嫌……いや、待ちなさい。そうね、まあとりあえず、手ぶらっていうのはいただけないわ。何か魅力的なお土産でもないと……」
そう言ってアルルカは、なぜかこっちをちらりと見た。え?なんでそこで俺?ライラも視線を追って、俺を振り返った。……なんだか、ものすごく嫌な予感がする!!!
「エラゼムッ!久々に、剣の稽古に付き合ってくれっ!」
「え?は、はぁ」
俺はエラゼムの腕を引っ掴んで、無理やり引っ張って行った。背後からはライラの声が聞こえてくる。
「ねー、桜下ー。ちょっとお願いが……」
「断る!」
俺はエラゼムとの稽古を言い訳に、ライラの、ひいてはアルルカのおねだりから逃げ回った。血を手土産にするなんて、聞いたことがあるか!やがてライラは諦めたが、代わりにウィルを味方につけて、二人でアルルカを説得しに掛かっていた。魔術師二人は勤勉だ。おかげで稽古をする俺も身がしまり、その日の晩は昼間の嫌なことも忘れるほど、ぐっすり眠ることができた。
「んぁ」
ぱちっと目が覚めた。地面が固い……ああ、そうか。荒野で野宿をしたんだった。
まだ辺りは薄暗い。朝、というにはずいぶん早い時間のようだ。もうひと眠りするか?いいや、やめとこう。昨日よく運動してから眠ったせいか、頭はすっきり冴えていた。
「よっと」
「ん……起きたんだ」
お。体を起こすと、昨日の焚火の燃えさしのそばに、フランが座っていた。少し離れたところに、ウィル、エラゼム、アルルカのぼんやりした背中が見える。薄暗くて何をしているのかは分からないが、それぞれ思案にふけっているようだ。ライラは俺のすぐ横で、毛布の中に包まっていた。
「おはよう、フラン。みんなは何してんだ?」
俺は毛布からそっと抜け出し、フランの正面に座る。
「知らない。夜の間は、あんまりお互い干渉しないから」
「そうなのか」
そう言えば前にも、そんなようなことを聞いたっけ。アンデッドの夜は長いから、四六時中一緒というわけにもいかないんだろう。
「そう言うフランは、何してたんだよ。火の番か?」
「わたしは……」
フランは木の枝を手に取って、消えかかっている焚火を突いた。ぱっと火の粉が舞う。
「……ちょうどいいから、ちょっと付き合ってよ」
「ん?別にいいけど」
なんだろう?フランはうなずくと、立ち上がった。俺もそれに倣う。どこかに行くのか?フランは焚火に背を向け、そこから数十歩ほど離れて立ち止まった。
「なんだ、すぐ近くだな」
「うん。ちょこっと、話さない?」
話?そんなの、移動しなくてもできそうだが……まあ、構わないか。俺が了承したので、フランはその場に腰を下ろした。俺も彼女の隣に座る。
「よっこらせ。それで、話って?」
「まあ……なんというか……その……」
「なんだよ。歯切れ悪いな。言いづらいことか?」
「少し……お願いというか……」
お願い?珍しい、フランが頼み事か。あまり彼女から頼られることはなかったので、俺はつい舞い上がってしまった。
「いいぜ、言ってみろよ。俺でできることならなんでも協力するぜ」
「……ほんと?」
「おう。男に二言はない!」
「じゃあ……」
フランは自分の膝を抱えると、そこにあごを乗っけた。
「昨日、追いはぎに会ったでしょ」
「ああ、うん。あいつら、今頃どうしてるかな。一晩中氷の檻の中で震えてたんじゃないか?くくくっ」
「その時に言われたこと、覚えてる?」
「うん?まあそりゃ、ずいぶんトンチキなことは言われたな。女を差し出せってやつだろ」
「そうじゃなくて、わたしがってこと」
んん?フランが言われたこと?ああそういや、男の一人が苦し紛れに、なにか罵詈雑言を吐いていたっけ。
「あー、なんつったか。確か……キスしたこともないくせに、とかだっけ」
そういやあの時、フランはやけに動揺していたな。あの程度でビビるタマじゃないと思うんだけれど。
「それがどうかしたか?」
「……悔しかったんだ。だって、本当のことだったから」
「え?そう、だったのか」
フランは若くしてアンデッドになり、俺と出会うまでずっと一人で彷徨っていた。当たり前と言えば当たり前だ。
「けど、気にすることないだろ。あんなたわごとさ」
「そうだけど、どうしても気になるんだよ」
「むう、そうか」
そんな気に病むことないと思うけど。でも、フランがそう言うのなら、なんとかしてやりたいな。
「けど、それならどうすっか。どうすりゃ忘れられそうだ?」
「忘れるというか……あれ、嘘にしたいの」
はあ。嘘にする?つまり、追いはぎが言った事を本当にするって意味か。キスしたことないっていうのを、嘘にするには……
「ん!?それって……?」
「……まあ、そういうことなんだけど」
そういうこと……俺はカクカク答える。
「……ドウイウコト?」
「……逃げるの。男に二言はないって言ったくせに」
「ぐうっ。た、確かに言ったけど……」
フランがじろりと睨んでくる。だ、だって!まさか、そんな頼み事だとは……でも確かに、こんな事誰にでも頼めることじゃない、ていうか俺以外には無理だろう。だ、だって俺は、フランの想い人なわけだし……
俺がもじもじしていると、フランがジトっとした目で、ぼそっと言った。
「ウィルとは、したんでしょ」
「げえっ!なぜそれを……?」
「本人から聞いた。ウィルがしたんだから、わたしもしないと」
「そ、そんな妙な義務感出さなくても……」
「義務なんかじゃ……わたしが、したいの。ダメ……?」
フランが上目づかいに見つめてくる。そんな、そんな顔されちゃ……
「ダメ……なんてことは、ないよ。でも、いいのか?」
「いい。わたしがしたいって言ってるんだから」
それもそうか……フランは足を一度解いて、俺に向き直る形で正座した。俺もつられて正座になる。でも、いいのだろうか?俺はまだ、フランに返事もできてないのに……そんな状態で、口付けしてしまってもいいのか?
「……もし」
「え?」
俺が悩んでいる事に気付いたのか、フランが不安そうな顔をする。
「もし、あなたが本当に嫌なんだったら、そう言って。ゾンビ相手なんだし、無理強いは」
「そんなこと!そんなことは、俺だって……」
はっとした。つい大声を出してしまったが、これじゃあもう後には引けないじゃないか。それに今ひよったら、傷つくのは俺じゃなく……
「……わかった。じゃあ、するぞ」
「ん……」
フランは目を閉じると、あごを軽く上げた。整った綺麗な顔。控えめに言って可愛い。ああ、心臓がドキドキ言っている。でも……
(この後どうすりゃいいんだ……?)
前はウィルからしてきたから、俺には自分から行く経験がないんだ。ドラマとかじゃ、なんかこう、うまい具合に……俺は恐る恐る口を近づけると、ほんの一瞬だけ、フランのそれに触れた。
「んっ……え?もう終わり?」
フランはぱちりと目を開けた。だ、だって、心臓が破裂しそうだ。ドラマみたいな濃厚なキスなんて、とてもできそうにない……
けどフランは、そういう口付けを望んでいたらしい。半分になった赤い瞳が、恨みがましく俺を睨む。
「ヘタレ」
「グハッ……」
面目次第もございません……俺はがっくりとうなだれた。
「もういいよ。顔上げて」
「うぅ……すまん、フラんむっ」
「んっ……」
え……何が起きたのか、一瞬理解できなかった。頭を上げた途端、フランの顔が視界いっぱいに迫ってきて……噛み付くようなキスは、数秒ほどで終わった。ぽかんとフランを見つめる。
「隙だらけなのが悪いんだよ。ばーか」
フランはそれだけ言い残すと、銀の髪をひるがえして、走り去ってしまった。
「ばか……」
あぁ……大概俺も、馬鹿野郎か。二回とも、女の子の方からさせてしまった。しかも、二回とも違う相手とだなんて……俺はまだ、夢でも見ているのかもしれない。
「いや……夢、じゃないんだよな。ちゃんと正面から向き合わなくちゃ」
朝になれば何もかも消えて無くなる夢とは違う。フランと、ウィル。二人の気持ちに、どう答えるのか。そして俺自身がどうしたいのか……
ふと、東の空が眩しく光った。朝日が昇ってきたんだ。
(そうさ。俺たちは、これから始まるんだ)
朝日を浴びながら、俺はフランを追って、仲間たちの元へ歩き出した。
大地がオレンジ色に染まっている。荒涼とした荒野は、この時ばかりはその不毛さを忘れ、温かいじゅうたんのような居心地の良さを感じさせた。だが、それはまやかしだ。じきに冷たい夜の闇が、音もなく忍び寄ってくる……
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「なんだか、ライラたち以外は誰もいなくなっちゃったみたい」
焚火を囲んで座っていると、ふいにライラがそんなことを言った。
「ん、確かにな。こうも周りに何もないとなると……」
俺は闇で覆われた荒野を見渡す。無が跋扈する荒野は、どこまで言っても荒野だけだ。ずっと遠くには山の輪郭が見えるが、それだけ。草木のこすれる音や、虫やフクロウの声もしない。すすり泣くような夜風が、時折吹き付けるのみだ。言いようのない寂寥感が口の中に広がる。
「……三つ編みちゃんは、どうしてライラのことを呼んだんだろ」
ライラは焚火を見つめながらつぶやく。誰かに訊ねたというよりは、独り言みたいだった。そりゃそうだ、俺たちの中にその答えを持つ者はいない。本人に聞いてみない事には、分からないのだから。
「そうだなあ。何かがあったってことは、確かだろうけど」
「何かって?」
「うーん……ライラじゃないとできない事、とか」
でも、自分で言っておいてあれだが、そんな事あるか?もちろん、ライラは稀代の魔術師だ。だけど三つ編みちゃんがそれを理解していたかどうかは、微妙なところだろ。彼女はライラが魔法を使う所は見ていただろうが、果たして幼い彼女がそのすごさを分かったのか。仮に分かったとしても、三つ編みちゃんがライラへ協力を要請するのは、なんだか変じゃないか?魔術師の協力が必要な場面であれば、彼女と同行した大人たちだってそれが分かったはず。けど手紙には、そんなことは一切書かれていなかったという。では、なぜ?
「う~~~ん……」
あれこれ考えても、納得のいく答えは出てこない。むしろ、疑問ばかり増えていくようだ。ぴと。
「お?」
「くす。桜下、むつかしー顔してる」
いつの間にかライラがそばにやってきて、俺の眉間を指で押さえていた。そのままぐにぐにとこね回される。
「なんだか桜下の方が悩んじゃってるんだもん。もういいよ」
「あっ。ご、ごめん……」
しまった。考え込むあまり、根を詰め過ぎたか。悩んでいるのはライラの方だったのに……そう思って謝ったのだが、ライラは指を離すと、小首をかしげた。
「なんで謝るの?ライラ、嬉しかったよ。桜下はいっつも、ライラのこといっぱい考えてくれるから」
「そ、そう、か?」
「うん。それに、悩んでもしょーがないよね。もうここまで来ちゃってるんだし。三つ編みちゃんが来てって言うんだから、それでじゅーぶんだよ」
ライラはすっきりした顔をしていた。俺が役に立ったのかは分からないけど、とりあえずはよし、という事だろうか。
「でもそれなら、三つ編みちゃんにまた会う前に、ちょっとでもパワーアップしてたほうがいいよね……うん、よし。決めた!」
お?ライラはぱっと立ち上がると、ずんずんとアルルカの方へと歩いていく。アルルカは退屈そうに地面に寝そべっていたが、ライラが目の前にやって来ると、目線を上げた。
「お前!ライラに、早撃ちの仕方を教えて」
「はぁ?」
「お前みたいにまほーの早撃ちができるようになれば、ライラはもっと強くなれるでしょ。だから教えて」
「あんたねぇ……それがモノを頼む態度?い・や・よ!お断り!」
「むぅ……じゃあ、どうすれば教えてくれるの?」
「どうしたって嫌なものは嫌……いや、待ちなさい。そうね、まあとりあえず、手ぶらっていうのはいただけないわ。何か魅力的なお土産でもないと……」
そう言ってアルルカは、なぜかこっちをちらりと見た。え?なんでそこで俺?ライラも視線を追って、俺を振り返った。……なんだか、ものすごく嫌な予感がする!!!
「エラゼムッ!久々に、剣の稽古に付き合ってくれっ!」
「え?は、はぁ」
俺はエラゼムの腕を引っ掴んで、無理やり引っ張って行った。背後からはライラの声が聞こえてくる。
「ねー、桜下ー。ちょっとお願いが……」
「断る!」
俺はエラゼムとの稽古を言い訳に、ライラの、ひいてはアルルカのおねだりから逃げ回った。血を手土産にするなんて、聞いたことがあるか!やがてライラは諦めたが、代わりにウィルを味方につけて、二人でアルルカを説得しに掛かっていた。魔術師二人は勤勉だ。おかげで稽古をする俺も身がしまり、その日の晩は昼間の嫌なことも忘れるほど、ぐっすり眠ることができた。
「んぁ」
ぱちっと目が覚めた。地面が固い……ああ、そうか。荒野で野宿をしたんだった。
まだ辺りは薄暗い。朝、というにはずいぶん早い時間のようだ。もうひと眠りするか?いいや、やめとこう。昨日よく運動してから眠ったせいか、頭はすっきり冴えていた。
「よっと」
「ん……起きたんだ」
お。体を起こすと、昨日の焚火の燃えさしのそばに、フランが座っていた。少し離れたところに、ウィル、エラゼム、アルルカのぼんやりした背中が見える。薄暗くて何をしているのかは分からないが、それぞれ思案にふけっているようだ。ライラは俺のすぐ横で、毛布の中に包まっていた。
「おはよう、フラン。みんなは何してんだ?」
俺は毛布からそっと抜け出し、フランの正面に座る。
「知らない。夜の間は、あんまりお互い干渉しないから」
「そうなのか」
そう言えば前にも、そんなようなことを聞いたっけ。アンデッドの夜は長いから、四六時中一緒というわけにもいかないんだろう。
「そう言うフランは、何してたんだよ。火の番か?」
「わたしは……」
フランは木の枝を手に取って、消えかかっている焚火を突いた。ぱっと火の粉が舞う。
「……ちょうどいいから、ちょっと付き合ってよ」
「ん?別にいいけど」
なんだろう?フランはうなずくと、立ち上がった。俺もそれに倣う。どこかに行くのか?フランは焚火に背を向け、そこから数十歩ほど離れて立ち止まった。
「なんだ、すぐ近くだな」
「うん。ちょこっと、話さない?」
話?そんなの、移動しなくてもできそうだが……まあ、構わないか。俺が了承したので、フランはその場に腰を下ろした。俺も彼女の隣に座る。
「よっこらせ。それで、話って?」
「まあ……なんというか……その……」
「なんだよ。歯切れ悪いな。言いづらいことか?」
「少し……お願いというか……」
お願い?珍しい、フランが頼み事か。あまり彼女から頼られることはなかったので、俺はつい舞い上がってしまった。
「いいぜ、言ってみろよ。俺でできることならなんでも協力するぜ」
「……ほんと?」
「おう。男に二言はない!」
「じゃあ……」
フランは自分の膝を抱えると、そこにあごを乗っけた。
「昨日、追いはぎに会ったでしょ」
「ああ、うん。あいつら、今頃どうしてるかな。一晩中氷の檻の中で震えてたんじゃないか?くくくっ」
「その時に言われたこと、覚えてる?」
「うん?まあそりゃ、ずいぶんトンチキなことは言われたな。女を差し出せってやつだろ」
「そうじゃなくて、わたしがってこと」
んん?フランが言われたこと?ああそういや、男の一人が苦し紛れに、なにか罵詈雑言を吐いていたっけ。
「あー、なんつったか。確か……キスしたこともないくせに、とかだっけ」
そういやあの時、フランはやけに動揺していたな。あの程度でビビるタマじゃないと思うんだけれど。
「それがどうかしたか?」
「……悔しかったんだ。だって、本当のことだったから」
「え?そう、だったのか」
フランは若くしてアンデッドになり、俺と出会うまでずっと一人で彷徨っていた。当たり前と言えば当たり前だ。
「けど、気にすることないだろ。あんなたわごとさ」
「そうだけど、どうしても気になるんだよ」
「むう、そうか」
そんな気に病むことないと思うけど。でも、フランがそう言うのなら、なんとかしてやりたいな。
「けど、それならどうすっか。どうすりゃ忘れられそうだ?」
「忘れるというか……あれ、嘘にしたいの」
はあ。嘘にする?つまり、追いはぎが言った事を本当にするって意味か。キスしたことないっていうのを、嘘にするには……
「ん!?それって……?」
「……まあ、そういうことなんだけど」
そういうこと……俺はカクカク答える。
「……ドウイウコト?」
「……逃げるの。男に二言はないって言ったくせに」
「ぐうっ。た、確かに言ったけど……」
フランがじろりと睨んでくる。だ、だって!まさか、そんな頼み事だとは……でも確かに、こんな事誰にでも頼めることじゃない、ていうか俺以外には無理だろう。だ、だって俺は、フランの想い人なわけだし……
俺がもじもじしていると、フランがジトっとした目で、ぼそっと言った。
「ウィルとは、したんでしょ」
「げえっ!なぜそれを……?」
「本人から聞いた。ウィルがしたんだから、わたしもしないと」
「そ、そんな妙な義務感出さなくても……」
「義務なんかじゃ……わたしが、したいの。ダメ……?」
フランが上目づかいに見つめてくる。そんな、そんな顔されちゃ……
「ダメ……なんてことは、ないよ。でも、いいのか?」
「いい。わたしがしたいって言ってるんだから」
それもそうか……フランは足を一度解いて、俺に向き直る形で正座した。俺もつられて正座になる。でも、いいのだろうか?俺はまだ、フランに返事もできてないのに……そんな状態で、口付けしてしまってもいいのか?
「……もし」
「え?」
俺が悩んでいる事に気付いたのか、フランが不安そうな顔をする。
「もし、あなたが本当に嫌なんだったら、そう言って。ゾンビ相手なんだし、無理強いは」
「そんなこと!そんなことは、俺だって……」
はっとした。つい大声を出してしまったが、これじゃあもう後には引けないじゃないか。それに今ひよったら、傷つくのは俺じゃなく……
「……わかった。じゃあ、するぞ」
「ん……」
フランは目を閉じると、あごを軽く上げた。整った綺麗な顔。控えめに言って可愛い。ああ、心臓がドキドキ言っている。でも……
(この後どうすりゃいいんだ……?)
前はウィルからしてきたから、俺には自分から行く経験がないんだ。ドラマとかじゃ、なんかこう、うまい具合に……俺は恐る恐る口を近づけると、ほんの一瞬だけ、フランのそれに触れた。
「んっ……え?もう終わり?」
フランはぱちりと目を開けた。だ、だって、心臓が破裂しそうだ。ドラマみたいな濃厚なキスなんて、とてもできそうにない……
けどフランは、そういう口付けを望んでいたらしい。半分になった赤い瞳が、恨みがましく俺を睨む。
「ヘタレ」
「グハッ……」
面目次第もございません……俺はがっくりとうなだれた。
「もういいよ。顔上げて」
「うぅ……すまん、フラんむっ」
「んっ……」
え……何が起きたのか、一瞬理解できなかった。頭を上げた途端、フランの顔が視界いっぱいに迫ってきて……噛み付くようなキスは、数秒ほどで終わった。ぽかんとフランを見つめる。
「隙だらけなのが悪いんだよ。ばーか」
フランはそれだけ言い残すと、銀の髪をひるがえして、走り去ってしまった。
「ばか……」
あぁ……大概俺も、馬鹿野郎か。二回とも、女の子の方からさせてしまった。しかも、二回とも違う相手とだなんて……俺はまだ、夢でも見ているのかもしれない。
「いや……夢、じゃないんだよな。ちゃんと正面から向き合わなくちゃ」
朝になれば何もかも消えて無くなる夢とは違う。フランと、ウィル。二人の気持ちに、どう答えるのか。そして俺自身がどうしたいのか……
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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