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14章 痛みの意味

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「桜下殿、皆様。お怪我はございませぬか?」

おっと。考え込んでいたところに、しんがりのエラゼムが追い付いてきた。

「ああ、エラゼム。おかげさまで、なんとかだ」

「なによりです。して、何か思案中でしたか。お邪魔をしたようなら、申し訳ない」

「いや、大したことじゃ……なんか、引っかかった気がするんだけどさ。よく分かんなくて」

俺自身、さっきのがひらめきなのか、それとも単なる思い違いなのか、分からなかった。

「けど、桜下さん。さっき何か、言いかけてませんでしたか?」

ウィルにそう訊かれて、思い出した。

「そうだった。一つ思ったことがあったんだ」

すると、エラゼムが後ろを振り返りながら言う。

「それならば、しばしの猶予があるかと。次の攻撃は、今すぐには飛んでこないはずです」

「え?それはどうして」

「先ほどと初めの攻撃、間隔がほぼ同一でございました。おそらく、詠唱の時間クールタイムではないかと」

「ああ、なるほど!」

冷静なエラゼムは、あの状況下で、正確に敵を分析していたのか。大したもんだな、まったく。

「それなら、ちょっとの余裕があるな」

あのじじいは今、超巨大な要塞を操っている。それと同時に強力な魔法を撃つのは、かなり難しいに違いない。連発は出来ないんだ。

「よし、じゃあ今のうちに話をまとめよう。俺がさっき思ったのは、あのでかい手もミクロに見れば、パーツの集合体に過ぎないだろってことなんだ」

「……え?みくろが、なんですか?」

む、ウィルには伝わらなかったらしい。それか、ミクロという単位は、こっちの世界には存在しないのか。

「ええっと、つまりだ。前にアイアンゴーレムと戦った時のことを思い出してくれ。あいつはカチカチだったから、足の関節とかを狙ってただろ。そして最後には、核をぶっこわしてとどめを刺した」

「え、ええ……なら今回は、あの大きな手の関節を攻撃するってことですか?」

「それもいいと思ったんだ。アルルカの氷で動けなくすれば、無力化できるんじゃないかって。でも、今は……」

そう。アルルカは連日の奮戦がたたって、魔力が限界寸前だ。事情を把握していないエラゼムが首をかしげていたので、俺はそのことを伝えた。

「そうでしたか……アルルカ嬢も、獅子奮迅の活躍でしたからな。しかし、それではその案は、却下せざるを得ませんな」

「ああ……残りは、核を狙う方法だけど」

「核って、どこになんのよ?」とアルルカ。それに答えたのは、俺が抱いているライラだった。

「……術者。あの魔導士だね」

「その通りだ。あのじじいを直接叩けば、屋敷全体の機能を停止させられる、んだけど……」

「でも、どこにいんのか、わかんないじゃない」

「そこなんだよなぁ」

老魔導士の声は、屋敷そのものから響いている。場所の特定は困難だった。ウィルが自分の唇を引っ張りながらまとめる。

「では、今現状、取り得る案としては……あのおっきな手の、関節部分を狙って攻撃していく、ってところでしょうか。ただそのためには、空を飛びでもしないと届きません。私の炎はほぼほぼ無力ですから、実際はアルルカさんに頼ることになっちゃいますけど……」

(……んん?)

む、まただ……なんなんだ、さっきから。今もまた、ウィルの“炎”という言葉を聞いた瞬間、頭の中にノイズのような違和感が走った。

(何に引っかかってるんだ?ウィルは、自分の魔法じゃ歯が立たないって言っただけだろ)

それは、事実なように思える。ウィルは、超高火力の魔法は使えない。ファイアフライで火の玉を出しても、あのウォーターカッターの前じゃ、一瞬でかき消されるだろう。まさに、焼け石に水……

「……焼け石に、水……?」

「え?桜下さん?」

呟いた俺に、ウィルが怪訝そうな顔を向ける。他の仲間も、こっちを向いた。

「焼け石が、どうかしたんですか?」

「……焼けた石に、水をかけるとどうなる?」

「はい?それは、じゅうぅってなるでしょうけど……煙がもわぁって」

ウィルは、ロッドを持っていないほうの手をひらひら動かして、煙が立ち上るジェスチャーをした。煙……水蒸気……

「……あっ!」

「ひゃっ。桜下さんってば、さっきからどうしちゃったんですか?」

「これだ!いけるかもしれない!ああけど、原理がなぁ……」

「???」

ウィルは頭の上にハテナを浮かべている。だけどこの作戦、もし実現可能だとしたら、キーになるのは他でもない、彼女だ。

「確かめてる暇はないか……!よし、ウィル!お前、何か高熱が出せる魔法、持ってないか!?」

「え?え?高熱?えっと……トリコデルマじゃ、ダメですか?」

「いや、できればもっとだ……」

俺にも、具体的な温度は分からない。だけど、生半可じゃ駄目だ。

「もっと高温の……それこそ、溶岩くらいの」

「溶岩……」

ウィルは眉根をぎゅっと寄せている。難しいか……

「……私の魔法では、そこまでの高温はだせません。すみません、私には……」

……ん?そこまで言って、ウィルはぴたっと固まってしまった。ど、どうしたんだろう。するといきなり、ウィルが動いた。手首の内側で、自分の頬をべちっと力強く挟む。

「え?うぃ、ウィル?」

「……メよ、そんなんじゃ……きになってもらえないわよ……」

なにか、小声でぶつぶつ呟いている……なんだなんだ?今度は俺が困惑する番だった。

「……よし。桜下さん」

「は、はい」

「高温の魔法が……いいえ、超高温の魔法がいるんですよね。ごめんなさい、今の私にはそれはできません。でも、少し時間をくれませんか?」

「え?ああ、そりゃいいけど……どうにか、できるのか?」

「絶対の保証は、ありませんが……どうにか、足掻いて見ます。ライラさん?」

「なあに?おねーちゃん」

ウィルが、俺が抱くライラに顔を近づける。

「私が使える魔法の中で、“超過”ができそうなものって、ありますか?」

「えっ。おねーちゃん、まさかオーバーフローを使う気なの?」

ウィルがこくりとうなずく。オーバーフロー?それはなにか訊ねようとしたとき、エラゼムの鋭い警告が聞こえてきた。

「次が来ます!お気を付けを!」

「ええい、くそ!人が話し合ってるってのに!」

巨大な手は、今度は握り拳のような形になっていた。老魔導士の呪文が轟く。

「スパウトホエール!」

くるぞ!……あれ?

「何も、起こらないぞ……?」

失敗した?いや、きっとそれはない。相手はいちおう、熟練の魔導士だ。と、思ったその時、ぐらぐらと足元が揺れ始めた。

「まさか、下から……!」

次の瞬間、地面が割れて、とんでもない勢いの水柱が噴き出してきた!

「ぐぼっ!が、がぼっ!」

ゴボゴボゴボ!視界が一瞬で、白い泡に覆い尽くされる。冷たい水が全身に打ち付け、目にも鼻にも喉にも、水が流れ込んできた。何も見えないし、何も聞こえない。完全に前後不覚となる中で、俺はライラだけは守ろうと、腕に力をこめ続けた。

「げほっ!えほ、えほ」

「桜下……!桜下、しっかり……!」

ライラの苦しそうな声で、俺はようやく冷静さを取り戻し、目を見開いた。そして、自分たちの置かれた状況を認識する。

「なぁ、なんじゃこりゃ!」

俺とライラは、空高くを飛んでいた。屋敷の屋根が眼下に見える。さ、さっきの水流で、上空に吹っ飛ばされてしまったのか!

「くそ……!そうだ、アルルカは!?」

このままでは、俺もライラも助からない。万歩譲って俺だけならともかく、それだけは、絶対にダメだ!

「アルルカー!」

「わぁーってるわよ!」

おっと。声は思ったよりも近くで聞こえた。アルルカのやつ、ずいぶんそばまで飛んできていたらしい。アルルカは俺のシャツの首根っこを摑まえると、ぐいぃっと引っ張り上げた。ぐえ、く、首が……

「まったくもう、吸血鬼使いが荒いわね!」

「わ、悪い、げほ。助かっ……!!!」

「あん?なんで変なとこで区切るのよ……って」

俺とライラとアルルカは、そろって青ざめた。老魔導師の操る巨大な手が、握り拳を作って、こちらにぐんぐん迫ってくる!

「物理攻撃までできるのかよ……!」

ちくしょう!ライラは小柄とは言え、俺と合せて二人分の重さを抱えたアルルカに、瞬時の方向転換は無理だ。完全に捉えられた!

「アルルカ嬢ー!」

大きな叫び声で、俺とアルルカは我に返った。見れば、すぐ隣を、エラゼムが落っこちていくところだった。彼も吹き上げられていたのか。

「吾輩をそこへ!」

エラゼムが手を伸ばす。アルルカは無我夢中と言った様子で、杖をそちらに差し向けた。エラゼムが杖の先端を掴む。それと同時に、アルルカは体ごと振り回すように、彼をぶぅんと引っ張った。大きな半円を描き、エラゼムが迫りくる拳の方へと飛んでいく。逆に俺たちは、反動で少し後ろに下がった。

「ぬぅりゃああ!」

エラゼムの雄たけび。ガイイィィィィン!

「エラゼム!うわっ」

拳がこちらにも迫り、俺はライラを抱き込んだ。ドゴッ!肩のあたりに強い衝撃を受け、体がすごい勢いですっ飛ばされる。自動車に追突された気分だ……ぐんぐん地面が近づいてくるのが見えたが、叩きつけられる寸前、アルルカが翼をひるがえした。俺たちの体は一瞬だけふわっと浮かび上がり、そのままずじゃじゃぁっと、びしょびしょになった大地を滑った。

「っつつつ……」

長い滑走の後、ようやく体が制止した。くうぅ、体の半分が、あちこち痛い。拳で殴られたり、地面で擦れたりしたからだろう。見れば、右腕が血で真っ赤になっていた。

「うぅ……は!桜下、大丈夫!?」

胸の中にいたライラが、俺の腕を見てぎょっとする。

「ああ、見た目ほどひどかないさ」

「ほ、ほんとに?よかった……」

腕はチクチクと痛むが、動けないほどじゃない。それよりも、みんなの方が心配だ。

「ライラは、大丈夫か?」

「うん。桜下が守ってくれたから」

ライラはぐしょぬれだったが、それ以外に怪我はなさそうだった。ふぅ、一安心だ。

「ならなによりだ。アルルカは?いるか?」

「いるわよ、ここに」

アルルカは、俺たちの少し後ろにいた。泥だらけでボロボロの格好だが、割かし元気そうだ。

「あの鎧が、ギリギリで勢いを殺したからね。じゃなかったら、あたしもあんたもヤバかったわ」

「そうだったのか……あれ?でも、エラゼムは?」

俺はきょろきょろとあたりを見回す。その時だった。

「エラゼムさん!しっかりしてください!」

ウィルの悲鳴のような声に、背筋がぶるりと震えた。声のした方を向くと、ウィルが何かの傍らに屈みこんでいる。あれって……エラゼムの、鎧?だが、明らかにサイズが小さい……というより、パーツが足りていない……?

「……っ!くそっ!」

二人の下へと走り出す。アルルカも後について来た。

「ウィル!何が、あって……」

「桜下さん……エラゼムさんが……!」

ウィルが潤んだ瞳で、こちらを振り返る。地べたに力なく倒れたエラゼムの体は、バラバラになってしまっていた。兜と胴体の上半分は無事だが、下は無い。そして右腕は肘までは残っているが、その先がない。

「エラゼム……!」

「桜下殿……申し訳ない。この体たらくです……」

「何言ってんだ……!お前が防いでくれなかったら、俺たちがこうなってた」

「ならば、こうなったのはむしろ、喜ばしいことです。吾輩の鎧はどれだけ砕けようとも、それで命を落とすことはないのですから」

それは、そうだが……俺はあたりを見回す。エラゼムの鎧のパーツが残っていないかと思ったんだ。けどそれらしきものは、さっぱり見当たらない。いくつか、鎧の留め具のようなものは落ちているけど、それだけあっても意味ないだろ。残りは遠くに転がってしまったのか、ひょっとしたら渦の中かも……

「これじゃあ、“ファズ”を使っても直せないな……くそ。すまん、エラゼム」

「桜下殿が謝ることなど。むしろ謝罪しなければならないのは、吾輩の方です。この重要な局面で、足手まといになり下がるとは……」

エラゼムは心底悔しそうに、低く唸った。足手まといとは思わないけど、確かにこれじゃあ、戦うのは無理だ。

(まずいな……エラゼムの守りまで失った)

ライラは弱っている。アルルカは魔力切れ。フランは別行動だ。そして、エラゼムも……正直、かなり厳しくなってきたぞ。俺とアニは論外、あとはロウランか。あいつも、さすがにきついだろうな……となると、もうこいつしかいない。

「ウィル……さっきのやつ、どうなんだ」

俺は祈る思いで、ウィルを見つめる。彼女だけが、最後の望みの綱だ。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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