584 / 860
14章 痛みの意味
11-3
しおりを挟む
11-3
「桜下殿、皆様。お怪我はございませぬか?」
おっと。考え込んでいたところに、しんがりのエラゼムが追い付いてきた。
「ああ、エラゼム。おかげさまで、なんとかだ」
「なによりです。して、何か思案中でしたか。お邪魔をしたようなら、申し訳ない」
「いや、大したことじゃ……なんか、引っかかった気がするんだけどさ。よく分かんなくて」
俺自身、さっきのがひらめきなのか、それとも単なる思い違いなのか、分からなかった。
「けど、桜下さん。さっき何か、言いかけてませんでしたか?」
ウィルにそう訊かれて、思い出した。
「そうだった。一つ思ったことがあったんだ」
すると、エラゼムが後ろを振り返りながら言う。
「それならば、しばしの猶予があるかと。次の攻撃は、今すぐには飛んでこないはずです」
「え?それはどうして」
「先ほどと初めの攻撃、間隔がほぼ同一でございました。おそらく、詠唱の時間ではないかと」
「ああ、なるほど!」
冷静なエラゼムは、あの状況下で、正確に敵を分析していたのか。大したもんだな、まったく。
「それなら、ちょっとの余裕があるな」
あのじじいは今、超巨大な要塞を操っている。それと同時に強力な魔法を撃つのは、かなり難しいに違いない。連発は出来ないんだ。
「よし、じゃあ今のうちに話をまとめよう。俺がさっき思ったのは、あのでかい手もミクロに見れば、パーツの集合体に過ぎないだろってことなんだ」
「……え?みくろが、なんですか?」
む、ウィルには伝わらなかったらしい。それか、ミクロという単位は、こっちの世界には存在しないのか。
「ええっと、つまりだ。前にアイアンゴーレムと戦った時のことを思い出してくれ。あいつはカチカチだったから、足の関節とかを狙ってただろ。そして最後には、核をぶっこわしてとどめを刺した」
「え、ええ……なら今回は、あの大きな手の関節を攻撃するってことですか?」
「それもいいと思ったんだ。アルルカの氷で動けなくすれば、無力化できるんじゃないかって。でも、今は……」
そう。アルルカは連日の奮戦がたたって、魔力が限界寸前だ。事情を把握していないエラゼムが首をかしげていたので、俺はそのことを伝えた。
「そうでしたか……アルルカ嬢も、獅子奮迅の活躍でしたからな。しかし、それではその案は、却下せざるを得ませんな」
「ああ……残りは、核を狙う方法だけど」
「核って、どこになんのよ?」とアルルカ。それに答えたのは、俺が抱いているライラだった。
「……術者。あの魔導士だね」
「その通りだ。あのじじいを直接叩けば、屋敷全体の機能を停止させられる、んだけど……」
「でも、どこにいんのか、わかんないじゃない」
「そこなんだよなぁ」
老魔導士の声は、屋敷そのものから響いている。場所の特定は困難だった。ウィルが自分の唇を引っ張りながらまとめる。
「では、今現状、取り得る案としては……あのおっきな手の、関節部分を狙って攻撃していく、ってところでしょうか。ただそのためには、空を飛びでもしないと届きません。私の炎はほぼほぼ無力ですから、実際はアルルカさんに頼ることになっちゃいますけど……」
(……んん?)
む、まただ……なんなんだ、さっきから。今もまた、ウィルの“炎”という言葉を聞いた瞬間、頭の中にノイズのような違和感が走った。
(何に引っかかってるんだ?ウィルは、自分の魔法じゃ歯が立たないって言っただけだろ)
それは、事実なように思える。ウィルは、超高火力の魔法は使えない。ファイアフライで火の玉を出しても、あのウォーターカッターの前じゃ、一瞬でかき消されるだろう。まさに、焼け石に水……
「……焼け石に、水……?」
「え?桜下さん?」
呟いた俺に、ウィルが怪訝そうな顔を向ける。他の仲間も、こっちを向いた。
「焼け石が、どうかしたんですか?」
「……焼けた石に、水をかけるとどうなる?」
「はい?それは、じゅうぅってなるでしょうけど……煙がもわぁって」
ウィルは、ロッドを持っていないほうの手をひらひら動かして、煙が立ち上るジェスチャーをした。煙……水蒸気……
「……あっ!」
「ひゃっ。桜下さんってば、さっきからどうしちゃったんですか?」
「これだ!いけるかもしれない!ああけど、原理がなぁ……」
「???」
ウィルは頭の上にハテナを浮かべている。だけどこの作戦、もし実現可能だとしたら、キーになるのは他でもない、彼女だ。
「確かめてる暇はないか……!よし、ウィル!お前、何か高熱が出せる魔法、持ってないか!?」
「え?え?高熱?えっと……トリコデルマじゃ、ダメですか?」
「いや、できればもっとだ……」
俺にも、具体的な温度は分からない。だけど、生半可じゃ駄目だ。
「もっと高温の……それこそ、溶岩くらいの」
「溶岩……」
ウィルは眉根をぎゅっと寄せている。難しいか……
「……私の魔法では、そこまでの高温はだせません。すみません、私には……」
……ん?そこまで言って、ウィルはぴたっと固まってしまった。ど、どうしたんだろう。するといきなり、ウィルが動いた。手首の内側で、自分の頬をべちっと力強く挟む。
「え?うぃ、ウィル?」
「……メよ、そんなんじゃ……きになってもらえないわよ……」
なにか、小声でぶつぶつ呟いている……なんだなんだ?今度は俺が困惑する番だった。
「……よし。桜下さん」
「は、はい」
「高温の魔法が……いいえ、超高温の魔法がいるんですよね。ごめんなさい、今の私にはそれはできません。でも、少し時間をくれませんか?」
「え?ああ、そりゃいいけど……どうにか、できるのか?」
「絶対の保証は、ありませんが……どうにか、足掻いて見ます。ライラさん?」
「なあに?おねーちゃん」
ウィルが、俺が抱くライラに顔を近づける。
「私が使える魔法の中で、“超過”ができそうなものって、ありますか?」
「えっ。おねーちゃん、まさかオーバーフローを使う気なの?」
ウィルがこくりとうなずく。オーバーフロー?それはなにか訊ねようとしたとき、エラゼムの鋭い警告が聞こえてきた。
「次が来ます!お気を付けを!」
「ええい、くそ!人が話し合ってるってのに!」
巨大な手は、今度は握り拳のような形になっていた。老魔導士の呪文が轟く。
「スパウトホエール!」
くるぞ!……あれ?
「何も、起こらないぞ……?」
失敗した?いや、きっとそれはない。相手はいちおう、熟練の魔導士だ。と、思ったその時、ぐらぐらと足元が揺れ始めた。
「まさか、下から……!」
次の瞬間、地面が割れて、とんでもない勢いの水柱が噴き出してきた!
「ぐぼっ!が、がぼっ!」
ゴボゴボゴボ!視界が一瞬で、白い泡に覆い尽くされる。冷たい水が全身に打ち付け、目にも鼻にも喉にも、水が流れ込んできた。何も見えないし、何も聞こえない。完全に前後不覚となる中で、俺はライラだけは守ろうと、腕に力をこめ続けた。
「げほっ!えほ、えほ」
「桜下……!桜下、しっかり……!」
ライラの苦しそうな声で、俺はようやく冷静さを取り戻し、目を見開いた。そして、自分たちの置かれた状況を認識する。
「なぁ、なんじゃこりゃ!」
俺とライラは、空高くを飛んでいた。屋敷の屋根が眼下に見える。さ、さっきの水流で、上空に吹っ飛ばされてしまったのか!
「くそ……!そうだ、アルルカは!?」
このままでは、俺もライラも助からない。万歩譲って俺だけならともかく、それだけは、絶対にダメだ!
「アルルカー!」
「わぁーってるわよ!」
おっと。声は思ったよりも近くで聞こえた。アルルカのやつ、ずいぶんそばまで飛んできていたらしい。アルルカは俺のシャツの首根っこを摑まえると、ぐいぃっと引っ張り上げた。ぐえ、く、首が……
「まったくもう、吸血鬼使いが荒いわね!」
「わ、悪い、げほ。助かっ……!!!」
「あん?なんで変なとこで区切るのよ……って」
俺とライラとアルルカは、そろって青ざめた。老魔導師の操る巨大な手が、握り拳を作って、こちらにぐんぐん迫ってくる!
「物理攻撃までできるのかよ……!」
ちくしょう!ライラは小柄とは言え、俺と合せて二人分の重さを抱えたアルルカに、瞬時の方向転換は無理だ。完全に捉えられた!
「アルルカ嬢ー!」
大きな叫び声で、俺とアルルカは我に返った。見れば、すぐ隣を、エラゼムが落っこちていくところだった。彼も吹き上げられていたのか。
「吾輩をそこへ!」
エラゼムが手を伸ばす。アルルカは無我夢中と言った様子で、杖をそちらに差し向けた。エラゼムが杖の先端を掴む。それと同時に、アルルカは体ごと振り回すように、彼をぶぅんと引っ張った。大きな半円を描き、エラゼムが迫りくる拳の方へと飛んでいく。逆に俺たちは、反動で少し後ろに下がった。
「ぬぅりゃああ!」
エラゼムの雄たけび。ガイイィィィィン!
「エラゼム!うわっ」
拳がこちらにも迫り、俺はライラを抱き込んだ。ドゴッ!肩のあたりに強い衝撃を受け、体がすごい勢いですっ飛ばされる。自動車に追突された気分だ……ぐんぐん地面が近づいてくるのが見えたが、叩きつけられる寸前、アルルカが翼をひるがえした。俺たちの体は一瞬だけふわっと浮かび上がり、そのままずじゃじゃぁっと、びしょびしょになった大地を滑った。
「っつつつ……」
長い滑走の後、ようやく体が制止した。くうぅ、体の半分が、あちこち痛い。拳で殴られたり、地面で擦れたりしたからだろう。見れば、右腕が血で真っ赤になっていた。
「うぅ……は!桜下、大丈夫!?」
胸の中にいたライラが、俺の腕を見てぎょっとする。
「ああ、見た目ほどひどかないさ」
「ほ、ほんとに?よかった……」
腕はチクチクと痛むが、動けないほどじゃない。それよりも、みんなの方が心配だ。
「ライラは、大丈夫か?」
「うん。桜下が守ってくれたから」
ライラはぐしょぬれだったが、それ以外に怪我はなさそうだった。ふぅ、一安心だ。
「ならなによりだ。アルルカは?いるか?」
「いるわよ、ここに」
アルルカは、俺たちの少し後ろにいた。泥だらけでボロボロの格好だが、割かし元気そうだ。
「あの鎧が、ギリギリで勢いを殺したからね。じゃなかったら、あたしもあんたもヤバかったわ」
「そうだったのか……あれ?でも、エラゼムは?」
俺はきょろきょろとあたりを見回す。その時だった。
「エラゼムさん!しっかりしてください!」
ウィルの悲鳴のような声に、背筋がぶるりと震えた。声のした方を向くと、ウィルが何かの傍らに屈みこんでいる。あれって……エラゼムの、鎧?だが、明らかにサイズが小さい……というより、パーツが足りていない……?
「……っ!くそっ!」
二人の下へと走り出す。アルルカも後について来た。
「ウィル!何が、あって……」
「桜下さん……エラゼムさんが……!」
ウィルが潤んだ瞳で、こちらを振り返る。地べたに力なく倒れたエラゼムの体は、バラバラになってしまっていた。兜と胴体の上半分は無事だが、下は無い。そして右腕は肘までは残っているが、その先がない。
「エラゼム……!」
「桜下殿……申し訳ない。この体たらくです……」
「何言ってんだ……!お前が防いでくれなかったら、俺たちがこうなってた」
「ならば、こうなったのはむしろ、喜ばしいことです。吾輩の鎧はどれだけ砕けようとも、それで命を落とすことはないのですから」
それは、そうだが……俺はあたりを見回す。エラゼムの鎧のパーツが残っていないかと思ったんだ。けどそれらしきものは、さっぱり見当たらない。いくつか、鎧の留め具のようなものは落ちているけど、それだけあっても意味ないだろ。残りは遠くに転がってしまったのか、ひょっとしたら渦の中かも……
「これじゃあ、“ファズ”を使っても直せないな……くそ。すまん、エラゼム」
「桜下殿が謝ることなど。むしろ謝罪しなければならないのは、吾輩の方です。この重要な局面で、足手まといになり下がるとは……」
エラゼムは心底悔しそうに、低く唸った。足手まといとは思わないけど、確かにこれじゃあ、戦うのは無理だ。
(まずいな……エラゼムの守りまで失った)
ライラは弱っている。アルルカは魔力切れ。フランは別行動だ。そして、エラゼムも……正直、かなり厳しくなってきたぞ。俺とアニは論外、あとはロウランか。あいつも、さすがにきついだろうな……となると、もうこいつしかいない。
「ウィル……さっきのやつ、どうなんだ」
俺は祈る思いで、ウィルを見つめる。彼女だけが、最後の望みの綱だ。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
「桜下殿、皆様。お怪我はございませぬか?」
おっと。考え込んでいたところに、しんがりのエラゼムが追い付いてきた。
「ああ、エラゼム。おかげさまで、なんとかだ」
「なによりです。して、何か思案中でしたか。お邪魔をしたようなら、申し訳ない」
「いや、大したことじゃ……なんか、引っかかった気がするんだけどさ。よく分かんなくて」
俺自身、さっきのがひらめきなのか、それとも単なる思い違いなのか、分からなかった。
「けど、桜下さん。さっき何か、言いかけてませんでしたか?」
ウィルにそう訊かれて、思い出した。
「そうだった。一つ思ったことがあったんだ」
すると、エラゼムが後ろを振り返りながら言う。
「それならば、しばしの猶予があるかと。次の攻撃は、今すぐには飛んでこないはずです」
「え?それはどうして」
「先ほどと初めの攻撃、間隔がほぼ同一でございました。おそらく、詠唱の時間ではないかと」
「ああ、なるほど!」
冷静なエラゼムは、あの状況下で、正確に敵を分析していたのか。大したもんだな、まったく。
「それなら、ちょっとの余裕があるな」
あのじじいは今、超巨大な要塞を操っている。それと同時に強力な魔法を撃つのは、かなり難しいに違いない。連発は出来ないんだ。
「よし、じゃあ今のうちに話をまとめよう。俺がさっき思ったのは、あのでかい手もミクロに見れば、パーツの集合体に過ぎないだろってことなんだ」
「……え?みくろが、なんですか?」
む、ウィルには伝わらなかったらしい。それか、ミクロという単位は、こっちの世界には存在しないのか。
「ええっと、つまりだ。前にアイアンゴーレムと戦った時のことを思い出してくれ。あいつはカチカチだったから、足の関節とかを狙ってただろ。そして最後には、核をぶっこわしてとどめを刺した」
「え、ええ……なら今回は、あの大きな手の関節を攻撃するってことですか?」
「それもいいと思ったんだ。アルルカの氷で動けなくすれば、無力化できるんじゃないかって。でも、今は……」
そう。アルルカは連日の奮戦がたたって、魔力が限界寸前だ。事情を把握していないエラゼムが首をかしげていたので、俺はそのことを伝えた。
「そうでしたか……アルルカ嬢も、獅子奮迅の活躍でしたからな。しかし、それではその案は、却下せざるを得ませんな」
「ああ……残りは、核を狙う方法だけど」
「核って、どこになんのよ?」とアルルカ。それに答えたのは、俺が抱いているライラだった。
「……術者。あの魔導士だね」
「その通りだ。あのじじいを直接叩けば、屋敷全体の機能を停止させられる、んだけど……」
「でも、どこにいんのか、わかんないじゃない」
「そこなんだよなぁ」
老魔導士の声は、屋敷そのものから響いている。場所の特定は困難だった。ウィルが自分の唇を引っ張りながらまとめる。
「では、今現状、取り得る案としては……あのおっきな手の、関節部分を狙って攻撃していく、ってところでしょうか。ただそのためには、空を飛びでもしないと届きません。私の炎はほぼほぼ無力ですから、実際はアルルカさんに頼ることになっちゃいますけど……」
(……んん?)
む、まただ……なんなんだ、さっきから。今もまた、ウィルの“炎”という言葉を聞いた瞬間、頭の中にノイズのような違和感が走った。
(何に引っかかってるんだ?ウィルは、自分の魔法じゃ歯が立たないって言っただけだろ)
それは、事実なように思える。ウィルは、超高火力の魔法は使えない。ファイアフライで火の玉を出しても、あのウォーターカッターの前じゃ、一瞬でかき消されるだろう。まさに、焼け石に水……
「……焼け石に、水……?」
「え?桜下さん?」
呟いた俺に、ウィルが怪訝そうな顔を向ける。他の仲間も、こっちを向いた。
「焼け石が、どうかしたんですか?」
「……焼けた石に、水をかけるとどうなる?」
「はい?それは、じゅうぅってなるでしょうけど……煙がもわぁって」
ウィルは、ロッドを持っていないほうの手をひらひら動かして、煙が立ち上るジェスチャーをした。煙……水蒸気……
「……あっ!」
「ひゃっ。桜下さんってば、さっきからどうしちゃったんですか?」
「これだ!いけるかもしれない!ああけど、原理がなぁ……」
「???」
ウィルは頭の上にハテナを浮かべている。だけどこの作戦、もし実現可能だとしたら、キーになるのは他でもない、彼女だ。
「確かめてる暇はないか……!よし、ウィル!お前、何か高熱が出せる魔法、持ってないか!?」
「え?え?高熱?えっと……トリコデルマじゃ、ダメですか?」
「いや、できればもっとだ……」
俺にも、具体的な温度は分からない。だけど、生半可じゃ駄目だ。
「もっと高温の……それこそ、溶岩くらいの」
「溶岩……」
ウィルは眉根をぎゅっと寄せている。難しいか……
「……私の魔法では、そこまでの高温はだせません。すみません、私には……」
……ん?そこまで言って、ウィルはぴたっと固まってしまった。ど、どうしたんだろう。するといきなり、ウィルが動いた。手首の内側で、自分の頬をべちっと力強く挟む。
「え?うぃ、ウィル?」
「……メよ、そんなんじゃ……きになってもらえないわよ……」
なにか、小声でぶつぶつ呟いている……なんだなんだ?今度は俺が困惑する番だった。
「……よし。桜下さん」
「は、はい」
「高温の魔法が……いいえ、超高温の魔法がいるんですよね。ごめんなさい、今の私にはそれはできません。でも、少し時間をくれませんか?」
「え?ああ、そりゃいいけど……どうにか、できるのか?」
「絶対の保証は、ありませんが……どうにか、足掻いて見ます。ライラさん?」
「なあに?おねーちゃん」
ウィルが、俺が抱くライラに顔を近づける。
「私が使える魔法の中で、“超過”ができそうなものって、ありますか?」
「えっ。おねーちゃん、まさかオーバーフローを使う気なの?」
ウィルがこくりとうなずく。オーバーフロー?それはなにか訊ねようとしたとき、エラゼムの鋭い警告が聞こえてきた。
「次が来ます!お気を付けを!」
「ええい、くそ!人が話し合ってるってのに!」
巨大な手は、今度は握り拳のような形になっていた。老魔導士の呪文が轟く。
「スパウトホエール!」
くるぞ!……あれ?
「何も、起こらないぞ……?」
失敗した?いや、きっとそれはない。相手はいちおう、熟練の魔導士だ。と、思ったその時、ぐらぐらと足元が揺れ始めた。
「まさか、下から……!」
次の瞬間、地面が割れて、とんでもない勢いの水柱が噴き出してきた!
「ぐぼっ!が、がぼっ!」
ゴボゴボゴボ!視界が一瞬で、白い泡に覆い尽くされる。冷たい水が全身に打ち付け、目にも鼻にも喉にも、水が流れ込んできた。何も見えないし、何も聞こえない。完全に前後不覚となる中で、俺はライラだけは守ろうと、腕に力をこめ続けた。
「げほっ!えほ、えほ」
「桜下……!桜下、しっかり……!」
ライラの苦しそうな声で、俺はようやく冷静さを取り戻し、目を見開いた。そして、自分たちの置かれた状況を認識する。
「なぁ、なんじゃこりゃ!」
俺とライラは、空高くを飛んでいた。屋敷の屋根が眼下に見える。さ、さっきの水流で、上空に吹っ飛ばされてしまったのか!
「くそ……!そうだ、アルルカは!?」
このままでは、俺もライラも助からない。万歩譲って俺だけならともかく、それだけは、絶対にダメだ!
「アルルカー!」
「わぁーってるわよ!」
おっと。声は思ったよりも近くで聞こえた。アルルカのやつ、ずいぶんそばまで飛んできていたらしい。アルルカは俺のシャツの首根っこを摑まえると、ぐいぃっと引っ張り上げた。ぐえ、く、首が……
「まったくもう、吸血鬼使いが荒いわね!」
「わ、悪い、げほ。助かっ……!!!」
「あん?なんで変なとこで区切るのよ……って」
俺とライラとアルルカは、そろって青ざめた。老魔導師の操る巨大な手が、握り拳を作って、こちらにぐんぐん迫ってくる!
「物理攻撃までできるのかよ……!」
ちくしょう!ライラは小柄とは言え、俺と合せて二人分の重さを抱えたアルルカに、瞬時の方向転換は無理だ。完全に捉えられた!
「アルルカ嬢ー!」
大きな叫び声で、俺とアルルカは我に返った。見れば、すぐ隣を、エラゼムが落っこちていくところだった。彼も吹き上げられていたのか。
「吾輩をそこへ!」
エラゼムが手を伸ばす。アルルカは無我夢中と言った様子で、杖をそちらに差し向けた。エラゼムが杖の先端を掴む。それと同時に、アルルカは体ごと振り回すように、彼をぶぅんと引っ張った。大きな半円を描き、エラゼムが迫りくる拳の方へと飛んでいく。逆に俺たちは、反動で少し後ろに下がった。
「ぬぅりゃああ!」
エラゼムの雄たけび。ガイイィィィィン!
「エラゼム!うわっ」
拳がこちらにも迫り、俺はライラを抱き込んだ。ドゴッ!肩のあたりに強い衝撃を受け、体がすごい勢いですっ飛ばされる。自動車に追突された気分だ……ぐんぐん地面が近づいてくるのが見えたが、叩きつけられる寸前、アルルカが翼をひるがえした。俺たちの体は一瞬だけふわっと浮かび上がり、そのままずじゃじゃぁっと、びしょびしょになった大地を滑った。
「っつつつ……」
長い滑走の後、ようやく体が制止した。くうぅ、体の半分が、あちこち痛い。拳で殴られたり、地面で擦れたりしたからだろう。見れば、右腕が血で真っ赤になっていた。
「うぅ……は!桜下、大丈夫!?」
胸の中にいたライラが、俺の腕を見てぎょっとする。
「ああ、見た目ほどひどかないさ」
「ほ、ほんとに?よかった……」
腕はチクチクと痛むが、動けないほどじゃない。それよりも、みんなの方が心配だ。
「ライラは、大丈夫か?」
「うん。桜下が守ってくれたから」
ライラはぐしょぬれだったが、それ以外に怪我はなさそうだった。ふぅ、一安心だ。
「ならなによりだ。アルルカは?いるか?」
「いるわよ、ここに」
アルルカは、俺たちの少し後ろにいた。泥だらけでボロボロの格好だが、割かし元気そうだ。
「あの鎧が、ギリギリで勢いを殺したからね。じゃなかったら、あたしもあんたもヤバかったわ」
「そうだったのか……あれ?でも、エラゼムは?」
俺はきょろきょろとあたりを見回す。その時だった。
「エラゼムさん!しっかりしてください!」
ウィルの悲鳴のような声に、背筋がぶるりと震えた。声のした方を向くと、ウィルが何かの傍らに屈みこんでいる。あれって……エラゼムの、鎧?だが、明らかにサイズが小さい……というより、パーツが足りていない……?
「……っ!くそっ!」
二人の下へと走り出す。アルルカも後について来た。
「ウィル!何が、あって……」
「桜下さん……エラゼムさんが……!」
ウィルが潤んだ瞳で、こちらを振り返る。地べたに力なく倒れたエラゼムの体は、バラバラになってしまっていた。兜と胴体の上半分は無事だが、下は無い。そして右腕は肘までは残っているが、その先がない。
「エラゼム……!」
「桜下殿……申し訳ない。この体たらくです……」
「何言ってんだ……!お前が防いでくれなかったら、俺たちがこうなってた」
「ならば、こうなったのはむしろ、喜ばしいことです。吾輩の鎧はどれだけ砕けようとも、それで命を落とすことはないのですから」
それは、そうだが……俺はあたりを見回す。エラゼムの鎧のパーツが残っていないかと思ったんだ。けどそれらしきものは、さっぱり見当たらない。いくつか、鎧の留め具のようなものは落ちているけど、それだけあっても意味ないだろ。残りは遠くに転がってしまったのか、ひょっとしたら渦の中かも……
「これじゃあ、“ファズ”を使っても直せないな……くそ。すまん、エラゼム」
「桜下殿が謝ることなど。むしろ謝罪しなければならないのは、吾輩の方です。この重要な局面で、足手まといになり下がるとは……」
エラゼムは心底悔しそうに、低く唸った。足手まといとは思わないけど、確かにこれじゃあ、戦うのは無理だ。
(まずいな……エラゼムの守りまで失った)
ライラは弱っている。アルルカは魔力切れ。フランは別行動だ。そして、エラゼムも……正直、かなり厳しくなってきたぞ。俺とアニは論外、あとはロウランか。あいつも、さすがにきついだろうな……となると、もうこいつしかいない。
「ウィル……さっきのやつ、どうなんだ」
俺は祈る思いで、ウィルを見つめる。彼女だけが、最後の望みの綱だ。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
====================
Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。
↓ ↓ ↓
https://twitter.com/ragoradonma
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
111
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる