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15章 燃え尽きた松明

4-2

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4-2

「フランのやつ、どこ行っちゃったんだ~?」

夜道に目を凝らしても、フランの銀髪はちらりとも見えない。
俺は仲間と一緒に、宿の外へと出てきていた。さっきまでは、ここにフランがいたんだ。けど何があったのか、フランは突然走り出し、夜の闇へと消えてしまった。

「まさか、家出か……?」

「桜下さん、ここは宿ですけど」

「なら、宿出……?」

「桜下さん、真面目に考えてます?」

失礼な、俺はいつでも真面目だというのに。俺は振り返って、窓に呼びかける。

「アルルカ、本当に何も見てないのか?」

すると、窓べりに肘をついたアルルカが、面倒くさそうに答えた。

「だーら、知らないってば。ほんとになんの脈絡もなく、突然走り出したのよ」

「むう、そうか……確かに、なんか大事があったなら、俺たちだって気付くはずだよな。フランも一言添えるだろうし」

うーん、それならなんだろう?いきなり走り出したくなった?何かを見つけて、追いかけたとか?はは、犬や猫じゃあるまいし……

「ん……?あれ?桜下、あれ!フランじゃない?」

え?ライラがついついと、俺の袖を引っ張った。そしてとある道を指さす。

「お、おお?ほんとだ!よかった、帰ってきたか」

道の先から、フランが猛スピードで走ってくる。すぐに戻ってきてよかった。けど、なんか様子が変だ……?

「ん?あいつ、なんか抱えてないか?」

「あれ、ほんとだ。なに持ってんだろ」

フランはぐんぐん近づいてきた。あっという間に、目鼻が見える距離になる。

「フラン、おかえり。どこいって……」

「わけは後で話す!今は、中に!」

え、ええー?フランはそれ以上何も言わず、風のような速さで俺たちのわきを駆け抜け、宿に入っていってしまった。た、ただいまの一言も無し?

「な、なんなんだあ?」

「桜下殿、先ほどのフラン嬢ですが……」

「ん?エラゼムも、変だって思うよな?」

「いえ、フラン嬢が抱えていたものです。吾輩には、アルア嬢のように見えたのですが……」

「へ?アルア?」

どういうことだ?フランが突然いなくなったと思ったら、アルアを抱えて帰ってきた……俺はなんだか、嫌な予感がした。

「とにかく、俺たちも戻ろう。胸騒ぎがする」

仲間たちはうなずくと、急いで宿へと逆戻りした。



「こっ、これは……!」

ウィルが口を押え、ライラが俺の腰元にしがみつく。俺も、胸が嫌な感じにドキドキした。

「まだ生きてるけど、怪我がひどい。ほっとくと、危ないよ」

フランが、抱えていたものをベッドに下ろしながら言う。それはエラゼムが見た通り、アルアだった。ただし、変わり果てた姿になっていたが。

(ひでぇ……)

顔はパンパンに腫れ上がり、元がどうだかまるで分らない。鳶色の髪と髪型で、辛うじてアルアだとわかるが。

「怪我ってことは、治癒魔法が効果あるな。ウィル、ライラ、それにアニも。すぐに呪文を」

聞きたいことは色々あるが、今は治療が最優先だ。ウィルとライラ、二人の魔術師は、すぐに詠唱に取り掛かる。アニも青い光をぼうっと放った。回復魔法があまり得意でないライラは手間取っていたが、ウィルがコツを教えると、すぐに呪文は完成した。

『「「キュアテイル!」」』

三人分の呪文が重なり、アルアの全身が青色の光を帯びる。

「どうですか!?」

「おい、アルア!聞こえるか!」

俺の呼びかけにも、アルアは返事を返さない。呼吸は相変わらず、か細いままだ。

「まだ意識は戻らねえか……」

「なら、戻るまで重ね掛けします!みなさん!」

魔術師たちは、再び呪文を唱え始めた。みんな懸命に、アルアを救おうとしている。俺はいても立ってもいられなくなって、とりあえずアルアの顔を拭くことにした。
カバンから布切れを取り出し、水筒の水をぶっかける。濡れた布をアルアの顔に付けると、ぴくっとまぶたが動いた。意識が戻ったか!?期待に胸が高鳴ったが、すぐにため息をつく。アルアは目を覚まさなかった。今のは、刺激に体が反応しただけのようだ……

「ひどく汚れたな……うおっと、こりゃ……」

アルアは顔だけじゃなく、口の中もひどく汚れていた。血と、これはたぶん、ゲロか。

「一度、ゆすいだほうがいいな」

「桜下殿、水を汲んでまいります」

俺が水筒の水を使い切ってしまったので、エラゼムが水汲みを買って出てくれた。この村はそこら中に小川が流れているから、外に出ればすぐだろう。

「よし、顔はあらかた綺麗になったな。後は、体の方か……」

アルアは顔だけでなく、体も酷いありさまだ。服はビリビリに引き裂かれ、血と泥とで、ほとんどボロ雑巾みたいになっている。

(一体、何されたってんだ……)

この様子じゃ、体もだいぶやられていそうだ。怪我を見る為にも、服を脱がせなくちゃいけないけど……

「あー……俺がやるのも、マズいかな。フラン、代わりにやってくれよ」

「どうやって?わたし、この手だよ」

フランはガントレットのはまった手をにぎにぎする。そうだった……

「じゃあ、アルルカ?」

「あたし?後で絶対に怒らないって約束してくれるなら、やってやってもいいわよ」

こいつ……絶対に丁寧になんてやらないな。

「ロウランは……」

「アタシはダーリン以外さわれないの」

「わーかったわかった!俺がやるよ、もう!」

ううぅ、不安だ。もしアルアが元気になったとして、俺に着替えさせられたと知ったら、その足で俺をぶっ殺しにくるかもしれないぞ。
アルアの服はもう完全にダメになっていたので、剣でそーっと切れ目を入れ、裂いてしまった。

「う、やっぱり体も酷いな……」

全身がどす黒い色のあざだらけだ。これだけの大怪我を負ったってことは、何かに襲われたのは間違いないだろう。問題はモンスターか、人か、どっちだってことだ。
下着以外の服を取り除くと、ウィルたちの二度目の呪文が発動した。青い光がアルアを包むが、やっぱり意識は戻らない。どうにも、頭を強く打っているみたいだ。後頭部にでっかいこぶがあるから、それが影響しているのかもしれない。
ウィルたちは額の汗を拭うと、三度目の呪文を唱え始めた。

「桜下殿、お待たせしました」

お、エラゼムが帰ってきた。なみなみと水の入った水筒を受け取ると、俺とエラゼムとフランの三人がかりで、アルアの口をゆすがせる。意識がないから、水を詰まらせたら溺れてしまう。慎重にアルアの体を持ち上げ、少しずつ水を飲ませては吐き出させた。

「ん?なんだこれ」

何度かアルアの口をすすぐと、ころりと白いものが転がり出てきた。石かと思ったそれは、歯だった。見れば、アルアの犬歯が一本ない。

「歯が……なんてこった」

アルアは女の子なのに……かわいそうに。こっちの世界には、インプラントとかはなさそうだしな……

三度目のキュアテイルが唱えられると、アルアの呼吸はようやく落ち着いた。さっきよりもしっかりと、胸が上下しているのが分かる。まだ意識は戻らないので、油断ならない状態ではあるけど……

「たぶん、もう大丈夫だと思うの」

ロウランがアルアの顔を覗き込みながら、数度うなずいた。

「血も止まったみたい。後は安静にしておくのが、一番の治療法だと思うな。あ、ねえ、薬草はないの?」

「薬草?待てよ、確か……」

前にウィルが、なんかあったときのためにって、一束ほど買っていた気がする。幸い使わずじまいだったけど、捨てちゃいないはずだ。俺の記憶通り、エラゼムは荷袋の底から、しなびた空色の葉の束を取り出した。

「ソーマ草かぁ。ちょっと古いけど、量は十分だね。じゃあね、その薬草を粉々にすり潰して」

「え?あ、ああ……」

さっきから、ずいぶんと知ったようだな。ロウランって、医学に詳しいのか?
とりあえず言われた通り、フランは薬草を手のひらの間ですり潰した。彼女の怪力に掛かれば、臼で挽いたように粉々になる。その粉を集めると、ロウランはそれを半分に分けるように言い、さらに半分を布でくるませ、もう半分を水筒に入れるよう指示した。

「お水に入れた分は、よくかき混ぜてから、ゆっくりそのコに飲ませて。布でくるんだのも水に浸して、それをギューッと絞るの。で、お汁をあざがひどい所にかけてあげたらいいと思うな。これだけやってあげれば、きっと朝には目が覚めてるよ」

「おお、ほんとか!ロウラン、お前、医者の勉強もしてたのか?」

「んふふ。いい奥さんは、旦那さんの手当てもできないとだからね♪」

ロウランはぱちりとウィンクした。ははぁ、家庭の医学ってやつかな。ロウランの指示通りに処置を施すと、俺たちはようやく一息つくことができた。

「ふう……これだけやって目を覚まさなかったら、許せないな」

アルアにシーツをかけてから、俺は肩をぐりぐり回す。ああ、肩が凝った。けっこうキンチョーしてたんだな。

「とりあえず、みんなお疲れ……魔術師たちはとくに」

立て続けの魔法に、ウィルとライラはぐったりしていた。それでもウィルは、俺に微笑み返した。

「とりあえず、一命をとりとめたようでよかったです……打ち傷は酷かったですが、出血が多くなかったのが幸いでした。キュアテイルでは、なくなった血は補えませんから」

「ほんとにな。あ、でも……なあウィル、魔法の中に、歯を生やすやつってあるかな?」

「歯、ですか?いえ、あいにくと私は……ライラさんは?」

「んーん、ライラも知らない。ライラ、回復系はあんまり勉強しなかったんだ」

ライラも首を横に振る。そっか……俺は拾っておいたアルアの歯を、二人に見せた。

「アルア、歯が一本折れちゃってたんだ。元に戻せたらよかったんだけど……」

「まあ……かわいそうに。アルアさんも女の子ですから、目が覚めたら悲しみますね……」

「だよな……はぁ」

「あ、でももしかしたら。大きな神殿でしたら、くっ付けることができるかもしれませんよ」

「え?そんなことできるのか」

「ええ。治癒を司る神の神殿でなら、失った体の部位を元に戻せると聞いたことがあります。完全に損失してしまったり、部位が大きすぎると難しいそうですが、歯が一本、それに折れた歯が残っているのなら、十分可能性はあると思いますよ」

「おお、そうか!ははは、それはいいや」

よかった!それなら、この歯は大事にしとかないと。俺はアルアの歯を布でくるんで、カバンの奥底にしまった。目を覚ましたら、アルアに渡せばいいだろう。

「で、だ。後回しにしてたけど、そろそろ訊きたいな。フラン、一体何があった?」

アルアがこんなになった肝心の理由を、まだ聞いていない。フランはうなずくと、事の次第を話し始めた……



「……て、ことなんだけど」

フランの話を聞き終えた俺たちは、それぞれ顔をしかめていた。ウィルは祈るように両手を口の前でかみ合わせ、エラゼムは「なんと卑劣な……!」と呟いている。

(フランが間に合わなかったら、どうなっていたか)

アルアは死んでいたかもしれない。死なないにしても、もっと酷い事をされていただろう。そんなことがあったら、例え怪我が治ったとしても、心に傷が残ったんじゃないだろうか。そう、尊みたいに……

「チッ。くそったれめ」

俺は頭の後ろをガシガシかいた。

「あの緑髪の手品師……あいつ、後を追っかけてきたんだな」

「相当根に持ってたんだろうね。仕返しされてキレるくらいなら、最初からあんな下らない手品しなけりゃいいのに。まあそれは、その子にも言える話だけど」

まったくだ。根に持たれるようなことをした、アルアにも責任はあると思う。だけど、それにしたってこれは酷すぎる。フランの話を聞く限り、連中はアルアを殺す気だったらしいじゃんか。女の子相手に集団でリンチするなんて、大人げないを通り越して、人間としてどうかしているぞ。

「クソ野郎どもが……何にしても、フラン。お手柄だったな。お前が間に合ってくれて、本当によかった」

俺が心から礼を言うと、フランはそっけなく「ん」とうなずくと、横髪を撫でた。分かりにくいけど、あれはフラン流の照れ隠しだと、俺は知っている。

「後は、連中が諦めるかどうかだな。フラン、どう思う?」

「わかんない。いちおう、かなり痛めつけておいたけど」

「それは、具体的にはどんくらいだ?例えば、今夜のうちから動けそうか?」

「それはないと思う。全員最低でも、どこかしらの骨を折ったと思うから。主犯格の手品師なんて、指の骨を噛み砕いてやったからね。当分、闇討ちも本業もできないよ」

「おお、それは結構だな……」

指をダメにした手品師に、果たして居場所はあるだろうか?ふん、いい気味だな。自業自得だ。

「それなら、今夜中の報復はなさそうって考えていいな。ロウランの診察が正しければ、アルアは朝には目を覚ますんだ。それを待ってから出発しよう」

みんなはこくんとうなずいた。ストームスティードには、アルアを乗せるスペースはない。彼女には自力で馬を操ってもらわないと。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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