上 下
625 / 860
15章 燃え尽きた松明

7-2

しおりを挟む
7-2

翌朝。朝食には、なんとおにぎりが出た。ど、どこで米を……って、ああ。そういや一個前のソトバの村に、田んぼがあったっけ。きっとファーストのやつが稲作を広めたんだろう。
って、んなことはどうでもいい。今日は大事な用件があるのだ。俺は思い切って口を開いた。

「え?もう出発なされるのですか?」

プリメラが口元を押さえて驚いた顔をする。そう、俺はすぐにでもここを発ちたい旨を伝えたのだ。昨晩はえらい目に遭ったからな、もうこの家に長居したくないんだ。

「ええ、俺たちも目的があるんで。慌ただしいようですけど……」

俺たちの目的地はこの先の町。用もない場所に長居する理由もなかった。

「そうですか……わたくしとしては、もっとごゆっくりして欲しいものですが、皆様方のご予定を狂わせるわけにもいきませんね。ただでさえ、娘のせいで回り道をさせてしまっているのですから」

「いや、ははは……」

まーた、そういうことを言う……例にもよって、この場にはアルアも同席している。こういうところが、このおばさんがどうしても好きになれない理由なんだ。

「では、直ちに支度をさせますわ。皆様は、何か必要なものなどありますか?」

「え?あいえ、そこまで世話になるわけには。なんだったら、もうこのまますぐに出て行くんで」

買い出しなら、ミツキの町ですればいい。申し出はありがたいけど、あんまり世話にもなりたくないしな。俺が遠慮すると、プリメラは驚いたような戸惑ったような、不思議な反応をした。

「え?大変申し訳ありません、さすがに今すぐでは、旅の支度ができておりません。わがままを申しますが、せめて一時間ほど待ってはいただけませんか」

「え?あの、だから俺たちの支度は、俺たちでやるので……」

するとプリメラは、ますます困惑した顔になった。あ、あれ?なんか、食い違っている?

「わたくしの勘違いでしたら、大変申し訳ございません。ですが、貴方様方の護衛にと、娘が遣わされているのでしたよね?皇帝閣下から直々に」

「あっ」

ああ、そうだった。なんかこのまま、ここでアルアとはお別れする気になっていた。だけどさ……

「あの、ですけど娘さんは、怪我してるんじゃないんすか?だったら無理にとは……」

俺が渋ると、アルアがキッとこちらを睨んでくる。ちっ、そんな目で見ないでくれよ。無論アルアは、最後まで任務を完遂するつもりだから、同行する気満々なんだろう。けどさ、アルアは歯を一本失うほどの乱暴を受けたばかりなんだぜ?そんな女の子に護衛されるなんて、いくら何でも気を遣うだろ。

「いいえ。心配はご無用ですわ」

が、俺の心配もよそに、プリメラはきっぱりと首を横に振った。

「傭兵が与えられた任務を放棄していい理由など、死以外にありえません。娘は幸い命を落としませんでした。ならば、務めを果たすべきです」

はぁ~……思いっきりため息をつきたいのを、何とか堪えた。こういう融通が利ないとこは、母娘そっくりだ。
俺は諦めて、アルアの同行を受け入れた。だけど旅の準備だけは自分たちでやると、きっぱりと断った。この人に借りは作りたくない。なんだか俺、女の人に借りを作ることの恐怖症になりつつないか?

食事がすむと、俺たちは屋敷の外に出て、ミツキの町の市場へと向かうことにした。

「けーっきょく、あのガキは金魚のフンみたいにくっついてくるってわけね。あーやだやだ」

「わっ、バカ!誰かに聞かれたらどうすんだ!」

門を出てすぐのところで、アルルカがでかい声で悪態をつくもんだから、俺は冷や冷やした。

「でも、ねえ?」

「いいから、黙ってろって!」

「だーって、ほんとのことじゃない。まさか忘れたわけじゃないわよね?あいつ、あんたのこと犬のフン以下だと思ってるんだからね」

「ちぇっ、さっきからフンフンと……んなこと俺だってわかってるよ。でも、しょうがないだろ。ついてくるって言うんだから」

「なによ、やっぱりあんたも嫌なんじゃない」

「んなもん、当たり前だろ。嬉しいわけないよ。あーあー、憂鬱だなぁ」

アルアには同情するが、だからって、向こうが俺を嫌っているんだ。嬉しいわけがない。俺はがっくりと肩を落とした。

「あっ……」

あん?するとなぜか、ウィルがしまった!という顔をした。んん?ウィルは後ろを向いている。なんか後ろにあるのか?

「……」

「げっ!」

なぁんてこった!まさに今くぐった門に、事もあろうかアルア本人が立っているじゃないか。やややばい、さっきの聞かれていたか!?

「あ……っとぉ……」

「……あなたたちのことは、犬のフンだとは思っていません、ですが、お邪魔なようなので。失礼します」

それだけ早口で言うと、アルアはくるりと向きを変えて、俺たちとは違う方へと歩いて行ってしまった。

「あちゃぁ……」

遠ざかっていくアルアの背中を見ながら、頭の後ろをかく。よりにもよって、本人に訊かれてしまうだなんて。

「あっ、アルルカ!お前のせいだぞ!」

「はぁーい?あたしは思ったことを言っただし、それはあんたもでしょうが。大体、本音なんだから隠すだけ無駄じゃないの」

「ぐっ、そりゃそうだが……」

するとウィルが、咎めるように俺を見る。

「桜下さん、今のはひどいです」

「だ、だって……」

「まあそれは、アルアさんにも言えることですけどね。先に嫌ってきたのは彼女の方なんですから、私たちに嫌われるのは当然のことです。それは彼女も分かってるんじゃないでしょうか」

「ああ……でも、陰口みたいになったのは、やっぱり悪かったな。はぁ、今度謝っとくよ」

「うふふ。桜下さんのそういうとこ、私好きですよ」

「けっ、言ってろ……」

ウィルはにやにやしながら、俺の顔を覗き込んできた。きーっ、からかいやがって!

さて。気を取り直して向かったミツキの町の市場には、なかなか風変わりなものが色々売っていた。例えば、小さな棘のある、緑色のひょろっと長い野菜……うん、まあこれ、たぶんきゅうりだ。俺の中ではポピュラーだけど、こっちの世界じゃほとんど見ない。店主のおじさんに訊いてみたら、この辺でしか作っていない作物なんだとか。

「なんでこの辺にしかないんだ?」

「だってよお、こんな水っぽい瓜、誰も好き好んで食わないのよ。俺ぁ気に入ってるけどなぁ。こいつはな、ファースト様の好物だったってんで、栽培が始まった野菜なんだぜ」

なぁるほど、納得。やっぱりファーストのやつ、こっちでも和食を楽しもうと、色々画策していたようだ。そんなに故郷が恋しかったのかねぇ。
買う品物はウィルがほとんど選んだ。料理当番はウィルだから、いくら珍しいものが売っていても、調理方法が分からない物は買えない。俺が料理できたら、故郷の味を振舞えたんだけどな。あ、でもみんな食べられないか……

「うん、よし。これくらい買っておけば大丈夫でしょう」

買った品を、エラゼムが持つ荷袋に詰める。いつもよりも買い物に時間が掛かったな。たぶん、買った量が多かったからだ。アルアの分、いつもより多く食料が減っていたんだろう。

「でも、ちょうど時間が潰せたな。だいたい一時間くらい経っただろ」

後は戻って、アルアを迎えに行くだけだ。俺たちは市場から離れて、彼女の家へと戻る。

「このままこっそり出発したら、あのおばさん怒るかなぁ?」

ライラがそんな物騒なことを言う。正直ちょっとそそられるけど、後が怖いしなぁ。

「あの家は、傭兵として有名なのでしょうか」

エラゼムが、ふと思いついたように言った。ライラが彼の方に振り向く。

「ようへーっていうより、勇者の子孫ってことで有名なんじゃないの?」

「ええまあ、それはもちろんです。しかしそれでは、アルア嬢が傭兵稼業を営む理由がいささか不明瞭ではありませぬか。彼女の母上の鬼気迫る様子を見たでしょう」

「あのおばさんがすっごく怖いから?」

「ええ、そうです。あの母があるがゆえに、アルア嬢は傭兵に拘るのでしょう。しかし、武道で名を馳せたいのであれば、なにも傭兵である必要はありませぬ。武闘家や帝国の騎士という道もありそうなものですが」

「ん~……?」

ライラには小難しいようで、首をかしげている。でも、確かにそうだな。どうしてアルアは傭兵を選んだんだろう?

「うーん……よくわかんないけどさぁ。でもきっと、あのおばさんがそう言ったんじゃない?」

「お母上が、ですか?」

「そう。だってさ、あのおばさんが好きに選んでいーよなんて、言うわけないじゃん」

「む、それは言い得て妙ですな。確かに、となると傭兵に拘っているのは、プリメラ殿か……」

ふーむ、興味深い会話だな。プリメラが傭兵に拘る理由か。詳しくは分からないけど、確実なことが一つあるな。それは、勇者ファーストが絡んでいるということだ。

(勇者の血筋、か)

こうしてみると、歴史は繋がっているんだって実感するよ。過去に起きた勇者たちのしがらみは、こうして今に至っても、しっかり根を張っている。勇者ファーストとその子孫。勇者セカンドとその子孫……
俺はその根に、アルアとプリメラが囚われているように思えた。だけど、その根の末端は、たぶん俺にも絡みついている。元とはいえ、俺も勇者だったから。なんやかんや、今でもたまには、勇者として振舞うこともあるしな。

(ちっ、面倒だな。いつかぜってー、全部ぶっちぎってやる)

自由な第三勢力。それが、俺の目標なのだ。



つづく
====================

読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

====================

Twitterでは、次話の投稿のお知らせや、
作中に登場するキャラ、モンスターなどのイラストを公開しています。
よければ見てみてください。

↓ ↓ ↓

https://twitter.com/ragoradonma
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ニコニココラム「R(リターンズ)」 稀世の「旅」、「趣味」、「世の中のよろず事件」への独り言

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:639pt お気に入り:28

異世界は流されるままに

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:347pt お気に入り:358

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,161pt お気に入り:3,503

処理中です...