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15章 燃え尽きた松明

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「ねぇねぇ、ライラの演技、うまかったでしょ?」

ウォルフ爺さんちからの帰り、ライラは得意げにくるくる回りながら、褒めて欲しそうにこちらを見てくる。

「ああ、正直驚いたよ。お前、大人は苦手じゃなかったか?」

「へへへ。頑張ったんだよ?」

「助かったぜ。俺一人じゃ、ああは行かなかっただろうから」

頭をぽんぽん撫でると、ライラは気持ちよさそうに目を閉じた。犬みたいでかわいいな。

「しかし、頑張ってもらったけど、あの爺さんはたぶんハズレだな」

「そーだねぇ。あんなおじぃさんが犯人のわけないもんね」

マルティナいわく、襲撃者は相当の手練れ。あの曲がった腰じゃ、とても機敏には動けまい。

「仕方ない。とりあえず、みんなのとこに戻ろうか」

「うん」

みんなには少し離れたところで待機してもらっている。合流してから、さっき聞いたことを話すと……

「ウォルフ老には、その日家にいたという証言がある、と」

話を聞いたエラゼムが、あごのあたりに手を添えながら言う。

「うん、爺さんの娘が見たって。だから可能性はないと思う。それに、すっごいよぼよぼだったしな」

「ふむ。見た目で判断しきれぬ部分もありましょうが……」

「あの爺さんのよぼよぼが演技だって?可能性はなくはないけど、どっちにしろアリバイがあるしな」

ライラが不思議そうに「アリバイってなーに?」とたずねてきたので、犯人じゃないっていう証明だと説明してやった。

「じゃあ、最初は空振りですか」

ウィルはうーんと唸りながら、ほっぺに指を添える。

「まあでも、嘘を言っているようには聞こえませんね。おじいさんが庭いじりをしていたというのは、たぶん本当です」

「へ?ウィル、んなこと分かるのか?」

はて、ウィルに読心術の心得が?と思ったが、ウィルの分析はかなり別角度からのものだった。

「おじいさんが育てていたっていう野菜、確かコタマネギでしたよね?」

「へ?ああ、そうだけど」

「コタマネギって、わりとありふれた野菜なんですよ。どこでもすぐ大きくなるし、手間もかからないし。前に神殿でも育てたことがあるんです。そのお家にあったものは、どれくらいの大きさでした?」

「大きさ?結構でかかったぞ。確か、窓のサッシと同じくらいの高さだったから……この辺かな?」

俺は自分の腰のあたりに手をやった。たぶん、一メートルくらいだったと思うけど。

「ふむふむ。それで確か、花が咲いていたんですよね?私の時も、だいたい二週間でそのくらいになって、花を付けました。ぴったりですよね」

「おお、確かに!それなら、爺さんが二週間前に庭にいたことは事実か。そんで、その爺さんと会話してた娘さんも事実を言っていたことになる……」

エラゼムが総括する。

「では。やはりウォルフ老は、犯人でないようですな」

うん。憶測じゃなくて、確かな証拠に基づいた推論だ。さっきよりよっぽど信憑性があるな。

「まあ、しょうがないよ。次に行こう、次!」

「ねぇ、今度はアタシが付いてきたいの」

え?ロウランがイタズラを思いついた子どものような顔で、腕を絡めてくる。

「ロウランが?だって、道に迷った兄妹作戦で行くっつったろ」

「あーん、そうじゃなくてぇ、こ・い・び・と、ってことでいいでしょ?」

ぞわぞわ。み、耳元で言わなくてもいいだろ!すると、怒った顔のライラがロウランを押し戻した。

「ちょっと!それはライラの役目でしょ!」

「あん。ちょっとくらい譲ってよぉ」

「お前は引っ込んでて!だいたい、恋人よりおばあちゃん役の方があってるでしょ」

「あー!ひどいのー!」

ハハ、まあ生まれた年を考えれば、ロウランは大大大大ばあちゃんくらいが妥当かな……
ロウランは拗ねたが、結局二回目もライラと俺で行くことになった。ライラはどこか勝ち誇った様子だ。
で、二軒目はと言うと。

「ライラ、気を付けろよ。なるべく俺のそばを離れるな」

「う、うん……」

町はずれの、古ぼけた小屋。屋根のはげかけた家が、二軒目の容疑者の家だ。家の前には、大きなまさかりと、それにぶった切られたであろう丸太が転がっている。それ以外にも、食べ物のカスやがらくた、さらには獣のものと思われる毛皮や骨なんかが、汚く捨てられていた。もう少し奥には、うえぇ。ハエのたかった排泄物っぽいものまで見える……

「噂通り、なかなかのやつだな……」

この家の主は、ダンゲルという。マルティナいわく、熊のような大男らしい。林業を営む木こりだそうだが、半年ほど前によそからふらりと流れてきて、そのまま居ついてしまったのだそうだ。山の木は勝手に切るし、素行は悪いしで、町民からは忌み嫌われている。

「玄関は家の顔とか言うけどな……」

この惨状を見るに、あまり眉目秀麗とは言えなさそうだ。家主の顔まで透けてきそうだぜ?

「よし……じゃあ、行くぞ」

俺は深呼吸をすると、木戸を叩いた。トントン。

「……出てこないな」

「いないのかな?」

「どうだろう。もう一度呼んでみっか」

今度は少し強めに、そして声も出した。どん、どん、どん!

「すみませーん!」

少し待つと、扉がいきなり、ぱっと開かれた。
戸口に立っていたのは、男のような熊だ。あ、逆だ。熊のような大男だ。
黒髪は汚らしく伸び放題。もじゃもじゃのひげはもみあげまで繋がっている。おまけに黒い毛皮の服を着ているから、本当に熊そっくりだ。
男は俺たちに気付くと、ギロリと小さな目を向ける。俺は一瞬怯んだが、すぐに気を取り直した。

「あの、すみません……ってぇ!?」

ぐい!いきなり胸倉を掴み上げられた。俺を片手で宙づりにすると、男が大声で怒鳴る。

「うるせぇぞ、クソガキが!殺されてえか!」

男の酒臭い息がぶはっとかかる。男は俺を地面に投げ飛ばすと、荒々しく扉を閉めてしまった。バターン!

「お、桜下、大丈夫?」

「ああ、いてて……」

ライラが心配そうに駆け寄ってくる。俺はお尻をさすると、立ち上がった。

「くっそー、一ミリも聞きゃしねぇ。聞いてた通りの男だな」

「ほんとだよ!どーする?ライラが家ごとぶっ飛ばしてあげてもいいよ」

「いや、それはやめとこう……でもこれじゃ、調査になんないな。しゃーなし、もう一度呼んでみるか」

「え。だいじょーぶかな……?」

「ま、腹を括っとこうか。ライラ、いつでも俺の背中に乗るつもりでいてくれ」

ライラがうなずいたのを確認し、俺は深呼吸してから、再度扉を力強く叩いた。中にはっきり聞こえるように、大声で叫ぶ。

「すーみーまーせーん!」

そしてすぐさま口を閉じて、扉に耳を寄せる。さあ、どう来るかな。
扉の向こうからは、荒っぽい足音がすごい勢いで近づいてきていた。ドス、ドス、ドス!

「やっべ。ライラ、にげっぞ!」

「う、うん!」

ひょいとライラをおんぶすると、俺は全速力で駆け出した。すぐに背後で、バァーンとけたたましい音がする。

「ぶっ殺す!待ちやがれ!」

背後を振り返ると、男が放り出してあったまさかりを担いで、こちらに駆け出すところだった。うひゃ、あいつ、正気か?
だがその時、俺は確かに見た。男の左手、まさかりを持つのと逆の手に、包帯が巻かれているのを。

「止まれ、ガキども!逃げられると思うな!」

おおっと、のんびり観察している場合じゃない!俺は風のように走った。体がでかいだけあって、男の足はそんなに速くない。が、俺もライラを背負っているからな。油断していると追いつかれてしまう。

「って、桜下!前、まえ!」

「え?うおぉ!?」

目の前に、垣根が!

「くっそぉ、ライラ!つかまってろ!」

「う、うん!」

ライラの腕が首元に回される。おりゃあ!足を振り上げると、自分でも驚くほど高く跳ぶことができた。うひゃ、本当に俺の足か?難なく垣根を飛び越え、どすんと着地する。この辺は、フランみたく行かないな。どうしてあいつは、あんなにふわっと着地できるんだろう?

「って、それはいいか。走るぞ!」

俺は再び走り出す。走ってから気が付いたけど、ここ、畑の中だ。焦ったせいで、道から外れてしまっていたらしい。どうりで、見覚えのない垣根があるわけだ。

「はあ、はあ……どうだ、ライラ?あいつ、まだ追ってきてるか?」

「うん、来てる!今ちょうど、さっきの垣根を越えてるとこ!」

しつっこいなぁ!扉叩いただけで、こんなに追ってくるか普通?だが垣根をスムーズに飛び越せたおかげで、距離をあけることはできた。このペースなら逃げきれ……

「って!なんじゃこりゃ!」

「え?う、うわ!」

じ、地面が無くなっているじゃないか!俺たちの前方で、畑が途切れている。そこから先は一段下がって、川になっていた。まさか……

「野郎!この先が行き止まりだって知ってやがったな……!」

だからあんなにしつこく追ってくるのか。ここで必ず追いつけると知っていたから。くそ、左右に迂回するしかないが、それじゃあせっかく開いた距離を詰められてしまう。後方にいるあいつは、斜めに最短距離を突くことができるからだ。

「ちぃ!俺としたことが、マヌケなミスを!すまんライラ、すぐに……」

「ううん、だいじょーぶだよ、桜下。このまま進んで!」

へ?な、何を……と思ったが、背中からライラの囁くような詠唱が聞こえてくる。魔法か!

「よし、わかった!このまま突っ込むぜ!」

俺は緩めていた足に力をこめ、全速力で川へ直進する。ライラを信じて、跳べっ!

「どりゃあああ!」

俺が足を踏み切る直前、ライラの声が響き渡る。

「ブリーズ・アイヴィ!」

ドンッ!地面を蹴ると、俺の体は弾丸のように、前方へと打ち出された。お、おおお!?はるか眼下に、川のせせらぎが見える。数秒の空中遊泳の後、俺の体はゆっくりと重力に従い、向こう岸へと着地した。

「っとと。お、驚いた……鳥になったのかと思ったよ」

「身体きょーかまほーだから、そこまでじゃないけどね。ほら見て!あいつ、びっくりしてるよ」

後ろを振り返ってみると、対岸にさっきの男が、ぽかんと口を開けて立ち尽くしているのが見えた。追い詰めたつもりが、逆に追いつけなくなってしまったな?くくくっ。俺はにやりと笑うと、のんびりとしたペースで走り出す。仮にあの川を渡ってくるとして、その頃にはとっくにはるかかなただろう。

「ふぅー。ナイスだぜ、ライラ。助かったよ」

「えへへへ。でも、ちょびっとどきどきしたよ」

「ほんとだな。聞き込みのつもりが、かなりスリリングになっちまった。怖かったか?」

「ううん。桜下が一緒だったもん。ね、これでライラたち、またいっこ、おんなじ気持ちになったよね?」

「へ?ああ、うん。そう、だな」

ひょっとして、この前のことを言っているのか?真意は分からなかったが、ライラはご機嫌そうにくすくす笑うと、もうその必要もないのに、ぎゅっと抱き着く力を強めた。な、なんだろうな。うーん……



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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