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第一章

第11話/Practice

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「よく来た、唐獅子」

ガレージではステリアが待っていた。相変わらずつなぎをはだけた、ラフな格好だ。

「おはよう、ステリア。ところで、何の用なんだ?」

「朗報。力のコントロールとバイトを兼ねた、お得な話」

「コントロールとバイト?」

「そう。近々ガレージのスクラップを処理したいと思ってた。手伝ってくれたら、その分刺青代を減らす。ついでに怪力の制御も練習できる。スクラップなら、ぶっ壊しても構わないから」

なるほど。それは確かにお得な話だ。

「それは確かに、いい話だな」

「うん。とりあえずスクラップを裏に運んでもらう。来て」

ステリアはガレージのシャッターを上げた。ガラガラとシャッターが開くと、朝の陽ざしに照らされて、この前は暗くて見えなかったガレージの全体が見渡せた。
うーん、やっぱりすごいところだ。あちこちに置かれた工作機は、何に使うのかさっぱり分からない。そもそも、ここは何の店なんだろう?タトゥーショップにしては異質……だよな。

「唐獅子、こっち」

隅っこでステリアが呼ぶ。そこには何をどうやったらこうなるのか、奇妙な形に折れ曲がった鉄屑や、原型の分からなくなった機械たちが転がっていた。いったい何に使ったんだろう?

「これを運び出して。とりあえず店の前に出そう」

「よし、わかった」

俺はぐっと集中して紅いオーラを纏うと、スクラップの運搬を始めた。
しかし、これがなかなか難しい。力を入れすぎると、鉄塊がまるで紙くずみたいに天井近くまでぶっ飛んでいくし、かといって抜きすぎても重い金属は持ち上がらなかった。

「唐獅子、頭で考えすぎ。人間は意識して体を動かそうとしない。そうしたいって思う気持ちが大切」

「くうぅ。分かってはいるんだけど、体がついてこないんだ」

「それは心が連動していないから。無意識でも制御できるようにならないと」

悪戦苦闘しながらなんとか運び出しを続け、ガレージが少しすっきりしてくると、ステリアは店の裏に回るように言った。
 
「次は何をするんだ?」

「今運んだスクラップを潰してほしい」

「潰す?ずいぶん荒っぽい仕事になったな」

「その逆。ぺしゃんこにするには繊細な力加減が必要」

「え?潰すだけなのにか?」

俺は半信半疑だったが、ステリアの言っている意味はすぐに分かった。物を壊さずに潰すにはコツがいるのだ。力をかけすぎるとスクラップはバラバラになってしまうし、その材質や形、箇所によっても強度はまちまちだ。それを把握した上で、一定の力を掛け続けなければならない。

だが、それさえ理解できればあとは簡単だった。ステリアの言った通り、力の加減は気持ちの部分が大きい。俺がしっかり意識すれば、怪力もそれに応じて勝手に調節されることに気付いたのだ。作業がはかどりだすと、だんだん楽しくなってきたぞ。

「やっほー、ユキ。頑張ってるねー」

「……お疲れ様です」

ん?俺が大きな鉄板をカーペットのようにくるくる巻いていると、スクラップの山のかげからキリーとウィローが顔をのぞかせた。

「二人とも。どうしたんだ?まだ時間まであるよな」

「うん。なんか裏からすごい音が聞こえるねって話してたら、ユキが面白そうなことやってるからさ。見に来ちゃった」

来ちゃったって……まあでも、今日は夕方までは特にやることもないしな。

「ねーユキ。なんか刺青使って、すごいことしてみしてよ」

「ええ?すごいこと……?」

難しいリクエストだな。だがキリーは、キラキラした目でこちらを見ている。うーん……
俺はくず鉄がいっぱい入ったドラム缶を見つけると、それをガタガタ引きずってきた。

「俺の刺青は、怪力が使えるようになるものなんだ」

俺はひょいっとドラム缶を持ち上げると、中身をひっくり返した。ザラザラザラー。

「おおー。ほんとだ、あんな重そうなものを……」

「ああ。だけど怪力過ぎて、制御が難しいんだよな。そこを今日ずっと練習してたんだ」

「へー。それで、どんな感じ?」

「それがな……」

俺は軽くドラム缶を叩くと、ボガンと思い切りけり上げた。ドラム缶は空高く舞い、やがてまっすぐ俺の頭上へ落ちてくる。

「あ!ユキ!」

「大丈夫だ。……えいや!」

バチーン!
俺はハエでも叩くように、両手でドラム缶を叩き潰した。ドラム缶はきれいにぺしゃんこになった。

「とまあ、こんな具合だ」

「わー!すごいすごい!ユキ、かっこよかったよ!」

キリーの黄色い声に、思わず頬が熱くなる。キリーはきゃいきゃい言いながら、俺に駆け寄ってきた。

「ねね、ユキ。わたしもぽーんってほうり投げてよ!」

「え!?いや、さすがにそれは危ないから……」

「えー?じゃあさ、腕!腕貸して!」

腕?俺が左腕を差し出すと、キリーは木の枝にぶらさがるように腕をつかんだ。

「はい!」

「はい?」

いや、どうしろっていうんだ?俺はとりあえず、キリーを腕にぶら下げたまま走ってみた。

「きゃー!あははは!」

キリーは大はしゃぎしていた。どうやら、これで正解らしい。
俺とキリーがじゃれついていると、ジャリっと地面を踏みしめて、ウィローが近づいてきた。

「……ユキ」

「うん?どうした?」

俺は足を止めると、キリーを下した。キリーはまだ続けろとぶーぶー言っているが。

「折り入って頼みがあるのですが。一度、私と手合わせ願えませんか」

なんだって。手合わせ?

「今まで何人か刺青を背負った相手を見てきましたが、あなたのようなタイプは初めてです。さっきの実演も見て、確信しました……あなた、面白い」

ぞくり。な、なんだ。褒められてる(?)はずなのに背中に悪寒が……

「うわー……こうなったウィローも久々だねぇ。ユキ、悪いけど付き合ってあげてくれない?」

「え。キリー、どういうことなんだ」

「その~……こうなるとウィロー、我慢できないから」

だから、どういうことなんだよ!怖えよ!
俺はキリーにいろいろ問い詰めたかったが、その前にビュンっという素振りの音が俺を遮った。鉄パイプをくるくる回し、準備万端なようすでウィローが待ち構えている。

「……えーっと。わたし、事務所に戻ってるね。危ないし」

「待てキリー。危ないのか。危ないのに俺を置いていくのか」

「あははは……頑張ってね」

そそくさとキリーは行ってしまった。薄情者め……

「ユキ。そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。この後には予定も入ってますから、大怪我はさせません」

ウィローがジャケットを脱ぎ捨てる。

「ま、待ってくれウィロー!俺はまだ力を完璧にコントロールできないんだ。加減を誤るかも……」

「それは、“私に触れられれば”の話でしょう?」

む。そんなこと気にするなとばかりに、ウィローがきっぱり言い切った。

「……ずいぶんな自信なんだな」

「ええ、まあ。大丈夫、手加減はしてあげますから」

くそ。ここまで言われちゃ、男が廃るじゃないか。

「……ようし。いいだろう、やってやる!」

「そうこなくては」

俺とウィローは、スクラップ置き場の真ん中でにらみ合った。

「そうですね……とりあえず、相手を地面に倒れさせるまで、ということにしましょうか」

「わかった」

俺は意識を集中させると、唐獅子の力を呼び覚ます。背中からジジジっと焼け焦げるような音が聞こえ、力が全身にみなぎった。

「いくぞぉ!」

「きなさい!」

ドン!足元の鉄くずを蹴散らしながら、俺は一直線に突進していく。ウィローも全身に蒼いオーラをまとっている。

「せいやあ!」

俺はまっすぐ拳を突き出した。が、ウィローは鉄パイプを斜めに構えると、俺の拳に合わせてぐっと突き出した。
コオン。
俺の拳はあっけないほど簡単にはじかれた。そのまま胸ぐらをつかまれると、俺は宙高く投げ飛ばされた。

「うわあああ!」

グワシャーン!ガラガラガラ……
くず鉄の山に投げ飛ばされた俺に、雪崩のようにスクラップが降り注ぐ。

「ユキ!手加減は不要です。あなた、力をセーブしてるでしょう。全力じゃないと、むしろあなたがケガすることになりますよ!」

くっそー、言わせておけば……!
俺は力任せに、のしかかってくるくず鉄の山を思いっきり吹き飛ばした。

「おや。まだまだ行けそうですね。安心しました」

「おう。これからだぜ」

ウィローの言ってることは正しい。パンチの直前、俺は恐ろしくなって力を緩めてしまったのだ。しかし、半端な力加減では、かえって俺のほうが危なそうだ。

「ならば……こうだ!」

俺は足元に転がっている鉄くずの塊を弾丸のように蹴っ飛ばした。ウィローは冷静に鉄パイプを構えるが、狙いが甘くて明後日の方向にすっ飛んで行ってしまった。

ドガーン!

「え?」

俺が蹴った鉄くずは、ウィローの背後のくず山をぶっ飛ばしてしまった。スクラップがけたたましい音を立てて崩れ落ちる。ガラガラガラ……

(いまだ!)

ウィローが気をとられた隙に、俺はやたらめったら鉄くずを放り投げまくった。小さなくずでも、俺が投げれば大砲の弾に匹敵する威力だ。
ウィローは今度こそ鉄パイプで俺の弾をはじいていく。しかも恐ろしいことに、彼女はパイプでいなしながら、少しずつこちらへ前進してきていた。

「ッ!」

ウィローが突っ込んできた!鉄パイプがうなりをあげて飛んでくる。俺はとっさに腕でガードしたが、すぐに二の太刀、三の太刀が飛んでくる。俺は紙一重でパイプをかわすか、腕で防ぐので精いっぱいだった。

「へえ……すべていなされるとは。ユキ、結構動けますね」

「そりゃ、どうも……!」

くそ、涼しい顔しやがって。こっちは極度の緊張もあって、息も絶え絶えだ。

「いいですね。もう少し本気を出しても、良さそうです……!」

ウィローが再び突撃してくる。ウィローは途中で地面を踏み切ると、全身で回転しながら鉄パイプを叩き付けてきた。

「ぐぉっ……!」

重い!俺は体ごと吹っ飛ばされそうになりながらも、なんとか踏みとどまった。だが、今度はこっちの番だ……!

「ふん!」

「な……!」

俺は叩き付けられた鉄パイプを、両手でしっかりと握りしめた。ウィローはパイプを引き抜こうとするが、俺の手は離れない。
確信した。単純な力比べなら、俺のほうが強い。戦術もテクニックもない、原始の戦いにもつれこませてしまえば……

(勝てる!)

俺がほくそ笑んだ次の瞬間、ウィローはあっさり鉄パイプを放してしまった。あ、あれ?
ウィローはそのまま俺の腕を踏み台にして飛び上がる。と思った次には、彼女の股が目の前に迫ってきていた。

「むごっ……」

え?な、なんだ?俺の頭はウィローの太ももにがっしり挟まれていた。目の前には縞模様の布地が……
だが俺には、この状況を楽しむ余裕はない。俺は、ここからどうなるのか知っている……!

「はああ!」

グイィッ!首が引っこ抜けそうな感覚とともに、俺の体がふわりと宙に浮く。ウィローが全身を使って、俺を首ごと投げ飛ばしたのだ。この技の名は……

(フランケン・シュタイナー……!)

……俺の記憶は、どうしてどうでもいいことばかり覚えているんだ?



「ユキ。大丈夫ですか?」

「……ああ」

俺は逆さまになったウィローの顔を見上げた。彼女が差し出した手を取って、俺はくず鉄の中から体を起こした。

「まいったな、完敗だ。まさか投げ技まで得意だとは思ってなかったよ」

「特別得意というわけではありませんが。あなたもいい動きをしていたと思いますよ。やっぱり体が覚えているんですかね」

どうだかな……ヤクザだったころの経験なんだとしたら、俺はずいぶんケンカに明け暮れていたことになるんだが。

「だとしても、これじゃまだまだだな。もっと刺青にも慣れないと……」

「でしたら、またこうして組み手をしましょう。私もたまに体を動かさないとなまってしまいます」

組み手というには、ずいぶん荒っぽい気もするが。けど、ウィローに鍛えてもらえれば、もっと強くなれるかもしれないな。
俺がうなずこうとしたその時、ザリっと鉄を踏む足音がした。キリーが戻ってきたのかな。

「……体がなまるようだったら、ウチで死ぬほど働かせてあげようか?」

「げ。ステリア……」

そこにいたのは、いつぞやの巨大レンチを持ったステリアだった。あちゃ、俺は今バイト中じゃないか。

「さぼった挙句、始まる前より散らかってるのはどういうこと……?」

「い、いや。ステリア。俺は決して忘れてたとかじゃなく」

「言い訳不要!唐獅子はさっさと仕事に戻る!」

「は、はい」

俺は大慌てでスクラップの山へと舞い戻った。

「で、ではユキ、頑張ってくださいね。私は事務所に戻りますから……」

「蒼孔雀、あなたも。なまってるんでしょ?ちょうどいい労働がある」

「い、いや。私は、遠慮しておこうかと……」

「は・や・く」

「…………はい」

もしかしたら、一番怒らせちゃいけないのはステリアなのかもしれない。俺はくず鉄の山と格闘しながら、しみじみと思った。



黙々と作業する俺たちの頭上で、空は少しずつ紅に染まっていった。気付けばそろそろ夕暮れだ。

「唐獅子、青孔雀。お疲れさま。今日はここまででいい」

ひと段落したところで、ステリアが裏にやって来た。

「ふぅ。わかった」

「やれやれ、やっと解放されましたか……あ、いえ。なんでもないです」

俺は首をバキバキならすと、思い切り伸びをした。ボキボキッ。う、腰が……
だが今日一日で、ずいぶん力の調整のコツがつかめた気がする。頭を空っぽにできる黙々とした作業は、心で扱う刺青と相性がいいのかもしれなかった。

「サンキューな、ステリア。いい練習になったよ」

「そう?私もその刺青には興味あるから、ちょくちょく唐獅子を呼ぶと思う」

「わかった……ところでステリア、その唐獅子って言う呼び方、どうにかしてくれよ」

「どうして?」

ステリアはよくわからない、といった顔で小首をかしげた。

「どうしてって、なんていうか……こっぱずかしいんだよ。そのあだ名じゃなきゃダメか?」

「ふーん……私は悪くないと思うんだけど。どうしても?」

「いや、そこまでは言わないが」

「じゃ、これで」

結局、唐獅子のままか。いいといえば、いいんだけど……

「私はあだ名って好き。自分が名付け親になったみたい。だからできれば、私のつけたあだ名で呼ばせてほしい」

「まぁ、そういうなら……いいか、それでも」

「ありがと。じゃ、ユキは唐獅子で決定」

「なんだ、名前覚えてたのか。てっきり忘れてるのかと思ったよ」

「なっ……ありえない。私が一度覚えたことを忘れるはずないから」

ステリアは心外だ、というようにそっぽを向いた。

「あ、それと。今回唐獅子たちが暴れたせいで、壁に鉄くずが刺さっちゃってた。そこの修理費も忘れてないから」

……もしかしたら俺は、一生ステリアの下で働かなくてはいけないかもしれなかった。

続く

《次回は日曜日投稿予定です。》
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