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第一章

第58話/News

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第58話/News

「あ!誰か出てきたぞ!」

「カルペディさんか!?ひと言、ひと言お願いします!」

ドドドド!扉を開くやいなや、大勢の人たちが一斉に集まってきた。

「な、なんだ?」

「やば、マスコミ!ユキくん、隠れて!」

「お、おう。だが……」

玄関の脇には、扉くらいしか隠れる場所がない。それに俺たちが二人連れだということは、もう見られてしまった。

「じゃ、じゃあせめて顔だけでも!」

「あ、それなら覆面があるぞ」

俺が慌てて覆面を被るのと、マスコミが俺たちを取り囲むのはほぼ同時だった。

「カルペディさん!スクラント・カルペディさんですよね!今ホテルで何が起こってるんですか?」

「誘拐犯が侵入したと聞きましたが!」

「その方はどなたですか!犯行グループと関係が?」

矢継ぎ早に質問が浴びせかけられる。白いフラッシュで目が潰れそうだ。

「みなさん!少し落ち着いてください!」

スーがピシャリと言い放つと、マスコミたちはしんと静かになった。

「慌てなくても、すべてきちんとお話しします。これから語る真実をしっかり聞いてください」

スー……すべてをって、いったいどこまで話すつもりなんだ?

「まず、はじめにみなさんに謝らなければならないことがあります。わたしはカルペディ家の次期当主であり、いずれは義兄さんのよき伴侶になることを期待されていたと、理解しています。しかし……」

しかし……そこまで言うと、スーはおもむろに、俺の腕に抱きついた。

「わたしは、この人の子を妊娠しています!」

「え?」

「おお、そんなことが!」

「何て悲劇なの!どうしてこんなことに!」

マスコミたちはにわかにざわつきはじめた。

「軽はずみな行為だったと自覚はしています。ですがその時は、湧き上がる情念を抑えることができませんでした……」

スーはあわれっぽく顔を背けると、俺の胸に縋りついた……いや、縋りついて泣く真似をしているだけだ。
冷めた目で見つめる俺に気付くと、スーは上目遣いに、ぺろっと舌を出した。確信犯だ。

「一時の過ちとはいえ、事実は事実。ですが、そんなわたしにも義兄さんは手を差し伸べてくれました。共にお腹の子を育てていくことも考えてくれたのですが、わたしはどうしても、この人を忘れられなかったのです!」

スーはきりっと前を向くと、大勢のマスコミの前に堂々と胸を張った。その眼にはうっすら涙が光っている。もちろん演技だろうが……そのためにここまでやれるなんて、つくづく女っていうのは強い。

「わたしは、現時点を持って、カルペディ家次期党首の位を破棄します!その全権を義兄にゆだね、今後一切関わらないことをここに誓います!」

「なんですって!これは大ニュースよ!」

「号外だ!早く本社と連絡を取れ!」

再び猛烈なフラッシュが焚かれる。

「詳しくは義兄から聞いてください。それでは。……いこ、ユキくん」

「え、あ、ああ……」

マスコミがしつこく追ってくるかと思っていたが、予想に反して俺たちを取り囲む者はいなかった。あっさり解放された俺たちは、普通に歩いてホテルを出ていく。
マスコミの群れがかなり小さくなったころ、俺は窮屈な覆面を外しながら、隣を歩くスーに尋ねてみた。

「……初耳だな」

「うん?なにが?」

「君と一夜のマチガイを起こした記憶はない、と言ってるんだよ」

「あははは……嘘もほうべんってやつで、ね?」

「だからって、どうしてあんなところで……」

「あれくらいしか思い付かなかったんだよ。あの家と後腐れなく縁を切るには」

「え?」

「このまま私たちが逃げれば、義兄さんは間違いなく追ってくる。カルペディ家を手に入れることもできないし、自分の顔に泥を塗った相手をほっとくはずがないもん」

見栄や人気に固執するやつのことだ。どんな手を使ってでも、スーを取り戻そうとするだろう。

「だからテキトウな嘘をついたんだ。マスコミが好きそうなネタだったでしょ?大企業の令嬢、じつは妊娠していた!なんてさ。きっと明日には、アストラ中に広まってるよ」

「……なるほど。少しずつ読めてきたぞ。ほんとの所、それが目的だったんだろう?」

「うん。国中みんなが信じれば、例え嘘でも真実になるでしょ?」

嘘でも……さっきのマスコミたちは、スーの話を鵜呑みにして、裏取りをしに食い下がることもなかった。俺たちがあっさり解放されたのも、それを物語っている。

「そうか……妊娠の件は、スーの人気を落としてアンカーを上げるため。そして当主の地位を捨てるための口実か」

「その通り!」

パチリ、とスーは手を合わせた。

「女に逃げられた、じゃあ義兄さんは許さないだろうからね。わたしが裏切った、てことにしたかったの。前なら哀れな負け犬だけど、後なら悲劇のヒーローになれるでしょ?」

確かに、どこかで子を孕んだふしだらな妹と、そんな妹にも手を差し伸べた優しい義兄、という構図はできそうだ。

「どうせ義兄さんが欲しいのは地位と名誉だけだから、あとはわたしが当主を譲るって言えば、とりあえずは納得してくれるんじゃないかな」

「てことは、これで万事解決なのか。あれだけ派手に騒いだ割にはあっけない幕切れだな。暴れ損というか……」

「う~ん、どうだろ?義兄さんが絶対諦めてくれるとは限らないし、これだけ暴れたからこそ、世間の関心を買えたんじゃないかな」

「そうか……そうかもな」

「……なんてね。ユキくんの言いたいこともわかるよ。最初からこうしておけばって、そういうことだよね」

「うん?」

「さっき言ったことも本当だよ。けど、始めにわたしが義兄さんに面と向かって言えてたら、みんなを危ない目に遭わせないですんだかもしれないから……ごめんなさい。わたし、怖かったんだ。自分一人で、義兄さんに立ち向かうのが」

「スー……」

きっとそれが、一番損のないやり方だったんだろう。だけど。

「ごめんな、スー。そんなつもりはなかったんだ。あやまるよ」

「どうしてユキくんがあやまるの?非効率だったのは事実でしょ」

「別に効率だとか、どっちが楽だとかは関係ないんだよ。さっきも言っただろ、俺たちは自分のしたいようにやってるだけだって。面倒だろうが何だろうが、結局きみが困ってるなら、俺たちはバカみたいに突っ走るだけなんだ」

「……そっか。しかたないなぁ、ユキくんは」

スーはうつむきがちに言った。すん、と鼻を鳴らす音が聞こえる。

「えへへ。ありがとっ、ユキくん」

「お礼は俺だけじゃなくって、みんなにも言ってくれ。ウィローもステリアも、キリーもアプリコットも、レスさんだってきみを心配してたんだ」

「そっか。なら早く帰らないとね!あ、そうだユキくん」

「うん?なんだ?」

「さっきのやつね……」

「さっきの?」

「ほら、マスコミさんの前で話したやつ」

「ああ、あの嘘八百のデタラメのことか」

「うん、まぁそうなんだけど……けどね、あれ、全部が全部ウソじゃないんだよ?」

「え。そうだったのか……?」

う~ん?だけど、スーは子どもを授かってもいないし、地位に興味が無いのも本当だし、アンカーが優しいわけないし……

「何のことなんだ?」

「もう、ユキくんたら。にぶいなぁ……じゃあ教えてあげるから、ちょっとかがんで、耳貸して」

「お?おう」

俺は言われたとおりに、スーへと顔を近づけた。

「わたしね……ユキくんとならいいかなって、そう思ったのは本当だよ?」

ちゅ。
俺の頬に、唇の当たる感触がした。

「来てくれてありがとう!これはそのお礼!」

スーははにかんだ笑みを見せると、たたたっとかけだした。

「恥ずかしいなら、やらなきゃいいのに……」

頬のあたりをぽりぽり掻くと、俺は朝焼けの町へと歩き出した。
さあ、帰ろう。みんなが待っている。



「スー!うわあぁん、よかったよぉ!」

「きゃぁ。もうキリーちゃん、危ないよぉ」

「まったくもう!ふふっ、心配させんじゃないわよ!あはは!」

「あ、アプリコットちゃん……叱るか撫でるかどっちかに……」

ホテルを少し離れたところで、俺たちはとある襲撃者たちに待ち伏せされていた。
襲撃者の面々は、無事に脱出したウィローとステリア、そしていてもたってもいられずに隠れ家を飛び出してきたキリーたちだ。

「スー……よく帰ってきてくれました」

「うん、ウィローちゃん……みんなにも、ごめんなさい。いっぱい心配させて、いっぱい迷惑かけちゃって……」

「ほんとだよ!わたし、これでも怒ってるんだからね!」

「う……だよね。ごめんね、キリーちゃん……」

「まったくもう。今度からは一人で悩まないで、まずわたしたちに相談してよね」

「え……」

「なーんにも言われなくて、けっこう寂しかったんだから。組長としても、家族としても」

「キリーちゃん……ごめん、ごめんね。わたし、もっとみんなを信じれば良かった……!」

胸に顔を埋めるスーを、キリーはよしよしとあやしている。ああいう時だけ、キリーは妙に包容力があるよな。

「……ユキ、よくやってくれました。ありがとうございます」

ステリアに支えられながら、ウィローがこちらへやってきた。

「ウィロー、もう大丈夫なのか?」

「えぇ、まぁなんとか。ユキとステリアには、大変迷惑を掛けましたね。恥ずかしいところも見られてしまって……」

「いや……」

本当はああなった理由を聞きたかったが、俺はそれをぐっとこらえた。ウィローもそれは理解していたようだ。

「いろいろ、聞きたいとは思います。ただ、今は……もう少し待っていただけますか?」

「ああ、無理しなくていい。ウィローの話しやすい時に話してくれ」

ステリアもこくこくとうなずいた。

「すみません……恩に切ります」

ウィローは青い顔をペコリと下げた。話しずらいと言うよりは、しんどくて話す気力がないようだ。あの刺青は、相当体に負荷を掛けたらしい。

「……ねぇ、ところでスー?」

ひとしきりスーをあやしたキリーが、言いずらそうに口を開いた。

「スーって、ほんとにカルペディ家の子どもなの?」

「え?」

「キリー、今さら何を言い出すんだよ」

「あ、そうじゃなくてね。あのニュースって、本当なのかなって。だって、お金持ちの子どもが突然ヤクザになるって、考えられないでしょ?」

あ……そういえば新聞には、大企業の令嬢が突然失踪したと書かれていた。それが本当なら、スーは家出をして、その後ヤクザになったということか……?

「……そうだよね。おかしいって、思うよね」

「あ、別に無理に聞きたいわけじゃないよ?ただ、ちょっと気になっちゃって……」

「ううん。みんなにはいっぱい迷惑かけちゃったから。だから、ちゃんと話すね」

スーは深く息を吸うと、意を決したように語り始めた。

「まず、わたしの出生なんだけど。確かにわたしはカルペディ家当主の血を継いではいるんだけど、でも実の子どもではないんだ」

「え?それってどういうこと?」

「簡単に言うとね。父はカルペディだけど、お母さんは違うの。いわゆる隠し子ってことになるのかな」

隠し子……カルペディ夫妻の子どもではなかったのか。それなら、スーの母親は?

「カルペディ前当主……つまり父は、子どもを作りにくい人だったみたいでね。それでもどうにか妻は妊娠したんだけど、きちんと生まれてこれなくて……きっと相当責められたんじゃないかな。最期は自殺だったって」

「そんな……」

「うん。それでも、どうしても世継ぎは必要だから、父はなりふり構っていられなかった。たぶんわたしのお母さんは、身寄りがないとかで、都合がよかった内の一人だったんじゃないかな」

「……なんだって。誰かれ構わず、手を出していったっていうのか?」

「どうだろ。わたしも、詳しくは知らないんだ……知りたくもなかったし」

そんなことって……人間のすることなのか?

「結局、産まれたのはわたし一人だった。だけど女の子じゃ、何かと都合が悪かったみたい。贅沢な話だよね、子どもは欲しい、でも男の子じゃないとヤダ、なんて。それで義兄さんを養子に取ったりしたんだろうけど、けどもう一つ、次期当主を男の子にする方法があった」

「え?だって次期当主って、スーなんじゃ」

「そう。だけど、私に子どもが産まれればどうかな」

……まさか。冗談だろう。そこまで悪徳な人間が。

「……俺の子を孕めって父に迫られたのは、十二歳の誕生日だったかな。わたしは命からがら逃げだして、その日の夜に家を出たんだ」

「……ちくしょう!」

ボガン!俺が殴ったビルの壁には、拳ほどの穴が開いてしまった。

「その後はひたすら父のいるプレジョンを離れて、気が付いたらパコロにいたの。そこで路頭に迷っているところを、先代のおじいさんに拾われたんだよ」

「……そっか。ごめん、スー。辛いこと聞いちゃって」

「ううん。わたしの中ではあの事とはもう折り合いがついてるし、メイダロッカ組に入れてとってもよかったと思ってるから」

スーはきっぱりと言い切った。

「ふむ……スーさんの事情は分かりました。ところで皆さん。少しよろしいでしょうか」

レスが手をあげ、ごほんと咳払いした。

「さて。まずは、スーさん。無事にお戻りになられたようで嬉しいです。お帰りなさい」

「レスさん……ごめんなさい、レスさんにも心配させちゃって。ありがとうございます」

「はい。それは喜ばしい事なのですが、そう浮かれてばかりも居られないのです。先程からラジオを拾っていたのですが……」

レスはポケットから小さなラジオを取り出して見せた。……嫌な予感がするな。
キリーが恐る恐るたずねる。

「……それっていいニュース?悪いニュース?」

「この状況でいいニュースだったら、正気を疑うわね。この騒動に対して、なにか動きがあったんでしょ?」

「はい、その通りです。事件の解明に向けて、警察当局が動くとの発表がありました」

「警察……!カルペディのやつら、訴えを起こしたのね」

「はい。曰く、スーさんのことは残念だったが、凶悪な誘拐犯を野放しにする事も出来ない。我々はプレジョンアストラの安全の為に、警官隊を全力でバックアップします、とのことです」

「よく言うわ!かんっぜんに私怨じゃない!」

「ですが、プレジョンの住人達の見解は違うようです。町中が可哀想なアンカー氏を応援しようという空気でしたね」

「そうなったか……少し狙いがずれたな」

「どういうことですか?」

「いや、この少し前にマスコミに話しをしてるんだよ。スーが後継ぎの地位を捨てて、アンカーの恨みを買わないようにするためにな」

「なるほど……残念ですが、それは上手くいかなかったようですね」

レスの言葉に、スーははぁと肩を落とした。

「ごめんなさい……義兄さんの執念深さを、もっと考慮すべきだったよ」

「あいえ、スーさんを責めたわけでは……それに、マスコミの報道の仕方も酷いんですよ。まるでスーさんの事を盛りの付いた雌猫みたいに言って……」

「あ、それはある程度予想してました。プレジョンの人たちはそういう話を好むから……だいたい、悲劇だなんだっておかしいんですよ。別にわたしがユキくんの子どもを産んだって、なにもおかしくないことなのに……」

「え!?」

スーと俺以外の全員が目を点にした。

「違うぞ!そういったような趣旨の話をマスコミにしたって、それだけの話だぞ!」

「あ、そ、そう……あんた、ずいぶん大胆なことするのね」

「え、そうかなぁ。いい考えだと思った……んだけど……」

だんだんスーの声が小さくなっていく。反対にスーの顔はどんどん赤くなっていった。

「スー?」

「……ぁぅ」

「あ。ユキ、刺青切れです。スーの力は朝しか持たないでしょう。もう大分日が高くなってきたから……」

あ、刺青の影響であんなに大胆になってたのか。確かにいつものスーにしては饒舌だったな。……それにしても、もう効果切れなんだな。日は高いといっても、まだまだ朝の範疇は抜けきっていないと思うが。本当に使いどころを選ぶ刺青だ。

「うあぁ~、わたしなんであんなこと言っちゃったんだろ……」

「けど、そんなに落胆することもないんじゃないか?少なくとも、スーのことは諦めてくれたみたいだしさ」

俺の言葉にレスもうなずいたが、その顔は曇っていた。

「そうですね。ですが、スーさん以外は許して貰えないようです。この先包囲網を張られたら、首都から脱け出すことは容易じゃありませんよ」

「それは……」

「……ねぇ、ひとまず隠れ家に戻らない?わたし疲れちゃったよ」

キリーの提案は、しかし俺たち全員が思っていることだった。夜通し駆け回った俺は満身創痍、ウィローとステリアもボロボロだ。キリーたちも眠っていないのだろう、目の下にくっきりとクマができている。

「……そうですね。ここで議論してどうなるものでもありませんし、一旦アジトに戻りましょうか」

「おっけー!そうと決まれば早くいこー!」

キリーは待ちきれない、というように駆け出した。まったく、元気なんだか疲れてるんだかわからないな。
俺たちは疲れた足を引きずりながらも、足早に隠れ家へと急いだ。

続く
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