異世界ヤクザ -獅子の刺青を背負って行け-

万怒 羅豪羅

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第一章

第64話/Mission

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第64話/Mission

「え……ウチが、この人たちに付き添うんすか?」

俺は先日の面会室にいた。格子の向こうには前と同じく黒蜜がいる。

「黒蜜。混乱してるとは思うが、俺の話を聞いてくれないか」

俺は“小さくウィンク”すると、リーマスとの会話を黒蜜に伝えた。

「……冗談じゃないっすよー!こんなの納得出来ないっす!ウチはぜったいヤですからね!」

「悪いが、全部ほんとの話だ。俺もさっき聞いたばかりだけどな」

「信じられないっすー!ちょっと看守さん!」

「あ?」

黒蜜は、部屋の墨で腕組みしている看守に声をかけた。

「ちょっと、何か証拠はないんすか?この人がテキトウ言ってるだけっすよー!」

「いや、だからほんとだって……」

「し・ん・じ・ら・れ・ま・せ・んー!」

「ああくそ!じゃあ令状を持ってきてやる!目をかっぽじってよく見やがれってんだ!」

看守はバン!と乱暴に扉を閉めた。

「目はかっぽじれないっすよ……さて、これで話がしやすくなったっすね」

「ああ。といっても、さっきの話が全部だけどな」

「すごいことになりましたね。とりあえずセンパイ、出所おめでとうございます」

「はは、あんまり素直に喜べないな」

「え、ちょちょ、ちょっと待ってくれ」

俺と黒蜜が冗談を飛ばしていると、リルが目を丸くした。

「さっき、君はあれだけ嫌がっていたじゃないか。演技だったのかい?」

「そうっすね。まあヤクザのお守りが嫌なのはほんとっすけど、センパイのためならしょうがないっていうか」

「そ、そうかい……」

「黒蜜を直接指名しちゃったからさ。あんまり俺と仲がいいと、疑われそうだろ?」

「でも、ならいつの間に口裏を合わせていたんだ?」

「いや、別に。そんな暇なかったし」

「え?」

「まぁ、兄妹っすから。何となくこうかなってのが伝わったんすよ」

「そんなもんじゃないか?」

「わ、わかった。もういい、頭が痛くなりそうだ」

リルは額を押さえている。そんなおかしな事かな。
ちょうどその時、看守が扉を開けて戻ってきた。

「おら、これでどうだ!ちくしょう、どうみても本当だろ!」

「そんなことあるんすか~!あんまりっす~!」

「……意外と演技派だね、彼女」

「しっ、そこは触れないでやってくれ……」

ガチャコン!重い音と共に、格子の扉がゆっくり開く。

「くそ、面倒ばかりかけやがって……おらお前ら、とっとと出ていけ!」

「さ、ではいきましょうか。センパイたち、こっちっすよ……別に、着いてこなくていいすけどね!」

黒蜜の演技が怪しくなってきたところで、俺たちはそそくさと収容所を後にした。
狭い階段をぐるぐる登る。その向こうには、細長い鉄の橋が架かっていた。俺が飛びついた橋だ、途中で欄干がぐにゃりと歪んでいる。そこを抜けると、いよいよシャバの空気が流れてきた。

ギイィ……

「ふぅ……一ヶ月も経ってないはずなのに、ずいぶん久々に感じるな」

心地よい夜風を肌に受ける。ずっと地下にいたから、空気の流れがひどく懐かしく感じるな。

収容所は、プレジョンアストラを見下ろす小高い丘の上に建てられていた。収監された時は気付けなかったが、ずいぶん町に近いんだな。華やかな街明りがここからでもはっきり見える。

「どうっすか、久々のシャバの感想は?これを期に足を洗ったらどうです?」

「おいおい、無茶言うなよ」

「君たちは平気なんだね……私からすると、本当に久方ぶりの空の下なんだ。眩しくてなにも見えないよ」

「え?……今は、夜だぞ?」

「うん。不思議なものだね。ずっと地下にいると、星明かりですら光り輝いて見えるんだ……」

「……けっこうロマンチストなんすね」

「ふふふ。たまにはこういうのも悪くないね」

「よし。それじゃあ、みんな……行こう」


「それで、これからどうします?」

「取り合えずキリーたちと合流しないとだな。みんなどこにいるだろう?」

「そもそも、まだプレジョンにいるんすかね。前にも言いましたけど、今はマフィアの攻勢が凄まじいんですよ。ここにいるだけでも、相当のリスクを負うはずっす」

「なら、もうプレジョンを脱出してるか……」

「もしくは、どこかに身を潜めているかだね。さらに言えば、それは私たちにも言えることだよ」

「マフィアに目を付けられてるのは、俺たちも同じ……目立てば、あっという間に袋叩きだな」

「……それらを踏まえた上でもう一度聞くっすけど。これから、どうします?」

俺は少し考えてみた。もし俺なら、こういう時どう動くだろうか……もし、俺がキリーなら……

「……俺だったら、ここを離れるな。メイダロッカのみんなで一緒にいれば、どうしたって
目立つ。できるなら、パコロに戻りたいところだ」

「隠れ家か何かに身を潜めてるってことは無いのかい?」

「俺の知る限り、鳳凰会の隠れ家には備蓄がほとんどないんだ。どうしたって外に補給にいかなきゃならないから、籠城には向かないんだよ」

「なるほど……大所帯ならなおさらだろうな」

「なら、私たちもパコロを目指すってことでいいっすか?」

「ふむ。私ならここを離れる前に一度、その隠れ家とやらを確認したいところだが?」

「そうだな。一度、様子を見に行こう。黒蜜もそれでいいか?」

「……いいっすけど」

黒蜜はぶすっと呟くと、俺の腕をつかんでぐいと引っ張った。

「……ちょっとセンパイ、あんまりあの女を調子付かせないでくださいよ」

「え?けど、リルの言うことも一理あるし……」

「なら、もっと堂々としてくださいよ!ウチはセンパイの頼みだから聞くのであって、得体の知れない女の子分になるつもりはないっすからね!」

「は、はは……善処するよ」

このチーム、うまく行くのかな……今から胃が痛い気分だ。

プレジョンの町に忍び込んでから、真っ先に向かったのは怪しげな洋服屋だった。リルの服を見繕うためだ。ムショ暮らしが長かったリルは、出所時に着る服を持っていなかった。今は看守にもらったボロボロのつなぎを着ているが、いつまでもこのままじゃ目立ってしょうがない。

「いや、目立つのは自覚してるんだがね。ただしかし、どうにも脱ぐ気にならないというか、着替える必要性を実感しずらいというか……」

「……やっぱり師弟だな。言ってることが同じだ」

ステリアの並々ならぬつなぎへのこだわりは、リル譲りなのかもしれない。

「ん゛んっ!四の五の言ってもダメっすよ!ここできっちり着替えてもらいますからね」

「はぁ……わかったよ」

「しかし、場末感がすごい店だな……それでいてその割には、値段がデタラメだ」

ラックに無造作に掛けられたスーツやらは、相場の十分の一ほどの値札が付けられている。こんなの、袖を通した瞬間ビリビリになるんじゃないか。

「ユキ、こういうとこを使うのはたいてい、その日暮らしかその場しのぎの連中なんだよ」

リルは手慣れた様子で服を漁りながら言った。

「その一瞬だけ着られればいいってことか?」

「微妙に違うが、まぁそうだね。金は無いが、かっこは付けなきゃいけない。そういう刹那の花道のために、この手の店はあるのさ」

「……それってつまり、怪しい人たち御用達ってことじゃないっすか」

「おお、黒蜜警官。言い得て妙なり、だよ」

リルはカラカラと笑った。

「なあ、けど大丈夫なのか?今更だが、そんな店のスーツなんて、虫食いだらけなんじゃ……」

「おっと、侮っちゃいけないよ、ユキ。確かにここのはピンからキリだが、それなりに質の良い物もそろえているのさ。そこでだ、黒蜜警官」

「……なんすか」

「その理由は何だと思う?」

「え、質の良いものがある理由、ってことすか?それなら……」

黒蜜は少しだけ考えると、ギロリとリルを睨んだ。

「……まさか、盗品だなんて言わないでしょうね。もしそうなら、即刻逮捕しますよ」

「いやいや、それはないよ。私の知る限り、ここにあるのはほとんど中古品のはずだ」

「中古?だから安いってことっすか?」

「そうさ。ここはリサイクル販売がもっぱらなんだよ」

リルはラックの中から、適当に二、三枚スーツを取り出した。
リサイクル品ばかり……?それだとしても、スーツばかりがこんなに集まるだろうか。他ならいざ知らず、スーツというのは気分でコロコロ変えるものではないだろう。そんなに中古がごろごろ出ることはないんじゃ……なんだかキナ臭くなってきたぞ。

「……なあ、ここの服って、生きてる人間から買い取ったものか?」

「へぇ……ユキ、きみはなかなか勘がいいね。ご明察、ここの服たちは故人から引き取られたものなのさ」

「いっ!」

ぼんやりスーツの肩を撫でていた黒蜜が、ビクッと手を引っ込めた。

「おっ、追い剥ぎってことっすか!」

「うーん、どうだろうね。それもあるかもしれないが、たいていは遺品をもらってくるんだよ。この街ではどうしてか、身元不明の仏さんが多い。そして、なぜかその方々はスーツをよく着ているんだね」

スーツを着て、身元不明……

「……裏社会の人間ってことか」

「だろうね。そうして回収された服は、次の若手の下へ巡っていくんだ。よくできた仕組みだよ……っと」

「うわ、リル!?」

リルはいきなり着ていたつなぎに手を掛けると、すとんと脱いでしまった。

「バカ、丸見えだぞ!」

「構わんさ。私なんぞのストリップじゃ、一見の価値もないよ」

そのままリルはするするとスーツに腕を通していく。

「うん、ピッタリだ。じゃあ会計を済ませてくるから、待っててくれ」

裾を翻すと、リルは店の奥へ消えていった。

「……センパイ、ウチあの痴女と仲良くやれる自信がないっす」

「ま、まぁしばらくの間だけだから……」

「あと、センパイが口ではなんだかんだ言いながら、ガッツリ見てたことも忘れませんから」

「わっいや、それはだな……」

「おーい、黒蜜くん!すまないが、来てくれないか!」

「ほ、ほら。リルが呼んでるぞ?」

「く、あのふしだら女……後で覚えとくっすよ」

黒蜜は俺を睨み付けると、渋々奥へと消えていった。た、助かった……

「いやぁ、財布を持ってないのを忘れてたよ、あっはっは」

「なっ!ウチにたかる気っすか!」

「だって、君しかお金持ってないだろう。ほら、もう着ちゃったし」

「~~~っ!」

ダンダン!という音は、黒蜜が地団駄を踏む音だろうか。
ほんとに大丈夫かな、この先……

続く
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