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9.きみがママになるまで

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王都の東のはずれに少し古くて大きな建物がある。
砂埃を舞わせながら小さな子供が走り回り、数人のシスターがその子供たちの世話に追われている。
そこが魔王ノアが15歳までを過ごした孤児院であることを王都の人々はみな知っている。
「ノア」
「お久しぶりです、シスター・アマリリス」
私の育ての母である老修道女は隠しきれない愛憎を視線に乗せて伝えてきた。
会うのはアイリスとの結婚のとき以来で、以前より体が弱っているのか杖をつき始めていることに気づいた。
「中に入っても?」
「いえ、ここは神の庭ですから」
「承知しました。ただ一つご報告がありまして」
「なにかしら」
「私とアイリスの間に子が出来ました」
シスター・アマリリスは少し悩みながら私を見た。
その顔を見ると幸せだった幼少期の事を思い出し、かすかにほほ笑む。
「……それをなぜ、私に?」
「ここで育った兄姉分きょうだいぶんもみなシスターに結婚や出産の報告をしていたでしょう、それに従ったまでです」
シスター・アマリリスは少し悩んでから深くため息を吐いた。
そしてその首に下げていた十字架を取り出すので私は頭を下げ、十字架を私の頭に当てて天に掲げる。

「あなたの妻の無事と子供の安寧を、神にお頼み申し上げます」

遠くにその様子を見ていたシスターや子供たちの視線を感じつつ「ありがとうございます」と答える。
「あなたが悪魔の子であろうとも、あなたの妻と子は神の子ですからね。力を添えてくださるでしょう」
その一言でほんの少し許された気がした。
何を許されたのかは分からないが、それでも私の気持ちがほんのすこし和らいだのは事実だ。

****

孤児院を出た後ぼんやりと王都の街を歩く。
この一年で魔王城にいた役人とその家族をかなりの数派遣したので、ちらほら魔族も見受けられる。
まだまだぎこちないが少しづつ交流出来るようになってきた。
吸血鬼向けの売血所はちょこちょこ人もいるようだし、魔族の子どもと人間の子どもが遊ぶ声がする。
すこしづつ、魔族と人間の融和が始まっている。
そんな世界で私たちの子は生きていくのだと思うと小さな希望が芽吹く音がした。
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