異世界大使館雑録

あかべこ

文字の大きさ
1 / 154
それぞれの昔話

神に祈る軒下の怪物

しおりを挟む
両親から『神の教えに従えば幸福に生きて死ぬことが出来る』と言われて育った。
子どもだった俺はそれを疑うことも無くその信仰を当たり前のものとして生きてきた。
たぶん真柴春彦に出会って恋をしなければ、俺は死ぬまでその信仰を疑いもせず受け入れて生きてきたんだろう。

―中学3年、夏
「高校は地元の学校に行きたい」
両親の意向で都内の私立一貫校に通っていた俺は初めてそう口にした夏の日、両親は『なんで?』と不思議そうに聞いた。
早起きして家から離れた学校に行くのも、混雑する電車での通学も、ほとんど持ち上がりの同級生と先生たちにも飽き飽きしていたのだ。
全く未知の環境に飛び込んでみたい、という俺の意向に両親は渋々頷いた。子供に最上級の教育を与えたつもりだったのに退屈だと言われたことが腑に落ちなかったのだろう。
幸か不幸か俺は地元に友達があまりいなかった。地域の教会に属してはいたがほとんどが外国ルーツの子どもで日本人の子どもは少なかったし、地元の保育園には通っていたが卒園と同時に交流は途切れた。
なので俺にとって地元の高校は近くて遠い場所であったのだ。
志望校にした徒歩圏内にある地元の高校は偏差値が高いという事は後になってから知ったが、狙える範囲内だったこともあり第一志望とした。
周囲に持ち上がりで高校に行かないことを不思議がられながら人並みの受験勉強をこなし、卒業式で9年にわたる級友たちに別れを告げ、初めて俺は公立校に通うという経験に辿り着いたのだった。

―高校1年、初夏
壁に張り出された中間テストの結果表を見て「やっぱり木栖が一位かあ」「さすが主席入学でスピーチした奴は違うわ」という声の中に小さな舌打ちが聞こえた。
順位表と自分の成績表を交互に見返しながら「やっぱり理系で負けてるな」「出来る科目と出来ない科目の差を埋めるには」とつぶやいているその姿に目を惹かれた。
闘志のようなものが漆黒の奥で静かに燃えるその瞳は美しく、この対象が自分であるという事が何よりも嬉しかった。

―高校1年生、冬
陸上部の大会の帰り道、大宮駅のほど近くの本屋に立ち寄ると真柴がアルバイトをしていた。
最初の中間テスト発表の日のあと、俺にライバル意識を燃やしていた男が真柴春彦という他クラスの同級生だと人づてに聞いて知った。
彼らは真柴の事を「友達付き合い悪い」「愛想がない」だと言うが、店先ではその印象と程遠い普通のいい人のように思えた。
そしてバイト仲間に見せる表情を、心から好きだと思った。

―高校2年生、春
真柴に対する気持ちを恋だと気づいてからいつも憂鬱だった。
自分はおかしいのではないか?神の教えに反するのではないか?という憂鬱は、真柴とすれ違うたびにするりと消えていった。
はじめて恋というものを知り、そのままならなさに振り回されて日常が楽しくなった。
いつだってあいつは俺に勝ちたいと思われてるのだ。それだけで俺は満足していた。

―高校3年生、春
「お前が文系志望だとは思わなかった」
クラス分けの日の朝、隣の席に腰を下ろした真柴はそう呟いた。
文系を選んだことに意味はない。理系科目は好きだが医者や科学者に興味がなかっただけだ。
「大した理由はない」
俺はお前がいればそれでよかった。
この一方的な片思いへの最後のはなむけがお前と一緒に過ごせる一年ならば、なおさら。
そうしてこの最後の一年が終われば俺はこの恋を捨てて遠くに行くと決めていたのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

異世界大使館はじめます

あかべこ
ファンタジー
外務省の窓際官僚・真柴春彦は異世界に新たに作られる大使館の全権特任大使に任命されることになるが、同じように派遣されることになった自衛官の木栖は高校時代からの因縁の相手だった。同じように訳ありな仲間たちと異世界での外交活動を開始するが異世界では「外交騎士とは夫婦でなるもの」という暗黙の了解があったため真柴と木栖が同性の夫婦と勘違いされてしまい、とりあえずそれで通すことになり……?! 毎週土曜日(まれに水曜日にも)更新。 チート・俺TUEEE/ハーレム(男×女複数)成分なし。異性愛や男性同士や女性同士の恋愛、獣人と人間の恋愛アリ。ほんのり逆ハー(女×男複数)成分含みます。 不定期更新。表紙はかんたん表紙メーカーで作りました。 作中の法律や料理についての知識は、素人が書いてるので生ぬるく読んでください。 一緒に読むと楽しい番外編https://www.alphapolis.co.jp/novel/2146286/633604170 読むと世界観が広まるスピンオフhttps://www.alphapolis.co.jp/novel/2146286/924954517 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2146286/397954498 同一世界線のはなしhttps://www.alphapolis.co.jp/novel/2146286/905818730 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2146286/687883567 カクヨム版ありますhttps://kakuyomu.jp/works/16817330651028845416

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...