異世界大使館雑録

あかべこ

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大使館1年目・冬(7~8部分)

嘉神恭弘のウィンターホリデイ

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10時21分発のぞみに乗り込むと、母からメールが来た。
『なんじぐらいにつきまさか』
買い換えたばかりのスマホに悪戦苦闘する姿をありありと想像出来るメールに微笑ましさを感じながら、『現在東京駅、遅くとも3時ごろには着きます』と返した。
ホットコーヒーを口に運びながら車窓を流れる冬の空をぼんやりと眺めて過ごしていると、新幹線はあっという間に名古屋までたどり着く。
本来ならここから高山方面行きの特急ひだに乗り換えなのだが、名古屋駅で昼ごはんにしようと思って敢えて遅いのをとってある。
名古屋駅の改札を出てフラフラとあてもなく歩いていると懐かしさが先に来る。
子どもの頃、大きな街へ遊びに出るとなると必ず名古屋のこの辺りに来て家族で遊んだものだ。
適当な喫茶店に飛び込んで四六時中出てるモーニングでお腹を満たし、再び特急ひだで実家を目指す。
木曽川を越えてしばらくすれば馴染みのある駅名が聞こえてくる。
実家の最寄駅である美濃太田の駅前は今日も人気が少なめで、地元の年寄りの話す美濃弁にホッとする自分がいる。
自宅までは歩いて行けなくもないが荷物もあって面倒だしタクシーで省略してしまおう、と駅そばのタクシー事務所の扉を叩くと明らかに日系ブラジリアンなお姉さんが出迎えてくれる。
工場が集まるこの街は僕が小学校に入った辺りから外国人が増え始め、今ではすっかり街に馴染んでいる。
自宅まではタクシーで10分弱、1メーターもいいところだが荷物を抱えて歩くよりは圧倒的に楽だ。
「ただいま」
「おかえり!!!!!」
玄関を開けると駆け寄ってきた母からの熱烈なハグで迎えられる。
「よー帰って来れたなぁ!」
母に強めのハグをされつつ宥めるように背中をさすると「おかえり」と父が声をかけてくる。
子どもの自主性に任せてやりたい事を好きなだけやらせてくれる両親であったが、何があるか分からない異世界赴任を打診された時に強く反対されたのを思い出す。
息子への心配ゆえのものであるのはわかっていたが、それでも最後は受け入れてくれ、だからこそ元気なうちにこまめに顔を出すべきだろうと思ってこうして戻ってきたのだ。
母からの熱烈なハグも父からの気遣いの眼差しも全部心配ゆえのものなのだから、文句はいうまい。
「ああそうだ、今度お前の部屋秀人にやったから寝るの仏間でええか?」
…………おい。
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