異世界大使館雑録

大使館2年目・秋(12部分)

魔術器官とラブズカフニ丘

その日、地球の医学界や多くのファンタジー好きに激震が走った。
異世界人が魔術器官と呼ぶ臓器が地球人にも存在しており、さらに病院で自分の身体にもあるか否かを確認できるという事が証明されたからである。
そのニュースは在日金羊国大使館にも衝撃を持って受け止められていた。
「私も持ち合わせていないのにねえ」
どこかおかしみを以てつぶやいた私に「しょうがないですよ」と飯島さんが返してくる。
現状は成田にある平行世界研究所医学部門が提出した論文のみで、世界１２の大学が実証研究のため一斉調査の準備を始めたところなのでまだ完全に認められた研究とはいいがたい。
「こちらの世界では魔術器官があったのに誰も気付かなかった、と言うのも不思議ですね」
「気づいている人もいたんですけどね」
地球と異世界がつながる前、１９７０年代にこの魔術器官の存在に気づいた人がいた。
南アフリカのプレトリアにある大学病院で医者をしていたアルバート・Ｓ・ラブズカフニと言う人物だ。
黒人に多い病気である鎌状赤血球症の研究者でもあった彼は、鎌状赤血球症患者の遺体を解剖した際まれに一般の心臓には見られない丘状の突起を発見しラブズカフニ丘と名付けた事を報告する論文を提出していた。
しかしその発見にどのような意味があるのか？と言う問いに彼は答えを出せず、当時の南アフリカが政治的に混乱していたこともありすっかり忘れ去られていた。
しかし日本が金羊国とつながり、派遣された大使館メンバーが魔術を習得したことで状況が変わった。
何故地球には魔術が発達しなかったのか？と言う問いの答えが、このラブズカフニ医師の見つけた丘状突起の有無である可能性が出てきたのである。
「そういえば、成田の研究所の連中クライフ上級魔術官は次いつ来るのか聞きたがってましたよ。解剖スケッチの原本どうするのか相談したいらしくて」
ラブズカフニ丘が魔術器官である可能性を指摘したのはクライフ上級魔術官である。
人工魔術器官という禁忌に触れる研究に人生を投じた彼女は、魔術器官特定のため大陸中の墓を荒らして死体解剖をして(これも教会のお尋ね者になった理由のひとつである)魔術を使える人間と使えない獣人の肉体構造の違いを調べてスケッチを取っていた。
その結果心臓にある丘状突起が魔術器官であると特定しており、その副産物として彼女の手元には約５００人分の人体解剖スケッチが残った。
それらの研究資料が西の国からの侵攻を目前にした冬の終わりに金羊国から成田の研究所へ送られたことで今回の発表につながった、と言う訳だ。
「しばらく来ませんよ、トンネル工事の件もありますから」
「ですよねえ。さすがにここに預けて持って行ってもらうのはなあ……」
「彼女の研究サンプルって確か酒に漬けた心臓とかあると聞いたんですが」
「ありますよ」
酒に漬けられた心臓を想像したらぞっとした。こわい。こわすぎる。
「ちょっと勘弁してください……」
「ですよね」