異世界大使館雑録

大使館2年目・冬(13～14部分)

魔術と科学

異世界に赴任して一番驚いたことは自分に魔術の才能があると知ったことだった。
地球から派遣されたトンネル工事関係者の中で魔術が使えると判断されたのを機に、派遣された技師全員が受けている魔術講座とは別に不定期で魔術実習を受けている。
「と言う訳で、今日こそ火起こしを習得してもらうぞ」
ヴィクトワール上級魔術官が笑顔で威圧的にそう笑う。
この世界では子どもが一番最初に習得する火起こしの魔術の習得に苦戦していた。
「そうは言っても元々無い感覚だから難しいのよね……」
同じく魔術適正アリと判断されて実習を受けた経験のある大使館の柊木先生曰く『基本の火起こしで魔術を使うときの力の流れを体得すれば、あとは科学的知識に基づいた想像力で一通りできる』らしい。
その辺のことがヴィクトワールには全く分からんようで、これまでの指導はいささか感覚的過ぎて分かりにくかった。かと言って柊木先生に魔術指導した経験のあるウルヴル魔術官に指導を頼むとヴィクトワールが拗ねて面倒くさい。
「だから練習するんだよ。それで一ついいこと考えたんだ」
「なに？」
「私が瑠璃の腕に魔力を通して魔力の動く感覚を理解して貰う、それを再現できるようになれば火起こしはすぐだ」
左右の手のひらをぴたりと合わせると「分かりやすくなるよう強めに行くよ」と告げられる。
その瞬間、右手の指先から心臓に向かってシュワっとした刺激が届いた。
例えるなら炭酸水の喉越しのような独特な刺激だ。
その刺激は心臓から左腕へと走り出して左指の皮膚を突き抜けて消えた。
「……今のが魔力の動く感覚？」
「伝わったみたいだね、あと今分かったけど瑠璃の中の魔術器官はずっと動いてなかった感じがする」
「どう言うこと？」
「こっちの世界の人間の体で同じことを行うと送り込んだ分より少し多くなって返ってくるんだが、今の瑠璃からは少し減って返ってきた。これは死体に魔力を送り込んだ時と同じ感じがする」
死体に魔力を送り込んだ事あるの？と聞きたいのは山々だが、ここで突っ込みを入れると話が逸れるのでスルーした。
当の本人はだとするなら「地球人に魔術器官があっても魔術が使えないのは魔術器官の機能が停止してるからってことになるよな？だとすれば機能が生きてる地球人がいてもいいはずなのに(以下略)」と思考に没頭し始めた。
さっきの感覚を思い出しながらすうっと呼吸をして、心臓から右の指先に向かって力を流すのをイメージしてやってみる。
シュワっとした刺激が心臓から右肘まで動く感じがした。
(行けるかも！)
ちょっとコツが掴めたかもしれない。
あとは肘から先まで減衰しないように神経や血管伝いに走らせるように力を流してみよう。
何度か強さや速さを調整しながら力を流してみると右の指先まで届く感じがした。
すると思考に溺れていたヴィクトワールが私を見て「今のは瑠璃が？」と聞いてきた。
「出来たっぽいね」
「その感じで火のイメージを持ちながらもう少し送り込む量を増やせば火起こしは習得できるな」
ヴィクトワールは実に嬉しそうにそう笑った。