異世界大使館雑録

大使館３年目・春(15部分)

覚悟は出来ている

*本編の16:大使館とエルフの島編の前日談で、作中時間に合わせて15部分に入れてあります。
エルフの島編を先に読んでからでないとわかりにくいエピソードとなっておりますので先に16を読んだ上でお読み頂ければ幸いです。


兄が島を出る事を決めたのは今から50年ほど前の事だった。
昔のように気ままに走り回る事の出来なくなった僕を救う手立てが欲しい、兄は大叔父様にそう言って島を出る許可を貰ったという。
幸い兄には見た目を変える魔法があるので安全な移動はある程度確保出来たし、島の医師達も血の呪いの解除に行き詰まっていた。
そして、大叔父様はもうひとつの依頼を出した。
『大陸に残る同胞がいたら是非島へ連れてきてほしい』
この島嶼部に住む氏族は全て何らかの形で血縁となっており、親戚同士での結婚が増えたことで着実に血が濃くなり始めていた。
血の呪いがそうした血の濃さに関係しているのではないか？とハラエバル姉さんは考えており、血を薄める意味でも同胞の存在が必要だった。
そうして旅立った兄は10年に一度は島に帰り、僕に会うたびにお土産を片手に面白い話を聞かせてくれた。
用を足すにも苦労する身体となった僕にとって兄の語る大陸での出来事は新鮮で、そのお土産物が僕の心の支えだった。
不自由な身体であっても兄から聞いた話から想像を膨らませている時は、この不自由な身体の事をを考えずにいられた。
そして、冬の終わりに戻ってきた兄は突然こんな事を言い出した。
『お前の呪いを解くために異世界へ行こうと思う』
ついに兄の頭がおかしくなってしまったのか？心配する僕に、兄は大陸に新しく出来た金羊国という獣人の国が異世界と繋がって色んなものを持ち込んでいると聞いて金羊国へ調査に行ったのだという。
その結果、兄はその異世界に呪いの解除法がある可能性に賭けるのだと言い出したのだ！
誰もが兄のその案に反対した。確かに血の呪いは大きな問題だったけれど、そのために兄を失うようなことはしたくなかったのだ。
他の島の人達も巻き込んでの議論を終わらせたのは、ハラエバル姉さんだった。
『血の呪いを解くためなら私がひとりで異世界に行ってもいい』
変身の魔法を持たないハラエバル姉さんがひとりで大陸に行けば教会から異民族として迫害されることは目に見えている。
まして何があるかも分からない異世界など死にに行くようなものだろう。
つまり、ハラエバル姉さんは僕や多くの血の呪いに苦しむ同胞のために命を賭けると言い切ったのだ。
大叔父様を始めとした各氏族の長は兄とハラエバル姉さん達の覚悟を見て、血の呪いの解除を託すと決めた。
それは兄やハラエバル姉さんの長い苦闘の始まりだった。