異世界大使館雑録

それぞれの昔話

希望を乗せる道

*空の青さのその理由と繋がってますがこれだけでも読むことができます
*東日本大震災についての言及があります



「私の昔話もしたんだし、瑠璃も昔のこと教えてよ」
何気なくそう聞くとちょっと考えてから「まあ、いいよ」と答えた。
「なんか言いづらい事あったりする？」
「言いづらいってほどではないよ。どこを聞きたいかによるかな」
「小さい頃の話も聞きたいけど……今の仕事についたきっかけかな？」
「そこかあ」
瑠璃の反応から察するに話しにくい部分だったのだろうか？
「嫌ならいいけど」
「んー……まあいいか。地震って分かる？」
「地面が揺れるやつだっけ。大陸では滅多に無いけど日本だと普通に起きてるよね」
「津波は？」
「海から大きい波が来て近隣を丸ごと浚っていく奴だよね、南の国で話を聞いた事があるくらいかな」
日本にちょこちょこ来ているので地震は一度経験した事はあるが、地面が揺れているのにみんな平然としている事に恐怖を覚えた記憶はある。
津波は南の国で一度見聞きした事があるので知識としては知っている程度だ。
「昔、私の地元で大きい地震と津波があってね。私や家族は無事だったんだけど、家は壊れるし親戚が亡くなって大変な事になってね」
瑠璃がネットから当時の写真などを見せてくれたが、大きな波に家も人も車もさらわれていく映像は確かに衝撃的だった。
これ程までの大事となれば話す事を渋る気持ちも何となく分かる気がする。
「その時はもう地元を離れて建築士、家とか建物の設計する人ね？建築士になるために地元から離れた学校通ってたんだけど、地元が大変な事になったものだから急いで帰ろうと思ったんだけど、情報はない・物はない・道もないの無い無い尽くしで家族の消息は分からないし帰るに帰れないしで酷い目に遭ってね」
家族の縁が薄い私にも瑠璃が家族を心配する気持ちの想像ぐらいは出来た。地元がめちゃくちゃになったという話からもたらされる最悪の想像を拭う方法はきっとそう多くなかったのだろう。
瑠璃はネットの画面を閉じて、もう見なくていいと無言のうちに伝えてくる。
「結局半年ぐらい帰るに帰れなかったんだけど、その時つくづく道の重要性を思い知ったんだよね」
「道がないと帰れないから？」
「それもあるけど、食べ物も薬も家を建てる材木も運ぶ人がいたって道がなくちゃ持って来れない」
瑠璃の一言には実感に基づいた重みがあった。
道無き道運ぶということも出来なくはないだろうが、魔術による身体強化のないこの世界ではそれは困難を極める。
自動車や鉄道で安全かつ大量に運ぶための道が既に存在したこの世界で全て一挙に奪われることの重みは、私の知る世界で道を失う以上の重みがあるのだろう。
「だから、道を作る仕事にしたの？」
「うん」
瑠璃。私の愛しい瑠璃。
その決意が無ければ出逢うことのなかったひと。
「瑠璃の地元の道は今どうなってる？」
「何年か前に新しく綺麗な道ができて、今でも帰る時によくお世話になってる」
「そっか」
お互い失った物は大きいけれど、そうしなければ出逢うことはなかっただろうこの奇妙な奇跡に感謝してしまう。

(瑠璃の失ったものの穴埋めになりたいな)

そんな事を考えながら、この小さく愛しい人を見つめている。