雨音に溶けるひだまり

氷月

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Lesson 21 夏の終わり、揺れる視線

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夏休みは終わった。

けれど、駅から並んで歩く雨音との朝が、まだ夢の続きみたいに思えて――胸の奥が甘くじんわり熱を帯びていた。

横を歩く彼は、いつも通り整った制服姿。

切れ長の瞳は少し伏せられ、ただ歩いているだけなのに人目を惹く。

通りすがる生徒たちがちらちら振り返り、その視線に気付くたび、(こんなに完璧な人が、なんで僕の隣にいてくれるんだろ)と、くすぐったい誇らしさが込み上げてくる。

「……本当、幸せすぎるんですけど」

心の声を飲み込んだ瞬間、雨音がちらりと横顔を覗き込んだ。

「ん? どうした?」

「な、なんでもない」

笑ってごまかすと、彼は口角をわずかに上げて、「ならいい」と短く返す。

その何気ない仕草だけで、また胸がぎゅっと締めつけられる。

教室前に着けば、当たり前のように分かれる挨拶。

「じゃ、またな」

「うん、またあとで」

その言葉の響きだけで、一日の始まりが特別になる。

――教室に入ると、ひときわ明るい声が響いた。

「ヒナちゃん!」

振り返れば、アユカがクラスに駆け込んでくる。

「アユカ、おはよ」

「ね、ね、夏祭りのあとって……ふたり、一緒に帰った?」

「……うん。泊まったよ」

頬が一気に熱を帯びる。

「アユカは?」

「ふふ、沼だった。やばかった」

「よかったね」思わず笑顔になると、アユカも「ふふふ」と照れ隠しの笑みを返した。

「で、どうだったの?」

「あ、秘密」

ニコニコと笑う自分に、アユカは「ずるい」と肩を揺らして笑った。


――始業式はあっという間に終わり、下校の時間。

教室を出ると桜庭に声をかけられる。

「雨音なら忘れ物取りに弓道場行ったわ。校門で待っとけ」

「うん」

玄関を抜けると、女子たちの黄色い歓声がざわめきのように押し寄せてきた。

「え、なに?」

目を向けた先――校門前に立つひときわ目立つ美形。

「あれ……夏祭りで見た……」

「……たしかあれ、準の彼氏か?」と桜庭が眉をひそめる。

その男――茜は、鋭い視線でこちらを射抜いてきた。

「……準の浮気相手って、あんただろ?」

「え……?」

日向は思わず言葉を失う。

「おい、失礼やろ。睨むとか」

桜庭が一歩前に出る。

「違う! 準は冷たいから……だから、見にきたの。こいつが浮気相手かどうか」

そう言って、茜は日向をまっすぐ日向を指さした。

「へぇ……小顔で可愛いじゃん。でも、綺麗さは僕、負けないけどね」

その軽薄な笑みに空気が一瞬で冷えた。

「やめろ」桜庭の声が低く響く。「日向には付き合ってるやつがおる。勘違いも大概にしろ」

――その時。

背後から聞き慣れた声がした。

「……待たせたな。ごめん」

雨音が歩いてくる。制服のポケットに手を突っ込み、無駄のない仕草で日向の隣に立った。

茜は彼を上から下まで舐めるように見て、ふっと笑う。

「いい男だね」

空気が凍りつく。誰も笑わず、誰も声を発せず――ただ冷たい沈黙だけが流れる。

その時、慌てて走ってくる影。

「……茜!? お前、なにしてんだよ!」

準だった。

「なんでここに……」

「だって……準が冷たいから! 浮気相手を見に来ただけ!」

「……わざわざ来るな!さっさと帰るぞ!」

「話終わってない!」

彼の声に、日向の胸も痛く締めつけられる。

茜がまた何か言いかけた瞬間、俺は静かに口を開いた。

「……もう、いい」

日向の方へ一歩近づき、その手を自然に取る。

細くて柔らかい指先が、俺の手の中で小さく震えた。触れた途端、彼の心臓の鼓動まで伝わってくるようで――愛しさが胸を締めつける。

「帰るぞ」

短く言って、強引じゃなく、それでも拒めない確かな力で引き寄せた。

「……うん」

戸惑いながらも、日向は小さく頷く。

後ろから突き刺さる茜の視線も、桜庭や準の視線も、どうでもよかった。

この手を握っている限り、他の誰も俺の世界には入れない。

横で少し俯く日向の横顔を、そっと盗み見る。赤く染まった頬が可愛すぎて、喉の奥が熱を持った。

口角が勝手に上がる。

「……誰が何を言おうと関係ない。お前は、俺のものだから」

小さく囁くと、日向は息を呑み、耳まで真っ赤になって視線を逸らした。

その反応さえも、俺をますます狂わせる。

歩きながら、日向がふいに口を開いた。

「……僕、雨音だけだし。浮気なんてしてないからね?」

その必死な声に、思わず笑みが零れる。

「わかってるよ」

俺はクスクスと笑いながら、自然に日向の肩へ手を回した。温もりを引き寄せるように、少し強めに抱き寄せる。

「じゃあ、カフェ寄って帰ろ?」

耳まで赤くして言う日向が愛おしすぎて、胸が甘く痛んだ。

(……ほんと、どこまで可愛いんだよ)

その小さな呟きは、誰にも聞かれないように心の奥に沈めた。


Lesson 22へ続く
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