26 / 33
Lesson 21 夏の終わり、揺れる視線
しおりを挟む夏休みは終わった。
けれど、駅から並んで歩く雨音との朝が、まだ夢の続きみたいに思えて――胸の奥が甘くじんわり熱を帯びていた。
横を歩く彼は、いつも通り整った制服姿。
切れ長の瞳は少し伏せられ、ただ歩いているだけなのに人目を惹く。
通りすがる生徒たちがちらちら振り返り、その視線に気付くたび、(こんなに完璧な人が、なんで僕の隣にいてくれるんだろ)と、くすぐったい誇らしさが込み上げてくる。
「……本当、幸せすぎるんですけど」
心の声を飲み込んだ瞬間、雨音がちらりと横顔を覗き込んだ。
「ん? どうした?」
「な、なんでもない」
笑ってごまかすと、彼は口角をわずかに上げて、「ならいい」と短く返す。
その何気ない仕草だけで、また胸がぎゅっと締めつけられる。
教室前に着けば、当たり前のように分かれる挨拶。
「じゃ、またな」
「うん、またあとで」
その言葉の響きだけで、一日の始まりが特別になる。
――教室に入ると、ひときわ明るい声が響いた。
「ヒナちゃん!」
振り返れば、アユカがクラスに駆け込んでくる。
「アユカ、おはよ」
「ね、ね、夏祭りのあとって……ふたり、一緒に帰った?」
「……うん。泊まったよ」
頬が一気に熱を帯びる。
「アユカは?」
「ふふ、沼だった。やばかった」
「よかったね」思わず笑顔になると、アユカも「ふふふ」と照れ隠しの笑みを返した。
「で、どうだったの?」
「あ、秘密」
ニコニコと笑う自分に、アユカは「ずるい」と肩を揺らして笑った。
――始業式はあっという間に終わり、下校の時間。
教室を出ると桜庭に声をかけられる。
「雨音なら忘れ物取りに弓道場行ったわ。校門で待っとけ」
「うん」
玄関を抜けると、女子たちの黄色い歓声がざわめきのように押し寄せてきた。
「え、なに?」
目を向けた先――校門前に立つひときわ目立つ美形。
「あれ……夏祭りで見た……」
「……たしかあれ、準の彼氏か?」と桜庭が眉をひそめる。
その男――茜は、鋭い視線でこちらを射抜いてきた。
「……準の浮気相手って、あんただろ?」
「え……?」
日向は思わず言葉を失う。
「おい、失礼やろ。睨むとか」
桜庭が一歩前に出る。
「違う! 準は冷たいから……だから、見にきたの。こいつが浮気相手かどうか」
そう言って、茜は日向をまっすぐ日向を指さした。
「へぇ……小顔で可愛いじゃん。でも、綺麗さは僕、負けないけどね」
その軽薄な笑みに空気が一瞬で冷えた。
「やめろ」桜庭の声が低く響く。「日向には付き合ってるやつがおる。勘違いも大概にしろ」
――その時。
背後から聞き慣れた声がした。
「……待たせたな。ごめん」
雨音が歩いてくる。制服のポケットに手を突っ込み、無駄のない仕草で日向の隣に立った。
茜は彼を上から下まで舐めるように見て、ふっと笑う。
「いい男だね」
空気が凍りつく。誰も笑わず、誰も声を発せず――ただ冷たい沈黙だけが流れる。
その時、慌てて走ってくる影。
「……茜!? お前、なにしてんだよ!」
準だった。
「なんでここに……」
「だって……準が冷たいから! 浮気相手を見に来ただけ!」
「……わざわざ来るな!さっさと帰るぞ!」
「話終わってない!」
彼の声に、日向の胸も痛く締めつけられる。
茜がまた何か言いかけた瞬間、俺は静かに口を開いた。
「……もう、いい」
日向の方へ一歩近づき、その手を自然に取る。
細くて柔らかい指先が、俺の手の中で小さく震えた。触れた途端、彼の心臓の鼓動まで伝わってくるようで――愛しさが胸を締めつける。
「帰るぞ」
短く言って、強引じゃなく、それでも拒めない確かな力で引き寄せた。
「……うん」
戸惑いながらも、日向は小さく頷く。
後ろから突き刺さる茜の視線も、桜庭や準の視線も、どうでもよかった。
この手を握っている限り、他の誰も俺の世界には入れない。
横で少し俯く日向の横顔を、そっと盗み見る。赤く染まった頬が可愛すぎて、喉の奥が熱を持った。
口角が勝手に上がる。
「……誰が何を言おうと関係ない。お前は、俺のものだから」
小さく囁くと、日向は息を呑み、耳まで真っ赤になって視線を逸らした。
その反応さえも、俺をますます狂わせる。
歩きながら、日向がふいに口を開いた。
「……僕、雨音だけだし。浮気なんてしてないからね?」
その必死な声に、思わず笑みが零れる。
「わかってるよ」
俺はクスクスと笑いながら、自然に日向の肩へ手を回した。温もりを引き寄せるように、少し強めに抱き寄せる。
「じゃあ、カフェ寄って帰ろ?」
耳まで赤くして言う日向が愛おしすぎて、胸が甘く痛んだ。
(……ほんと、どこまで可愛いんだよ)
その小さな呟きは、誰にも聞かれないように心の奥に沈めた。
Lesson 22へ続く
10
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
あなたのいちばんすきなひと
名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。
ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。
有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。
俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。
実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。
そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。
また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。
自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は――
隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結】いいなりなのはキスのせい
北川晶
BL
優等生×地味メンの学生BL。キスからはじまるすれ違いラブ。アオハル!
穂高千雪は勉強だけが取り柄の高校一年生。優等生の同クラ、藤代永輝が嫌いだ。自分にないものを持つ彼に嫉妬し、そんな器の小さい自分のことも嫌になる。彼のそばにいると自己嫌悪に襲われるのだ。
なのに、ひょんなことから脅されるようにして彼の恋人になることになってしまって…。
藤代には特異な能力があり、キスをした相手がいいなりになるのだという。
自分はそんなふうにはならないが、いいなりのふりをすることにした。自分が他者と同じ反応をすれば、藤代は自分に早く飽きるのではないかと思って。でも藤代はどんどん自分に執着してきて??
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる