溺れるほど愛して、堕天使の君をこの世界で愛で続ける

柊絵麻

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Episode17 年上好きのプライド

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―サロンに戻ると、慌ただしいやり取りが耳に飛び込んできた。

『晶子さん、俺当分17時までにしてください』
『は? なんで? あんたまで? 桃凪も18時半までを17時にして、あんたまでも?? なんかあったの?』

店長に詰め寄られた工藤は、一瞬の間を置いてから、柄にもない声を絞り出す。

『あ――っ。いや、妹が帰ってきてて……』
咄嗟についたその嘘が可笑しくて、私は事務室の陰で、お腹が痛くなるほど必死に笑いを堪えた。

『あんた妹いたっけ? まぁ、委託だからいいか。明日からのアートメイク研修、しっかりやりなさいよ。二人とも明日は直帰でいいから』

許可が出た瞬間、工藤は隠しきれない喜びを浮かべてニヤリと笑う。
(余程、あの美少年に会いたいのね。……やっぱりBLじゃない)

17時ちょうど、片付けを終えてエプロンを脱ぎ捨てると、そこにはもう工藤の姿はない。ロッカーを閉める音だけを残して、彼は疾風のように店を去っていった。

私も足早に裏口から外へ出ると、そこには夕闇に溶け込むような、美しいシルエットが立っていた。

『おかえり。お疲れ様』
にっこりと微笑む白亜の姿を見つけた瞬間、私は迷わずその胸に飛び込んだ。
『嬉しい――ただいま!!大好きだよ!』
『僕も大好きだよ。……今日もお風呂、一緒に入るでしょ?』
『うん!』
耳元で囁かれた甘い約束に、鼓動が跳ね上がる。帰宅途中のパートスタッフが羨ましげにこちらを見ているけれど、今の私にはそんな視線すら心地よい。
白亜の腕にしっかりとしがみつき、指を絡めて歩き出す。
彼はゆっくりと私の髪を撫でながら、今日一日の出来事を慈しむように聞いてくれた。
今日もまた、この愛しい堕天使に心まで解かされ、独占されていく。
――
その頃、メゾネットの一軒家。

工藤は手慣れた手つきでキッチンに立ち、エプロンを締めて包丁を握っていた。
仕事終わりの疲れも見せず、手際よく野菜を刻んでいく。
『何作ってるの?』

『ん? カレーだよ、甘口の。おまえ、好きそうだからな』

『カレー……? 食べたことないよ?』 

『そっか。ちゃんと食べるんだぞ?』

チラリと視線を落とすと、紫月は不思議そうに首を傾げ、『はい、わかりました』と柔らかな声で頷く。その素直な反応に、工藤は心の中で(は? 可愛すぎるだろ、こいつ……)と毒づいた。

出来上がったのは、とろとろの卵を乗せたオムカレーライスと、彩り豊かなトマトのサラダ。
『わ~、すごい!』
キラキラと瞳を輝かせる紫月を見て、工藤はある違和感に気づく。昨日、あれほど深かった腕や頬の傷が、今はもう薄い痕になりかけている。
(治りが異様に早いな……若いからか?)
『いただきます。……っ、美味しいですね。僕、初めて食べました』

『は? おまえ、一体どこから来たんだよ』
『信じられないですよね……。僕はお空から来ました。人間ではなく、堕天使なんです』
突拍子もない告白。だが、工藤は笑うことはしなかった。

『……だろうな。今朝、ソファに黒と白の羽根が落ちてたから、鳥でも迷い込んだのかと思ってたところだ』

『ですよね……。びっくりしちゃいますよね』
『……とりあえず、落ち着くまではここにいていいぞ』
『え? いいんですか? 僕なんかが……』
『ああ。この世界のことを何も知らないんだろ? 俺が教えてやるよ』

その瞬間、紫月は初めて花が綻ぶように笑った。
『良かった……! もう出ていけって言われたらどうしようかと……』

『ははっ、言わねーよ。ほら、冷める前に食え』
(なんだ、こいつ。そこらの女よりずっと可愛いじゃねえか)
不意に、昼間の桃凪の言葉が脳裏をよぎる。――あんたBLなの?
(ないない! 違う、俺は違う!)

『? ん? どうしたんですか?』

『いや、なんでもない。……とにかく、飯食ったら風呂入るんだぞ。シャワーだけじゃなくて、ちゃんと湯船にも浸かれよ』
『はい! 楽しみです』

食後、皿を洗っていると、お風呂場から『うわぁあああ!』という悲鳴が上がった。

工藤が慌てて駆けつけると、紫月はびしょ濡れのまま涙目で立ち尽くしている。

『シャワー、止まらない……っ』

『はいはい、ここをカチッと押すの。わかったか?』

恥ずかしそうに頷く紫月。
『……じゃ、あったまってこいよ』 

わしゃっとその頭を撫でて、工藤はお風呂場を出た。自分の右手を見つめ、熱くなった掌を握りしめる。
(俺、おかしいぞ。月岡が余計に煽るから、意識しちまったじゃねえか……!)
お風呂場では、紫月がお湯に顔半分まで浸かり、ポカポカと温まっていた。

(優しくされた……。人間って、こんなに温かくて優しいんだ)

しばらくして、湯上がりの紫月が姿を現した。
『上がりました』
『おまえ、髪乾かさなきゃダメだろ。風邪ひくぞ』
『え? 乾かしたことないですよ?』
『はあああ? ほら、乾かしてやるから、こっち来い』
工藤が床にあぐらをかいて座ると、紫月はその膝の間にスッポリと収まって座った。

『ちょっ、おまえ、座り方違うだろ!?』

『え? 何がですか?』

見上げられた顔があまりに無垢で、その瞳に吸い込まれそうになる。

ドライヤーを当てると、指先を通る銀髪は驚くほどふわふわで、シャンプーの甘い匂いが工藤の理性を揺さぶった。

『……よし、完了だ。ほら』
スイッチを切った瞬間、紫月はくるりと体勢を変え、そのまま工藤に抱きついてきた。
『は?』
『ちょっとだけ……このまま抱きしめていいですか?』
(俺は、BLじゃない……!)
脳内で思考が激しく交差するが、腕の中にある体温はひどく華奢で、守らなければいけない脆さを孕んでいた。
『おまえ、小さいな……。女みたいだ』
『はい。仲間の中で、一番小さかったから』
紫月が胸に顔を埋めてくる。工藤はその小柄で愛おしい体を、そっと、壊れないように抱きしめ返した。その頭を優しく撫でながら――
 
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