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【5】その笑顔は僕だけに
しおりを挟むスマホのアラーム音が、まだ薄暗い部屋を震わせた。
「……もう朝か」 6時ー
カーテンを引くと、差し込む光がまぶしくて目を細める。廊下の向こうから、コーヒーの香りがふわりと漂ってきた。
母は弁護士という大変な仕事。
いつもの出勤前の朝は慌ただしい手つきでマグカップを置いている。
「おはよう、ハル」
「……おはよう、お母さん」
テーブルの上にはパンとベーコンに目玉焼き、野菜サラダ。
母は朝はコーヒーだけで済ませるらしい。
「ねぇ、ハル青蘭大は受けないの?」
不意に投げられた言葉に、フォークの先が止まる。
「……無理だよ。僕の成績じゃ」
「頑張れないの? ほら、ユウヤくんの家庭教師の回数、増やしてもらうとか」
母の声は軽い冗談のようで、本気のようでもあった。
家庭教師か……ユウヤか……。その名前を心の中で繰り返すだけで、胸の奥が熱を持った。
⸻
同じころ、広いリビングの窓辺で、ユウヤは朝食に向かい合っていた。
サーモンのマリネ、野菜キッシュにウインナー、ふわふわのスクランブルエッグに
トースト、湯気を立てるスープにヨーグルト、オレンジジュース、コーヒー。
「お、おはようございます……」
新人メイドの女性が緊張気味にコーヒーを注ぐ。
ユウヤは片手で髪をぐしゃりとかき上げ、もう片方の手でカップを口元に運んだ。
その指の長さ、顎のライン。
低く通る「おはよ。ありがと」の声に、
メイドは一瞬動きを止める。
コーヒーをひと口飲み、窓の外に視線をやる。
(会えるのは……あと4日か)
スクランブルエッグを口に運ぶその横顔は、どこか無防備で、どこか待ちきれない色を帯びていた。
⸻ハル学校お昼休み
お昼休み。校舎の屋上で弁当を広げると、同じクラスの同級生のタクミが隣に腰を下ろした。
「なぁ、俺さ、青蘭大学受けるんだよ。
放課後、外観見に行かない?」
「……僕、受けるのは違う大学だけど」
「まぁ、いいじゃん付き合ってよ?気分転換だって」
心の中で、ある可能性が浮かぶ。
ユウヤと会えるかもしれない——。
その期待を胸の奥に隠しながら、ハルは頷いた。
放課後、二人は電車に揺られ、青蘭大学の最寄り駅に降り立つ。
改札を抜けた瞬間、ふと視界に見覚えのある背中が映った。
——ユウヤ。
隣にはレン。二人は肩が触れそうな距離で並び、何かを話しては笑っている。
「ほら、見てみ? あの店、新しくできたんやで」
「ほんとだ。じゃ、今度一緒に行こうよ」
「おぉ、ええなぁ。ほなデートやな笑」
レンが軽くユウヤの肩に手を置く。
ユウヤは少し照れたように笑って、レンを見上げた。
声をかける間もなく、二人はそのまま通り過ぎる。
ハル(……どこ、行くんだろ)
胸の奥が、理由もなくざわついた。
「ハル!いくぞ!」タクミの呼ぶ声
「あ、うん。」
その夜ー
間接照明の落ち着いた店内、甘い香りが漂う、お洒落なシーシャバーの片隅で、
ユウヤとレンが向かい合っていた。
「はい、吸ってみ」
「……ん、悪ないな」
吐き出した煙の向こうで、レンがにやりと笑う。
レンは有名なインフルエンサー。
その端正な顔立ちとオーラは、店内でもひときわ目を引いていた。
テーブルの上のスマホが光る。レンが何気なく撮った二人の写真を、SNSにアップしていた——。
⸻
その頃、ハルは自宅の机に向かっていた。休憩のつもりでSNSを開いた瞬間、画面に流れてきた見覚えのある顔。
(あれ……この人、どこかで……)
ページを開くと、そこにはレンと、そして——ユウヤ?!
「……え、嘘、マジ?」
胸の奥が沈み込むような感覚に、手の中のスマホがやけに重く感じた
シーシャのランプの淡い光が、ユウヤの横顔を照らしていた。
ゆっくりとマウスピースを外すと、
薄く笑みを浮かべながら、白い煙を長く吐き出す。
煙はゆらりと空気を漂い、その奥から覗く瞳は、冗談ひとつ許さない色をしていた。
レンが身を乗り出し、声を低く落とす。
「なぁユウヤ、俺ほどのイケメンにお似合いなのは……ユウヤだけなんだぞ」
唇が触れそうな距離。テーブル越しに、彼の吐息が混じる。
ユウヤは動じず、煙の残り香をまとったまま、口角をゆるく上げた。
「……アホ言え」
グラスを指で回しながら、ゆっくりと視線を合わせる。
「ウチには、大事にしたい人がおんねん。……せやから、誰にも渡す気はあらへん」
低く響く声と、鋭くも優しい眼差し。
レンは一瞬、言葉を失い、それでも諦めきれない笑みを返した。
ユウヤは再びマウスピースをくわえ、
吸い込んだ煙を天井に向けて吐き上げた。
淡い香りとともに、静かに名前を心の中で呼ぶ。
(ハル今は、お前の大事な時間やから、会うんは控えとるんや)
心の中で名前を呼びながら、ユウヤは煙を静かに吐き出した。
ー続く♡
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