“平和”な日々-イスラエル国防軍の憂鬱とハマスが踊るダブカの辛さ-

霧人 イスラエル・ハイム

文字の大きさ
37 / 43

旅立ち:百万倍の痛み

しおりを挟む
 飛行機の中、アフリカ大陸上空

キンシャサのヌジリ国際空港を飛び立ち、ロンドン行きの夜間便は、暗い大地の上を滑空していた。ガブリエルは窓際の席に座り、シートベルトを締めたまま目を閉じている。

隣の席では、イギリス人夫婦の幼い娘が、おもちゃの飛行機を手に持って、甲高い声でキャッキャと笑っていた。

その無邪気な声と、機体の低く続くエンジン音の振動が、ガブリエルの頭をじりじりと締め付けた。

彼は深く呼吸を整えようとしたが、その瞬間、制御不能な記憶の津波が彼の意識を飲み込んだ。


⚠️性暴力


フラッシュバック:北キブの土
音。

それは、銃声ではなく、男たちの粗暴な笑い声と、地を這うような罵声だった。

場所は、北キブ州の村の、乾燥した赤土の上。夕焼けが、空を不気味なオレンジ色に染めていた。

ガブリエルは、武装勢力に押さえつけられ、すでに体は熱と屈辱の痛みに支配されていた。しかし、その痛みは本物ではなかった。少なくとも頭は解離する事が出来ていた…しかし…

「お父さん、嫌だ!」

彼の耳に届いたのは、娘(5歳)の、か細い、そして二度と聞くことのできない悲鳴だった。

視線を動かそうにも、頭は地面に押しつけられて動かない。

しかし、彼は知ってしまった。

憎悪に満ちた男たちの影が、地面に横たわる**幼い息子(8歳)**の小さな体の上にも覆いかぶさっていることを。

――違う、やめろ。俺を見ろ!俺を殺せ!

彼自身のレイプによる肉体の痛みなど、取るに足らないものだった。

心臓を、魂を、未来そのものを、億千の針で突き刺されるような、「愛しい人がやられる」という百万倍の辛さが、脳の奥深くに焼き付いた。
無力――。

知識も、力も、銃も持たない自分は、ただ土の上で、家族の絶望を吸収するスポンジでしかなかった。

「なぜ、世界は誰も来なかった?」

この問いだけが、炎と血と土の臭いの後に、彼の中に残された。


⚫︎ロンドンへ

ガブリエルは、ビクッと体を震わせ、息を呑み、一瞬で現実に引き戻された。

隣の席の少女が、不思議そうに彼を見上げていた。ガブリエルは顔を上げず、汗で湿った額をそっと拭う。

(――いいや。二度と無力にはならない。)

フラッシュバックの激痛は、彼の復讐のプログラムを再起動させる、冷たい燃料となった。憎悪は、彼を生かし、前へ進ませる唯一の力だった。

(あの武装勢力は、この世界の無関心によって守られている。ならば、その無関心そのものを破壊するしかない。)

飛行機がヒースロー空港に着陸し、冷たいロンドンの空気が機内に流れ込んだ。


⚫︎潜伏の開始

空港を後にしたガブリエルは、ロンドンの冷たい喧騒の中に身を置いた。

彼は事前に手配していたアパートへ向かう。

そこは、BBC本社からわずか数ブロックの、巧妙に選ばれた場所だった。

翌朝、彼は指定されたIT企業のオフィスに、データサイエンティストとして出勤した。彼は優秀なエンジニアであり、偽装は完璧だった。同僚たちは、彼を「経済的な成功を目指してコンゴから来た、勤勉な移民」と見ていた。

だが、夕方。

ガブリエルは、スーツを着こなした**「成功した出稼ぎ労働者」**の仮面を被ったまま、テムズ川沿いのパブに入った。

彼は、窓側の席に座り、手に持ったビールには一度も口をつけなかった。

ただ、遠くに見える、光り輝く巨大なガラス張りのビル、BBC本社を見つめ続けた。

(ここが、俺たちの百万倍の痛みを無視し続けた、報道の中枢だ。)

ガブリエルの心の中で、テロ計画の最終コードが、静かに確定した。

彼は今、最も知的な復讐者として、世界の報道の欺瞞を打ち破るための、カウントダウンを始めたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...