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俺はいつか女を好きになって、”ゴール”するからな?
しおりを挟む亮は、LGBTQセンターの前で立ち尽くしていた。
ビルの薄暗い階段を上がった先の、その小さなドアが妙に重く見える。
(俺は……来るべきじゃなかったかもしれない)
(だって俺はLGBTじゃない。そんなはずない)
しかし、胸の中では別の声が囁く。
ここに来なければ、このざわめきの正体を一生知らないままだ、と。
亮は息を吸い込み、ドアを押した。
入った瞬間、冷たい空気が頬を撫でた。
蛍光灯の白い光。
丸いテーブルを囲む参加者たち。
壁にはレインボーフラッグ。
全員が優しそうなのに、視線を合わせる勇気が出ない。
スタッフが柔らかい笑顔で言った。
「いらっしゃい。今日はワークショップの回なので、まずは軽いグループワークから始めますね」
亮は椅子の端に小さく腰を下ろした。
背筋が固まり、手のひらが汗ばむ。
ワークショップが始まる。
簡単なアイスブレイクゲーム。
笑い声が少しずつ広がっていく。
しかし亮は、ただ控えめに頷くだけだった。
(俺、何してるんだろう。
ここにいるのがおかしいんじゃないか)
ゲームが終わると、スタッフが言った。
「では、順番に自己紹介しましょう。
名前とセクシュアリティ、あとは最近の悩みなど。
言いたくないことは言わなくて大丈夫です」
参加者たちは、次々と話し始めた。
「僕はゲイで、最近は家族と距離があって……」
(ゲイ=男性が男性を好きになるセクシュアリティ)
「私はFTMで、身体の違和感が日常生活でつらくて……」
*FTM=女として生まれたが、性自認は男性。トランスジェンダーの一形態。
身体の苦しみや性別違和のつらさが中心にある。
「私はアセクシュアルで、恋愛感情がなくて、周囲の“普通”に合わせるのが苦しいです」
*アセクシュアル=恋愛・性的欲求をほとんど抱かないセクシュアリティ
「私はノンバイナリーで、男女どちらかに固定されると息苦しくて……」
*ノンバイナリー=男・女の枠で自分を説明できない性自認
彼らは皆、
自分の苦しみを言葉にし、
ここにいる理由を明確に理解している。
亮だけが、まるで別の場所にいるようだった。
(すごい……みんな、自分のことをこんなに正しく言えるんだ)
そして、亮の番がきた。
視線が集まる。
喉が固まる。
話したい言葉はどれも形にならず、
ただ胸の奥でもがいている。
「……えっと……その……」
沈黙。
顔が熱くなる。
自分が無能になったような気がした。
「大丈夫ですよ」
隣から静かな声がした。
亮が驚いて顔を向けると、
青年が穏やかな表情で微笑んでいた。
航だった。
航は、堂々とした声で自己紹介を始めた。
「僕はゲイです。職場ではまだ隠していますが、ここは安心できる場所なので続けて通っています。
誰かにとっての居場所になれれば嬉しいです」
その言葉はまっすぐで、迷いがなくて――
亮は思わず見とれてしまった。
(なんだ、この人……
俺の知ってる“男”と全然違う)
心が勝手に動くのを止められなかった。
自己紹介が終わり、解散の時間が近づく。
亮は壁際で息を整えていた。
帰りたいのに身体が動かない。
そこへ航が近づいた。
「今日は、初めてだよね?
もし、よかったら……なんだけど」
亮の心臓が跳ねた。
航は少し笑って言った。
「連絡先、交換する?
イベントの案内とか送れるし、無理なら断っていいよ」
亮は息を呑んだ。
(え……?
なんで……俺なんかに?
もしかして……これ、恋ってこと?
いやいや、そんなはずない。
俺は普通だ。
いつか女の人を好きになるはずだ。
でも……なんでこんなにドキドキするんだ?)
その時。
「あら、ごめんね。私も交換していい?」
派手なワンピースを着た年配のMTFの参加者が割り込んだ。
声は低く、身体には男性としての名残があり、
亮の頭が混乱する。
(うえ……と思ってしまった……)
(こんなこと、ここでは絶対に言えない。
俺、最低だ……)
(でも……本能的にどうしても混乱する)
(俺はこんな人と同じ枠なのか?
いや、違う。俺はLGBTじゃない。
でも……じゃあ何者なんだ?)
その混乱の中で、航は自然に微笑んだ。
「もちろん。どうぞ」
亮は、自分だけが取り残されたような気がした。
だが、航が亮の方へ優しく顔を向ける。
「……どうする? 君も交換する?」
亮の胸が震えた。
「……はい」
震える指でQRコードを開く。
その瞬間、心臓が音を立てて跳ねた。
だが、自分が何に震えているのか……
亮自身、まだ気づいていなかった。
センターの外に出ると、夜風が少し冷たかった。
(俺……どうなるんだ?
この人と……
俺は……)
答えはまだ、どこにもなかった。
――つづく。
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