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15. 晩餐会

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幼い頃にフィン公爵家にはかなりお世話になった。

母親が亡くなった場合、ゴッドマザーと呼ばれる後見人が母親代理を務めるのだが、ソフィアの場合後見人が王妃であったため、細かいところまでは手が回らず、父方の祖母の実家であるフィン公爵家にお世話になる事が多かった。

はじめて王宮のサロンに参加したのも公爵夫人ヒルデガードに連れられて、であった。

そのため、婚約破棄されたソフィアがフィン公爵家の晩餐会にお呼ばれするのは自然の成り行きのように思われた。

ソフィアはフィン公爵家でウィリアムに会えるかもという期待に胸を踊らせながら、一方で、長年フィン公爵家でお世話になっていたにも関わらず、ウィリアムに会った事がないのだから、期待しすぎてはいけない、と自分に言い聞かせていた。

それでも万が一会えるかもしれないと思うと髪型やドレスに気合が入った。そして、ウィリアムからもらった瑪瑙のカメオを付けていくことを忘れなかった。


フィン公爵家は武官の多い一族であり、今回の出兵で大陸に渡る人も多いらしかった。
この日は更に、出兵する兵士やその妻、別れを惜しむ人たちが大勢招待されていて、こじんまりした晩餐会を想像していたソフィアは面食らった。

フィン大将とその妻、フィリッパも参加していたし、何人か見知った顔もあったため、彼も参加しないかと入り口付近を見つめていると1人の女性に話しかけられた。

「どなたかお待ちでございますの?」

その女性はクリっとした瞳の愛らしい見た目でシェレンと同じ歳くらいに見えた。

「いえ、そう言うわけではないのですが。」

そういうと女性は軽く礼を取って名を名乗った。

「ソー伯爵家のテレサと申します。」

ソー伯爵家と言うとイーリヤ五家の一つである。
セバスティアーノ=ストウ家はソー伯爵家との縁は薄くなって久しいがフィン家はソー伯爵家とは今も繋がりがあるのだろう。

「セバスティアーノ=ストウ家のソフィアでございます。」

「ふふっ、当然、存じておりましてよ。素敵なドレスですこと。これまでソフィア様はどうして似合わない衣装ばかりお召しになっているのかしらと思っておりましたのよ。」

今日もソフィアに一番よく似合う、深い緑色のドレスを着ていた。

「お褒めに預かり光栄ですわ。以前までは王宮で何を着るか決められておりましたものですから。」

「そう、王宮のおばさんたちのセンスの悪さは壊滅的ね。」

「ロイヤルブルーを身につけられるのは王家に連なる者のみですので、その特権を誇示したかったのだと思います。テレサ様のドレスもとても素敵ですわ。」

テレサはふんわりとした雰囲気に似合う黄色のドレスを着ていた。しかし、見た目の雰囲気には似合わず案外毒舌のようである。

「カナリヤ色のドレスを着ていると男性たちがカナリヤのように無垢だと勘違いしてくださるのよ。」

「左様でございますか。」

そう言ってソフィアはふふっと笑った。

その様子にテレサは驚いたようだった。

「蝋燭姫が笑うなんて」

「蝋燭姫?」

「あら、失礼。あなたのあだ名よ。あなた、美しいけど蝋人形のように貼り付けた笑顔だったでしょう。それに、見事な赤毛が蝋燭のようだって。」

「わたくし、若いご婦人方からそんなふうに呼ばれていたの?」

少しムッとした表情をするとテレサはその表情の変化が面白いのか、ニヤッと笑って

「ソフィア様も人間だったのね。王子殿下から婚約解消の話をされた時もまったく動じなかったっていうじゃない?だから、やっぱりソフィア様は人形だったんじゃないかなんて噂まであったのよ。」

と言った。

「婚約解消の話をされても動じなかったのは確かにそうですけれど、王子殿下との会話をどなたが見てらしたんでしょう?」

ソフィアが深刻そうな顔をするとテレサが笑いながら説明した。

「そんなの、言いふらすのは1人しかいないでしょう?たんぽぽ頭の御令嬢よ。」

「たんぽぽ頭・・・」
確かにメアリーの頭はふわふわとしたタンポポのような金髪ではあったが、それにしても王子の婚約者に不敬ではないのか。
そんな風に思っているとそれが伝わったらしい。

「ソフィア様は真面目でいらっしゃるのね。このくらい、影ではみんな言ってるわよ。私なんてこの目がどんぐりみたいでしょう?だからどんぐり令嬢と呼ばれているのよ。影ではね。」

影で言われているのにどうしてその事を知っているのか不思議ではあったが、どんぐりというのはなんとも言い得て妙だった。

ソフィアは一段と口角が上がった。
テレサの顔に少し赤みが刺した。

「ところで、ソフィア様は、次どうするおつもりなんですか?」

「次・・・」

「どなたか意中の相手だとか見合いの話は上がっておられまして?」

「そうですね・・・お見合いは・・・修道院にでも入ろうかと。」

ソフィアがそう言うとテレサは大きな声で話し始めた。

「修道院?勿体ない!こんなにお綺麗なのに!」

「でも、好きな人とは結ばれない運命のようなの。だったら、彼を思いながらずっと1人でいたいわ。」

「ソフィア様・・・」

先程、テレサが少し大きな声で話したからかソフィアたちの会話に聞き耳を立てている人も多いらしかった。

「この話はもう・・・」

とソフィアが言い出した時、2人の前に立った黒い軍服を着た黒い髪に緑の瞳の男性がこう言った。

「ソフィア、修道院にいくの?」

リアムの街での別れからたった1ヶ月であった。
しかし、普段の軍服ではなく正装用の軍服を着たウィリアムはいつもより格好良く、まるで初めて会った人のようでもある。ソフィアはつい見惚れてしまった。反射的に名を呼んだ。

「リアム・・・」

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