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しおりを挟む「8月からアメリカに移住しようと思ってます」
家族ごっこ、こと食事会はもうすぐ梅雨明けという7月の初めに開かれた。
兄は大学の都合とやらで遅刻するらしい。
父母が揃って一息ついたタイミングで俺は口を開いた。
母は寝耳に水と言った表情で俺を眺めた。
この人の「子供のことを思っています」という演技はいつ見ても完璧である。
母の表情を見て普段無口な父が口を開いた。
「決定事項のように聞こえたが、私たちに相談もなく決めたのか?」
相談して欲しかったのだろうか。
2人とも忙しく家で会うことはほとんどない。メールだって父母に届くより先に秘書が目を通すような環境である。いつ相談する時間があったというのか。
「いつ相談する暇があったというのですか?」
普段は出来の悪いベータのフリをしている俺がこんな風にくちごたえをするなんて初めての経験である。
これまでどうしてベータのフリをしてきたのか。昔は出来の悪いフリをしてその事で構われることが嬉しかった。親たちが外で子供の話すのも兄の話ではなく決まってベータの俺のエピソードだ。そういうところに少なからず優越感を抱いていた。
しかし、近頃はだんだんベータのフリをするのがしんどくなってきていたのも事実である。
渡米まであと少しのタイミングではあったがこれまで心に溜め込んでいたものが沸々としていて感情をコントロールするのが難しかった。
俺は咄嗟に嫌味を返してしまった。
「ご心配なさらずとも、手続きもアメリカでの居住地も自分で手配済みです。貴方達のお手を煩わせることはありません。」
「それで学校をサボっていたのか?」
どうやら兄から父に連絡が行っていたようである。
「いえ、サボっていたのは別の理由です。」
「アメリカに行ってどうするんだ?向こうの学校に編入するのか?住む場所は?タダというわけにはいかんのだぞ」
父の語気が強まる。
「学校には通いません。既に向こうで仕事を見つけています。」
二人は驚いたようだった。
そりゃそうか。二人は俺のことを全く普通のベータだと思っている。
「それに、この前、学校をサボっていたのは病院に行っていたからです。俺、アルファになりました。」
そう言うと二人は顔を見合わせた。
「嘘、うそよ。だってそんな片鱗全然なかったじゃない。学校の成績だって普通よりちょっといい程度だったし、それでアルファだなんて!アルファだったらもっと早くにわかるはずよ」
そう言って肩を震わせる母は滑稽だった。
「俺、昔からできないフリをずっとしてきたから。3歳の頃に気付いたんです。出来すぎても世間に馴染めないって。兄さんがまさにそうだ。」
「それからずっと演技していたと言うのかい?」
「そうですよ。」
二人は沈黙した。
「俺は身長も低かったし、ただ単に成長が遅かっただけなんだよ。中三の時には未だ分化してなかっただけ。俺は元々アルファなんだよ。でも母さんは俺がアルファだと色々と都合が悪いんじゃない?あんなにベータの子育てについてご高説を垂れておいて、本当は息子は二人ともアルファでしたなんてバレたらどうなるだろうね?」
「そんな・・・」
「だから、俺がアメリカに行ったら四方丸く収まるだろ?」
「お前は家族をなんだと思ってるんだ?」
父が俺に対して威嚇フェロモンを出してきた。それに反発するように俺の身体からも威嚇フェロモンが出ているようだ。
初めての体験だった。身体から湯気が出るみたいな感覚で面白かった。
「父さんや母さんこそ家族をなんだと思ってるの?数ヶ月に一度のこんな家族ごっこしてるだけで家族になった気にならないでよ。俺がアルファだって事にも気づかなかった癖に。」
「マヒロはベータでもアルファでもマヒロだわ。ちょっとびっくりしちゃったけど。アメリカにはどうしても行かなくちゃいけないの?」
母のこういう返しは天才的である。
俺には全然興味がないくせにさも興味があるみたいなセリフが吐けるのだから、天性の政治家なんだろう。
「えぇ、今から断ると言うのは紹介してくれた人の手前難しいので。ただ、未成年なので親権者のサインが必要みたいです。書類を揃えて渡すのでサインをお願いします」
そう言うと席を立った。
父はまだ何か考えているようだった。
「食事くらいしていけばいいだろう?」
父が睨みつける。
「こんな雰囲気の中でですか?勘弁してくださいよ。俺も疲れてるんですよ。」
「しかし、今日は、」
父がそう言ったとき個室をノックする音が聞こえた。
「お連れさまがお見えになりました」
店員がそう言った後、入ってきたのは兄と彼だった。
やはり彼からは甘い匂いが溢れ出ていた。
彼がいるなら余計、一緒に食事など出来ない。
「食事会に連れてくるってことは婚約したの?おめでとう。じゃあ俺はこれで。」
そう言うと急いで個室を出た。
兄を見た後、彼を見て目礼した後で二人の横を通って廊下に出た。
父と母が後ろで何か騒いでいたが自分を抑えるのに精一杯で何も出来なかった。
彼はまだ手術の後遺症でニオイがわからないのだろうか。
俺の存在に気づいて欲しいと言う気持ちと、彼が兄を好きなのなら、運命の番なんかに翻弄されず幸せになってほしいという思いが心の中でせめぎ合っていた。
数日はもしかすると彼の方から何かコンタクトがあるのではないかと期待していたがそれもなく、俺はアメリカに行く事になった。
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