小畑杏奈の心霊体験録

邪神 白猫

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守護霊がいる

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「こっちこっち。……ほらっ!」

「わぁ~! 可愛いっ!」

「ホントだっ! ちょ~可愛い~!」


 キラキラと瞳を輝かせる私達を前に、得意げな表情をみせるAちゃん。
 その足元にいるのは、まだヨチヨチ歩きの小さく愛らしい二匹の子猫達。どうやら母猫は不在なようで、構って欲しいのかミーミーと可愛らしい声を上げている。


「凄い人懐こいんだね」

「うん。色んな人に可愛がられてるみたいだからね」

「そうなんだ。……良かったねぇ、可愛がってもらって~」


 そんな猫撫で声を上げながら腰を落とすと、私は目の前の子猫を優しく撫でた。
 いくら可愛がられているとはいえ、やはり野良生活では食事も満足に摂れていないのか、こうして触ってみると思った以上に痩せている。
 母猫は一体、どこに行ったのだろうか? キョロキョロと辺りを見回してみるも、やはり母猫らしき姿はどこにも見当たらない。


「この子達のお母さん、どこにいるんだろ?」

「あー……。そういえば、見たことないかも。もしかしたら居ないのかもね」

「でも、まだ小さくない?」

「うん。だから事故とか……、さ」

「え……っ。可哀想……、まだこんなに小さいのに」

「……だよね」


 そんな会話を交わしながら、子猫を可愛がる私達。
 過酷な野良生活のことを思うと、まだこんなにも幼い子猫達が不憫ふびんでならない。


「飼いたいけど、リッキーがいるから無理だしなぁ……」

「うちは、団地だから飼えないって言われちゃった」

「そっか……。茉莉花んちは?」

「う~ん、うちもダメだと思う」


 解決策を見つけられずに気落ちすると、どんよりとした空気がその場に流れる。
 そんな私達の気持ちを他所よそに、相変わらずミーミーと可愛らしい声を上げる子猫達。甘えるようにしてスリスリと擦り寄りながら、私の指をペロペロと舐めてくる。


「……お腹空いてるのかなぁ?」

「そうかもね」

「ごめんね、“ごはん”持ってないんだ」


 子猫の望むものを持ち合わせていなかった私は、そう呟くと子猫の頭を撫でた。
 お弁当は残さず食べてしまったし、学校帰りの今の状態では、他に食べられそうなものは何もない。かといって、中学生の私が現金を持ち歩いているわけもなく、買ってあげることもできないのだ。


「餌ならあるから大丈夫だよ」

「え? あるの?」

「うん。持ってきた」


 そう言いながら手元の鞄をゴソゴソと漁ったAちゃんは、中からお菓子やおにぎりを取り出すと私達に差し出した。


「これ、どうしたの?」


 差し出されたお菓子を受け取りながらも、私はそんな質問をAちゃんにぶつける。
 確か、お弁当以外の食べ物は持ち込みが禁止されていたはず。そう思った私は、Aちゃんがお菓子まで用意していたことを不思議に思ったのだ。


「取ってきた」

「……え!? 取ってきたって、万引き!?」


 驚く私を見て小さく笑い声を漏らしたAちゃんは、手に持ったおにぎりを開封すると口を開いた。


「万引きって、そんなわけないじゃん。並木通りに電柱があるでしょ? あそこから取ってきた」

「え……それって、何ヶ月か前に事故があったとこの?」

「うん」

「じゃあ、お供え物なんじゃない?」

「でも、どうせ捨てるだけなんだし勿体ないじゃん」


 そう言って、ケロリとした表情をみせるAちゃん。そんなAちゃんの様子を見て、私と視線を合わせた茉莉花は不安そうな顔を浮かべた。


「ねぇ……、それって泥棒にならないのかな?」

「どうなんだろ……。でも、罰当たりだよね」


 茉莉花にそう答えながらも、私は平然と子猫におにぎりを与えているAちゃんの姿を見た。


「大丈夫、大丈夫。罰なんて当たらないって。私、めっちゃ運良いから。なんたって、守護霊がいるからねっ」


 そんないつも通りの口癖を述べながら、特に気にする様子もなく子猫を可愛がっているAちゃん。いつも前向きで明るいのは良いことだとは思うけれど、今回ばかりは納得し難い。
 いくら廃棄するものだとはいえ、お供えものを盗んでしまって大丈夫なのだろうか──? 

 手渡されたお菓子に視線を落とすと、私はAちゃんの行為に戸惑った。
 盗んだことが気になったのは勿論のこと、何か祟りでも起きてしまうのではないかと。どちらかといえば、そっちの方が心配だったのだ。


「これ、やっぱりいいや」


 そう告げながらお菓子を返すと、「え、あげないの?」と不思議そうな顔をするAちゃん。


「お菓子は身体に悪そうだし」

「そっか……確かにそうだね。ま、おにぎりがあるからいっか」


 受け取ったお菓子を鞄にしまうと、再び子猫達に視線を戻して餌やりを再開したAちゃん。
 そんなAちゃんの姿を眺めながら、私はどうか何も起こりませんようにと、心の中で祈るしかなかった。



◆◆◆



 ──それから数日が経ったある日。
 部活動を終えた放課後の帰り道、いつものように茉莉花と一緒に並木通りを歩いていると、そこへ偶然通りかかったAちゃん。


「あ、また二人に会えた~」

「あ、Aちゃん。今日も遅かったんだ」

「うん、最近なんか気合い入ってるみたい。どうせ弱小なのにね~」


 そう言って苦笑してみせたAちゃんは、パッと表情を変えるとキラキラと瞳を輝かせた。


「ねぇねぇ! 今日も子猫見に行かない?」

「うん。ちょうど今、行ってみようかって杏奈と話してたとこ」

「良かった~。じゃあ、一緒に行こっ」


 嬉しそうに顔をほころばせると、前方に視線を向けたAちゃんは大きな声を上げた。


「……あっ! ラッキー! 今日もあるじゃん!」


 そう言って近くの電柱に駆け寄ると、腰を屈めて何やら物色し始めるAちゃん。


「もしかして、またお供え物取るつもり……?」

「うん。子猫ちゃん達、お腹空かせてるだろうしさ」

「でも、お供え物だよ……? やめといた方がいいんじゃない?」

「だ~いじょうぶだって。私には守護霊がいるんだから~」


 意に介さずケロリと笑ってみせたAちゃんは、お供え物のサンドイッチを掴むと鞄に詰め込んだ。


「じゃ、行こっか」


 そう言って立ち上がったAちゃんが、歩き出そうとした次の瞬間──。


「──危ないっ!」


 フラリとよろけたAちゃんの腕を掴むと、バクバクと鼓動を高鳴らせた私は顔を青ざめさせた。
 そんな私を他所に、猛スピードで通り過ぎて行った自転車を眺めて、ホッと安堵の息を漏らしたAちゃん。


「……っ、ビックリしたぁ~。ありがとう、杏奈」

「う、うん……。良かったよ、事故にならなくて」


 未だ鳴り止まない鼓動をそのままに、私は冷静さを装うとそう答えた。


「もう~! あの自転車、スピード出し過ぎ。ぶつかったらどーすんのよっ。……けど、やっぱ私ってツイてるなぁ~」


 そんなことを言いながら、ニッコリと微笑むAちゃん。


「実はさっき、杏奈に腕を掴まれる前に何かに引っ張られた気がしたんだよね~。もしかしたら、守護霊が助けてくれたのかもっ」


 Aちゃんはそう言ったものの、それが大きな間違いだということを私は知っていた。
 先程一瞬見えた、あの恐ろしいまでの憎悪に満ちた表情の男性。確かにその男の人は、Aちゃんの言うようにAちゃんの身体を引っ張っていた。
 けれどそれは、決してAちゃんを助ける為の行動などではなかった。そうでなければ、私がこんなにも焦ってAちゃんの腕を掴むこともなかったのだ。


「ねぇ……、Aちゃん。やっぱり、お供え物返した方がいいと思うよ……」

「え~。だって、子猫ちゃん達お腹空いてるだろうし、可哀想じゃん」

「うん……。けど、窃盗……だしさ」

「えっ、これも泥棒になるの!?」

「……うん、たぶん」


 私の言葉を聞いて、渋々ながらに鞄からサンドイッチを取り出したAちゃん。


「どうせ捨てるのに……勿体ないなぁ」


 そんな愚痴を溢しながらも、元あった場所へとサンドイッチを返したAちゃんは、残念そうな顔を浮かべると溜息を吐いた。
 そんなAちゃんの姿を確認した私は、その視線を献花の添えられた電柱へと移した。

 数ヶ月前にこの場所で亡くなったのは、交通事故に遭った二十代の男性だったと聞いている。
 献花と共に添えられている、一枚の写真。その写真を見つめながら、私はポツリと小さな声を漏らした。


「ごめんなさい……もう、盗んだりしません」


 Aちゃんは、どうやら自転車と衝突するのを避けられたと勘違いしているようだけれど、それならそれで、いっそ真実など知らない方がいいのかもしれない。
 本人に悪気はなくとも、どこでどう恨みを買うとも分からないのだ。

 すぐ横にある、車が行き交う車道にAちゃんを引っ張ろうとしていた男性。その行為に殺意がこもっていたことは、その表情からみても明らかなことだった。


 『守護霊がいる』


 そんな台詞が口癖の、いつも前向きで明るいAちゃん。
 そんなAちゃんの身体を引っ張っていたのは、間違いなくこの写真の中の男性だった。


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