傷、それと愛。

乃愛

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第一話

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本気の恋は今までの人生のどの場面よりも傷つく事を覚悟してする恋愛。そう、何処かで聞いたことがある。
もし、それが正しいのならば私、小八ケ代 愛生は本気で惚れてしまったらしい。
私を傷つける事において天才と呼ぶべき人物。そして、私を幸せにすることにおいて、それ以上に才能を持つ人物に。

遡ること三日前。私は恋人にいきなり別れを告げられた。
小野田 宏太(20) 大学生
こいつこそ、私が初めて本気で惚れてしまった人物だ。

「…なんで。」
「ごめん、俺…好きになっちゃったかもしれないんだ。他の人のこと。」
「なっちゃったかもしれない?まだ好きじゃないの。」
「わからない、けど好きだと思う。」
「ならどうして今別れなきゃならないの、私のこと、好きな気持ちが消えたわけじゃないんでしょ?
私も宏太の事好きだよ、だから今すぐじゃなくていいじゃん。ねえ宏太!!」
「ごめん。好きになると思う、これから先。それに…
この間、話がしたいって家に訪ねてきたから、いれた。ごめん、約束破ったんだ。」
「…は?家に、入れたの。なんで?話したいだけならカフェでもいいじゃん、ねぇ、私、家に入れてほしくないって言ったよね?迫ってこられたらどうする気だったの?」
「そういうことにはならないって思った。第一そういう目的じゃなかったし、俺が彼女いるってこともその子は知ってるし。」
「…へえ。相手に恋人いるの分かってて部屋に押し掛けるような人の気持ちも考えられなくて挙句の果てに人の彼氏の気持ちの隙に入り込んで誘い込むような頭の悪い女の事庇うんだ。あんたが私に告白してきた時、あまりにも急だし一目惚れとかぬかすから、惚れやすい子なのかなって思ってたけど、そこまで馬鹿だとは思わなかった!!!
手出してなかったら家に入れたくらい許される事だとでも思ってた?一年半も付き合ってたんだから私の性格も考え方もある程度分かってくれてると思ってた。あんたのこと買い被ってたみたいだわ。せいぜいどこの誰だか知らないけどその泥棒猫さんとよろしくやっとけば!?」

涙が出る前に、兎に角遠い場所まで行く事だけを考えた。
彼は私が家を飛び出す瞬間も怒鳴ってる時もずっと、下を向いて黙ってた。
家を飛び出しても、追いかけてくることもなかった。
彼の心の中に、私とこれからも一緒にいたいなんて気持ちは微塵も残ってなかったことを思い知らされた。
必死に縋って、彼を引き留めて、その手を振り払われるよりマシな別れ方をできたつもりだったが、辛い気持ちは変わらなかった。彼のしたことも相手の女性にも心底胸糞が悪くて吐き気がして、その日から嘔吐が何日も続いた。

食事は喉を通らなくなった。喉を通っても、身体が拒否反応を示してすぐに吐き出してしまう。
数日後には仕事に復帰できるくらいには回復したが、曇って一向に晴れない気持ちを抱えて、笑うことも上手くできなかった。
別れを告げられた直後は何も考えられず、ひたすら涙が出た。何も考えずとも涙が出た、まるで息する事のように自然に。
だが数日が経ち、受け止められない事実を抱えたまま、少しだけ現実の生活に戻る事が出来た。

それからは毎日、彼と出逢ってから彼に別れを告げられるまでの一年半を永遠に脳内で再生していた。
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