彼はいつも私を惑わす

乃愛

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第三話

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私は驚いて彼の体を離そうとしたが、男の力に勝てず固まる事しかできなかった。
数分後 彼は唇を離すと私の目を見て微笑んだ。

「なに・・してくれてんのよ・・」
「何ってキスですよ、俺が石崎先輩を好きだって証明です。」
「ふざけんじゃないわよ・・私のファーストキス奪っといて・・何が好きよ!」
「やっぱ初心なんですね、固まってるの可愛かったですよ?」
「大人をからかわないで!あんたの為に残業してあげたのに損したわっ!」
「すいません、だけど・・」
帰ろうとする私の腕を掴んで彼は耳許に顔を近付けた。

「俺が初めてだったら、俺の事忘れないんじゃないですか?」
私は振り返って彼を睨むと腕を振り払って早足になった。
こんなのは・・キスじゃない。
そう信じたかった。


「ねぇ聞いといてくれたっ!?」
翌日女性社員は目を輝かせて私に近付いてきた。
「あのー・・連絡先は交換したくないらしくて。ごめんなさいって謝っておいてって言われた。」
「えぇー・・。まぁいいや、昨日合コンでいい男見つけたし!」
「あはは・・よかったね。」
「舞も彼氏作りなよぉ、人生薔薇色に変わるよ?毎日楽しくって・・」
男などいなくても毎日楽しい人は楽しいと思うが。
私は内心本音を漏らしながらも仕事に戻った。
昨夜から前園柚とは一言も会話していない。分からない事は特にない、と言うように彼は仕事を片付けていた。
なにかあれば他の上司に尋ねるし何故か不愉快だった。
教育係を任された意味がない。確かにキスされた時点で彼を敵認識したが、教育係に任命された以上彼に分からない事を教えるのは私の役目である。
他の上司に聞くのなら私が任されている意味がない。
私は彼を見て考え事をしていると、ふと彼が視線に気付いたようにこちらを見て
笑顔を振り撒いた。内心ドキッとしてしまった自分に嫌気が差し、パッと目を逸らす。もう一度見ると彼はパソコンに向かっていた。はぁ、と深い溜息が出た。
「何だ溜息なんかついて。俺なら相談乗るけど?」
同僚の森下が私のデスクを指で突いてニコッと微笑みかけてきた。
「結構。あんたに無駄話してる暇あったら仕事するっての。」
「えー、ひっでぇ石崎!なぁなぁ石崎せんぱぁ~い、またアレやって?」
森下は自分のパソコンを指した後、顔の前で手を合わせた。
「はぁ?あんた機械音痴にも程があるでしょ。」
森下は入社当時からパソコンが苦手らしく、誤操作など分からない事は私が一から教えた。
「これをこうやって・・・ここのボタン押して。」
「わっ!すげー!ありがとう!やっぱ舞先輩は頼りになるなぁ!」
「別に普通よ。でも、教えるのは何回でもしてあげるけど早く覚えて自分でできるようにならなきゃ一人になったとき困るわよ。」
「はーい」
私は自分のデスクに戻り仕事を再開した。だが集中できるかと思いきや新人のヘルプを断れず、次々定時帰宅しようとする社員を見送り結局は自分の仕事を片付ける為に残業する事になった。
「石崎先輩!今日もヘルプありがとうございました!失礼します!」
「いいえどういたしまして~。お疲れ様。」
お礼を言うなら手伝ってくれよ、と思わんでもないが仕方なくデスクでパソコンに向かう。
午後10時を廻った頃、ふと目を向けるとまだ帰宅しようとしない社員が一人。
・・・前園柚。
仕事量は確かに普通の社員に比べて多いが、彼の要領の良さだと定時に帰宅できる筈だ。
・・・まぁいい、彼を気にしている場合があったら少しでも早く帰ろう。
そう思い椅子から立ち上がる。足早にドアへ駆け寄ると視線を感じ後ろを振り返るとすぐ後ろに彼がいた。
「きゃぁっ!?」私は怯えたような表情をして距離を取った。
悪戯っぽく笑った彼は私の目を見て視線を逸らさなかった。
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