色をなくした世界

乃愛

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第2章

貴方がほしい

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柚樹さんがいなくなって約1ヶ月が経った頃、私はようやく仕事に復帰した。
同僚や上司はやけに私に気を使っているようで、腫れ物を扱うように妙に優しかった。
本当はそんな周りの態度にも嫌気が差していたが、いちいちそんなことに目くじら立てることもなくあいた時間はとことん仕事に費やした。今まで極力避けていた残業もするようになった。
夜はコンビニ弁当と栄養ドリンクを買って終電のギリギリまで仕事に没頭した。
灯りのついていない静まり返った部屋に帰るのが毎日憂鬱で仕方なく、体がもつ限り徹夜で仕事をこなすこともあった。
いつも一人になると思いだす彼の顔、声、最期に私に見せてくれた笑顔と手を振る姿。
彼がもしまだいたら、こんなことも全部欠かさず話していた。俺のこと大好きだねぇとからかう口調でおどけている時もあれば、黙って抱きしめられた時もあった。ありがとうと微笑み、微笑み返した私を見て、愛の言葉を囁いてそっと口づけしてくれた時も。どんな時の彼も全てかけがえのない宝物だった。
「…なんで、こんなことになっちゃったんだろう。」
ぼんやりオフィスの天井を見上げながら呟いた。
彼を失った直後よりは、無理矢理でも笑顔で話せるようになったし彼の死を何とか受け止めるだけの強さも身につけたはずなのに
まだ受け入れ切れていない。いつかふとした時に帰ってきてくれるんじゃないか、なんて考えている。
「…はぁ。」
最近やけにため息が増えた。仕事も無理しすぎない程度にしているはず、食事は以前より気遣わなくなった、というか一人で自分の作った料理を食べることが嫌なのかもしれない。
でも栄養バランスは考えて買っている。特に仕事にも不満はないし毎日の生活にも不満はない。特に嫌っている上司も同僚も部下もいない。
…彼がいなくなったこと。
思い当たるとすればそれだけだった。
今追い縋って彼を返してと懇願すれば彼を返してくれるなら誰にでもなんでもできる。
私が身代わりにあの子を救っていればよかったなら身代わりになる。
彼は私にとっても周囲の人間にとっても失うことは惜しい人なのだ。
「…柚樹さん…」
ふと気づいた頃、頬に涙が流れていた。だが、拭おうとは思わなかった。
拭おうかと迷った頃にはもう遅いくらいに溢れていたから。
オフィスを見渡し、誰もいないことを確認すると、私は膝から崩れ落ちた。
彼よりかっこいいと思う人はいたはずなのに、彼より優しいと思う人だって。
なのにどうして、
「どうして貴方じゃなきゃいけないの…」
誰に聞いても答えは返ってこない。見つからない。でも私に唯一わかるのは
彼のことが誰よりも大好きだ、ということ。いてもそんなこと分かっていたのに、いなくなって余計に思い知らされる。ねぇ、柚樹さん。
私は貴方が好きで、好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで
大好きです。
…守れなくてごめんなさい
私は声を上げて泣いた。嗚咽がこみ上げた。
いくら泣いても、貴方の名前を呼んでもどうしたってもう二度と手に入らないのに
そう分かっていても貴方を求めてしまう。

貴方が私の人生を彩る唯一の人だったことを思い知らされた。
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