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第2章
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しおりを挟む次の日、10日ぶりに会ったユウマくんは前回と違ってスーツで現れた。会って早々、結婚はやめることにしたと告げたら「へえ」と予想通りの軽い返事が返ってきた。
「そういうのって慰謝料発生すんの。一応、向こうの浮気が原因じゃん」
「本来なら。でも私も悪いから」
「黙ってりゃいいのに」
「いや、わざわざ言わないけど。でも、だから向こうにも請求しない。あぁもう、なんでしちゃったんだろう」
一人でどうにかできていれば、婚約者の有責で済んだ話だった。
でも、その時は心のどこかでやり直すのだと思っていた。見て見ぬふりをするにしても、追求して白黒はっきりさせるにしても、最終的には結婚はするのだと思っていた。少なくともユウマくんが、次も会おうとするまでは。
「しょうがないよ、それは。会うとしたくなる」
カフェのメニューを広げるユウマくんは、悪びれる様子もなくそれが当たり前だというように言った。やっぱりどこか倫理観が欠如している。
「……ユウマくん、首の後ろ噛んだでしょ。お風呂入るとき気づいて痛かった」
「そうだっけ。どこ?」
「ここ」
髪を掻き上げてうなじを見せる。あれから1週間以上経っているから痛くはないし、たぶん傷跡も残っていない。
ユウマくんは少し身を乗り出した後「見えねえ」と笑った。でも本当に痛かったのだ。数日はお風呂に入るたびにしみて、たった数時間の記憶を何度も無理やり引っ張り出されて、一人でいる時間が苦しかった。
「別れた後はどうすんの」
それぞれ注文を終えたところで、ユウマくんが口を開いた。心配するというより好奇心が勝っている目で見られて苦笑いを返す。
「とりあえず今は仕事探してる。あと住むところも。でも先に仕事かなぁ。無職って貯金あってもアパートの審査通らないっていうし」
「あー、そうらしいね」
自分から聞いてきたくせに興味はないのか、またメニューを開き出した。
「ていうかユウマくん、今日スーツだけど仕事は?」
「一応、今も仕事中なんですけど」
カフェのメニューから顔を上げてユウマくんが答えた。
「えっ、わ、ごめん」
「いいよ、昼飯食いに出るって言ってあるから」
「……何の仕事してるか聞いていい?」
「塾の経営と講師」
「すご。そういえば大学のときも塾の講師やってるって言ってたもんね」
「……マジでなんで覚えてんの、そんな昔のこと」
「ふふっ、覚えてるよ。数学教えてるって言ってた」
「うわ、合ってる。記憶力すごいね」
そう言いつつも、嫌がっているような感じではなくてほっとする。
好きだったから、ユウマくんの話したことは全部覚えていたかった。
元々、ユウマくん自身が自分のことをあまり話してくれなかったし、飲み会でしつこく聞いて嫌がられている女の子達を見ていたから、余計に彼から発信される情報は貴重だった。
あの頃の私は、中学や高校の頃よりもずっと恋愛に対して臆病だった。嫌われたくなかったし、ユウマくんに群がるうざがられるような女の子達には絶対になりたくなかった。
頼んだ料理が到着し出してそれぞれ食べ始める。
子供っぽいメニューが好きなユウマくんは煮込みハンバーグを頼んで、私は当たり障りのないスパゲティのランチセットを頼んだ。
大人になってから、こうして外で食事だけをするというのが自然とできるようになるとは思わなかった。
「ねぇ、塾の経営ってさ、すごいね」
「別に俺が1人で始めたんじゃなくて、大学の友達と一緒にやってるから。出資してくれたのも友達の父親だし」
「それでもすごいよ。生徒とか集めなきゃいけないんでしょ?」
「うん、まぁ。俺は雇われて教える方が好きだから、そういうのはあまりやらないけど」
ユウマくんは謙遜したけど、話を聞けば聞くほど違う世界にいるのだと思った。
7年ぶりに突然連絡してきた私のゴタゴタに付き合わせているのが申し訳ない。
「……ごめんね」
「なにが」
「めんどくさいことに巻き込んじゃって。あ、でも、これから話し合うにしても、ユウマくんのことは相手には絶対に言わないから」
「言っていいよ」
湯気が立ち上るハンバーグを切り分けながら、ユウマくんが言った。
「それで話し合いが早く終わるなら言っていいよ。慰謝料くらい払う」
「え、な、なに言ってんの、ダメだよ」
「俺、全部聞いた上で先輩としたじゃん。普通はそういう話をされたら思いとどまるものなんだろうけど、できなかったから」
「……どうして」
絞り出した私の声に、ユウマくんは何も言わなかった。ただこちらを見て曖昧に笑うだけで何も言ってくれない。
私ももう一度聞くことができなくて、皿の上に視線を移した。
パスタを巻きつけているうちに、それまで聞こえてこなかった周りの音が急にうるさく感じ出した。
向かい側に座るユウマくんの手元を盗み見る。水のグラスを取った左手には指輪のひとつもついていない。そういえば、自分のことばかりで恋人がいるかどうかも聞いてなかった。
だけどこうして二度も会っているということは、きっといないんだろう。
前に私が責めたのだ。彼女ができたユウマくんに、恋人がいるなら会いに来ないでと。
なのに、婚約者がいてユウマくんと会っている私はなんなんだろう。ユウマくん以上に薄情で、どの口が言ってるんだと思う。
自分の愚かさが恥ずかしくてのたうち回りたくなってくる。ユウマくんが何も言わずにいてくれるのがありがたかった。
一人で悶えていると、テーブルの上に置いたユウマくんのスマホが震え出した。
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