美貌の王立図書館の副館長は健康のためにドラゴンを飼うことにした

おにぎり1000米

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王立図書館の副館長はみなしごの一角獣に執着される

第19話 いかにして副館長を奪還するか

 いまや寝室は現実とは思えない光景になっている。

 ベッドの上では天使にみまごう美人がすやすやと寝息を立て、ベッドのかたわらではユニコーンが眠っている。円錐形の細い角の先端は細剣のように鋭く、ベッドで眠る者を守るようにそのひたいから突き出している。角の内側からは淡い真珠色の輝きがこぼれ、夜をひっそりと照らしている。
 ラッセルは小さくため息をついた。枕元で肩乗りサイズのドラゴンが眠ることには慣れているが、一本角の裸馬がベッドの横にどっかりと寝転んでいることに慣れるのは不可能だ。たぶん。

 ラッセルはひとりで(正確には、止まり木で身づくろいをするリリを前に)夕食をとったばかりだった。なにしろルークはずっと眠りつづけているのだ。長椅子から寝室へ運んでいるあいだも、肩を軽くゆすったり腕を持ち上げたりしても、目覚める気配はまったくなかった。しかもそこにユニコーンがねじこんできて、追い払う暇もなく座りこんで眠ってしまったのである。

 こうして眺めているだけなら絵のように神秘的で美しいが、この先どうすればいいのか考えもつかない。おまけに寝顔を眺めていると自分まで眠くなってくる。

 いや、それも無理はない。王都を発ったのは今朝のことなのだ。ラッセルは王家の一員ではあるが、しょせんただの人間だった。ルークのように特殊な体質(人間の姿をした精霊族であることを「体質」と呼ぶなら)ではないし、異能もない――

 とそこまで考えて、ラッセルはふと、自分がドラゴンとガチコミュニケーションができるようになったことを思い出した。ルークの中にいるオレオレ野郎が古代の魔術師の亡霊だと教えてくれたのは、森のドラゴンの王レオンだ。
 なぜその亡霊はルークに入りこんだのかとたずねたラッセルに、レオンはなんと答えたのだったか? ラッセルは眠い頭をひねったが、思い出せたのは「私に聞かれてもわからぬ。本人に聞け」の一言だった。

 本人……ラッセルは首をのばしてベッドに横たわるルークをみつめた。いっそのこと叩き起こしてみるか? ルークを?
 ううむ。
 ラッセルはルークの麗しい頬に手をかけることを想像し、すぐそこで眠るユニコーンの鋭い角を眺めた。
 ううむ。
 やはり、いまの自分に気の利いた思いつきができるわけがない。休息が必要だ。明日の朝ルークが目を覚ましてから(覚ませばいいが)また考えよう。
 ――とそこまで思ったとき、ラッセルはふと気がついた。頭が軽い。

「リリ?」

 ついさっきまで、そこに(つまり自分の頭の上に)座っていたのではなかったか?最近のリリはラッセルの頭をクッション付き止まり木、ときには偵察用高台と思っているふしがある。
 ラッセルは廊下へ引き下がってあたりを見回した。だがピ!という応答も翼の羽ばたきも聞こえない。
「リリ? どこにいる?」
 もう一度呼びかけたとき、廊下の一角から風が吹きこんできた。足早にそちらへ向かったラッセルが見たのは、夜に向かって開かれた窓である。
「……どこに行ったんだ?」




 コテージの窓から抜け出した空色の羽根は風に乗って舞い上がり、森めざして飛んでいた。ドラゴンの目は夜の暗がりを見通せる。リリにとって夜は闇に包まれた世界ではない。
 それでもいつものリリなら、夜中にひとりで抜け出したりはしなかった。ルークが心配するからだ。ルークはいつだってリリのことを大事に思っている。
 いそがなくちゃ。
 空色の羽根が風を切る。ルークに出会うまで、リリはこうやって広い空を飛ぶこともできなかったのだから。

 リリはせまい籠の中で育った。
 リリを籠にとじこめていたのはとてもとても悪いやつらだった。ルークがやってくるまで、リリは毎日びくびくして、おびえながら生きていた。おなじように籠に入れられていた仲間もみんなそうだった。
 でもルークがリリをつれだして、ふわふわの蜜色あたまがやってきて、ルークと蜜色あたまがくっついて、悪いやつらはやっつけられた。リリと籠の中で育った仲間たちはしあわせになったし、それに森に棲む仲間にも会えた。

 ぜんぶ、ルークが特別だったから起きたことだ。ルークはじぶんを特別だと思ってないけど、リリにはよくわかってる。ルークがいなかったら、リリはいつまでもふしあわせで、せまい籠の中でブルブルふるえていたのだ。

 でもいま、そのルークにたいへんなことが起きている。
 あのおかしな扉の向こうに行ったとき、ルークのからだの中に変なものが入ってしまったせいだ。ルークのからだはそこにあるのに、ルークの心はそいつに押しのけられて、迷子になっているみたい。

 リリにそう教えたのは精霊族の本能だった。ドラゴンにかぎらず、精霊族というものは、かたちのある肉体とそれを動かす心がどうつながっているのかを本能的に察することができる。
 あの変なものを追い出して、迷子になったルークをみつけなくちゃ。

 どうしたらいいのかはリリにもわからなかった。だからリリは森へ向かっている。蜜色あたまはいいやつで、リリのお座布団にちょうどいいし、リリとおなじようにルークを心配してるけど、どうすればいいのかわからなくて困っているのはリリとおなじ。だけどレオンなら、なにかいい考えをもってるかも。

 ほんとうのことをいえば、あのユニコーンがついてきたとき、リリはレオンに、一緒にコテージにきてほしかったのだ。だけどレオンは森を離れるわけにはいかないといった。レオンは森のドラゴンを率いる立場で、それにいまは太陽がもっとも長く空にある時期。夏至をはさんだ三日間、ドラゴンの群れは落ちつかなくなるから、リーダーは森を離れるわけにはいかないらしい。

 ピピ?
(レオン、どこ?)
 森はもうリリの翼の下にある。リリは黄金のドラゴンをさがしながら小さくさえずった。
(リリ)
 見覚えのある影が梢からすっと舞い上がった。
 レオンだ! 来てくれた! リリはすっかり嬉しくなった。黄金の翼はリリの周囲をぐるりと一周すると、大きな木の梢へ下りていく。招かれているとわかったリリはすばやくレオンを追いかけ、居心地のいい枝に落ちついた。

(リリ、ルークの様子はどうだ? 目を覚ましたか?)
(ううん。お砂糖の水をたくさん飲んで、飴を食べて、また眠ってる)
(眠っているのか?)
 レオンの眸が不穏な輝きをおびた。
(それはよくないな……)
(どうして?)
(夏至の前後は俺たちドラゴンの心はさまよいがちになる。夏至の惑いと呼ばれる、病のようなものだ。落ちつきがなくなる程度なら問題ないが、なかには心と体を結ぶ緒がやせてしまうものがいる。ふつうは甘い水や飴を飲めばもとに戻るのだが……ルークにはまだ例の亡霊が憑いているのか?)
(うん。一度目を覚まして砂糖水を飲んだときも、ほんとに変だった)
(亡霊は夏至の惑いに乗じてルークになりかわるつもりかもしれない)

 ピッピプー!!!!
(そんな!)

 さえずらなくてもレオンとは話ができるのに、興奮したリリはつい声をあげてしまった。
(レオン、どうなってるの? どうしたらいいの?)
(俺の中には先代から受け継いだ記憶がある。あいつは〈大異変〉で精霊族が消滅しそうになったとき、我らドラゴンが人間と取引して地上へ出たことを知り、とほうもなく腹を立てていた。そして自分自身を犠牲にして、最後のユニコーンを守る魔術を使った――ようだが、どんな魔術だったのかはわからない……ひょっとしたら、ユニコーンと魔術師はずっとあそこに閉じこめられていたのかも)

 リリはツン!と頭をそびやかした。
(脱出するためにルークを乗っ取って、リリたちに扉をあけさせたってこと? でも、ルークを乗っ取るなんてひどいよ! ドラゴンきらいなくせに!)
 レオンは眸をぐるりとまわし、考えこんだ。

(一刻も早くやるべきことは、ルークを起こすことだ。夏至の惑いで心が遠くへさまよっているなら、まずは強制的にでも体を目覚めさせ、さらにドラゴンの本能を刺激して心を呼び戻す。ルークに自分がドラゴンだと思い出させるんだ。リリ……)
 レオンの眸に真剣な色が宿る。
(蜜色あたまはルークのつがいだろう。いそいで戻って伝えるんだ。ルークを呼び戻すために、彼に卵を生ませなければ。夏至の太陽が昇るまでに)
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