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第三章 平和のための戦い
第四十九話 水面下
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Szene-01 スクリアニア公国、ヴェルム城フォルターの部屋
「いいか、ケイテが母様に会いたいからってことで行くからな」
「母様には……ほんとに会いたい」
「ケイテは母様に会うことだけが望みだったな。本当のことなのに嘘のつもりで言っちまうなんて、焦ってるのかな」
「兄様は……私に……優しい……から」
「ケイテは特別だよ。よし、ケイテが会いたい母様のところへ行こう」
スクリアニア公の息子と娘は、いつも一緒にいるフォルターの部屋から母親であるザラの部屋へと向かう。
廊下には部屋の扉から最寄りの位置に女中が数名ずつ待機している。
その全員が兄妹について熟知しているのだから、何も隠さず母親に会いに行っても問題はない。
しかし常日頃、父であるスクリアニア公を意識しているために、コソコソと動くことが染みついてしまった。
「目が合う度に後継者はお前だと言う。そのくせお前は奴隷から産まれた子供だとか、その地位は誰のおかげだと思っているとか――知らねえよそんなもの。自分が人なのかすらわからねえんだ」
ケイテの手をしっかりと握って引っ張りながら、丁寧な言葉遣いを覚えないままのフォルターは廊下を歩く。女中は二人を黙って見届けていた。
Szene-02 レアルプドルフ、町役場
「ん? もしかして、リス?」
役場の受付係が何気に見上げた窓枠の上部から、赤い目のリスが屋根側から逆さになって室内を覗き込んでいる。
「ちょっと待ってて、そっちにいくから」
受付係は持ち場から離れて表へ出ると、屋根にぶら下がっているリスと目を合わせた。
「ヒルデガルドの子よね? それがわかっているだけで怖くないなんて不思議。ところで何をくわえているの?」
リスはルイーサからの手紙をくわえたまま屋根から地面へと器用に下りると、受付係の足元へと駆け寄った。
「こんなに間近でリスを見るのは初めて。これを受け取ればいいのね? これは――手紙だけど誰からかしら」
受付係は手紙を裏返して差出人を確認した。
「カシカルドの封蝋だわ。ローデリカさんから――ではなくてルイーサ様!? わざわざ手紙を寄こすなんて何かあったのかしら。早く町長に見せないと」
役場に戻りかけた受付係はリスの目線に気付き、ひと声かける。
「これを町長に渡してくるからちょっと待ってて。ご褒美あげるから」
受付係は片手のひらをリスに見せて、その場で待つように仕草で伝える。
リスは受付係からのお願いが伝わったようで、両前足を上げて後ろ足立ちをしたままじっと受付係の帰りを待っていた。
Szene-03 カシカルド城、カシカルド王国王室
「また遅くまで話してしまいそう。私の仕事も溜まってきたみたいだから、この辺でお話はお休みにして、町で楽しんでもらってもいいかしら」
「すみません、一つだけお伝えしたいことが」
「あら、エールタインからの話ならいつでも聞くわ」
エールタインがルイーサをちらりと見ると、ルイーサが軽くうなずいた。
それをきっかけにしてエールタインは言った。
「ヒルデガルドが手懐けているリスからの報告なのですが、スクリアニアに捕らえられたザラさんのことです」
「ザラ!?」
名前を聞いてローデリカとダンが同時に声を上げ、ヘルマとヨハナは共にビクッと体を震わせた。
「ザラの情報ってことは、無事なの?」
「はい。無事であることと、お子さんが二人いるということをアムレット――ヒルデガルドに同行しているリスの仲間がここまで伝えにきたそうです」
「リスが!? 次から次へと驚いてしまう。同行しているってことは今そばにいるの?」
急に話を振られたヒルデガルドだが、腰の鞄に手を当てながらダンに問う。
「お見せするだけなら大丈夫です――」
「陛下がこれだけ目を輝かせているんじゃ仕方がない。少しだけ見せるならいいだろう」
ローデリカはヒルデガルドに向けて熱い視線を向けて言う。
「そこにいるのね! ぜひ見せて。魔獣ではない普通のリスは見かけるけど、魔獣のリスはレアルプドルフでしか見られないから久しぶりなの!」
少し引き気味になりながらヒルデガルドは鞄のフタを開けた。
「……」
「ん?」
「すみません、敵ではないことを伝えておかないと陛下に何をするかわからないので、言い聞かせていました」
「今、能力を使っていたってことね。言葉を発しなくても伝わるだなんて――」
「人の言葉は理解できるので、声に出して話しもします」
ローデリカは小さく音を出さないように拍手をして待ち構える。ヒルデガルドは机の上にそっとアムレットを座らせた。
「か、かわいい! 魔獣化していないリスはよく見るけど、なんだろ、この子違う!」
「ルイーサ様もお気に入りです。なんだか可愛いくて――」
アムレットはキョトンとしたまま机を取り囲む全員に眺められている。
「それで、ザラさんなのですけれど」
ヒルデガルドの言葉にハッとして姿勢を正したローデリカは、何もなかったような表情で話を戻した。
「無事であることを知らせてきたということは――」
「何かを企んでいるな」
ようやく本題に入ることができると言わんばかりにダンが口を開いた。
「ザラは今までずっと逃げる機会をうかがっていたということか。町では諦めの雰囲気に流されてしまって風化すらさせようとしていた節もある。合わせる顔が無い」
「そうね、私もその話は耳に入れていたから動くべきだったと痛感するわ。でもこれで彼女は町を信じてくれているってことがわかった。ならばそれに答えないと」
「うむ。町長に連絡をするために町へ戻るとするか」
慌てて動き出そうとするダンにルイーサが言う。
「町長へはすでに手紙で伝えました。もう読まれている頃かと」
「手紙? どうやって」
「アムレットの仲間が運んでくれるのです」
立ち上がりかけたダンは改めて座り直して言った。
「なあローデリカ。ルイーサとヒルデガルドの優秀さがわかるだろ?」
「なんでダンが自慢するの? そうやってなんでも自分の手柄にしてさ――」
「いや、お前こそだなあ――」
ルイーサとヒルデガルドの働きにより安堵したローデリカとダンは、また傭兵時代に戻ったようなやりとりを始めた。
「いいか、ケイテが母様に会いたいからってことで行くからな」
「母様には……ほんとに会いたい」
「ケイテは母様に会うことだけが望みだったな。本当のことなのに嘘のつもりで言っちまうなんて、焦ってるのかな」
「兄様は……私に……優しい……から」
「ケイテは特別だよ。よし、ケイテが会いたい母様のところへ行こう」
スクリアニア公の息子と娘は、いつも一緒にいるフォルターの部屋から母親であるザラの部屋へと向かう。
廊下には部屋の扉から最寄りの位置に女中が数名ずつ待機している。
その全員が兄妹について熟知しているのだから、何も隠さず母親に会いに行っても問題はない。
しかし常日頃、父であるスクリアニア公を意識しているために、コソコソと動くことが染みついてしまった。
「目が合う度に後継者はお前だと言う。そのくせお前は奴隷から産まれた子供だとか、その地位は誰のおかげだと思っているとか――知らねえよそんなもの。自分が人なのかすらわからねえんだ」
ケイテの手をしっかりと握って引っ張りながら、丁寧な言葉遣いを覚えないままのフォルターは廊下を歩く。女中は二人を黙って見届けていた。
Szene-02 レアルプドルフ、町役場
「ん? もしかして、リス?」
役場の受付係が何気に見上げた窓枠の上部から、赤い目のリスが屋根側から逆さになって室内を覗き込んでいる。
「ちょっと待ってて、そっちにいくから」
受付係は持ち場から離れて表へ出ると、屋根にぶら下がっているリスと目を合わせた。
「ヒルデガルドの子よね? それがわかっているだけで怖くないなんて不思議。ところで何をくわえているの?」
リスはルイーサからの手紙をくわえたまま屋根から地面へと器用に下りると、受付係の足元へと駆け寄った。
「こんなに間近でリスを見るのは初めて。これを受け取ればいいのね? これは――手紙だけど誰からかしら」
受付係は手紙を裏返して差出人を確認した。
「カシカルドの封蝋だわ。ローデリカさんから――ではなくてルイーサ様!? わざわざ手紙を寄こすなんて何かあったのかしら。早く町長に見せないと」
役場に戻りかけた受付係はリスの目線に気付き、ひと声かける。
「これを町長に渡してくるからちょっと待ってて。ご褒美あげるから」
受付係は片手のひらをリスに見せて、その場で待つように仕草で伝える。
リスは受付係からのお願いが伝わったようで、両前足を上げて後ろ足立ちをしたままじっと受付係の帰りを待っていた。
Szene-03 カシカルド城、カシカルド王国王室
「また遅くまで話してしまいそう。私の仕事も溜まってきたみたいだから、この辺でお話はお休みにして、町で楽しんでもらってもいいかしら」
「すみません、一つだけお伝えしたいことが」
「あら、エールタインからの話ならいつでも聞くわ」
エールタインがルイーサをちらりと見ると、ルイーサが軽くうなずいた。
それをきっかけにしてエールタインは言った。
「ヒルデガルドが手懐けているリスからの報告なのですが、スクリアニアに捕らえられたザラさんのことです」
「ザラ!?」
名前を聞いてローデリカとダンが同時に声を上げ、ヘルマとヨハナは共にビクッと体を震わせた。
「ザラの情報ってことは、無事なの?」
「はい。無事であることと、お子さんが二人いるということをアムレット――ヒルデガルドに同行しているリスの仲間がここまで伝えにきたそうです」
「リスが!? 次から次へと驚いてしまう。同行しているってことは今そばにいるの?」
急に話を振られたヒルデガルドだが、腰の鞄に手を当てながらダンに問う。
「お見せするだけなら大丈夫です――」
「陛下がこれだけ目を輝かせているんじゃ仕方がない。少しだけ見せるならいいだろう」
ローデリカはヒルデガルドに向けて熱い視線を向けて言う。
「そこにいるのね! ぜひ見せて。魔獣ではない普通のリスは見かけるけど、魔獣のリスはレアルプドルフでしか見られないから久しぶりなの!」
少し引き気味になりながらヒルデガルドは鞄のフタを開けた。
「……」
「ん?」
「すみません、敵ではないことを伝えておかないと陛下に何をするかわからないので、言い聞かせていました」
「今、能力を使っていたってことね。言葉を発しなくても伝わるだなんて――」
「人の言葉は理解できるので、声に出して話しもします」
ローデリカは小さく音を出さないように拍手をして待ち構える。ヒルデガルドは机の上にそっとアムレットを座らせた。
「か、かわいい! 魔獣化していないリスはよく見るけど、なんだろ、この子違う!」
「ルイーサ様もお気に入りです。なんだか可愛いくて――」
アムレットはキョトンとしたまま机を取り囲む全員に眺められている。
「それで、ザラさんなのですけれど」
ヒルデガルドの言葉にハッとして姿勢を正したローデリカは、何もなかったような表情で話を戻した。
「無事であることを知らせてきたということは――」
「何かを企んでいるな」
ようやく本題に入ることができると言わんばかりにダンが口を開いた。
「ザラは今までずっと逃げる機会をうかがっていたということか。町では諦めの雰囲気に流されてしまって風化すらさせようとしていた節もある。合わせる顔が無い」
「そうね、私もその話は耳に入れていたから動くべきだったと痛感するわ。でもこれで彼女は町を信じてくれているってことがわかった。ならばそれに答えないと」
「うむ。町長に連絡をするために町へ戻るとするか」
慌てて動き出そうとするダンにルイーサが言う。
「町長へはすでに手紙で伝えました。もう読まれている頃かと」
「手紙? どうやって」
「アムレットの仲間が運んでくれるのです」
立ち上がりかけたダンは改めて座り直して言った。
「なあローデリカ。ルイーサとヒルデガルドの優秀さがわかるだろ?」
「なんでダンが自慢するの? そうやってなんでも自分の手柄にしてさ――」
「いや、お前こそだなあ――」
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