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第四章 ボクたちの町
第九話 脱出
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Szene-01 スクリアニア公国、国境壁西側
スクリアニア公の居住するヴェルム城から脱出を企てたザラ夫人と二人の子供は、執事に付けられた護衛二人の案内でヴェルム城から難なく脱出する。
「あとはこの壁を抜けるだけでレアルプドルフへ向かえます」
先頭をゆく護衛が振り返ると、ザラ夫人の両手には二人の子供の手が握り締められていた。
不安そうな表情を隠しきれないザラを見た護衛は、少しでも不安を払拭しようと声を掛けた。
「やはり私たちの事を信用できませんか?」
「ごめんなさいね。執事が付けてくれた二人なのだから、誰よりも信用できるはずなのだけど」
「いえ、謝らないでください。私たちが選ばれたのには理由がありまして――」
護衛は歩みを進めるために前に向き直って、話を続ける。
「何かしら」
「実は、二人とも国から出たかったのです。以前からレアルプドルフへは行ってみたいと思っていたところで今回の任務のお話をもらいました」
「あなたたちも国外へ――でも、なぜレアルプドルフなの?」
護衛二人と夫人、それに子供二人の足音が森の中を抜けてゆく。
「噂で伝わってきた剣聖の話を聞いてからです。剣士の町というだけでも魅力的でしたが、町を守った剣聖の話は今でも語られていまして」
森が深くなるにつれて護衛が足を止める機会が増える。無造作に伸びて絡まっている蔦や低木の枝が生い茂り、塞がれている進路を切り開くためだ。
短剣を取り出してザクザクと切り、足元を軽く平らにしながら進む。
「剣士のみで町を守り、時には加勢しに行くと聞きました。私とその者は弓や槍より剣を扱う方が好みなのです」
ザラたちは、後ろに付いている護衛へ振り返ると、短剣を出して軽く微笑んで見せている。
「周りを剣士に囲まれ、自身も剣士で案件をこなしてゆく――ああ、今思うだけでも熱くなります」
先方の護衛の語りに、後方の護衛が乗った。
「俺たちが護衛に選ばれた理由はもう一つあって――どちらも独り者なのです。苦しい生活を我慢する理由が無いのにスクリアニアに所属する町に残るだなんて、何度考えても行きつく答えは無意味ってことでした」
「独り者の話はするなよ、空気を悪くする」
「事実なのだし、ザラ夫人には話してもいいだろう」
ザラは苦笑しながら言う。
「もう夫人では無いつもりなの」
「おっと、失礼しました」
ザラが片手を振って気にしないよう伝えると、護衛は話を戻して続けた。
「家族のいる方々が我慢して生活していることはよく聞いていたので、日頃から俺たち二人は黙っていました。でも執事から、逃げたいのだろう? と声を掛けられまして。驚きましたよ」
執事の行動を聞いたザラが言う。
「あの人が一番逃げ出したいはずなのに――私たちも執事のおかげでこうしているのだもの、恩返しをしないといけないわね」
ザラは続ける。
「お話を聞いていると、レアルプドルフはあなたたちに合っていそうね。あの町ではね、どこでも剣士が修練をしていて、剣の当たる音が鐘の音の様に響いているのが日常よ。私はブーズ出身だから剣士のいる西地区へは数回しか行ったことが無いのだけど、なんだか胸が躍る空気が漂っているの」
護衛の話を聞いているうちに、警戒心で固められていたザラの心が幾分溶けたようだ。
レアルプドルフについて記憶を呼び起こし、思い出の引き出しを次々開けながら護衛に町の事を教えていた。
フォルターは、心なしか嬉しそうに語る母を見てからケイテと目を合わせ、安心して良さそうだと目で伝えた。
だが、二人とも握り締めている母の手を緩めるまでには至らなかった。
Szene-02 レアルプドルフ、エールタイン家
「良く伸びるほっぺだね」
「少し痛いです」
「あ、ごめん。お詫びに――」
エールタインとティベルダは、自宅に二人きりという空間の誘惑に負けて気を許していた。
他事は考えず、二人の世界に浸ってじゃれているところだ。
しかしそんな緩い時間はいつまでも続かなかった。
エールタインがティベルダのおでこに唇を当てようとした時、二人の耳に玄関扉を引っかく音が聞こえてきた。
「何の音かな」
「アムレットが来たみたいです。もお、エール様がキスしてくれるところだったのに」
「んー、キスするだなんてボクは言っていないよ?」
「あああ! エール様に意地悪されてますよね、これ。いいじゃないですかあ、おでこにキスぐらい」
「――ティベルダってさ、キスすると照れていたよね。いつから平気になったのかな」
「エール様がしなければずっと照れているでしょうね! エール様が平気になるほどしたんじゃないですかあ」
――――カリカリカリカリ。
玄関扉を引っかく音が大きくなる。ティベルダは慌てて立ち上がり、玄関を開けに向かった。
「ごめんねアムレット、エール様が離してくれなくて」
「ちょっと――あー、アムレットに説明することも無いか」
思わず誤解を解こうとしたエールタインを尻目に、ティベルダはアムレットに訪問理由を聞いた。
「どうしたの?」
アムレットはヒルデガルドにするのと同じように、ティベルダの肩まで駆け上がると、声を出して話すわけではないが耳元で用件を伝える。
「うわあ、大変だ。エール様、ザラ様がスクリアニアのお城から逃げ出したそうです」
「え――」
ティベルダからの報告を聞いたエールタインはしばし固まった。
主人とは裏腹に、ティベルダの驚きはどこかへ去り、手のひらにアムレットを乗せてにっこりと微笑んでいた。
スクリアニア公の居住するヴェルム城から脱出を企てたザラ夫人と二人の子供は、執事に付けられた護衛二人の案内でヴェルム城から難なく脱出する。
「あとはこの壁を抜けるだけでレアルプドルフへ向かえます」
先頭をゆく護衛が振り返ると、ザラ夫人の両手には二人の子供の手が握り締められていた。
不安そうな表情を隠しきれないザラを見た護衛は、少しでも不安を払拭しようと声を掛けた。
「やはり私たちの事を信用できませんか?」
「ごめんなさいね。執事が付けてくれた二人なのだから、誰よりも信用できるはずなのだけど」
「いえ、謝らないでください。私たちが選ばれたのには理由がありまして――」
護衛は歩みを進めるために前に向き直って、話を続ける。
「何かしら」
「実は、二人とも国から出たかったのです。以前からレアルプドルフへは行ってみたいと思っていたところで今回の任務のお話をもらいました」
「あなたたちも国外へ――でも、なぜレアルプドルフなの?」
護衛二人と夫人、それに子供二人の足音が森の中を抜けてゆく。
「噂で伝わってきた剣聖の話を聞いてからです。剣士の町というだけでも魅力的でしたが、町を守った剣聖の話は今でも語られていまして」
森が深くなるにつれて護衛が足を止める機会が増える。無造作に伸びて絡まっている蔦や低木の枝が生い茂り、塞がれている進路を切り開くためだ。
短剣を取り出してザクザクと切り、足元を軽く平らにしながら進む。
「剣士のみで町を守り、時には加勢しに行くと聞きました。私とその者は弓や槍より剣を扱う方が好みなのです」
ザラたちは、後ろに付いている護衛へ振り返ると、短剣を出して軽く微笑んで見せている。
「周りを剣士に囲まれ、自身も剣士で案件をこなしてゆく――ああ、今思うだけでも熱くなります」
先方の護衛の語りに、後方の護衛が乗った。
「俺たちが護衛に選ばれた理由はもう一つあって――どちらも独り者なのです。苦しい生活を我慢する理由が無いのにスクリアニアに所属する町に残るだなんて、何度考えても行きつく答えは無意味ってことでした」
「独り者の話はするなよ、空気を悪くする」
「事実なのだし、ザラ夫人には話してもいいだろう」
ザラは苦笑しながら言う。
「もう夫人では無いつもりなの」
「おっと、失礼しました」
ザラが片手を振って気にしないよう伝えると、護衛は話を戻して続けた。
「家族のいる方々が我慢して生活していることはよく聞いていたので、日頃から俺たち二人は黙っていました。でも執事から、逃げたいのだろう? と声を掛けられまして。驚きましたよ」
執事の行動を聞いたザラが言う。
「あの人が一番逃げ出したいはずなのに――私たちも執事のおかげでこうしているのだもの、恩返しをしないといけないわね」
ザラは続ける。
「お話を聞いていると、レアルプドルフはあなたたちに合っていそうね。あの町ではね、どこでも剣士が修練をしていて、剣の当たる音が鐘の音の様に響いているのが日常よ。私はブーズ出身だから剣士のいる西地区へは数回しか行ったことが無いのだけど、なんだか胸が躍る空気が漂っているの」
護衛の話を聞いているうちに、警戒心で固められていたザラの心が幾分溶けたようだ。
レアルプドルフについて記憶を呼び起こし、思い出の引き出しを次々開けながら護衛に町の事を教えていた。
フォルターは、心なしか嬉しそうに語る母を見てからケイテと目を合わせ、安心して良さそうだと目で伝えた。
だが、二人とも握り締めている母の手を緩めるまでには至らなかった。
Szene-02 レアルプドルフ、エールタイン家
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「少し痛いです」
「あ、ごめん。お詫びに――」
エールタインとティベルダは、自宅に二人きりという空間の誘惑に負けて気を許していた。
他事は考えず、二人の世界に浸ってじゃれているところだ。
しかしそんな緩い時間はいつまでも続かなかった。
エールタインがティベルダのおでこに唇を当てようとした時、二人の耳に玄関扉を引っかく音が聞こえてきた。
「何の音かな」
「アムレットが来たみたいです。もお、エール様がキスしてくれるところだったのに」
「んー、キスするだなんてボクは言っていないよ?」
「あああ! エール様に意地悪されてますよね、これ。いいじゃないですかあ、おでこにキスぐらい」
「――ティベルダってさ、キスすると照れていたよね。いつから平気になったのかな」
「エール様がしなければずっと照れているでしょうね! エール様が平気になるほどしたんじゃないですかあ」
――――カリカリカリカリ。
玄関扉を引っかく音が大きくなる。ティベルダは慌てて立ち上がり、玄関を開けに向かった。
「ごめんねアムレット、エール様が離してくれなくて」
「ちょっと――あー、アムレットに説明することも無いか」
思わず誤解を解こうとしたエールタインを尻目に、ティベルダはアムレットに訪問理由を聞いた。
「どうしたの?」
アムレットはヒルデガルドにするのと同じように、ティベルダの肩まで駆け上がると、声を出して話すわけではないが耳元で用件を伝える。
「うわあ、大変だ。エール様、ザラ様がスクリアニアのお城から逃げ出したそうです」
「え――」
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