天真爛漫な婚約者様は笑顔で私の顔に唾を吐く

自分の為に

「シェリー、あまりリムに近寄らない方が良い。あいつは女にだらしないし…心配だ」

「え？でも、リムは弟になるんだから…」

「弟でもだよ。それにシェリーは鈍臭い所があるんだから、運動も控えた方が良い。こないだ剣術の選択授業に出たんだって？淑女は皆裁縫か生け花なのに」

「でも、うちは騎士の家門よ？」

「君は女の子なんだよ？それに僕の婚約者なんだから当然だよ？分からない？」

「え…うん、分かったわ！」

　少し不機嫌そうに眉を下げられるとすぐに頷いてしまう。それが普通だったから。それに僕の婚約者というワードに胸が自然と高鳴ってしまうのだ。リルの婚約者なのだからきちんとしないといけない。目立たず、彼を支えなくてはと警報を打ち鳴らす。

「今度からは裁縫授業を選択するんだよ？」

「えぇ…」

　細かい作業は苦手だ。裁縫も花も好きじゃない。剣が好きだし、鍛錬が好きだ。でも、リルの婚約者には必要がないものだ。

　大丈夫、大丈夫、これも我慢出来るわ。胸の中心で両手を握り締め、自分に暗示をかける様に言い聞かす。天使の様な微笑みを見せるリルにまた私は言葉を飲み込む。これは天使なんかを婚約者にして、高望みした結果の呪いなんだ。

「あぁ、それとこれ、お願い出来る？」

「えぇ、いつもの課題ね。大丈夫よ」

　大量のリルの課題を受け取り、にこりと笑みを浮かべると流石僕の婚約者だと頭を撫でる。細く綺麗な指が自分の黒髪の間をすり抜ける。近づいてくる顔に心臓が痛いほど悲鳴を上げ、すべての血が顔に集中しているんじゃないかってほど熱い。あまりの恥ずかしさにぎゅうと強く目を瞑る。長い前髪を掻き分けて額に柔らかいものが押し付けられて、額にキスされたのと分かった。

「あ、あの…リル？」

「いや、可愛いなと思って」

「揶揄わないでっ！」

「あはは、ごめんごめん。僕の気持ちは分かっているだろう？」

「えぇ、分かってるわ」

「じゃ、いつも通りにね」

　こんな額にキスされるだけでこんなにもときめく自分が許せない。たまには反抗したらいいんじゃないの？って心で思っているのに言い返せない。惨めなのに惨めに思いたくない。ランチタイムだって結局何も食べれてない。ぐぅと空腹を告げる音さえも自分には聞こえなかった。