天真爛漫な婚約者様は笑顔で私の顔に唾を吐く

りこりー

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度重なる要求

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「リル、どうしたの…?こんな朝早く」

 先触れもなく休日に突然来た彼に、急いで支度をして玄関へ向かった。お下げには出来なかったけど、一応眼鏡はかけた。見苦しい姿は見せたくなかったし。

「シェリー良かった。実は大変なことになって…」

 いつになく真剣な面持ちで言う彼に冷や汗が背中を伝ってゆく。

「僕がいけないんだけど…友人にお金を騙し取られてしまって…」

「え?どういう事?」

「街に視察に行った所で出会った平民の友人だと思っていた男に新しい事業の提案を受けて…その事業内容がとても良かったし、領民の為になると思って自分の私財を売って現金にして渡したんだ。そしたら詐欺だったみたいで…」

「そ、そんな…」

 誰にでも優しい彼の事だ。きっと何気なしに聞いて信じてしまったのだろう。彼の心痛を思うと自然と眉を顰めてしまった。

「こんな僕じゃシェリーにふさわしくないよね…」

「何言ってるの…?」

「婚約破棄しよう」

 鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。胸を掻きむしって心臓を取り出したいほど痛い。苦々しく歪む彼の顔が見れない。今の私は醜いほどの顔になっているはずだ。

 そんなことで婚約破棄にするの?
 もう私はいらないの?

 色々な考えが頭に響くけど、考えがまとまらない。

「お金どのくらいあれば足りるの…?」

「金貨一千枚…」

 その金額に何故か安心してしまった。豪華な屋敷一軒買えるほどの金額。いくら貴族でも未成年では支払えるはずない金額だが、自分には商会があった。

 肌が白く、日差しに弱い自分の為に開発した刺激の弱い化粧水や日焼け止めを貴族向けに売り出していて、そのお金が手元にあったからだ。未成年が商売するなんてと親に心配されたけど、自分の為のものが他の人の役に立つことが嬉しかった。それでお金も入ってくるなら万々歳だ。

 そのお金で全部支払える。そう考えたら心が軽くなって、心配いらないわとリルの手を握った後、あとでこっそりとお金を執事に届けさせると彼に言った。

「すまない…こんな僕の為に…」

「いいえ、支え合うのは当然よ。貴方の婚約者だもの」

 婚約破棄という言葉を撤回された自分はお金なんてまた稼げばいいと安易に考えた。婚約破棄になってまた結び直すのは、死んで生き返るくらい困難だ。容姿端麗なリルの事だ、きっとお金持ちの高位の貴族の令嬢と婚約してしまうかもとしれない。だったらここでお金を渡して婚約破棄を避けた方が良い。

「愛してるよ、シェリー。こんな婚約者を持って僕は幸せさ」

「私もよ、リル」

 腕を引っ張られ彼の胸に飛び込む形で抱きしめられる。抱きしめられるのはもう慣れっこだけど、香水なんかつけない彼からわずかにフローラルな香りがした。香水つけ始めたんだと大人になっていく彼にまたドキドキと溺れてゆくようなときめきを覚えた。
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