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レオンハルトは成人した直後、原因不明の病で倒れ百年ものあいだ眠り続けていた。
高熱にうなされ魔力が暴走し、ついには意識そのものが肉体を離れてしまう。
目を覚ましたとき、彼は別の世界にいた。
己の名も、地位も、過去の何もかもを思い出せず――ただ「龍神」として祀られる存在になっていた。
その世界で出会ったのが、カナデだった。
人間のオメガである彼は、家族から「物」のように扱われていた。
オメガの地位は低くアルファの番になり子を為して、初めて人権が認められるような世界だった。
オメガはヒートを迎えると、親の選んだアルファと番になる。形式だけの「お見合い」を行うのだが、実際は人身売買である。
カナデもまた、子を産める年齢になったからと、アルファに売られることが決まっていた。
相手は公然と「オメガは産むための道具」と言い放つような男だった。
これからの人生に絶望したカナデは、命を絶とうとして龍神の祠が奉られている池を訪れた。
そこで、二人は出会った。
目の前に現れた少年がどうしようもなく脆く、触れれば壊れてしまいそうで放っておけなかった。
入水自殺を図ろうとしたカナデに惹かれた龍神は、衝動に突き動かされるまま神隠しをした。
ただカナデを救いたかった。それだけだった。
二人で過ごす時間は穏やかで――やがて愛が芽生えた。互いに優しい言葉を掛け合い、寄り添って眠るだけの関係。それだけで二人は幸せだった。
けれど、優しい時間は呆気なく崩壊する。家族がカナデを探しに来たのだ。
彼らは困窮しており、カナデが結婚して得られる金でしか生きられないと祠に泣きついた。
カナデは家族を見捨てられず、龍神の元を離れる決断をする。
神域を出て行くカナデを龍神は引き止められなかった。
彼の意思を尊重するしかなかったのだ。
しかし結納の席で、カナデは婚約者に乱暴されそうになる。
男はカナデを弄び番にして子を産ませた後は、他の男にも抱かせるとさえ笑いながら話していたらしい。
野心を持つ若い政治家であるその男にとって、カナデは人脈を広げるための「取引材料」でしかなかった。
怯えて逃げるカナデは、心の中で龍神を呼んだ。
その瞬間、レオンハルトの中に失われていた記憶が一気に甦った。
(――私はレオンハルト・ドレイグだ)
己が竜人であること。世界を渡れるほどの魔力を持つ存在であること。
すべてを思い出し、カナデを己の世界へ連れて行くために異世界の境を開く。
だが、間に合わなかった。
カナデは車轢かれて、命を落とした。怒りと悲しみに駆られたレオンハルトは、その魂を抱えて転移した。
自分の世界に戻ったレオンハルトは意識を取り戻すが、カナデは人間であるがゆえに魂が安定せず、そのままでは存在できないと気づく。
幸いにもレオンハルトと共に転移したおかげで魔力が魂と結びつき、転生という形でカナデはこちらに生を受けることができたのだが……。
いつどのような姿で生まれ変わるのかまでは、レオンハルトにも分からない。
ただ愛しい番が現れるのを待つしかなかった。
そしてある日、微かだがカナデの気配を感じた。
自分の魔力の残滓が、カナデの魂に宿っていたからこそ気づけたのだ。
オークション会場で彼を見つけ、競り落とし保護した。
けれど転生したカナデは前世の記憶が混濁しており、レオンハルトと「龍神」が結びつかないようだった。そもそも、龍神に神隠しされた事さえ覚えていない様子だ。
カナデが自然に記憶を取り戻すのなら問題はない。しかしレオンハルトが前世での出来事を告げれば、転生した魂が不安定になる可能性は少なくない。
前世で刻まれた恐怖を無理に呼び起こせば、精神にも影響が出るだろう。
だから過剰なほど守ろうとしてしまうのはアルファとしての本能とも言える。
溺れるような愛情で満たそうとして、結果、カナデに不審がられている。
(――ようやく、君を取り戻したんだ。二度と離すものか)
数百年の時を経てやっと巡り会えた番なのだ。
***
前世の断片を語り終えたカナデは、ぼんやりとしだれ桜を見つめている。始めて出会った日も、池の側でしだれ桜が花弁を揺らしていたとレオンハルトも思い出す。
「お茶にしよう。カナデの好きなブラウニーも用意してある」
「どうして知ってるんですか?」
「愛しい番の好きな物は全て知っている」
不思議そうに小首を傾げるカナデが愛おしくて堪らない。
今度こそ守ると、レオンハルトは心の中で密かに誓った。
高熱にうなされ魔力が暴走し、ついには意識そのものが肉体を離れてしまう。
目を覚ましたとき、彼は別の世界にいた。
己の名も、地位も、過去の何もかもを思い出せず――ただ「龍神」として祀られる存在になっていた。
その世界で出会ったのが、カナデだった。
人間のオメガである彼は、家族から「物」のように扱われていた。
オメガの地位は低くアルファの番になり子を為して、初めて人権が認められるような世界だった。
オメガはヒートを迎えると、親の選んだアルファと番になる。形式だけの「お見合い」を行うのだが、実際は人身売買である。
カナデもまた、子を産める年齢になったからと、アルファに売られることが決まっていた。
相手は公然と「オメガは産むための道具」と言い放つような男だった。
これからの人生に絶望したカナデは、命を絶とうとして龍神の祠が奉られている池を訪れた。
そこで、二人は出会った。
目の前に現れた少年がどうしようもなく脆く、触れれば壊れてしまいそうで放っておけなかった。
入水自殺を図ろうとしたカナデに惹かれた龍神は、衝動に突き動かされるまま神隠しをした。
ただカナデを救いたかった。それだけだった。
二人で過ごす時間は穏やかで――やがて愛が芽生えた。互いに優しい言葉を掛け合い、寄り添って眠るだけの関係。それだけで二人は幸せだった。
けれど、優しい時間は呆気なく崩壊する。家族がカナデを探しに来たのだ。
彼らは困窮しており、カナデが結婚して得られる金でしか生きられないと祠に泣きついた。
カナデは家族を見捨てられず、龍神の元を離れる決断をする。
神域を出て行くカナデを龍神は引き止められなかった。
彼の意思を尊重するしかなかったのだ。
しかし結納の席で、カナデは婚約者に乱暴されそうになる。
男はカナデを弄び番にして子を産ませた後は、他の男にも抱かせるとさえ笑いながら話していたらしい。
野心を持つ若い政治家であるその男にとって、カナデは人脈を広げるための「取引材料」でしかなかった。
怯えて逃げるカナデは、心の中で龍神を呼んだ。
その瞬間、レオンハルトの中に失われていた記憶が一気に甦った。
(――私はレオンハルト・ドレイグだ)
己が竜人であること。世界を渡れるほどの魔力を持つ存在であること。
すべてを思い出し、カナデを己の世界へ連れて行くために異世界の境を開く。
だが、間に合わなかった。
カナデは車轢かれて、命を落とした。怒りと悲しみに駆られたレオンハルトは、その魂を抱えて転移した。
自分の世界に戻ったレオンハルトは意識を取り戻すが、カナデは人間であるがゆえに魂が安定せず、そのままでは存在できないと気づく。
幸いにもレオンハルトと共に転移したおかげで魔力が魂と結びつき、転生という形でカナデはこちらに生を受けることができたのだが……。
いつどのような姿で生まれ変わるのかまでは、レオンハルトにも分からない。
ただ愛しい番が現れるのを待つしかなかった。
そしてある日、微かだがカナデの気配を感じた。
自分の魔力の残滓が、カナデの魂に宿っていたからこそ気づけたのだ。
オークション会場で彼を見つけ、競り落とし保護した。
けれど転生したカナデは前世の記憶が混濁しており、レオンハルトと「龍神」が結びつかないようだった。そもそも、龍神に神隠しされた事さえ覚えていない様子だ。
カナデが自然に記憶を取り戻すのなら問題はない。しかしレオンハルトが前世での出来事を告げれば、転生した魂が不安定になる可能性は少なくない。
前世で刻まれた恐怖を無理に呼び起こせば、精神にも影響が出るだろう。
だから過剰なほど守ろうとしてしまうのはアルファとしての本能とも言える。
溺れるような愛情で満たそうとして、結果、カナデに不審がられている。
(――ようやく、君を取り戻したんだ。二度と離すものか)
数百年の時を経てやっと巡り会えた番なのだ。
***
前世の断片を語り終えたカナデは、ぼんやりとしだれ桜を見つめている。始めて出会った日も、池の側でしだれ桜が花弁を揺らしていたとレオンハルトも思い出す。
「お茶にしよう。カナデの好きなブラウニーも用意してある」
「どうして知ってるんですか?」
「愛しい番の好きな物は全て知っている」
不思議そうに小首を傾げるカナデが愛おしくて堪らない。
今度こそ守ると、レオンハルトは心の中で密かに誓った。
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