冷遇されたΩは運命の竜に守られ花嫁となる

花里しろ

文字の大きさ
9 / 42

しおりを挟む
 愛するクラウスと引き裂かれただけでなく淫らな体で生きるなど、リュカには耐えられないことだ。

 リュカは自分の体を抱きしめ呟く。

「あなただけを愛してる。クラウス」

 できるなら、最後に一度だけ会いたかった。
 月に右手をかざし、薬指で光る指輪に口づけた。

「こんな形で別れることを、どうか許して」

 テラスの手すりから身を乗り出そうとしたリュカだったが、ふと月に小さな影が見えて小首を傾げた。
 小さな影は恐ろしい勢いで大きくなっていく。明らかに自分目がけて近づいて来る影から何故か目が離せない。

「……?」

 影は月を背にして輝く竜だった。
 銀色の鱗と青の鬣を持つそれは、優雅に羽ばたき屋敷の側まで来ると小さく唸る。

 すると屋敷の明かりが消え、しんと静まりかえる。

 二階建ての家ほどもあるのに、その質量を全く感じさせない軽やかな動きでテラスの手すりに前足をかけた。
 リュカが驚き声も上げられずにいると、竜は男の姿に変わりテラスに降り立つ。

「会いたかった、リュカ。やっと指輪の契約を思い出してくれたのだな」

 そういえば、クラウスはこの指輪を渡してくれたとき、『身に危険が迫ったら、これに口づけて俺の名を呼べ。地の果てでも駆けつける』と言ってくれた。
 そんな強い魔法があるなんて思いもしなかったリュカは、おまじない程度にしか考えていなかったのだ。

「クラウス……なの?」
「ああ」

 緩やかに波打つ豊かな銀色の髪は毛先に向かって深い青色に変化し、出会った時と違い腰まで伸びている。
 背も高く体躯もずっと逞しくなり、何より帝王のような風格が備わっていた。
 ぼうっと見惚れていると、クラウスがリュカの肩を掴んで抱き寄せた。
 リュカも素直に彼の腕に抱かれクラウスを見上げる。

「国は大丈夫?」
「勿論だ。それにしても酷い姿だな」

 ボロボロのドレスを指摘され恥ずかしくて俯くと、クラウスが羽織っていた黒いマントを脱いでリュカを包む。

「お前が恥じ入ることはなにもない」
「クラウス、僕……」

 沢山話したい事があったはずなのに、言葉が出てこない。

「辛い思いをさせてしまったのは、俺の失態だ」
「そんな、クラウスは悪くないよ」

 けれど悔やむようにクラウスは首を横に振る。

「国は数年前に平定したのだが、人間を番として迎える場合は成人してからだと元老院から横やりが入ってな。挙式の準備期間だと無理矢理納得したのが悪かった――」

 しかしリュカが成人する十八歳の誕生日までどうしても我慢できず、迎えに行こうとした直前に王都へ連れ去られたとクラウスが続ける。

「この王都には魔物避けの強力な結界が張られている。これは我が力を持ってしても壊せないが、この指輪での契約があったお陰で結界を破る事ができた」

 リュカの右手薬指に輝く指輪を、クラウスが撫でる。

「運命の番としての契約は、何よりも強い」
「でも僕は、テオドル殿下と婚約してしまってて…だから、最後に会えただけで嬉しい――」
「何を言うリュカ。俺が先に求婚したのだぞ! リュカは俺のものだ!」

 初めて声を荒らげたクラウスにびっくりしてしまったが、彼が怒っている訳ではないとすぐに気づく。
 慈しむように見つめる瞳と、背を撫でる大きな手はリュカを安心させてくれる。

「この国の王太子には思い人がいると聞く。ならばお前を我が伴侶に迎えても問題ないはずだ。大体、形だけの婚約者だとしても、このような仕打ちを見過ごす者の側になど置いておけない」

 体を抱く腕に力が籠もる。

「我が番となってくれるか? リュカ」

 真摯な眼差しを向けられ、リュカは視線を合わせて頷いた。

「はい」

 そのままゆっくりと、クラウスの顔が近づいてくる。咄嗟に目蓋を閉じると、唇に温かいものが触れた。
 口づけられたと気づいた時には、彼の舌が唇を割り口内へと滑り込んでいた。
 肉厚の舌が上顎を撫でると首筋から腰に向かってぞくぞくとした感覚が下りていく。
 舌を絡められ吐息ごと吸われ、リュカの体から力が抜ける。

「……ん、っ」
「すまないリュカ」
「くらうす?」
「今すぐにでもお前の全てを奪ってしまいたいが、それでは獣と同じになってしまう」

 苦笑したクラウスが首を横に振る。そして再びリュカの目の前で竜の姿へと変わった。

「屋敷の者達は眠らせたが、やはり結界内の魔力が強い。そろそろ城の魔法使いが俺の存在に気づくだろう。さあ、騎士どもがやってくる前に行くぞ」

 首を下げて、リュカに乗るようクラウスが促す。

「そうだ、お父さん達は……」

 婚約者のリュカが逃げ出したとなれば、家族と領民は罰を受けるのだ。

「お前の家族は、我らの国で保護しよう。領地とこの館の者達は、俺の部下が守る」

 家族と領民だけでなく、仕えてくれた使用人達のことまで案じてくれる彼の優しさにリュカは涙ぐむ。

「ありがとう、クラウス」
「さあ、早く乗れ。北の山脈を越えねばならぬから、鬣にしっかり体を埋めるのだぞ」
「うん」

 前足を階段代わりにして、リュカは彼の背に乗った。そして彼のマントをしっかりと留め、鬣にしがみつく。
 青い宝石みたいに輝く鬣は柔らかくリュカを包み込み、夜の冷気から守ってくれる。

「行くぞ」

 リュカが頷く間もなく、クラウスは天高く舞い上がった。肩越しに振り返ると、あっという間に屋敷も城も遠ざかっていく。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

僕の事を嫌いな騎士の一途すぎる最愛は…

BL
記憶喪失の中目覚めると、知らない騎士の家で寝ていた。だけど騎士は受けを酷く嫌っているらしい。 騎士×???

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

聖獣召喚に巻き込まれた俺、モフモフの通訳をしてたら冷徹騎士団長に外堀を埋められました

たら昆布
BL
完璧っぽいエリート騎士×無自覚な愛され系

処理中です...