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愛するクラウスと引き裂かれただけでなく淫らな体で生きるなど、リュカには耐えられないことだ。
リュカは自分の体を抱きしめ呟く。
「あなただけを愛してる。クラウス」
できるなら、最後に一度だけ会いたかった。
月に右手をかざし、薬指で光る指輪に口づけた。
「こんな形で別れることを、どうか許して」
テラスの手すりから身を乗り出そうとしたリュカだったが、ふと月に小さな影が見えて小首を傾げた。
小さな影は恐ろしい勢いで大きくなっていく。明らかに自分目がけて近づいて来る影から何故か目が離せない。
「……?」
影は月を背にして輝く竜だった。
銀色の鱗と青の鬣を持つそれは、優雅に羽ばたき屋敷の側まで来ると小さく唸る。
すると屋敷の明かりが消え、しんと静まりかえる。
二階建ての家ほどもあるのに、その質量を全く感じさせない軽やかな動きでテラスの手すりに前足をかけた。
リュカが驚き声も上げられずにいると、竜は男の姿に変わりテラスに降り立つ。
「会いたかった、リュカ。やっと指輪の契約を思い出してくれたのだな」
そういえば、クラウスはこの指輪を渡してくれたとき、『身に危険が迫ったら、これに口づけて俺の名を呼べ。地の果てでも駆けつける』と言ってくれた。
そんな強い魔法があるなんて思いもしなかったリュカは、おまじない程度にしか考えていなかったのだ。
「クラウス……なの?」
「ああ」
緩やかに波打つ豊かな銀色の髪は毛先に向かって深い青色に変化し、出会った時と違い腰まで伸びている。
背も高く体躯もずっと逞しくなり、何より帝王のような風格が備わっていた。
ぼうっと見惚れていると、クラウスがリュカの肩を掴んで抱き寄せた。
リュカも素直に彼の腕に抱かれクラウスを見上げる。
「国は大丈夫?」
「勿論だ。それにしても酷い姿だな」
ボロボロのドレスを指摘され恥ずかしくて俯くと、クラウスが羽織っていた黒いマントを脱いでリュカを包む。
「お前が恥じ入ることはなにもない」
「クラウス、僕……」
沢山話したい事があったはずなのに、言葉が出てこない。
「辛い思いをさせてしまったのは、俺の失態だ」
「そんな、クラウスは悪くないよ」
けれど悔やむようにクラウスは首を横に振る。
「国は数年前に平定したのだが、人間を番として迎える場合は成人してからだと元老院から横やりが入ってな。挙式の準備期間だと無理矢理納得したのが悪かった――」
しかしリュカが成人する十八歳の誕生日までどうしても我慢できず、迎えに行こうとした直前に王都へ連れ去られたとクラウスが続ける。
「この王都には魔物避けの強力な結界が張られている。これは我が力を持ってしても壊せないが、この指輪での契約があったお陰で結界を破る事ができた」
リュカの右手薬指に輝く指輪を、クラウスが撫でる。
「運命の番としての契約は、何よりも強い」
「でも僕は、テオドル殿下と婚約してしまってて…だから、最後に会えただけで嬉しい――」
「何を言うリュカ。俺が先に求婚したのだぞ! リュカは俺のものだ!」
初めて声を荒らげたクラウスにびっくりしてしまったが、彼が怒っている訳ではないとすぐに気づく。
慈しむように見つめる瞳と、背を撫でる大きな手はリュカを安心させてくれる。
「この国の王太子には思い人がいると聞く。ならばお前を我が伴侶に迎えても問題ないはずだ。大体、形だけの婚約者だとしても、このような仕打ちを見過ごす者の側になど置いておけない」
体を抱く腕に力が籠もる。
「我が番となってくれるか? リュカ」
真摯な眼差しを向けられ、リュカは視線を合わせて頷いた。
「はい」
そのままゆっくりと、クラウスの顔が近づいてくる。咄嗟に目蓋を閉じると、唇に温かいものが触れた。
口づけられたと気づいた時には、彼の舌が唇を割り口内へと滑り込んでいた。
肉厚の舌が上顎を撫でると首筋から腰に向かってぞくぞくとした感覚が下りていく。
舌を絡められ吐息ごと吸われ、リュカの体から力が抜ける。
「……ん、っ」
「すまないリュカ」
「くらうす?」
「今すぐにでもお前の全てを奪ってしまいたいが、それでは獣と同じになってしまう」
苦笑したクラウスが首を横に振る。そして再びリュカの目の前で竜の姿へと変わった。
「屋敷の者達は眠らせたが、やはり結界内の魔力が強い。そろそろ城の魔法使いが俺の存在に気づくだろう。さあ、騎士どもがやってくる前に行くぞ」
首を下げて、リュカに乗るようクラウスが促す。
「そうだ、お父さん達は……」
婚約者のリュカが逃げ出したとなれば、家族と領民は罰を受けるのだ。
「お前の家族は、我らの国で保護しよう。領地とこの館の者達は、俺の部下が守る」
家族と領民だけでなく、仕えてくれた使用人達のことまで案じてくれる彼の優しさにリュカは涙ぐむ。
「ありがとう、クラウス」
「さあ、早く乗れ。北の山脈を越えねばならぬから、鬣にしっかり体を埋めるのだぞ」
「うん」
前足を階段代わりにして、リュカは彼の背に乗った。そして彼のマントをしっかりと留め、鬣にしがみつく。
青い宝石みたいに輝く鬣は柔らかくリュカを包み込み、夜の冷気から守ってくれる。
「行くぞ」
リュカが頷く間もなく、クラウスは天高く舞い上がった。肩越しに振り返ると、あっという間に屋敷も城も遠ざかっていく。
リュカは自分の体を抱きしめ呟く。
「あなただけを愛してる。クラウス」
できるなら、最後に一度だけ会いたかった。
月に右手をかざし、薬指で光る指輪に口づけた。
「こんな形で別れることを、どうか許して」
テラスの手すりから身を乗り出そうとしたリュカだったが、ふと月に小さな影が見えて小首を傾げた。
小さな影は恐ろしい勢いで大きくなっていく。明らかに自分目がけて近づいて来る影から何故か目が離せない。
「……?」
影は月を背にして輝く竜だった。
銀色の鱗と青の鬣を持つそれは、優雅に羽ばたき屋敷の側まで来ると小さく唸る。
すると屋敷の明かりが消え、しんと静まりかえる。
二階建ての家ほどもあるのに、その質量を全く感じさせない軽やかな動きでテラスの手すりに前足をかけた。
リュカが驚き声も上げられずにいると、竜は男の姿に変わりテラスに降り立つ。
「会いたかった、リュカ。やっと指輪の契約を思い出してくれたのだな」
そういえば、クラウスはこの指輪を渡してくれたとき、『身に危険が迫ったら、これに口づけて俺の名を呼べ。地の果てでも駆けつける』と言ってくれた。
そんな強い魔法があるなんて思いもしなかったリュカは、おまじない程度にしか考えていなかったのだ。
「クラウス……なの?」
「ああ」
緩やかに波打つ豊かな銀色の髪は毛先に向かって深い青色に変化し、出会った時と違い腰まで伸びている。
背も高く体躯もずっと逞しくなり、何より帝王のような風格が備わっていた。
ぼうっと見惚れていると、クラウスがリュカの肩を掴んで抱き寄せた。
リュカも素直に彼の腕に抱かれクラウスを見上げる。
「国は大丈夫?」
「勿論だ。それにしても酷い姿だな」
ボロボロのドレスを指摘され恥ずかしくて俯くと、クラウスが羽織っていた黒いマントを脱いでリュカを包む。
「お前が恥じ入ることはなにもない」
「クラウス、僕……」
沢山話したい事があったはずなのに、言葉が出てこない。
「辛い思いをさせてしまったのは、俺の失態だ」
「そんな、クラウスは悪くないよ」
けれど悔やむようにクラウスは首を横に振る。
「国は数年前に平定したのだが、人間を番として迎える場合は成人してからだと元老院から横やりが入ってな。挙式の準備期間だと無理矢理納得したのが悪かった――」
しかしリュカが成人する十八歳の誕生日までどうしても我慢できず、迎えに行こうとした直前に王都へ連れ去られたとクラウスが続ける。
「この王都には魔物避けの強力な結界が張られている。これは我が力を持ってしても壊せないが、この指輪での契約があったお陰で結界を破る事ができた」
リュカの右手薬指に輝く指輪を、クラウスが撫でる。
「運命の番としての契約は、何よりも強い」
「でも僕は、テオドル殿下と婚約してしまってて…だから、最後に会えただけで嬉しい――」
「何を言うリュカ。俺が先に求婚したのだぞ! リュカは俺のものだ!」
初めて声を荒らげたクラウスにびっくりしてしまったが、彼が怒っている訳ではないとすぐに気づく。
慈しむように見つめる瞳と、背を撫でる大きな手はリュカを安心させてくれる。
「この国の王太子には思い人がいると聞く。ならばお前を我が伴侶に迎えても問題ないはずだ。大体、形だけの婚約者だとしても、このような仕打ちを見過ごす者の側になど置いておけない」
体を抱く腕に力が籠もる。
「我が番となってくれるか? リュカ」
真摯な眼差しを向けられ、リュカは視線を合わせて頷いた。
「はい」
そのままゆっくりと、クラウスの顔が近づいてくる。咄嗟に目蓋を閉じると、唇に温かいものが触れた。
口づけられたと気づいた時には、彼の舌が唇を割り口内へと滑り込んでいた。
肉厚の舌が上顎を撫でると首筋から腰に向かってぞくぞくとした感覚が下りていく。
舌を絡められ吐息ごと吸われ、リュカの体から力が抜ける。
「……ん、っ」
「すまないリュカ」
「くらうす?」
「今すぐにでもお前の全てを奪ってしまいたいが、それでは獣と同じになってしまう」
苦笑したクラウスが首を横に振る。そして再びリュカの目の前で竜の姿へと変わった。
「屋敷の者達は眠らせたが、やはり結界内の魔力が強い。そろそろ城の魔法使いが俺の存在に気づくだろう。さあ、騎士どもがやってくる前に行くぞ」
首を下げて、リュカに乗るようクラウスが促す。
「そうだ、お父さん達は……」
婚約者のリュカが逃げ出したとなれば、家族と領民は罰を受けるのだ。
「お前の家族は、我らの国で保護しよう。領地とこの館の者達は、俺の部下が守る」
家族と領民だけでなく、仕えてくれた使用人達のことまで案じてくれる彼の優しさにリュカは涙ぐむ。
「ありがとう、クラウス」
「さあ、早く乗れ。北の山脈を越えねばならぬから、鬣にしっかり体を埋めるのだぞ」
「うん」
前足を階段代わりにして、リュカは彼の背に乗った。そして彼のマントをしっかりと留め、鬣にしがみつく。
青い宝石みたいに輝く鬣は柔らかくリュカを包み込み、夜の冷気から守ってくれる。
「行くぞ」
リュカが頷く間もなく、クラウスは天高く舞い上がった。肩越しに振り返ると、あっという間に屋敷も城も遠ざかっていく。
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