黒猫館 〜愛欲の狂宴〜

翔田美琴

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第二十七夜 喜びと困惑と悲しみと

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 直美様から鮎川家の跡取りとして認められたのだろうか──?
 俺は今宵が最後の監獄での夜で、別れを告げてきなさいと直美様に促されて戻ってきた。
 小杉も共に帰って、俺が直美様に認められた事を話す。
 小杉の話を聞いた皆は驚いていた。
 そして──

「何でだよ!? 松下! よりによって鮎川家の跡取りなんかに──?」
「俺が直美様の条件を飲まなかったら、これからお前達は一人ずつ殺されるんだぞ!」
「こ、殺される──!?」
「どういう意味なんだ? 松下?」

 俺はそこで直美様が出した条件を話した。
 鮎川家の跡取りになる事、雪菜様の調教をする事──直美様側の人間になる事──。
 そうすれば地下の男達を助けてやる──と。
 その条件を飲まないと、数日のうちに地下の男達を一人ずつ殺しても構わない。俺がそれに承諾するまで、ずっと──。
 
「なら──飲むしかないだろう? 数日のうちに殺すと言われたら……!」
「松下は条件を飲んだから俺達は解放されるのか──?」

 鳴川は探るように質問する、誰に向けるものでもなく──。
 唐島は無言だった。それに関して彼なりに深掘りして考えを巡らせているかもしれない──。
 
「解放されるのか? 俺達は?」

 ある者は【やった!】と歓声を上げ、ある者は素直に喜ぶ事が出来ないのか黙り込む。
 そう──まだ裏がありそうなのだ、この話には。だから俺も素直に喜ぶ気になれない──。
 こんな美味しい話には必ず裏がある。
 直美様は何かを企んでいるはずだ。
 その企みが読めない──悔しく想う。
 今夜でこの地下の世界とも別れるというのは喜ばしいことに違いない。
 俺も人間に、表の世界の人間に戻る事だし、それはとても嬉しい。
 だが、手放しで喜べる状況でも無かった。
 俺は一体、また何をさせられるのか──それが気になって眠気も刺さないのだ。
 暫しの間、俺はあの監獄の鉄の扉が開くのを待ちわびていた。
 
 待ちわびていたところに鉄の扉が開く音が聞こえる。
 そして誰かが階段を降りてきている。
 雪菜様は先程、俺が調教を施してしまった。
 まさか彼女が来る訳が無いと思ったが──。
 何故か、そこに現れたのは雪菜様だった。
 だが、傲慢な雰囲気はない。
 人同士として話をしたい──そういう雰囲気を醸し出している。
 少しは角が円くなったのか──?

「松下さん。雪菜です」
「雪菜様──先程はすみませんでした」
「お灸を据えられた気分でしたわ。調子に乗ってごめんなさい──」
「ここには何の御用で?」

 後ろには亜美さんが大きな袋を抱えている。
 亜美さんが監獄の鍵を開けると中に入り、そして、大きな袋に入れてある荷物を出した。
 今まで彼らが纏っていた服、着物や学生服や、コートなどを出し、おにぎりを何個か皆に渡していく。
 水筒も用意して、それも皆に渡していった。
 
「ここを脱出してください──。今夜が絶好の好機です。お母様は逃がすと仰ってますが、松下様を上の世界へ行かせたら皆様を殺すつもりです」
「なんだって──!?」
「体裁よく松下様を招いた後、皆さんを殺すのは眼に見えて判ります。お母様だもの、私の」
「だから──今夜、ここから逃げてください」
「でも、どこへ?」
隧道トンネルの先の事はわかりません──けど『黒猫館』の辺りには一つ集落があります。その集落を目指せば」
「集落があるって事は駅もある筈。ここには機関車に乗って来たから」
「線路を見つけたら線路に沿って行けば、駅は見つかるはずですよ」
「明かりは松明を使った方がいいと思います」

 雪菜様の態度には他意はなさそうだ。
 だが──俺は残る必要はありそうに見えた。
 彼らが逃げおおせるまで、気を引くのが俺の役目だろう。
 ──俺の役目。
 決まってしまったかもしれない──。
 俺は──もう、鮎川家から逃げられないかもしれない──。
 皆が身支度して隧道トンネルに向かって行くのを俺が見送る形になってしまった──。

「鳴川、唐島。そして小杉──無事に逃げろよ」
「松下、お前──」
「俺はどうやら逃げられないらしい。だから、逃げろよ。お前達だけでも──」

 鳴川は俺が逃げるのを諦めたという訳でもなく鮎川家の跡取りとして覚悟を決めた事に、黙っているしかないよな──という空気を出していた。

「行こう。唐島。小杉。俺達まで死んだら、それこそ松下に申し訳立たないだろう?」
「そうだな──」

 皆は必死で開通させた隧道トンネルに消えていく──。
 監獄に残ったのは、俺と雪菜様と亜美さんだけになった──。
 何故だろうな──涙が止まらなかった。
 俺は、何で、泣いているんだ。
 
「松下様──」

 亜美さんはそんな俺を抱きしめて、雪菜様は俺の着る洋服を持ってくる──と監獄を去った。
 
「俺は……俺は……っ! 馬鹿だ……馬鹿だ……っ!」

 支えていた糸が切れたように、緊張感から解放された俺は、ただ泣くしか無かった──。
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