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30話 あれから、俺は
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あれからどれくらい時間が経ったのだろうか? 女帝キリーに毒酒を盛り、自分自身も騙す為に飲んだ毒酒の毒が回り、暗闇を独りで歩いていたように感じる。
だけど。誰かが俺を呼ぶ声が聴こえる──。
遥か彼方から、暗闇の向こうから俺を呼ぶ声が聴こえる──。
行かないと──。
誰かが俺を待っている。
目醒めると、そこには懐かしく、見知った男性も女性もいた。
パトリス帝国の重鎮達だ。
ベッドの横ではエリック陛下が俺の右手を包み込むように自分自身の左手を添えていてくれていた。
俺が目醒めると皆は安堵したように笑顔になり、そしてこう喋った。
「大丈夫か? エミール。随分と無茶をする」
エリオット宰相の相変わらずの毒舌はでも不思議と愛嬌があるから安心できた。
「アトランティカ帝国を追い詰めた英雄に何てことを言うの?」
アネットさんは毒舌を吐くエリオットにツッコミを入れて、俺に優しく微笑んでくれた。それは大きな事を乗り越えた人にする、まるで讃えるような笑顔だ。
「エミール。よく自らの身体を張り無事に帰ってきた。大した男だ」
あのシックな茶色のスーツを着る人はオグス大臣かな。俺に剣のイロハを教えてくれて面倒を見てくれた。
彼も『よくやった』と満面の笑顔を浮かべている。
「君の行動力に”男”を見た。大した男だ。尊敬に値する」
賛辞を送るのはグリンウッド将軍だ。独特の隻眼の猛将も薄く微笑んでくれた。
「ここはパトリス帝国の部屋ですよね?」
「正真正銘、パトリス帝国だよ」
「あれから何日間くらい気を失っていたのですか?」
「女帝暗殺事件の後だから約1週間だな」
「そ、そんなにですか!?」
「あの毒酒は相当な猛毒を配合した酒だったな。解毒剤の効果が出たが体の衰弱が激しい。だから一週間も経ったのさ」
エリオット宰相が細かに説明してくれた。
更に続ける。
「あれからアトランティカ帝国は女帝が葬られた事による内戦が起きたよ。しばらくは和平交渉の席にはつけないだろうな。しかし。そんな事はどうでもいいさ」
「エミール君さえ無事なら、ね」
アネットがそう言葉を添えてエミールを労う。
「本当にお疲れ様。あなたも大変な夜伽をして辛い目にあったでしょう? しばらくは静養してね」
「食事は日に三回渡しにいくよ。静養しなさい。君はよくやったよ」
爽やかな笑みを浮かべ宰相エリオットは部下を連れエミールが休む部屋から去った。その部屋には今はエリック皇帝とエミールの2人きりの空間になる。
エリック皇帝はエミールの右手を温かく包み込む。その手には指輪も填められていない綺麗な左手。
ああ、陛下のこの温もりは心底から安心できる。できるならこの人の傍に居たい。これからもずっと──。
包み込むような安心感を感じてエミールは穏やかな表情でまた深い眠りに落ちた。
「お前、すっかり変わったよな」
不意に宰相エリオットの声が聴こえた。
エミールに付き添う姿は今までの彼には無かった態度だから。
そうして双子の兄弟も話し合う。
エミールが眠る部屋の照明は薄暗い。
しかし暖かなオレンジ色の照明で、部屋の傍らの暖炉も温かな炎を燃やしている。
その暖炉の炎を弄りながら、宰相エリオットは話す。
「エリック。本当ならエミールと一緒に過ごしたいのだろう? お前程の男がそんなに誰かに寄り添うのは初めて見る」
「ああ。だけど──」
「皇帝だからそれは遠慮するのか? ──来年の一月で俺達兄弟は節目の四十歳だ。なら、後の事は俺に任せろ」
「エリオット。お前──」
「皇帝になるつもりはないと散々公言していたが、この際。双子としてお前の幸福を優先させたい」
「エリオット。どういう風の吹き回しだ」
「他の誰かより大切な人を見つけたお前の幸せを俺は汲んでやりたいだけだよ」
そこにエミールが寝るベッドの横に来る宰相エリオット。
彼もまた額に温かな左手を添えた。
「この子は期待に応えてくれた。お前に蟠る暗い感情を晴らしてくれた。そして、俺にも決意を与えてくれた。俺は宰相という地位に逃げて今までお前に苦労を押し付けた。もう逃げない」
薄暗い照明に輝く弟の銀色の瞳がエリックにはその時程、美しく感じた事は無かった。そこには確かな決意を下した弟の姿があったのだ。
「エリオット」
「なんだよ。エリック」
「お前も変わったと俺は想うよ。以前より、穏やかで人として器も大きくなったと想うよ」
「──そうか」
そして、二人は過去に起きた事件を語り合う。感慨深く。
「あの時、城から外の世界へ遊びに行って、顔に痣をこさえて、ひどい傷を負ってしまった時、鬱ぎ込むお前を助ける為に宰相として国を支えて、いつしかパトリス帝国は圧政と呼ばれるようになった」
「俺はこの痣で極度の人間不信になった。そこにエミールがきた」
「お前は徐々に心を開いてエミールの事を心配したりする心を取り戻していく。閉ざされた心をエミールが開いた」
「本当に優しい奴だよ、こいつは」
「共に暮らしたいなら何処に住む?」
「宮殿から離れてもいいし、何処かの別の居住区画へ寄越すもいいし、どちらでも構わない」
「そうか……考えておくよ」
双子の王はそれぞれの道を見つけ、そして旅立ちの日は近い。
そして、年が明けて、彼ら双子の誕生日を迎えた一月。
それが彼らの旅立ちになる。
だけど。誰かが俺を呼ぶ声が聴こえる──。
遥か彼方から、暗闇の向こうから俺を呼ぶ声が聴こえる──。
行かないと──。
誰かが俺を待っている。
目醒めると、そこには懐かしく、見知った男性も女性もいた。
パトリス帝国の重鎮達だ。
ベッドの横ではエリック陛下が俺の右手を包み込むように自分自身の左手を添えていてくれていた。
俺が目醒めると皆は安堵したように笑顔になり、そしてこう喋った。
「大丈夫か? エミール。随分と無茶をする」
エリオット宰相の相変わらずの毒舌はでも不思議と愛嬌があるから安心できた。
「アトランティカ帝国を追い詰めた英雄に何てことを言うの?」
アネットさんは毒舌を吐くエリオットにツッコミを入れて、俺に優しく微笑んでくれた。それは大きな事を乗り越えた人にする、まるで讃えるような笑顔だ。
「エミール。よく自らの身体を張り無事に帰ってきた。大した男だ」
あのシックな茶色のスーツを着る人はオグス大臣かな。俺に剣のイロハを教えてくれて面倒を見てくれた。
彼も『よくやった』と満面の笑顔を浮かべている。
「君の行動力に”男”を見た。大した男だ。尊敬に値する」
賛辞を送るのはグリンウッド将軍だ。独特の隻眼の猛将も薄く微笑んでくれた。
「ここはパトリス帝国の部屋ですよね?」
「正真正銘、パトリス帝国だよ」
「あれから何日間くらい気を失っていたのですか?」
「女帝暗殺事件の後だから約1週間だな」
「そ、そんなにですか!?」
「あの毒酒は相当な猛毒を配合した酒だったな。解毒剤の効果が出たが体の衰弱が激しい。だから一週間も経ったのさ」
エリオット宰相が細かに説明してくれた。
更に続ける。
「あれからアトランティカ帝国は女帝が葬られた事による内戦が起きたよ。しばらくは和平交渉の席にはつけないだろうな。しかし。そんな事はどうでもいいさ」
「エミール君さえ無事なら、ね」
アネットがそう言葉を添えてエミールを労う。
「本当にお疲れ様。あなたも大変な夜伽をして辛い目にあったでしょう? しばらくは静養してね」
「食事は日に三回渡しにいくよ。静養しなさい。君はよくやったよ」
爽やかな笑みを浮かべ宰相エリオットは部下を連れエミールが休む部屋から去った。その部屋には今はエリック皇帝とエミールの2人きりの空間になる。
エリック皇帝はエミールの右手を温かく包み込む。その手には指輪も填められていない綺麗な左手。
ああ、陛下のこの温もりは心底から安心できる。できるならこの人の傍に居たい。これからもずっと──。
包み込むような安心感を感じてエミールは穏やかな表情でまた深い眠りに落ちた。
「お前、すっかり変わったよな」
不意に宰相エリオットの声が聴こえた。
エミールに付き添う姿は今までの彼には無かった態度だから。
そうして双子の兄弟も話し合う。
エミールが眠る部屋の照明は薄暗い。
しかし暖かなオレンジ色の照明で、部屋の傍らの暖炉も温かな炎を燃やしている。
その暖炉の炎を弄りながら、宰相エリオットは話す。
「エリック。本当ならエミールと一緒に過ごしたいのだろう? お前程の男がそんなに誰かに寄り添うのは初めて見る」
「ああ。だけど──」
「皇帝だからそれは遠慮するのか? ──来年の一月で俺達兄弟は節目の四十歳だ。なら、後の事は俺に任せろ」
「エリオット。お前──」
「皇帝になるつもりはないと散々公言していたが、この際。双子としてお前の幸福を優先させたい」
「エリオット。どういう風の吹き回しだ」
「他の誰かより大切な人を見つけたお前の幸せを俺は汲んでやりたいだけだよ」
そこにエミールが寝るベッドの横に来る宰相エリオット。
彼もまた額に温かな左手を添えた。
「この子は期待に応えてくれた。お前に蟠る暗い感情を晴らしてくれた。そして、俺にも決意を与えてくれた。俺は宰相という地位に逃げて今までお前に苦労を押し付けた。もう逃げない」
薄暗い照明に輝く弟の銀色の瞳がエリックにはその時程、美しく感じた事は無かった。そこには確かな決意を下した弟の姿があったのだ。
「エリオット」
「なんだよ。エリック」
「お前も変わったと俺は想うよ。以前より、穏やかで人として器も大きくなったと想うよ」
「──そうか」
そして、二人は過去に起きた事件を語り合う。感慨深く。
「あの時、城から外の世界へ遊びに行って、顔に痣をこさえて、ひどい傷を負ってしまった時、鬱ぎ込むお前を助ける為に宰相として国を支えて、いつしかパトリス帝国は圧政と呼ばれるようになった」
「俺はこの痣で極度の人間不信になった。そこにエミールがきた」
「お前は徐々に心を開いてエミールの事を心配したりする心を取り戻していく。閉ざされた心をエミールが開いた」
「本当に優しい奴だよ、こいつは」
「共に暮らしたいなら何処に住む?」
「宮殿から離れてもいいし、何処かの別の居住区画へ寄越すもいいし、どちらでも構わない」
「そうか……考えておくよ」
双子の王はそれぞれの道を見つけ、そして旅立ちの日は近い。
そして、年が明けて、彼ら双子の誕生日を迎えた一月。
それが彼らの旅立ちになる。
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