混沌の女神の騎士 

翔田美琴

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第4章 遺された希望、遺した絶望

4-3 混沌の海にて

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 ルーア、ルーシャス、エリックは一時間後、瘴気の森深部から銀翼の竜の下へ一度帰還してきた。
 そして約三十分の休憩時間を挟み、二度目の瘴気の森深部の探索へ向かう。
 そして、錬金術に必要なすべてのアイテムが見つかる。
 植物、瘴気の森の水、瘴気の森の硫黄、そして塩。
 それらをかき集めると銀翼の天使に乗ってアカデミア研究所に帰還する。
 アカデミア研究所ではこれから行われる魔術的な儀式の下準備がされている。
 儀式の部屋は六芒星の紋章が床に描かれ、随所には松明が焚かれている。これから行われる魔術は、輪魂の呪と呼ばれている。
 輪魂の呪とは、魂の鎖が解けた者に新しい魂の鎖を肉体に縛りつける魔術。言うなれば蘇生である。
 この魔術を行うに際し、彼らは儀式に必要なアイテムを探していたという。瘴気の森深部にて見つけた物はこの輪魂の呪をするのに必要なアイテムだった。
 その輪魂の呪の対象者はもちろん、混沌の女神の騎士。彼らはレムの魂はこの世界に於いては、死んだ者は必ず混沌の海へ一度回帰するという特性に倣い、その混沌にアクセスして彼の魂を呼ぶ。
 そして空の体にまた彼の魂を魔術にて縛り蘇生させるのが一連の流れだ。
 六芒星の魔法陣にはルージュパピヨンがそれぞれの星の先端に並ぶ。彼の魂を構成する五つの魂がそこにある。
 それらは、『愛』、『傲慢』、『嫉妬』、『憤怒』、『悲哀』だった。
 ほとんどが人間の原罪と呼ばれるもので構成されているので研究者達は驚愕するが、それは人間が人間として産まれた証でもあった。
 六芒星の星を構成する星の最後の一つはルーア姫自身が担う。彼女は彼に欠けている要素を補完する存在故に、一時的に彼女自身にも星の一つとして参加する。
 魂が抜けた彼の肉体は冷凍保存にて保存されている。
 粛々と儀式の準備がされて、魔術を担当する魔術師も洗礼をして祈りを捧げる。
 死した魂を現し世に戻す罪を赦したまえ──。
 彼らの祈りの言葉はそのままの意味だ。
 
 儀式の部屋にルーアが祭礼のローブを纏い現れた。真っ白のローブに額にはティアラを付けてまるで花嫁のように見える。
 ルージュパピヨンも六芒星の星の先端に陣取る。
 輪魂の呪を取り仕切る祭司が入室する。
 祭壇の中央には目を閉じて眠る、混沌の女神の騎士が祀られている。蘇らせる前に胸の傷は外科手術によって塞いでおいた。
 祭司が始まりを告げる。

「これより──輪魂の呪を始める」

 彼らは輪魂の呪の呪文を唱え始める。
 呪文の詠唱が始まると六芒星の魔法陣が輝き始めた。ルーアも己の秘石『愛のルビー』が輝き始める。
 輪魂の呪の呪文詠唱と共に儀式の部屋が、混沌の力で満たされていく──。
 現し世と混沌の世界が曖昧になった瞬間にルージュパピヨンの紅い光とルーアのルビーの紅い光が混沌の海へ旅立つ。
 そこに揺蕩う、彼を迎えに行ったのだ。
 
 その頃。
 一度ならず二度も死を迎えてしまった、混沌の女神の騎士は、上も下もない漆黒の空間にその魂はいた。
 漆黒の鎧姿で、混沌の海に漂う。
 そこは何もない空間だが、重苦しい圧は感じる。
 うつ伏せで倒れて、気が付いた時には、目の前が漆黒の空間になってしまっていた。

「ここは……一体……?」

 覚えている事はあのシャーリーという女性に胸を貫かれて、激しい痛みの末に、意識がここに持っていかれた事──。
 信じたくもないが、また──死んだ。
 一度ならず二度も死んだ。
 俺の人生は誰かに支配されているのか?
 冗談ではない。
 次、また生を授かる事が出来るのか?
 その生を授かって、あの世界を旅する事になったら──。
 ……怖い……恐ろしい……もう疲れた。
 静かにこのまま、眠らせてくれ。
 ……構わないでくれ。
 ……休ませてくれ。
 ……期待に応えるのはもう疲れた……
 ……俺以上に適任がいるだろう……
 ……最期にルーア……君に逢いたかった
 ……君は……あの子に……そっくりだ……
 ……ジェニファー……また……死んだよ……
 ……弱いお父さんで……本当に……すまないな……
 ……認めたくない……認めたくない……!
 ……こんなに誰かに……蹂躙された人生なんて……!
 ……俺は……いつも……何かに……
 ……悔しい……
 ……このまま終わるなんて……悔しい……!
 ……終わりたくない……!
 ……俺は……燃え尽きてない……!
 ……燃え尽きてなんか……!
 
『お前の人生はすべて欲望で満たされていたな』
『肉欲──愛欲──金銭欲──打算に塗れた人生だ』
『元の世界で災厄を撒き散らしておいて、お前は生命以外も欲した。地位──名誉──金──家族──お前はそれでもまだ欲しい──というのか?』

 ……欲しがって……何が……悪い……!
 ……それが……俺を……満たしてくれる……
 ……上を目指して……何が……悪い……
 
『欲深き人間め』

 ……欲深き人間……そうか……
 ……俺は……欲望に……彩られた……人生だ……
 ……何かの為に……対価を求め……
 ……その為に……対価を払う……
 ……対価は色々だ……女だったり……地位だったり……金だったり……
 その度に……何を感じた……
 ……虚しさだった……次第に……何を求めているか……判らなくなる……
 ……俺は……何を求めているんだ……?
 ……また……愛欲か……
 ……違う……愛欲はそれを確かめる手段……
 ……求めているのは……違う……
 ……それを……確かめる為の……チャンスを……誰か──くれないか?
 
『チャンスが欲しいだと?』
『──今度こそ、その為に命をかけるか?』

 ──賭ける。──転生もしなくていい。
 ──命を燃やして、その為に──
 ──世界を旅したい──
 ──可能性を求めたい──!
 
『──迎えがきたようだ。お前は誰かに必要とされているのは判った。──世界を歩き──その為に──今は彼女を護るがいい──』

 あなたは誰ですか──?
 
『──お前の欠けていた堕天使──ルシフェル』

 ルシフェル、人間の可能性の為にかつて闘った天使──ありがとう。
 
 混沌の海を彷徨うレムの目の前に、黒髪の青年が現れた。
 それは若かりし時の自分自身だった。
 まだ汚れも、打算も、知らない少年時代。
 澄んだ目をしていたあの時の自分自身。
 ルシフェルがその彼の若かりし時の姿を借りて目の前にいる。

「帰ろうか? 皆の待つ現し世に」
「──帰ろう。やっと『きみ』に出会えた」
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